詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(38)

2018-03-22 09:20:34 | 谷川俊太郎『聴くと聞こえる』
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(38)(創元社、2018年02月10日発行)

 「このカヴァティーナを」の前半部分。

このカヴァティーナを聴き続けたいと思う気持ちと
風の音を聞いていたいという気持ちがせめぎあっている

木々はトチやブナやクルミやニレで
終わりかけた夏の緑濃い葉の茂みが風にそよぎ
その白色雑音は何も告げずにぼくを愛撫する

そして楽器はヴァイオリンとヴィオラとチェロ
まるで奇跡のように人の愛憎を離れて
目では見ることの出来ない情景をぼくの心に出現させる

 詩は要約できないものだが、あえて要約すると「このカヴァティーナは目では見ることの出来ない情景をぼくの心に出現させる」になるかもしれない。「目では見ることの出来ない情景」を「出現させる」。それが「音楽」である、と。
 たしかに三連目の三行目は印象的なのだが、私は

木々はトチやブナやクルミやニレで

 この一行がこの詩の中でいちばん好きである。この一行は「主語」である。そして、そこには「動詞」がついているのだが。さらに言えば、私は「動詞」を出発点にして「ことば」を読むのが好きなのだが。
 この詩でも「そよぐ」「告げる」「愛撫する」という動詞を出発点にして読めば、それはそれで書きたいことが出てくるのだが、でもきょうは、そういうことをしたくない。
 まわりに「動詞」があふれすぎているせいかもしれない。
 「音(音楽)」と「白色雑音」、「愛憎」、「目に見える光景」と「目に見えない情景」、「静けさ」と「騒音」が「せめぎあっている」ことが、さまざまに言い換えられている。「せめぎあい」に「音楽」が生まれてくる瞬間をとらえているとも言える。
 でも、そういう「意味」ではなく、単にそこにある

トチやブナやクルミやニレ

 この「存在」(固有名詞)に感覚が、意識が、洗い清められる気がする。
 「意味」を気にしない。「動詞」によって何かになろうとはしない。ただ、そこに「ある」。それを谷川のことばは「描写」するが、描写しなくても、そこに「ある」。
 「意味」を拒絶しているわけではないが、「意味」と無関係にそこに「ある」。

 この感じは、ちょっと不思議である。
 私は、谷川がこんなふうに「木の名前」を具体的に列挙している作品を思い出す事が出来ない。いつもは「木」としか書いていないような気がする。「木」に限らず「草」も「花」もたいていは「木、草、花」と書いていないだろうか。「山」「海」「星」も同じだ。「固有名詞(?)」を書くときも、バラならバラと一種類の「花」ではないだろうか。そういう印象が強いために「トチやブナやクルミやニレ」が新鮮に迫ってくる。
 「存在」の強さが、「ある」という動詞を呼び覚ます。「意味」を拒絶して、ただ存在として「ある」。その「ある」が見える。

 そして、それが、この詩には書かれていない「沈黙」を呼び覚ます。(この詩には「静けさ」ということばはあるが、「音楽」と対になっている「沈黙」は登場しない。)
 「トチやブナやクルミやニレ」は「沈黙」として、音楽(カヴァティーナ)と向き合っていると感じる。ここでは「聞く」と「聴く」、「自然」と「人工」が向き合っている。「聴く」にとっては「沈黙」、「聞く」にとっては「ある」。切断と接続の接点として「沈黙がある」か、「あることの沈黙」が「ある」か。





*


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目次

小川三郎「沼に水草」2  岩木誠一郎『余白の夜』8
河邉由紀恵「島」13  タケイ・リエ「飯田橋から誘われる」18
マーティン・マクドナー監督「スリー・ビルボード」再考21  最果タヒ「東京タワー」25
樽井将太「亜体操卍」28  鈴木美紀子『風のアンダースタディ』32
長津功三良『日日平安』37  若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」40
草森紳一/嵩文彦共著『「明日の王」詩と評論』47  佐伯裕子の短歌54
石井遊佳「百年泥」64  及川俊哉『えみしのくにがたり』67
吉貝甚蔵「翻訳試論――漱石のモチーフによる嬉遊曲」72
西岡寿美子「ごあんない」76
     *
谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(上)83

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