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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「墓場のノイローゼ者」

2005-08-07 08:08:11 | ショートショート
 むかしむかし…、の日本むかし話ではないけれど、ひどいノイローゼの若者がおったそうな。
 どうしてノイローゼになったのかはわからないが、ひどく悩んでいることは確かなようだった。自殺を考えているようでもあった。
 猫背でふらふらとさまよううち、いつの間にか街はずれの墓場に迷い込んでしまった。自殺を考えるほどだから、無意識のうちに足が向いたのかもしれない。
 日もだいぶ西に傾いて、あたりは夕もやが立ち込めていた。若者は墓石の一つに腰を下ろし、何ごとか考え込んでいる。
 考え込んでいる、とはいっても、ノイローゼ者の頭の中ってのは同じことの繰り返しであるから、「考えている」ことにはならないのかもしれないが。
 しばらくすると、夕闇が迫ってきた。それでも若者はひと所にじっとうずくまって悩みに耽る。この、ひと所から動かないというのも、ノイローゼ者の特徴である。ハムレットばりに「生きるべきか、死ぬべきか」なんて考えていたかどうかは定かではない。
 さらにあたりは暗くなってきた。それでも若者は動かない。しきりにため息をつくばかりである。
 と、生温かい空気とともに、どこからともなく幽霊が現れてきた。若者を驚かそうと考えたようである。久々の獲物である。
「うらめしや~」
 ありきたりかとは思ったが、とりあえず幽霊はこう言った。
 若者は目を上げ、幽霊の方を見た。震え上がると思っていたのに、若者は悩ましげな表情のままである。そしてため息とともにつぶやいた。
「ああ…」
 表情が変わらないだけに、それがどういう意味を持つのか、幽霊にはとんと見当がつかない。こんなことは初めてだ。しかしここで引き下がっては幽霊の沽券にかかわる。
 そこで幽霊は、近付いて若者の首筋に息を吹きかけた。生ぬるい、ゾクッとするような息である。しかし若者は、幽霊をまじまじと見つめながら、またしても「ああ…」とつぶやくのだった。
 次に幽霊はその手を、若者のほおにあてがった。冷たい、これまたゾクッとする感触のはずである。ところが、
「ああ、ついに幻覚まで現れるようになってしまった…」
 そう言って若者は腰を上げ、ますます悩ましげな顔をして墓場から去って行った。
「幻覚じゃないのにねえ」と言いつつ、幽霊は仕方なく暗闇の中にかき消えたそうな。

 Copyright(c) shinob_2005
(海のテンプレートと全然合っていませんが、ご容赦を)
コメント
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