読書案内「滑走路」 歌集 萩原慎一郎著
角川書店 初版2017.12.25 2018.6.15第3版発行
希望の滑走路でありたい
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32歳の社会人になって、
「不本意な15年間だったことは、間違いない」と断定しなければならない人生とは
どんな人生なのだろうか。デビュー作でありながら遺作になってしまった歌集「滑走路」の中から
32歳の人生を辿ってみよう。
非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている
非正規という受け入れがたき現状を受け入れながら生きているのだ
「負けるな」と友に向かって、ぼくは叫んでいた。
そういうぼくだって「書類の整理」ばかりしてる。
「負けるな」と今度は自分に向かって呟いてみた。
かならずや通りの多い通りにも渡れるときがやってくるのだ
自分の人生を交通量の多い道路に見立てて、かならず渡れるときが来るのだと希望を捨てない。
渡った先にこの若い歌人はどんな未来を見ていたのだろう。
夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから
今日も雑務で明日も雑務だろうけど朝になったら出かけていくよ
仕事から解放され、ひと時の安息の時間に自分を取り戻す。夜明けまでのわずかな時間がきっと
「孤独」という時間の流れの中で過ぎていくのだろう。満たされない朝を迎えるやりきれなさが
辛い。さらに孤独な時間は次の歌へと繋がっていく。
東京の群れのなかにて叫びたい 確かにぼくがここにいることを
夕焼けをおつまみにして飲むビール一篇の詩となれこの孤独
時として、孤独は癒しの時間でもあるのだが、都会の人の群れの中に居て誰とも交われない
寂しさは、群衆の中で孤立していく。失意や挫折を伴って希望が消えていく。叫びたいけど
叫べない心の葛藤がある。
それでも、若い歌人は希望を抱いて歌を詠う。
ヘッドホンしているだけの人生で終わりたくない 何かを変えたい
今日願い明日も願いあさっても願い未来は変わってゆくさ
ぼんやりとかすんで、とらえどころのない未来。今日一日を生きることで、
今日も明日もあさっても、追いかけられるようにして一日が終わってしまう。
若さゆえの焦燥感が切ない。
もう少し待ってみようか曇天が過ぎ去ってゆく時を信じて
こころのなかにある跳び箱を少年の日のように助走して越えてゆけ
正直に生きる。真っすぐに生きる。この競争社会においては、とても難しい生き方だ。
希望を持ち、思いどおりに生きていけない現実に、希望がだんだんやせ衰えてしまう。
恋心の歌も詠っているが、漂っているのは、やはり彼の不器用な生き方であり、
どうしようもない混沌とした孤独だ。
表題「滑走路」は離陸し大空へ飛び出す「希望の滑走路」という意味だったのだろう。
だが、希望は失墜し、彼は33歳で自ら命を絶った。
中学、高校時代いじめに遭いその後精神的不調に悩まされ、
非正規として働かざるを得なかった彼の『遺作』となってしまった。
ご冥福を祈る。
合掌
(2018.11.26記) (読書案内№133)