題名の由来は(上巻)の半ば過ぎになって明らかにされる。
主人公新兵衛がまだ奉公人の時代。商用で旅に出た時の経験を、次のように述べている。
海沿いに続く街道を急ぐ新兵衛。
雨がやみ、風が出てきて、
昼前だというのにまるで日暮れのように、
四囲が暗くなった。
生あたたかい風
よろめきながら街道を急ぐ新兵衛
黒い雲が頭上を飛び交う
「あの音は何だろうね? こうこうって変な音がするだろうが……」
聞かれた老人が答える
「ありゃおまえさん、沖を大風が通るところだよ」
「大風が?」
[そうだ]……
今、新兵衛はあの時の海鳴りの音を思い出す。
人の心を不安に誘う、遠く威嚇するようなその音が聞こえたような気がした。
無論、実際に聞こえるはずのない海鳴りは、
ひょっとしたら、新兵衛の胸に芽生えた
不吉な予感がざわめきあう音だったかもしれない。
不安、孤独、老年の寂寥感、妻や子供との葛藤、
一代で築いた紙問屋に忍び寄る同業者からの悪意のある嫌がらせ、
人妻「おこう」への抑えきれない思慕、密会・密通への罪の意識、
道行(みちゆき)への思いが逡巡する。
物語はこうした新兵衛を取り巻く状況を押し流すように、
人生の幕引きを如何にすべきかと、新兵衛の苦悩へと進んでいきます。
(つづく)
主人公新兵衛がまだ奉公人の時代。商用で旅に出た時の経験を、次のように述べている。
海沿いに続く街道を急ぐ新兵衛。
雨がやみ、風が出てきて、
昼前だというのにまるで日暮れのように、
四囲が暗くなった。
生あたたかい風
よろめきながら街道を急ぐ新兵衛
黒い雲が頭上を飛び交う
「あの音は何だろうね? こうこうって変な音がするだろうが……」
聞かれた老人が答える
「ありゃおまえさん、沖を大風が通るところだよ」
「大風が?」
[そうだ]……
今、新兵衛はあの時の海鳴りの音を思い出す。
人の心を不安に誘う、遠く威嚇するようなその音が聞こえたような気がした。
無論、実際に聞こえるはずのない海鳴りは、
ひょっとしたら、新兵衛の胸に芽生えた
不吉な予感がざわめきあう音だったかもしれない。
不安、孤独、老年の寂寥感、妻や子供との葛藤、
一代で築いた紙問屋に忍び寄る同業者からの悪意のある嫌がらせ、
人妻「おこう」への抑えきれない思慕、密会・密通への罪の意識、
道行(みちゆき)への思いが逡巡する。
物語はこうした新兵衛を取り巻く状況を押し流すように、
人生の幕引きを如何にすべきかと、新兵衛の苦悩へと進んでいきます。
(つづく)