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雨あがりのペイブメント

雨あがりのペイブメントに映る景色が好きです。四季折々に感じたことを、ジャンルにとらわれずに記録します。

読書案内「春を恨んだりはしない」 池澤夏樹著

2018-09-21 17:00:00 | 読書案内

読書案内「春を恨んだりはしない」ー震災を巡って考えたことー 
                池澤夏樹著 写真 鷲尾和彦 中央公論新社 2011年9月刊 初版

  
    逝った者にとっても残された者にも突然のことだった。
  彼らの誰一人としてその日の午後があんなことになるとは思っていなかった。
                           「春を恨んだりはしない」より 

 (写真はどちらも鷲尾和彦氏のもので表紙の裏表に使用されたもの。文中数十枚の写真が挿入されているが、池澤氏のエッセイに沿うような写真だ)
 幼子を頬ずりしながら抱っこしてみつめる先に、光の差した海が広がる。あの日のことを忘れたように拡がる海に、親子は何を思っているのだろう。よく見ると幼子は大きく口をあけて笑っている。
「春を恨んだりはしない」というイメージが浮かんできます。
 2枚目の少年も海を見ている。
ちょっと荒れて暗い海が目前に広がっている。頭上に広がり沖の方まで続いている熱い雲が、水平線の間際で切れている。そこから弱い光がこぼれている。少年の前に広がる白く泡立つ波濤も、この光の恵みを浴びて輝いています。
明日はきっと晴れるのだろう……
少年の背中がそう語っている。

  この春、日本ではみんながいくら悲しんでも緑は萌え桜は咲いた。我々は春を恨みはしなかったけれども、何か大事なものの欠けた空疎な春だった。桜を見る視線がどこかうつろだった。

  東日本大震災後約半年間の間に、何度も現地を訪問し、折に触れて新聞や雑誌に掲載されたエッセイの集大成だ。震災の全体像を描きたいという思いが、自然の脅威の前に私たちはいかに無力であったことか。震災の傷の荒々しさに私たちはいかに無力であったか。作者は感情に流されることなく粛々と日常の中の非日常を文字に託して表現している。
 一人一人の被災者の抱いている哀しさを、
支援に奔走する人たちの努力を池澤はさりげなく表現している。

 被災地の荒れた光景を見ながら、池澤は
  「これらすべてを忘れないこと。今も、これからも、我々の背後には死者たちがいる」のだから
 と思いを馳せながら、古今和歌集の歌を引用する。

   深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け
 
 (草深い野辺の桜よ、おまえに心があるなら今年だけは墨色に染めた花を咲かせておくれ)
   薄桃色に咲き、盛が過ぎればはらはらと風に舞って散る桜の花は、哀しみの縁から
   立ち上がれない者にとって余りにも悲しすぎる。失った者への悲しみが桜の花と共に
   ふつふつとよみがえってくる。
   せめて今年だけは、墨染めの花を咲かせてほしい。

 地震と津波の日から半年を過ぎた被災地を巡りながら、ありのままの姿を受け入れ、
 筆者の目はゆるぎなく現実をみつめ、思索し、それを文字に託していく。

 章立ては9章あり、私は第7章の「昔、原発というものがあった」に一番興味をひかれた。

 「あの日のことは、忘れない」いや、忘れてはいけないのだ。
 希望をなくし、哀しみに暮れたあの日の傷も、
 時間と共に癒され、記憶も薄れていく。
 私たちは、後世の人たちに何を伝え、何を残していったらいいのか考えなければならない。
 これは震災を経験した者たちの責務ではないか、と思う。

 最近読んだ本の中で、ベスト・テンにいれたい思索を深めるための本です。

 (2018.9.21記)     (読書案内№131)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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読書案内「海は見えるか」 真山 仁著 ⑤ 海は見えるか

2018-09-18 09:26:06 | 読書案内

 読書案内「海は見えるか」真山仁著
  ⑤ 海は見えるか

 
   東日本大震災による甚大なる被害を受けて、
  政府は約一兆円の予算規模で防潮堤整備に乗り出した。       
  巨大な防潮堤が、果たして災害防止の最良の方法なのかという見当もなく、
  まるで行き当たりばったりとしか思えぬ案がまかり通っている。
   ……そんな中で松原海岸にも防潮堤の建設が決定したのだが、
  いよいよ着工という段になって住民から計画見直しの声が上がったのだ。
                         「海は見えるか」より

  どんなに高い防潮堤を築いても、自然の猛威にはかなわない。
  防潮堤が高くなればなるほど、海は人々の生活から遠ざかってしまう。
  海の近くに住みながら、海が見えない。
 
  防潮堤の高さは二メートル強から十五メートル強までと被害の程度によって異なり、
    総延長は400㌔にもなる。

 津波が町を襲う前、この町には美しい松林が続いていた。
 この町で育った人々は、成長する過程で誰だって、一つや二つの思い出を持っている。
 高台に集団移転した町。
 防潮堤建設か。
 懐かしい松林の復活か。
  そこに生活する人の命を守り、街を守ることに変わりはないのだが、
  方法論が異なるから気まずい思いが住民たちの間に広がって行く。

  あんな大津波が再び来た時のために防潮堤が必要だと国や知事、市長は主張する。
 でも、僕は海が見えないのが一番いけないと思います。
 ぞっとするような引き波が見えたから、僕は一刻も早く逃げなければと思った。
 …… 海の恵みで潤う時もあれば、海に牙をむかれひどい目にあうこともある。
 でも、それが海と共に生きるという意味なんだと思います。
                                「海は見えるか」より

  学校の若い教師たちを巻き込みながら、防潮堤論争は反対運動をへと広がっていく。
 児童たちの一部も反対運動に参加していくことになるが、教育委員会や校長は児童が
 政治運動に参加するとは何事かと頭ごなしに叱責する。
 若い教師たちの活躍が期待される……

    東日本大震災から7年半が過ぎた。
    報道の量はかなり少なくなったが、
    心に傷を負い、未だ立ち直れない人たちも多くいると聞きます。
    物理的な復興はカネと時間をかければ、回復してい行くが、
    何ものにも代えがたいものを亡くした人たちにとっては、
    辛い7年半だったに違いない。

    記憶は時間の流れに伴い、少しづつ薄れていきます。
    私たちが遭遇した震災をどのような形で未来を担う子どもたちに
    伝えていったらいいのだろう。
    「自然との共存」というテーマは難しいが、
    対立する考え方では、私たちが築いてきた文明は衰退していきます。
    「自然と人間」の共存できる社会は、目前の危機を回避するだけの政治体制では
    解決できない。
    どんなに便利で快適な社会を実現しても、「自然との対立」の上に築いた社会は
    砂上の楼閣のように脆(もろ)いことは、最近頻繁に起きている自然災害が証明している。
    100年先をみつめる姿勢がなければ、住みよい社会の実現はあり得ないと思います。
    
    現実の快適さを求めるのも仕方のないことだが、少し我慢をして
    10年先、20年先をみんなが考えたら、今よりもいい社会が実現すると思う。
    
    そんなことを考えさせてくれる、東日本災害をテーマにした連作短編集でした。
    5編を紹介しましたが、他に「砂の海」「戻る場所所はありや」があります。
                                                                                        (おわり)

     (2018.9.17記)   (読書案内№130)

     


 

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読書案内「海は見えるか」 真山 仁著 ④ 白球を追って

2018-09-16 07:03:32 | 読書案内

読書案内「海は見えるか」真山仁著
   ④ 白球を追って 

    
 本気で自分の夢を実現したいなら、時に非難されても前に進まなければならないんです。
                            (白球を追って より)

  津波が奪ったものは、家や職場だけではない。
 たいせつな人を喪い、途方にくれながらも 、

   時間が過ぎれば、人は時間の経過の中で日常を取り戻し、
 明日へ向かって新しい一歩を踏み出そうとする。
 新しい職場を求め、住み慣れた故郷を去って行く者、残る者 。
 被災者それぞれが抱えた問題を解決するために、
 時によっては辛い決断をしなければならない。

 小野寺が関わる地元少年野球チーム「遠間アローズ」は、
 優勝経験を持つほどの実力を持っている。 
 年子の兄弟栗田克也と栗田豊はどちらも体格に恵まれ、チームの最有力選手だ。
 兄はチームのキャプテンでホームランバッター。
 弟は小5ながら他校からも注目されるエースだ。
 
 夏休みまで残り一週間を切ったある日、小野寺は兄弟の母親から、
 父親の仕事
の関係で大阪に引っ越しすることになった旨を告げられる。

 優勝候補とは言え、メンバーは大会出場資格ギリギリの11人しかいない。
 同然、栗田兄弟が抜ければ、優勝どころか大会出場もで危うくなってしまう。 
 チームの存続も大切だが、小野寺は兄弟の気持ちを第一に考えたいと思う。

 親の気持ちはわかった。
 だが栗田兄弟の気持はどうなのか。
 チーム監督の気持ちは、校長の考えは。
 チーム仲間の考えは。

 それぞれの気持ちを聞きながら、
 小野寺は子供たちの気持ちを尊重する。
 この短編にも、小野寺の考え方や行動を通じて、
 作者の温かい目が注がれる。

   (2018.9.14記)       
(読書案内№129)

   

 

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読書案内「海は見えるか」 真山 仁著 ③ 雨降って地固まる?

2018-09-11 11:13:21 | 読書案内

 読書案内「海は見えるか」真山仁著
 ③ 雨降って地固まる?

   
   心的外傷後ストレス障害ー通称PTSDは、生命や身体が危機にさらされ、恐怖や無力感、
  戦慄を体験したトラウマによって引き起こされる心身の苦痛や障害だ。
  大樹が発災から一年経ったある夜、突然悪夢にうなされた時に、専門医はPTSDだと診断した。
                                       雨降って地固まる?より 

  教室を抜け出し、雨のグランドにずぶぬれで立ち尽くす庄司大樹。
雨。
あの日も、あの日も、あの日も雨だった。
おばあちゃんの遺体が見つかった時、お母さんの遺体が見つかった時も雨だった。
妹の洋子の遺体が見つかった時も、雨が降っていた。
お父さんの車が発見されたときも雨が降っていた。
大樹にとって雨は哀しい過去の出来事に繋がる。

 震災から1年過ぎた今でも、悪夢にうなされる。
「時々、家があった場所を見に行きたくなる大樹。でも向かっているうちにどんどん苦しくなって、結局遠回りしちゃって、家にたどり着けない。」

 明らかに、PTSDによる回避行動だ。
大樹にとって、過去へさかのぼる思い出は、辛く悲しい出来事に繋がっていく。

 そんな大樹に小野寺は、励ますことが無意味なことを知っているから、
ただただ寄り添い、懐(ふところ)深く大樹の寂しさや辛さを受け入れるのみ。
阪神・淡路大震災で妻と幼子を亡くした小野寺にできる「優しさ」の表現なのかもしれない。
元校長の浜登は、時によっては小野寺に寄り添い、大樹にさりげなく寄り添う。

  
 頑張るな! 弱音を堂々と吐ける男の方がかっこいいんですよ。
 ……本当に強い人間は弱音を吐くんです。それができるようになって初めて、
 弱音を吐いてはいけない時がわかるんですよ。
 それが分かるまではしっかり弱音を吐くんです。

 大樹に向けた浜登元校長の言葉だが、小野寺もいつの間にかうなづ居ていた。。
 

                   (2018.911記)          (読書案内№128)


 

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読書案内「海は見えるか」 真山仁著 ② 便りがないのは

2018-09-08 08:30:00 | 読書案内

読書案内「海は見えるか」真山 仁著
 ② 便りがないのは

    
   東日本大震災から一年余りが経過し、遠間第一小学校の児童は半数以下に減っていた。
  転居した家庭が増えたからだ。生活の安定や子供の将来を考えれば、移住は致し方ない選択だつた。
  故郷を捨てるのは辛いが、仮住まいで停職につけない状況で、どうやって子どもたちの未来を描くのか。
  地域との絆を断ち切ってでも、新天地を選ぼうとする親の決断を、小野寺は立派だと思った。
                                    「便りがないのは…」より                                                       

   小野寺には、六年生の仲山みなみの作文が気になった。
 「地震は怖かったし、余震も怖いです。たくさんの大切なものがなくなったし、
 元にもどらないのととても悲しいです。
 ……うまくいかないのを地震のせいにするのはやめようと強く思うようになりました。」
 という書き出しで始まる「みなみ」の作文で、最近親切にしてくれた自衛隊員からのメールが途絶え、
 とても心配している。

 「私は自衛隊のみなさんが被災地でしてくださったことを、もっと伝えていかなければと強く思っています」
 遺体を捜し、洗浄し続ける自衛隊員と出会った「みなみ」。
 震災で命を落とした遺体の多くは、ヘドロなどにまみれて泥だらけだ。遺体は丁寧に洗浄され、警察の検視に
 回されるのだが、洗浄には無残に汚れた遺体と再会する遺族への思いやりという意味も込められている。
 百戦錬磨のベテランでも逃げ出したい過酷な仕事だから、
 5日以上は任務に当たらないよう義務づけられており、
 まして宮坂のような経験の浅い若手は配置されないのに、
 宮坂はこの遺体洗浄という過酷な任務に率先して志願した。

 その宮坂が自殺していた。
 津波で兄を亡くした喪失感を埋めるように宮坂を慕っていた「みなみ」に、
 宮坂の自死を伝えるべきか。
 小野寺は逡巡する………………。

 どんな過酷な事実があろうとも、知る権利があり、
 人間はそれを乗り越える力を持っている。

 臨時教員・小野寺徹平頑張れ!!

      (2018.9.7記)     (読書案内№127)
  
   










 

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読書案内「海は見えるか」 真山仁著 ① それでも、夜は明ける

2018-09-06 08:30:00 | 読書案内

読書案内「海は見えるか」真山仁著
    東日本大震災から一年以上が経過した津波被災地の街
    いたるところに瓦礫の山があり、復興の兆しも人の心も傷ついたまま
   
だけれど、大人も子供も将来への一歩を踏み出そうとしている。

   (幻冬舎文庫 2018.4刊 初版) 
  連作短編集「そして、星の輝く夜がくる」の続編である。

   
  あれだけの大災害を経験すれば、誰だって大なり小なりPTSD(心的外傷後ストレス障害)になるものらしい。
 しかし、ほとんどの人は時間の経過の中で日常を取り戻し、ショックや傷も徐々に薄れ、癒えていくのだという。
 だからといって震災の記憶が消去されたわけではない。ふいに激しいフラッシュバックを引き起こす火種は
 心の奥底に常にくすぶっている。
                                     海は見えるか  真山 仁

  「それでも、夜は明ける」
   
阪神・淡路大震災で妻子を亡くした小野寺徹平は、東日本大震災の津波で壊滅的な打撃を受けた
   東北・三陸の小さな町の臨時小学校教員として赴任する。
   いささか慌て者の若者であるが、生徒たちに向ける目は温かく優しい。
   震災で家も祖母も両親も妹も庄司大樹はその全てを失った。
   大阪の叔母のところに引き取られることになっているのだが、「今は行きたくない」という。
   避難所で「みんなに可愛がってもらって、頑張れた。その恩返しもしないで、この町から
   離れたくない」という大樹を小野寺は一時的に預かることにした。
        夜。
   大樹はうなされて目を覚ます。
   また、あの日の夢を見て叫んだのだ。
   強く抱きしめた小野寺は何度も「大丈夫」と繰り返した。
   「僕は自分だけ逃げたんです。おばあちゃんもお父さんもお母さんも洋子も、
   みんな津波に呑まれた。僕は見てるだけで何もしなかった。みんなが助からなかったのは
   僕のせいです。ごめんなさい、ごめんなさい」
   嗚咽(おえつ)する大樹の背中をさすってやりながら、小野寺は、
   「おまえは悪くないんやぞ、大樹」
   それは、神戸・淡路大震災で妻と幼い娘を亡くした小野寺の自分へのはげましでもあった。
   そして、最後の一行を次のように結ぶ。
   この一行で私は救われ、明日への希望の光を見ることができる。

   夜明けを告げる鳥の声が聞こえた。
  
                       (つづく)           

                                                  (2018.9.5記)      (読書案内№126)
    ※ 「そして、星の輝く夜がくる」の読書紹介は以下にアップしています。
      興味のある方は、読んでいただければ幸甚です。
       「そして、星の輝く夜がくる」(1) 2015年2月16日
                                      〃        (2)      〃    2月20日 
                                      〃                   (3)      〃    2月23日
                                      〃                   (4)      〃    2月24日

 

 

 

 

 

    
      

 

 

 

 

 

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 読書案内「ところであなたは…?」

2018-07-05 23:19:23 | 読書案内

読書案内「ところであなたは…?」
           やなせたかし 詩・絵 三心堂出版社 1999年4月刊

     …ぼくの人生は
   あとどのくらい残っているのだろう
   そう思うときがある
   たっぷりあるような気もするし
   ほんの少しのような気もする
   ところであなたは…。
            (ブックデータより)                               

 
   誰でもご存じのように、やなせ たかし氏は「それいけ!アンパンマン」の作者である。
  アンパンマンは、お腹のすいている人がいると
  自分の顔を食べさせてしまう優しいキャラクターだが、
  弱い者いじめをするものには敢然と立ち向かう正義の人でもある。
  その作者が紡ぎ出す詩と絵はほのぼのとして優しい(残念ながら絵を紹介することができません)。

  表紙の絵:
       部屋のドアをあけると暗い室内に光が差し込み、

       その光に照らされた石畳。分厚い本が一冊転がっている。
       壁には絵が掛けてあるが何を書いた絵なのか薄暗くてわからない。        
       部屋の外でまんまる顔をした人が帽子を振って挨拶をしている。
       おそらく月の光が部屋に差し込み、帽子を振っている人を白く浮き上がらせている。
       部屋に差し込む光も帽子を振る人も青白い光に照射されている。
       だが、その向こうの背後は真っ暗だ。
       
                  優しい雰囲気が漂っているけれど、同時にどこかに寂しさも漂っている不思議な絵だ。
      あてどなく彷徨う心の行方を表現し、最後の一行は、
      ところであなたは…?
      と、読者本人に問いかけて来る。
      冒頭の一編を紹介しよう。 

  

     ひとはみんな泣き叫びながら生まれる
   絶叫する
   この世の汚濁と人生の苦痛を予感するのか
   ホモサピエンス
   そして
   よろこびと
   悲しみと
       後悔と希望と
       愛の
       片道切符をにぎりしめて
       不安な旅を続ける
       いつのまにか
       通りすぎたいくつかの駅
       しかしほんの一秒も
       停止することはできなかった
       なにがなんだかわからないまま
       もうターミナルが近づいてきた
       でも あなたに逢えたから
       決して愚痴はこぼさない
       ところであなたは……。

    ところであなたは……と最期に問いかけられて、
   私は自分の人生の来し方、行く末を思った。
   通りすぎたいくつかの駅には、
   重い荷物を降ろし 
   新しい荷物を背負いなおし、
   駅路の分かれ道を
   目的地も定めずに歩んできた時もあった。 

   そして、たくさんの大切なあなたに逢うことができたから
   思い出と一緒にターミナルに向かって歩んで行きたい。 

                  (2018.7.3記)     (読書案内№125)



















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読書案内「長いお別れ」 ②記憶を失い、やがて自分の存在さえ…

2018-06-19 20:46:10 | 読書案内

読書案内「長いお別れ」②
   記憶を失い、やがて自分の存在さえ…
          壊れていく父の姿を描く
     

 老夫婦の二人きりの生活の中に、夫・昇平の認知症が徐々に進行していく。
やがて症状は日常生活にも支障をきたすようになる。

 昇平の認知症は、発症してから七年が経とうとしていた。最初の五年間はそれでも、さほどの進行をもたらさなかったように見えたけれど、ここ二年ほどは人の目をごまかすわけにもいかなかった。

 話のつじつまが合わなくなってくる。意味のない言葉が口を突いて出る。やがて意味のある言葉が少なくなり、会話自体が成り立たなくなる。家に帰る道を忘れてしまう。何処にいても「帰る」といってその場を離れようとする。慣れ親しんだ家にいても「帰る」という。
 こうした現象を著者はやさしい目で見つめ、次のように描写する。

 意味のつながらない言葉たちが、年老いた父から漏れる。
 何か言おうとして、違う言葉が出てきてしまうのか、それとも、もう言おうと思う中身そのものが壊れ
 てしまっているのか、芙美(娘)にはわからない。おそらくは何か言いたいことがあって、言えないもどかしさもあるのだろうと想像するのだが、まるで聞いたことのない言葉を繰り出す老人の前に、何ひとつしてあげられなくて困っていると、相手は哀し気に伝えることを諦め、あるいは忘れて、ますますここではないどこかへ帰りたがってしまうのだ。

 作者の優しい目があるから、今まさに現在進行形で壊れていく老人の苦しみや、家族の不安を素直に受け止めることができる。ここに描かれる家族の絆は、父の介護を中心にして、妻として娘として、信頼関係という絆で結ばれている。誰が父の介護をするのか。やがては訪れるであろう高齢の母の介護を含めて、家族が一眼となって対処していく姿に清々しさを感じる。とは言え、三人の娘たちにはそれぞれの生活があり、それを守りながら無理のない両親への介護計画を話し合う。

 なんと素晴らしい家族のつながりだろう。差し迫った老親の介護を控えながら、三人の娘たちはこの問題を積極的に解決しようと話し合い、検討を重ねる。
やがて、昇平の最期の時が来た。
淡々と来るべき時を迎えた昇平を見守る妻と三人の娘たち。

 自分を失い、壊れていく人格にしばしば家族たちは絶望感を抱き、見るのが辛いと嘆く。
余りにも悲しい人生の最期ではないか。しかし、小説の中の登場人物たちは『記憶や言葉が失われていくのは悲しく、つらいことも少なくなかったが、父は楽しい思い出もたくさん残してくれた。電話で愚痴をこぼした時などは、話の内容は理解していないはずなのに声のトーンで察したのか、ままならぬ言葉で慰めようともしてくれた』と。
作者の目は何時も温かい。
 
  私は、読み終わって、昇平を取りまく家族たち、とくに健気に夫と共に生きていこうとする妻の曜(よう)さんに、いつのまにか頑張れと応援していた。

  タイトルの由来
認知症のことを英語で「ロンググットバイ」と言うそうです。
少しずつ少しずつ記憶を失っていく。人格を失いほぼ全面介助になり、長い長い時間をかけて、ゆっくりゆっくり最期に向かって遠ざかっていく、「長いお別れ」。
心に残り、とてもいい小説です。

                      (読書案内№123-2)  (2018.06.08記)


 

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読書案内「長いお別れ」 ① 恍惚の人…

2018-06-12 08:30:00 | 読書案内

読書案内「長いお別れ」中島京子著 ①
    記憶を失い、壊れていく父の姿を通して、人間を描く
       

内容紹介(ブックデータベースを参考)
 帰り道は忘れても、難読漢字はすらすらわかる。
妻の名前を言えなくても、顔を見れば、安心しきった顔をする――。

東家の大黒柱、東昇平はかつて区立中学の校長や公立図書館の館長をつとめたが、
十年ほど前から認知症を患っている。
長年連れ添った妻・曜子とふたり暮らし、娘が三人。孫もいる。

“少しずつ記憶をなくして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行く”といわれる認知症。
迷子になって遊園地へまよいこむ、
入れ歯の頻繁な紛失と、その入れ歯が予想もしなかった場所から発見される。
記憶の混濁--日々起きる不測の事態に右往左往する家族の姿を通じて、
終末のひとつの幸福が描き出される。
認知症の昇平の介護を巡る家族たちの温かくて少し切ない10年の日々を描く。

恍惚の人
 (新潮文庫)
まだ認知症とかアルツハイマーなどという言葉がなかったとき、
徐々に襲ってくる高齢化社会で、「ボケ」というような言葉が使われていた。
1972(平成47)年、有吉佐和子の『恍惚の人』がベストセラーになった。
自分が誰であるかもわからなくなり、人間としての尊厳も徐々に失われていく。
「恍惚の人」、いわゆる認知症であるが、当時はこの病に関する情報も知識も全くなかった様に思う。現在に比べれば当時の福祉制度もお粗末なものだった。ボケも介護も社会問題という視点で語られることはなく、一家庭の問題として自助努力にゆだねられていたから、時によっては家族を巻き込み家族の人生をも壊してしまう現象であった。

 長寿はめでたいことだと思った多くの人たちは、認知症の当事者も含め、思いもしなかった家族の不幸をもたらす現象に皆が唖然とさせられた。そんな時代があったのだ。
                                                                                                              (つづく)
      (次回「長いお別れ」の内容を紹介します)

                       (読書案内№123-1)  (2018.06.08記)

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読書案内「桜守」 水上勉著

2018-04-25 09:25:40 | 読書案内

読書案内「桜守」 水上勉著
         新潮文庫 昭和51年4月刊 平成7年第16刷
                           
他に、木造建築の伝統を守って誇り高く生きる老宮大工を描いた長編『凩』を併せ収める 


  昭和43(1968)年に書かれた小説。
50年も前に書かれた小説だが、今読んでも少しも古さを感じない。

4月の桜の季節には是非読みたい小説のひとつです。
何度も読めば、新しい発見があり、年齢とともに受け止め方も違ってくる。

 丹波の山奥に大工の倅として生れ、若くして京の植木屋に奉公、
以来、四十八歳でその生涯を終えるまで、
ひたむきに桜を愛し、桜を守り育てることに情熱を傾けつくした庭師弥吉。
その真情と面目を、滅びゆく自然への深い哀惜の念とともに、なつかしく美しい言葉で綴り上げた感動の名作『櫻守』。(ブックデータより抜粋)

 時代に迎合せず、
頑ななまでに自分の生き方を「櫻を守る」ことに命を賭けた男「弥吉」の生涯を描く。
「生きるということは」、「道を究める」と言うことはこういうことなのかと、
厳しく自分の生き方に忠実に生きた男の生涯を感動を持って読んだ。

小説の冒頭。
主人公弥吉5歳のころ。
『母と祖父の笑う声がした。満開の桜の下だった。…かわいた地べたに、白い太股を見せた母が、のけぞるように寝ていて、わきに祖父がいた。家ではいつもいらいらしている母が、楽しそうにはしゃいでいる。見てはならないものを見たような、一瞬、恥ずかしい気持ちが襲った』

 満開の桜の下で、華やかで、どこか物哀しく、
そしてどこかに暗さを漂わせたイメージが、生涯弥吉についてまわる。
なぜこれほど櫻に見せられたのか。
誰にも解らない。
一途に生きる
冒頭の桜のイメージを生涯追い求めた弥吉は、
後年大人になってから少年のころに見た母と祖父の桜の下での光景を思い出す。

『母が祖父と一緒に生家の背山(うしろ)へのぼったのは二十七、八だろう。まだ、ぴちぴちした若さで、桜の下で見たふくらはぎも、絹のように白くて肌理(きめ)がこまかかった。木挽の祖父との姦通が原因で、母が父から離縁されたのなら母に落度があったのではなく、むしろ母をそんなにまで、祖父に接近させた父のほうに、計画があったのではないか。十歳までの記憶の中で、父が家でにこやかにすわっている姿は見たことはないのだった。いつも祖父が炉端にいて、母は祖父の前で子供のようにうきうきしていた』
 
 弥吉は桜守として、桜を守り育てることに情熱を傾け続け、
共同墓地の「老桜」の大樹の根元に埋葬してくれと言って48歳の生涯を閉じる。

桜職人として一途に生き、生涯を桜に捧げた弥吉の心の底には、
満開の桜の木の下で祖父と楽しそうに戯れる母の姿があったのだろう。

 幼い弥吉と木挽の祖父との寂しい暮らしの中で、
他所に女を作り帰ってこない夫を待ちながら、
祖父と一線を越えてしまうのは夫への復讐ではなく、
人里離れた山里で暮らす希望の閉ざされた生活。
寂しさ耐えられなかった女の切ない心情なのかもしれない。

満開の桜の季節になると毎年この小説を読み直し、
「寂しいという気持ち」が人の一生を決めてしまう時もあるのだなと、弥吉やその母に思いを馳せる。
作者・水上勉の弱者への優しいまなざしを感じる好きな小説のひとつです。
    (2018.4.24記)    (読書案内№122)

追記:
  「桜守」の弥吉は創作された人物だが、弥吉が先生として慕う桜学者の「竹部庸太郎」には、実在のモデルがおり、御母衣ダムの湖畔に移築された樹齢400年の老桜の挿話は、事実に基づいた話であり、現在も「荘川桜」として、春にはダム湖に沈んだ村の象徴として爛漫の花を咲かせ、往時の出来事を彷彿とさせています。
                                            (2018.4.25記)


 

 

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