落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(45)右へ左へ 

2017-12-18 18:38:45 | 現代小説
オヤジ達の白球(45)右へ左へ 




 1球目。投手が思い切り前へ跳びだす。
するどく振られた指先から、回転の効いたボールが飛びだしてくる。

(勝負球のライズボールか。臨むところだ)

 負けじと柊も右足を大きく踏み込む。
外角ぎりぎりのストライクコースへ、ライズボールが浮き上がって来る。
(あわてるな。ぎりぎりまでひきつけて、しっかり上から叩くんだ)
目の前へボールがぐわりと浮き上がって来る。
(いまだ!)渾身の力でバットを振り出す。
充分な手ごたえが有った。

 飛距離は充分だ。しかし。打球は右へ切れていく。
(振り遅れた!。手ごたえは充分だったが、押し込まれて1塁側のファールだ)
柊がバッターボックスを外す。
身体は覚えていた。しかし、長年のブランクがある。
魔球のライズボールに順応したと考えたのは甘かった。
もうすこし速くバットを振り出すべきだな、と何度も素振りをくりかえす。

 柊のそんな様子を捕手がチラリと、横目で盗み見る。
(ほんものだぞ。油断できん。振り遅れてくれたから助かったが、危なかった)
2球目もライズボールで攻めようと、捕手がサインを送る。

 (たしかに力強いいいスイングだった。
 だが50ちかいおっさんに簡単に当てられるようじゃ、俺の目覚めが悪い)

 こんどは本気で行くぞと、投手がライズの形に指をかける。
ライズボールは球の回転がいのち。
そのため親指は使わない。人さし指を寝かせ、中指をボールの縫い目にかける。
親指をかけておくとボールが安定し過ぎ、回転数があがらない。
投げる瞬間。ドアノブを右へひねる形ですばやく手首を返す。
ボールにバックスピンに近い回転を与える。

 腕の振りが強くないとライズボールは上昇しない。
腕の振りを強くするために、右足を素早くひきつける必要がある。
1球目と比べると、投手の足の動きがはるかに速い。

 (おっ、次も本気のライズボールで来るつもりだな。
 好都合だ。それならそれでこちらも、早めにバットを振り出すだけだ)

 ソフトボールのバッテリー間の距離は14,02m。
野球の18,44mよりはるかに短い。
それだけではない。
投手は、ピッチャーズサークルの半径2,44mぎりぎりまで前へ跳ぶ。
11m余りの至近距離から、威力のあるストレートや緩急の有るチェンジアップや
上に浮き上がるライズボールが飛んでくる。
そのため。110キロの速球がバッターから見れば160キロに相当する。

 
 手元を離れてから振り出したのでは、はるかに遅い。
ボールがリリースされる直前。打者のバットは上から叩くための始動をはじめている。
上から叩かなければ野球よりも大きく重い球は、遠くまで飛んでいかない。

 柊の読み通り。こんどはインコースをえぐるようにライズボールが飛んできた。
(さすがにAクラスの好投手。想定通りの、インコースだ)
腕をたたんだ柊が、胸元へむかってせりあがって来る球を上から強烈に叩く。
こんども手ごたえは充分にあった。

 しかし。対応が速すぎたため、バットを押し込み過ぎた。
3塁線上を飛び始めた打球が途中から軌道を変え、おおきく左へ切れていく。

 「ファールボール。ストライク2!」

 「いい投手だ。ひさびさに俺の闘争本能に火がついたぞ!」

 「ナイススイングです、2球とも。
 おっさんだと思ってあなどっていました。
 さすが伝説のホームランバッタです。スイングはいまだ健在のようですね」
 
 「嬉しいねぇ。若い者からそんな風に褒められると。
 君のリードも素晴らしいが、おたくの投手もなかなかのものだ。
 次もとうぜん、ライズボールで勝負に来るんだろ」

 「そのようです。
 いまのスイングでウチのピッチャのやる気スイッチが入りました。
 ライズボールをど真ん中へ投げたくて、うずうずしているのがわかります」

 「それでこそAクラスのエースピッチャだ。
 おかげでひさびさに、いい勝負ができそうだ。」

 柊がふたたび打席を外す。びゅっと強く、思い切りバットを振りぬく。


 (46)へつづく