落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(43)駆け引き 

2017-12-11 18:43:23 | 現代小説
オヤジ達の白球(43)駆け引き 




 「初球のストライクを絶対に見逃すな。
 あいつ。初球のストライクはインコースへ投げてくることがおおいようだ。
 その球を狙って思い切り、フルスイングをする。
 ただし。ただの空振りじゃダメだ。
 効果的な空振りにするために、ひと芝居、うつ必要がある」

 「ひと芝居する?。なんだ、どういう意味だ。
 俺にゃさっぱりわからないが・・・」
 
 岡崎が柊の顔を覗き込む。

 「バッタボックスへ入った瞬間が勝負だ。
 まず、3塁手を何気なく見る。
 ピッチャーがインコースへストライクを投げれば、思い切り引っ張るぞ。
 そんな風に感じさせるよう、なにげない視線をチラチラと3塁手へおくっておく」

 「三遊間狙いじゃなくて、3塁線を狙って打つと思わせるのか!」

 「そうだ。当たれば強烈なライナーが俺のところへ飛んでくる。
 そんな風に3塁手に思わせたら、この作戦は成功だ」
 
 「なるほど。そんな芝居をされたら、俺ならおもわず恐怖を覚える。
 2歩か3歩、うしろへさがる」

 「そうだ。絶対にバントは無いと思わせて、守備位置をうしろへ下げさせる。
 それが狙いだ。
 そのくらいの演技はできるだろう。
 中小零細企業の社長として30年ちかく、世の荒波を乗り越えてきたんだ。
 朝飯前だろう。若ぞうの三塁手を騙すくらいは?」

 「なるほど。
 強打してくると思わせて、三塁手をうしろへさげさせるのか。
 そこへバントを転がせば、とうぜん守備が遅れる。
 俺は一塁にゆうゆう、セーフで到達できるというわけだな!」

 「お前さんが塁に出たら、俺が代打で出てホームランを打つ。
 お前さんは歩いてホームへ帰って来れる。これで同点だ。
 俺が戻って来れば、2点目が入る。
 どうだ。Aクラスを相手に、絵に書いたようなサヨナラゲームの完成だ」
 
 ドランカーズの最終回の攻撃は、先頭バッターがショートゴロで1アウトになる。
作戦をさずけられた岡崎がヘルメットを被り、右の打席へ入る。

 (いいか。バッターボックスに入った瞬間から、3塁手をちらちらと見ろ。
 打席に立った瞬間から、心理戦の駆け引きがはじまっているんだ。
 本気の演技をしろよ。
 バントが成功するかどうかは、お前さんの演技力にかかっているんだからな)

 2度、3度、岡崎が3塁手をちらちらと見ながら、本気の素振りを繰り返す。
気配に押された3塁手がおもわず半歩、うしろへ下がっていく。
そのわずかな動きを岡崎は見逃さない。

 (おっ。3塁手のやつがびびったぜ。こうなりゃバント作戦は成功したようなものだ。
 しかし。いまの世の中、何が起こるかわからねぇ。
 念のためだ。ここはダメ押しで、もうひと芝居打っておくか)

 消防チームの投手も優秀だ。コントロールの良さには定評がある。
初球はかならず内角の低めへ、ストライクを投げ込んでくる。
しかし。それがわかっていても打者は、1球目のストライクを振りにいかない。
甘い球を待っているからだ。
甘い球というのは、「真ん中付近のストレート」のことで、凡打になる可能性の高い
ゆるい変化球や、内角低めの球には絶対に手を出さない。

 セオリー通り消防の投手が、内角低めへ一球目を投げてきた。
(おっ・・・ストライクゾーンへ、おあつらえの球がやってきたぞ!)
岡崎がニヤリと目を細める。
バットを振り出す直前。「こいつを待っていた」という目線を三塁手へおくる。

 するどく振り出された岡崎のバットがボールの上、30㌢でむなしく空を切る。
ものの見事な空振りだ。だがそれで終わらない。
手元から抜けたバットが、くるくると回転しながら土ぼこりをまきあげて
3塁線を転がっていく。
ベースの真横で守っていた三塁手が、あわてて足を挙げる。
不規則に回転するバットから、かろうじて逃げていく。

 「すまん。大丈夫か!。力を入れ過ぎてつい、手元がすべっちまった!」

 岡崎がヘルメットを脱ぐ。三塁手へ頭をふかぶかと下げる。
「気を付けてください。若くはないんだから・・・」三塁手が苦笑をうかべる。

 「バットを投げてみせるとは、零細企業の社長は実にえげつない人種だ。
 だが、若ぞう相手に効果はてきめんだ。
 見ろ。さっきまで三塁ベースの横で守っていたのに、いまはたっぷり後方へ移動した。
 これでバントすれば足の遅い亀でも、ゆうゆう一塁へセーフになる」

 柊がベンチでニヤリと笑う。

 (44)へつづく

オヤジ達の白球(42)接戦

2017-12-08 17:31:29 | 現代小説
オヤジ達の白球(42)接戦




 「おっ、もう最終回か。7回の表が終り、得点が3対2。
 なんだ。1点負けているじゃないか」

 8時を回った頃。柊が作業着姿でベンチへ顔を出した。
観戦に来たわけではなさそうだ。革靴ではなく、スパイクを履いている。
そのまま、どかりと祐介の隣りへ座る。
 
 「ランナーがひとり出たら、俺を代打で出せ。
 ホームランを打ってやる。サヨナラゲームで初戦を勝利でかざろうぜ」
 
 本人は出る気満々だ。
その証拠に、ベンチの中で柔軟のストレッチをはじめた。

 ソフトボールの試合は、7イニング。
四球の山で初回に3点を献上したあと、2番手で出た北海の熊が相手を押さえている。
呑んべェチームは2回と5回にそれぞれ1点ずつあげたが、それでも1点負けている。

 「柊。おまえ、ソフトボールの経験があるのか?」

 「祐介。アルツハイマーになったのか、おまえは。
 おれが大学までソフトボールしていたのを、もう忘れちまったのか。
 まぁ無理もネェ。守備が下手くそだったから、打つだけのDHだったからな」

 「そういえばお前のカミさんは、ソフトボール部のマネージャだったな。
 なるほど。カミさん狙いでソフトボール部へ入ったのか!」

 「ふん。何とでも言え。
 いろいろと難問は有ったが、手に入れてしまえばこっちのものだ。
 それよりもなんとかして1人、塁に出せ。
 よけるふりして当たれば、デッドボールで出塁できる」

 「熊のピッチングはいい。だが相手の投手も、かなりコントロールはいい。
 残念ながらデッドボールでの出塁は期待できそうにない」

 「熊が投げている?。あいつはたしか、謹慎中のはずだろう?」

 「ミスターⅩとして投げているから、とりあえずは大丈夫」

 「消防はAクラスのチームだ。
 それを相手にサヨナラゲームで勝つのは、初戦からして縁起が良い。
 おっ。見ろよ。
 三塁手のやつ。バントにたいしてまったくの無警戒だ。
 本来の守備位置より、ずっと後ろで守っている。
 バント攻撃する絶好のチャンスじゃないか」
 
 なるほど。3塁手はいつもの位置より、かなり後方で守っている。
ここまで誰一人バントをしてこなかったので、安心しきっている。
「いい作戦を思いついたぞ」柊が、ベンチの中を見渡す。
 
 「次の打者は誰だ?」

 「俺です」と岡崎が手を挙げる。

 「岡崎か。そいつは好都合だ。お前、足だけはそこそこ早かったな」

 「だがもう歳だ。昔ほど速くはねぇ」

 「大丈夫さ。
 あそこで守っている3塁手を、もっとうしろへ下がらせるいい方法がある。
 そのためには多少の演技も必要だがな」

 「演技?。何しようってんだ、こんな土壇場で?」

 「いいか。最初のストライクが来たら思い切り振れ。
 ただし。間違っても当てるんじゃないぞ。
 三塁手の方向を向いて、目いっぱい、これ以上はないというほどの
 フルスイングして、空振りしろ」

 「えっ・・・わざと空振りをするのか?」

 (43)へつづく

オヤジ達の白球(41)ミスターⅩ 

2017-12-06 18:22:55 | 現代小説
オヤジ達の白球(41)ミスターⅩ

 


 「さ、坂上の奴。
 勝手に敵前逃亡するなんて、いったいぜんたい何を考えているんだ・・・」

 捕手の寅吉が坂上が消えていった球場の出口を、呆然と見送っている。

 競技中の選手は、いつでも交代することができる。
ただし。交代するためには、監督が球審に交代の通告をしなければならない。
監督が球審に通告したとき。はじめて選手の交代が成立する。
選手が勝手に交代を宣言するなど聞いたことがない。
まして、勝手に退場してしまうなど、前代未聞といえる不祥事だ。

 「非常事態が発生しました。事後承認という形で選手の交代をみとめます。
 居酒屋チームの監督さん。かわりの投手がいれば通告してください」

 千佳がドランカーズのベンチを振りかえる。

 「あっ、はい。ではミスターⅩが登板します」

 「敵前逃亡の坂上さんのあとは、ミスターⅩさんですか。
 なんともユニークなお名前ですねぇ。はい。わかりました。
 選手の交代を特別にみとめます。
 ミスターⅩさん。投球練習は5球でお願いします」

 投手が代わるとき。5球の練習投球がみとめられる。
サングラスとマスクで顔を顔を隠した北海の熊が、のそりとベンチから出る。
そのままスタスタとピッチャーサークルまで歩く。
プレートの上に立った熊が、「投球練習はいらん!」と球審へつげる。

 「あら。いいのですか? 練習しないで、本当に?」

 「こんなことになるだろうと、ベンチの裏で汗を流してきた。
 練習投球はいらん。いいからさっさとゲームをおっぱじめようぜ」

 ぐるりと腕を回した北海の熊が、バッターサークルで待機している打者へ
早く打席へ入れと手で合図を送る。
連続の四球で3点を献上したあと、1アウト満塁の状態で試合が再開される。

 速い球を投げる投手には、共通点がある。
腕の振りを速くすること。
上から投げる野球の投手も、下から投げるソフトボールの投手も例外ではない。
速い球を投げるために腕を早く振り、ボールの速度を生み出す。

 さらに速い球を投げるために、足のさばきを速くする。
前足で強くプレート板を蹴る。蹴った力を利用して、前方へおおきく飛び出す。
一流の投手はピッチャーサークルぎりぎりの、2,44mのラインまで跳ぶ。
この動作が早いほど、腕の振りがさらに速くなる。

 「お・・・」

 1番バッターがバットを振る間もなく、熊の一球目を見送った。
手が出なかったわけでは無い。
ストライクゾーンへボールがこなかったからだ。
熊の手を離れた球は、捕手の頭上をはるかに越えた。
大きな音を立てて、バックネットの金網に突き刺さった。

 「なんだ。見にくいと思ったら、すっかり日が暮れていたのか。
 どうりで目標が見えないはずだ」

 こんなものは邪魔だと、熊がサングラスを外す。
だが顔が露呈するのはまずい。
(これならわからないだろう」と帽子のひさしを目深にさげる。
そのまま2球目の投球にとりかかる。

 「今度はまともに行くぞ。覚悟しろよ。打てるのなら、打ってみろ!」

 するどい腕の振りから、インコースめがけて速球が飛んでいく。
「もらった!」1番打者が腕をたたむ。インコースぎりぎりの球を渾身の力で打ちに行く。
しかし。速いと思われた球が、バットの手前できゅうに失速していく。
そのままワンバウンドして、捕手のミットへおさまる。
満身の力がこめられたバットは、球速をうしなったボールの手前でむなしく空を切る。

 「チェンジアップかよ・・・腕の振りの早さに、すっかり騙されちまったぜ・・・」
 
 「甘く見るなよ、1番バッター君。
 この投手は、さっきまで投げていた新米投手とは大違いだぜ」

 「たしかに。見事な投球です。
 速球でくると見せかけて、実は途中から急ブレーキがかかるチェンジアップ。
 たしか、そんな投球を得意とする投手がいましたねぇ。
 本名は知りませんが皆さんからは、北海の熊さんと呼ばれていたようですが・・・」

 なつかしいですねぇと千佳が、うれしそうに笑う。


 (42)へつづく

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オヤジ達の白球(40)投手交代

2017-12-04 18:00:19 | 現代小説
オヤジ達の白球(40)投手交代




 5番打者が打席へ入る。
市の大会でホームランを量産し続けている強打者だ。
しかし。制球に四苦八苦している坂上を相手に、バットを振る様子はない。

 「どうしたのかな、おたくの投手は。さっきまでの元気はどこへ消えたのかな?。
 まるで別人じゃないですか。
 このままじゃまたストレートの四球になる。
 ということは、労せず押し出しの先制点ということになりますが?」
 
 5番バッターが寅吉の顔を覗き込む。

 「バットを振らずに押し出しの先制点か。いいじゃないか、そういう展開も」

 「いいんですか、そんなことで。呑気なことを言わないでください先輩。
 このままじゃ、試合になりません」

 「あいつの足の踏みかたを元に戻せば、さっきまでの球がよみがえる。
 だがそれじゃ、違反投球になる。
 辛抱のしどころだ。長い目で見れば結果的に、あいつのためになる」

 「しかし。このままじゃ何時まで経っても、ストライクはきませんよ」

 「心配しなくてもいいさ。2点でも3点でも好きなだけくれてやる。
 見ろよ。ウチのベンチに動く気配はまったくない。
 ということはあいつが立ち直るのを、辛抱強く待つつもりだ」

 4球連続のボールがつづく。球審が「四球です。バッターは1塁へ」とうながす。
3塁から走者が生還してくる。
つづいて打席へ入った6番打者も同じように、1度もバットを振らない。
振りたくてもストライクゾーンへ、ボールがやってこないからだ。
力のない球がストライクゾーンをはるかに外れる。四球続けてぽとりと地面へ落ちる。
2点目の走者が3塁から戻って来る。

 7番バッターも、おなじく四球を選ぶ。
3塁からゆっくりとした足取りで、3点目の走者が帰って来る。
8番バッターが打席へ入る。
(ベンチはまだ坂上を投げさせるつもりなのかな?)寅吉が自軍のベンチを振りかえる。

 陽子がスコアブックへ、屈辱の3点目をかき込んでいる。

 (機嫌悪そうだな、姐ごは。
 そりゃそうだ。連続の四球で敵につぎつぎ点を献上してんだ。
 笑顔でスコアをつけている場合じゃない。
 こんな状態がつづいているというのに、ウチの監督ときたら
 まったく動きそうもないな・・・)

 腕組したままの祐介に、動く気配はまったくない。
(見捨てているわけじゃねぇ。自分で招いた窮地は、自分でなんとかしろということか)
そうだよな。ピンチは何度でもやって来る。それを乗り越えながら選手は育っていくんだ。
寅吉がふわりとした球を坂上へ返す。

 ボールを受け取ったが坂上、ほっと深い溜息を吐く。

 (しかたねぇな。ベンチが動かねぇというのなら、俺のほうから動くとするか・・・
 今日はこのあたりで勘弁してやろう。ぼちぼち退場といくか)

 坂上がボールを持った右手を高々とあげる。
 
 「タ~イム!。投手が交代します!」
 
 坂上が投手の交代を宣言する。

 「もう、これ以上、投げられません!」

 ピッチャーズサークルの真ん中で、坂上がペコリと帽子をとる。
そのままスタスタと、球場の出口へ向かって歩き出す。
前代未聞の出来事だ。選手が自ら交代を口にするなど、聞いたことがない。
しかし。当の本人は球場の出口へたどり着いた後、もういちどペコリと頭を下げる。
そしてそのまま、球場から姿を消していく。

 「どうなってんだよ、いったい全体・・・選手交代じゃねぇだろう、これは。
 誰が見たって坂上の敵前逃亡じゃねぇか・・・
 どうするんだ監督。このままじゃ試合をつづけることができないぜ」

 「そのようですねぇ。どうやら予期しない事態が発生したようです。
 どうします?。居酒屋チームの監督さん?」

 千佳の涼しい目が、ドランカーズのベンチを振りかえる。



 (41)へつづく

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