雨あがりのペイブメント

雨あがりのペイブメントに映る景色が好きです。四季折々に感じたことを、ジャンルにとらわれずに記録します。

輸入依存の食料自給率38% ②コメ生産偏重の農業政策の改革ができない

2023-10-29 06:30:00 | 昨日の風 今日の風

輸入依存の食料自給率38%
 ② コメ生産偏重の農業政策の改革をしないで
        自給率の低い食料を輸入に依存する過ち。

    主要国の食料自給率(カロリーベース食料自給率)(単位:パーセント)
     出典:農林水産省試算(カロリーベース)
        国名     1965年           2015 年       2020年                                        
    カナダ    152              255    221
   オーストラリア  199             214     173
   フランス            109              132           117    
           アメリカ            117              129             115
           ドイツ                 66                 93              84
           イタリア             88                 62              58
           日  本             73                 39              38(2022年度)

   〇 諸外国の⾷料⾃給率の試算値を⽐較すると、
   ① カロリーベースについては、
     国内の消費⼈⼝が⼩さく、カロリーベースに寄与する穀物、
     油糧種⼦等の⽣産量が多いカナダ、オーストラリア等の国が上位に位置づけられる⼀⽅、
   ② ⽣産額ベースについては、
     野菜・果実等の輸出量が多いイタリアがドイツ、イギリスを上回るなど、
     カロリーに⽐して価格の⾼い野菜・果実、畜産物の動向がより反映される
     傾向にあります。
  〇 我が国の⾷料⾃給率は、諸外国と⽐較すると、
                  カロリーベース、⽣産額ベースともに低い⽔準にあります。

                     カロリーベース(熱供給量ベース)とは、国民一人当たりの1日の摂取カロリー
                                 (熱量)のうち、国産費が占める割合を示したものを言う。
                           生産額ベースとは、国民に供給される食料の生産額に対する国内生産の割合
                                 を示している。(上の表ではカロリーベースの試算しか載せま
                                 せんでした)
  具体的に述べると、我が国の食料自給率は38パーセントです。
  つまり、不足分の62%は輸入に頼っているということです。国民の生命に関する食料が62%
  も外国に頼らなければ生活できないという危機的状況が日本の現在の状況です。

   では、不足分の62%の食料は何処の国からの輸入しているのか。
  農林水産省の統計ではアメリカ(22%)、オーストラリア(11%)、カナダ(9%
)、ブラジル(5%)な
  どとなっています。

   小麦、大豆、トウモロコシなどは、ほとんど輸入に依存しています。小麦の輸入が希望ど
  うりににできなければ、パンやパスタ、うどんなどの生産に支障をきたします。
   同じように家畜飼料のトウモロコシの輸入がとどこおれば、酪農も牛豚肉生産や鶏肉・鶏
  卵生産は成り立たず生産者、消費者に大きな不安を与えることになってしまう。
   最近のように気候変動や戦争などにより、輸入価格の高騰があれば、
  同様に経済そのものがバランスを欠き、社会不安を起こしてしまいます。

農業基本法の制定(1961年・昭和36)

 高度経済成長に伴う農業と商工業との所得格差拡大問題を解決すると大きな目標をかかげ、
具体的には農業の生産性の引き上げと農家所得の増大を目的とした。
農業生産の選択的拡大と合理化
農業構造改善事業の着手
流通の合理化
などが進められ、生産性を飛躍的向上と農家の所得を増大の目的は果たせた。
農業の生産性はと商工業の所得格差はあるていど改善されました。
 しかし、同法第2条「農業生産の拡大と合理化」は
「需要が減少する農産物の生産の転換、外国産農産物と競争関係にある農産物の合理化等」
推奨しています。
 わかりやすく説明すると、
「需要が減少する農産物は作らなくてもよい、外国の大規模農業と価格競争でたちうちできないものは作らなくてもいい」ということです。

 米国からの輸入と競合する小麦や大豆生産から撤退することになり、
小麦の作付け面積は、61年を境に急激に減少。
大豆の生産量は急減しました。
 その結果酪農・畜産の飼料は、米国からの輸入飼料に依存し、
飼料自給率は大幅に下がることになり、
地球温暖化などの理由で価格高騰した小麦や大豆、トウモロコシなどの飼料価格は高騰し、
同時に選択的拡大で生産を拡大してきた
酪農・畜産・果樹産地を直撃したのが、
牛肉・オレンジの自由化などで、産地などでは一時離農が続出した時期もあった。
 
 所得格差は改善されたが、農家の兼業化や若年労働者の離農による担い手不足問題の引き金となり、食料自給率低下の要因となってしまったため、農業基本法は廃止された。
 
 食糧自給率の低下には、複数の要因が考えられます。
気候変動: 
 近年は、農作物は品種改良や生産技術の発展などにより、収穫量も増加しています。
しかし、農作物の生産高は気候に左右され、
なかなか安定した量を確保することが難しい。
輸入に依存すれば、価格高騰に影響され安定した経済を確保することが難しくなります。

ウクライナ危機:
 ウクライナ危機で穀物の国際相場が上昇し、
輸入食品の値段が上がって家計を圧迫した苦い経験を私たちは知っている。順調に食料が収穫できても、ウクライナ危機のように輸送手段が確保できなくなったり、輸出制限があったりすれば、その影響を私たちはたちどころに受けてしまいます。円安もマイナス材料です。
 どこかの国のように輸出や輸入を武器の代替え品として、
経済の抑止に使用するることは人道に反する行為です。
 国際相場の影響を和らげるためにも自給率を高めるべきでしょう。

  生産者中心の農業基本法に代わり、1999年の食料・農業・農村基本法が制定された。 
生産者と消費者、都市と農村の共生を目指し、食料の安定供給の確保、農村の多面的機能の発揮、農業の持続的発展など、農村の振興を実現していくことを基本理念としている。

 しかし、一度衰退してしまった生産体制を立て直し、
食料自給率を高めるのはたくさんの労力と、時間がかかります。

 食料自給率の目標(農林水産省)

令和12年(2030)年度までに、
カロリーベース総合食料自給率を45%、
生産額ベース総合食料自給率を75%に高める目標を掲げています。
また、飼料自給率と食料国産率についても併せて目標を設定しており、
飼料自給率と食料国産率の双方の向上を図りながら、
食料自給率の向上を図っていきます。
基本計画における食料自給率などの目標を示した図(農林水産省資料)
食料自給率等の目標は、
令和2年3月に閣議決定された食料・農業・農村基本法で定められています。

 
 これまでの農政は、コメ農家の立場から考えたものが中心でした。
コメが余っているので、
田んぼで小麦や大豆をつくるように補助金で促しているのはその典型です。

小麦も大豆も湿気に弱い作物なので、これでは国産比率はなかなか高まりません。

【令和5年度最新】飼料用米の補助金制度が見直しに! 変更点と今後の動向

出典 : masy/ PIXTA(ピクスタ)

 米余りの状況が続き、主食用米の価格が低迷する一方で、
飼料原料の輸入量が激減して価格が高騰し、国産飼料の増産が求められています。
 水田を活用して飼料用米を栽培することは、この2つの課題の解決につながる有効な対策として、国は交付金制度を設けて推進しています。

 自給率を高めるための、農業改革、不足している農作物耕作を奨励するために、
補助金制度を活用することは、悪いことではないが、
労働意欲をそぐような補助金の支給は考えなければなりません。
 転作農作物の生産の行方をはっきり見極め、
商業や産業のように創意工夫の努力が報われるような食料自給率の向上が望まれます。

 
 農業従事者ではなく、消費者として自給率に貢献できることはないのか。
ジュニア向けの広報がありました。

ほんの少し意識を変えるだけでも食料自給率を上げることができます!




資料:農林水産省「ジュニア農林水産白書2023年版」

   二回にわたり我が国の食料自給率についてアップしました。
   固い内容の記事を最後まで読んでいただきありがとうございました。
   最初は、自給率38%という現状だけを記事にしようと思ったのですが、
   調べるうちに、政府の農業政策に触れなければ、自給率の低下の問題は
   先が見えてこないと思い、長い記事になってしまいました。

参考文献  参考文献 NHKサクサク経済(10月15日号)  しんぶん赤旗日曜版 農林水産省白書他

(昨日の風 今日の風№138)  (2023..10.28記)

 

 

                                                       

 

 

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輸入依存の食料自給率38% ①自給率低下の現状

2023-10-22 06:30:00 | 昨日の風 今日の風

輸入依存の食料自給率38%
 ① 自給率低下の現状

 「日本は資源がないので、外国から資源(材料))を輸入し、
それを加工し外国へ輸入する。こういう貿易を加工貿易というんだ」
遥か昔、今から六十数年前に私は小学校の社会の授業で教わりました。

大東亜戦争の愚かしい夢を敗戦という現実が訪れ、戦後復興を合言葉に
みんなが必死に働いた。
終戦直後、生産手段を持たない人たちは、食料確保に汲々した時代があった。
闇市が軒を並べ、闇物資が横行し、着物などを食料と交換した食料難時代が続いた。
コメは食糧管理法で管理され、配給制で自由には購入できず、
ヤミ屋が運ぶヤミ米購入しなければ多くの人は、食糧危機を乗り越えることができなかった。

やがて、食料危機がなくなると経済は安定し、
政府や人々の関心は、働いてお金を稼ぎ経済的な安定を求めるようになります。
社会の変容に伴う政策の転換及び人々の意識の変化は、
第一次産業の農業、林業、漁業、鉱業などの自然界に携わる産業の衰退を速めていくようになった。

 1965(昭和40)年、73%をピークに、2000年度以降は、40%前後で低迷しています。
38%というのは、2019年の実績で、2018年には過去最低の37%を記録しています。
 (農林水産省調べ)

 政府は、2030年度に食料自給率を45%まで引き上げるという目標を掲げましたが、
達成には程遠い状況です。

 コメや野菜については、自給率が高いが、大豆、小麦などの自給率が低いために全体の自給率を引き下げています。

 畜産物の自給率が低いのには訳があります。
国内で育てられた牛や鶏でも食べるエサが海外から輸入したものであれば、
その分は自給したとみなされません。
何故なのでしょう。
例えば、鶏の卵は96%が国産ですが、鶏のエサとなるトウモロコシなどは海外に依存しているため、12%まで下がってしまいます。同じように牛肉や豚肉などもその飼料のほとんどを外国産に頼っています。
 気候の変動で不作になったり、最近のように戦争によって輸入の道が閉ざされてしまえば、飼料の価格は高騰し、生産価格の高騰につながってしまうので、自給とみなすことができないのです。
大豆も小麦もトウモロコシも経済の行く末を確保する重要な資源なのです。

 自給率のアンバランスは日本の農業政策の失敗ではないか。

農地面積の減少
 1961(昭和36)年から2021年までに農地の減少面積は、
 東京都の総面積の7.9倍にもなります。
耕作放棄地の拡大
 東京都と大阪府を合わせた面積よりも多いと言われています。
農業従事者の減少と高齢化
 この20年間で約3分の1に減少。
 しかも、農業就業者の7割が65歳以上の高齢者です。さらに高齢化が進めば
 耕作放棄地になるか、委託農地になり、農業の先行きは不透明になります。

 食生活の多様化により、畜産物や加工食品などの消費が伸びる一方で、
コメなどの自給率の高い品目の消費が減っているため、
自給率のパーセンテージが低くなってしまいます。

 何故こんなことになってしまったのか。
                                                                                                    (つづく)


   (昨日の風 今日の風№137)      (2023.10.20記)

 

 

 

 

 

 

 

 

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読書案内「帰艦セズ」吉村 昭著 ②新しい事実 

2023-10-14 06:30:00 | 読書案内

読書案内「帰艦セズ」吉村 昭著 ②新しい事実 
 調査が進むにつれ次のことが分かった。
乗船していた軍艦は「阿武隈」で、事件当時北海道小樽港に碇泊。
記録は「昭和十九年七月二十二日〇〇四五ヨリ七月二十三日〇六一五マデ」の上陸許可を申請し、
下船を認められる。 

成瀬機関兵は旅館に一泊し翌早朝帰艦するため旅館を出たが、

官給品の弁当箱を忘れたことに気付き、狂ったように旅館を探し回ったのに違いない。帰艦時刻が迫り、商店の者に懇願して自転車を借り、桟橋に向かってペダルを踏んだ。館に戻ったかれは、弁当箱を持たずに帰ったことを報告、激しく叱責されて官紛失の、罪の重大さを知り、再び上陸した。が、それを探すことができず、そまま桟橋に足を向けることをしなかった。

 調査員の橋爪は、官品の弁当箱を紛失したまま帰還した場合の想像される過酷な制裁と処罰に恐怖を抱き、帰艦の気持ちもすっかり萎えてしまったのだろう、と想像する。
兵員死亡報告書には『死因………自殺セルモノト認ム』とある。

また、「変死状態ノ概要」によると、
「小樽港碇泊中ノ軍艦阿武隈ヨリ逃走 前記ノ場所ニ於テ自殺ヲ遂ゲ 其ノ後死体ハ風雪ニ晒サレアリタルモノト推定セラ」るとある。

 出航時間までに帰艦できなかった状況を、公文書は「逃走」と位置づけている。
 遺骨とともに届いた戦死報告は戦死ではなく「飢餓ニヨル衰弱死」とあったから、
 遺族は、機関兵の息子の不可解な死を容認することができずに、戦後三十数年を経てなお、
 調査員の橋爪が電話した時、「生きているのですか?」と、期待に胸躍らしたのだ。

 「飢餓ニヨル衰弱死」が軍艦から逃走し自殺をしたと、兵員死亡報告書は伝える。
 官給品の弁当箱を紛失し、処罰を恐れ逃走した機関兵は小樽市の山中で自殺したことになる。

 「逃亡したあげくに自殺」という不名誉な息子の死に、年老いた母の胸中を思えば、
 隠れていた真実を掘り起こし、遺族に伝えることが果たして良いことなのかどうか。
 週刊誌の記事のように、相手のスキャンダルを暴き、
 個人のプライバシーを白日の下にさらけ出してしまうことに、
 ある種の後ろめたい思いをするに違いない。
 さらに、「有名人にプライバシーはない」などと言う。
 ジャーナリストである前に、人間であれ。
 人間として品性を欠くような記事は許されない。
 
  多くの記録文学を上梓してきた吉村氏は、
 個人の秘密を白日の下に晒さなければならなくなった時、
 遺族の承諾を得られず、書いた原稿を反故にしたこともあったに違いない。
 小説とはいえ、不用意に真実を発表すれば、
 関係者の人間関係をぎこちなくし、心の平安を乱すことになってしまう。

  
事実を歪曲するのではなく、事実を冷静に見つめながら
 「優しさ」というスパイスを振りかけることが必要ではないか。
 他人の過去に踏み込むことに
ためらいを覚えるときがあるのは、人として当然なことと思う。
 文章にされた事実は、時には凶器となって対象者の人生を狂わしてしまうこともある。
 事実であれば、何を書いてもよいというわけではない。
 書いたものに責任を持ち、節度を持つことが必要だ。

 官給品である弁当箱を紛失し
たことから、機関兵は乗っていた巡洋艦に戻れず、
「逃亡兵」の烙印を押される。山中に隠れ住み、ひとり飢えて死んだ。
自殺ではない。公文書に残る「餓死ニヨル心臓衰弱死」は、正しかったわけだが、
公文書の裏に隠れた真実を吉村氏は追及し、無残で悲しい事実を追及する。

 調査員橋爪の口を借りて吉村氏は次のように語らせている。

 一人の海軍機関兵の死因を探るため調査をしたが、それは結果的に遺族の悲しみをいやすどころか、新たな苦痛を与えている。三十数年の歳月を経てようやく得られた一人の水兵の死の安らぎを、かき乱してしまったような罪の意識に似たものを感じていた。

 物語の最後。橋爪は機関兵が白骨となって発見された現場を訪れる。
現場は、眼下に港が見下ろせ、海洋の広がりも一望にできる高台にあった。
長い引用になるが最後を締める大切な箇所なので、ネタバレついでに紹介します。

不意に、一つの情景が(橋爪の)胸の中に浮かんだ。
水兵服をつけた若い男が、灌木のかたわらに膝をついて港を見下ろしている。
巡洋艦「阿武隈」が、
煙突から淡い煙を漂わせ、白い航跡を引いて港外に向かって動いてゆく。
彼の胸には、様々な思いが激しく交錯していたのだろう。
弁当箱を見つけることができずこの地にのがれたが、
その間艦にもどろうという思いと、もどれぬという気持ちが入り乱れ、
何度も山を下りかけたに違いない。
 五日間が経過し、彼はこの場で「阿武隈」が出港していくのを見下ろした。
叱責とそれに伴う過酷な制裁を恐れてこの地へ逃れたことを、どのように考えていたのだろうか。

 艦は港外へと向かっていて、すでに戻ることは不可能になった。
かれは、自らが逃亡兵の身となり、
両親をはじめ家族が、軍と警察の厳しい取り調べをうけ、
周囲の侮蔑にみちた眼にかこまれることに恐怖を抱いていたに違いない。
かれは、艦が港を離れ、外洋を遠く去っていくのを、身を震わせながら見送っていたのだろう。


 一切の感情をそぎ落とし、簡単明瞭に事実に基ずいて作成された死亡通知にかくされた、
機関兵の餓死に至る心象を見事に表現している。
物語の最後にふさわしい文章だ。
無味乾燥な死亡通知書から掘り起こされた機関兵の心象と、
調査員橋爪の心象が見事に表現されている。

 さらに、この心象風景は、作者・吉村昭氏の優しさと、節度ある姿勢と一致する。
ノンフィクションや記録文学では、三十数年前に、官給品の弁当箱を紛失して、帰艦のタイミングを逃して、逃亡兵として死んでいった機関兵の白骨が散らばった丘に立つ調査員・橋爪が外洋に広がる港を眼下に見下ろすシーンで幕を引いてもおかしくない。

 読者が最後の文章を読むことによって、「帰艦」できなかった機関兵の悲しみと不幸に感情移入できることを吉村氏は十分に計算している。
これが吉村氏の優しさと、節度である。

 文春文庫版の「帰艦セズ」の本の表紙の写真を見てほしい。
眼下に広がる外洋に向けて、「阿武隈」が出港していく。
高台に立った機関兵が見た光景だ。
機関兵の悲しみと絶望が画面いっぱいに漂っている。
心憎い装丁だ。

 官給品のアルマイトの弁当箱を紛失したために、死んでいく男の悲劇が読者の心をとらえる。
                                       (終わり)
(読書案内№190)    (2023.10.13記)

 

 

 

 

 

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読書案内「帰艦セズ」吉村昭著 ①飢餓ニヨル衰弱死 

2023-10-07 06:30:00 | 読書案内

読書案内「帰艦セズ」吉村昭著
       ブックデータ: 文春文庫 2011.7第三刷 短編集 
                      「帰艦セズ」の初出掲載誌 新潮 昭和61年1月号
   
戦争で息子が戦死した。届いた箱の中には石が一つ入っていた。
   お国の為に戦い、英霊として靖国神社に祀られる。
   大義の為に命を捧げざるを得なかった人の死に対して、
   赤紙一枚で、個人の事情などまったく勘案することなく、
   強制的に兵役を課せられた人の無念さを思えば、
   なんと軽々しい戦死の扱いか。
   木箱一つを送り付けられて、
   最愛の夫や息子を戦死させてしまった遺族の後悔は計り知れない。
   どのような状況で戦死したのか、
   遺族としてはどんな些細なことでもいいから戦死に関する情報を知りたいと思うはずだ。
   「帰艦セズ」は一人の逃亡兵の話である。
    死亡者は成瀬時夫、大正十年七月十九日生まれで、海軍機関兵、死因の欄には「飢餓ニ因ル心臓衰
    弱」とあり、死亡の場所は小樽市松山町南方約二千米の山中とあり、どのような死であったのか記述
    されてない。

 死亡者は海軍機関兵であり、
軍に籍を置いたものが飢えて衰弱死するなどということはあり得ない。
しかも、死亡場所が山中で、なぜそのような地に海軍機関兵が行ったのかも疑問に思われた。
 死亡通知を受けた遺族の思いもまた複雑だったに違いない。
「戦死」という報告なら、無念さ故のくやしさを抱きながらも、
あきらめざるを得ないが、「飢餓ニ因ル心臓衰弱」ではどう解釈していいか困ってしまうが、
死を究明する手立てがなければ、疑問を抱えながらもあきらめざるを得ない。

 過去の出来事を掘り起こす作業は、根気のいる仕事だ。
糸口を発見するための努力のほとんどは、成果のない徒労に終わってしまう。
「死亡者住所」を手掛かりとして遺族を探し出すのが常道であるが、
戦後三十数年が経ってしまえば、遺族を突き止めるのにも可なりの労力を要する。
記載された住所の地区の成瀬を名乗る家の番号を電話帳から抽出し電話をかける。
橋爪は成瀬時夫の遺族であるかを電話の相手に向かって、確認する。
やっと遺族に辿りついた。
 年老いているらしい女の弱々しい声が流れてきた。「時夫は私の倅ですが、生きているのですか?」
声が急に甲高くなり、夫を13年前に亡くした84歳になる
女は叫ぶように言った。手元にある資料を読み上げ、
「飢餓ニ因ル心臓衰弱」と記録されていることを伝え、あなたが知っていることを教えてほしいというと、電話口で夫人は次のように答える。

 息子が北海道のどこかの港で休暇をもらって下艦した折、軍艦が緊急出港したので帰艦できず、そのまま行方不明になっている」と答えた。それから一年過ぎた頃、骨壺が贈られてきたが、内部は空で、母親は、遺骨がないことから息子がどこかに生きているのかもしれない、とひそかに考え続けてきたという。
                     
               (つづく)
  (読書案内№189)      (2023.10.6記)

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