オヤジ達の白球(43)駆け引き
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/20/62379e0cfbf855ae13cfbafa0445136d.jpg)
「初球のストライクを絶対に見逃すな。
あいつ。初球のストライクはインコースへ投げてくることがおおいようだ。
その球を狙って思い切り、フルスイングをする。
ただし。ただの空振りじゃダメだ。
効果的な空振りにするために、ひと芝居、うつ必要がある」
「ひと芝居する?。なんだ、どういう意味だ。
俺にゃさっぱりわからないが・・・」
岡崎が柊の顔を覗き込む。
「バッタボックスへ入った瞬間が勝負だ。
まず、3塁手を何気なく見る。
ピッチャーがインコースへストライクを投げれば、思い切り引っ張るぞ。
そんな風に感じさせるよう、なにげない視線をチラチラと3塁手へおくっておく」
「三遊間狙いじゃなくて、3塁線を狙って打つと思わせるのか!」
「そうだ。当たれば強烈なライナーが俺のところへ飛んでくる。
そんな風に3塁手に思わせたら、この作戦は成功だ」
「なるほど。そんな芝居をされたら、俺ならおもわず恐怖を覚える。
2歩か3歩、うしろへさがる」
「そうだ。絶対にバントは無いと思わせて、守備位置をうしろへ下げさせる。
それが狙いだ。
そのくらいの演技はできるだろう。
中小零細企業の社長として30年ちかく、世の荒波を乗り越えてきたんだ。
朝飯前だろう。若ぞうの三塁手を騙すくらいは?」
「なるほど。
強打してくると思わせて、三塁手をうしろへさげさせるのか。
そこへバントを転がせば、とうぜん守備が遅れる。
俺は一塁にゆうゆう、セーフで到達できるというわけだな!」
「お前さんが塁に出たら、俺が代打で出てホームランを打つ。
お前さんは歩いてホームへ帰って来れる。これで同点だ。
俺が戻って来れば、2点目が入る。
どうだ。Aクラスを相手に、絵に書いたようなサヨナラゲームの完成だ」
ドランカーズの最終回の攻撃は、先頭バッターがショートゴロで1アウトになる。
作戦をさずけられた岡崎がヘルメットを被り、右の打席へ入る。
(いいか。バッターボックスに入った瞬間から、3塁手をちらちらと見ろ。
打席に立った瞬間から、心理戦の駆け引きがはじまっているんだ。
本気の演技をしろよ。
バントが成功するかどうかは、お前さんの演技力にかかっているんだからな)
2度、3度、岡崎が3塁手をちらちらと見ながら、本気の素振りを繰り返す。
気配に押された3塁手がおもわず半歩、うしろへ下がっていく。
そのわずかな動きを岡崎は見逃さない。
(おっ。3塁手のやつがびびったぜ。こうなりゃバント作戦は成功したようなものだ。
しかし。いまの世の中、何が起こるかわからねぇ。
念のためだ。ここはダメ押しで、もうひと芝居打っておくか)
消防チームの投手も優秀だ。コントロールの良さには定評がある。
初球はかならず内角の低めへ、ストライクを投げ込んでくる。
しかし。それがわかっていても打者は、1球目のストライクを振りにいかない。
甘い球を待っているからだ。
甘い球というのは、「真ん中付近のストレート」のことで、凡打になる可能性の高い
ゆるい変化球や、内角低めの球には絶対に手を出さない。
セオリー通り消防の投手が、内角低めへ一球目を投げてきた。
(おっ・・・ストライクゾーンへ、おあつらえの球がやってきたぞ!)
岡崎がニヤリと目を細める。
バットを振り出す直前。「こいつを待っていた」という目線を三塁手へおくる。
するどく振り出された岡崎のバットがボールの上、30㌢でむなしく空を切る。
ものの見事な空振りだ。だがそれで終わらない。
手元から抜けたバットが、くるくると回転しながら土ぼこりをまきあげて
3塁線を転がっていく。
ベースの真横で守っていた三塁手が、あわてて足を挙げる。
不規則に回転するバットから、かろうじて逃げていく。
「すまん。大丈夫か!。力を入れ過ぎてつい、手元がすべっちまった!」
岡崎がヘルメットを脱ぐ。三塁手へ頭をふかぶかと下げる。
「気を付けてください。若くはないんだから・・・」三塁手が苦笑をうかべる。
「バットを投げてみせるとは、零細企業の社長は実にえげつない人種だ。
だが、若ぞう相手に効果はてきめんだ。
見ろ。さっきまで三塁ベースの横で守っていたのに、いまはたっぷり後方へ移動した。
これでバントすれば足の遅い亀でも、ゆうゆう一塁へセーフになる」
柊がベンチでニヤリと笑う。
(44)へつづく
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「初球のストライクを絶対に見逃すな。
あいつ。初球のストライクはインコースへ投げてくることがおおいようだ。
その球を狙って思い切り、フルスイングをする。
ただし。ただの空振りじゃダメだ。
効果的な空振りにするために、ひと芝居、うつ必要がある」
「ひと芝居する?。なんだ、どういう意味だ。
俺にゃさっぱりわからないが・・・」
岡崎が柊の顔を覗き込む。
「バッタボックスへ入った瞬間が勝負だ。
まず、3塁手を何気なく見る。
ピッチャーがインコースへストライクを投げれば、思い切り引っ張るぞ。
そんな風に感じさせるよう、なにげない視線をチラチラと3塁手へおくっておく」
「三遊間狙いじゃなくて、3塁線を狙って打つと思わせるのか!」
「そうだ。当たれば強烈なライナーが俺のところへ飛んでくる。
そんな風に3塁手に思わせたら、この作戦は成功だ」
「なるほど。そんな芝居をされたら、俺ならおもわず恐怖を覚える。
2歩か3歩、うしろへさがる」
「そうだ。絶対にバントは無いと思わせて、守備位置をうしろへ下げさせる。
それが狙いだ。
そのくらいの演技はできるだろう。
中小零細企業の社長として30年ちかく、世の荒波を乗り越えてきたんだ。
朝飯前だろう。若ぞうの三塁手を騙すくらいは?」
「なるほど。
強打してくると思わせて、三塁手をうしろへさげさせるのか。
そこへバントを転がせば、とうぜん守備が遅れる。
俺は一塁にゆうゆう、セーフで到達できるというわけだな!」
「お前さんが塁に出たら、俺が代打で出てホームランを打つ。
お前さんは歩いてホームへ帰って来れる。これで同点だ。
俺が戻って来れば、2点目が入る。
どうだ。Aクラスを相手に、絵に書いたようなサヨナラゲームの完成だ」
ドランカーズの最終回の攻撃は、先頭バッターがショートゴロで1アウトになる。
作戦をさずけられた岡崎がヘルメットを被り、右の打席へ入る。
(いいか。バッターボックスに入った瞬間から、3塁手をちらちらと見ろ。
打席に立った瞬間から、心理戦の駆け引きがはじまっているんだ。
本気の演技をしろよ。
バントが成功するかどうかは、お前さんの演技力にかかっているんだからな)
2度、3度、岡崎が3塁手をちらちらと見ながら、本気の素振りを繰り返す。
気配に押された3塁手がおもわず半歩、うしろへ下がっていく。
そのわずかな動きを岡崎は見逃さない。
(おっ。3塁手のやつがびびったぜ。こうなりゃバント作戦は成功したようなものだ。
しかし。いまの世の中、何が起こるかわからねぇ。
念のためだ。ここはダメ押しで、もうひと芝居打っておくか)
消防チームの投手も優秀だ。コントロールの良さには定評がある。
初球はかならず内角の低めへ、ストライクを投げ込んでくる。
しかし。それがわかっていても打者は、1球目のストライクを振りにいかない。
甘い球を待っているからだ。
甘い球というのは、「真ん中付近のストレート」のことで、凡打になる可能性の高い
ゆるい変化球や、内角低めの球には絶対に手を出さない。
セオリー通り消防の投手が、内角低めへ一球目を投げてきた。
(おっ・・・ストライクゾーンへ、おあつらえの球がやってきたぞ!)
岡崎がニヤリと目を細める。
バットを振り出す直前。「こいつを待っていた」という目線を三塁手へおくる。
するどく振り出された岡崎のバットがボールの上、30㌢でむなしく空を切る。
ものの見事な空振りだ。だがそれで終わらない。
手元から抜けたバットが、くるくると回転しながら土ぼこりをまきあげて
3塁線を転がっていく。
ベースの真横で守っていた三塁手が、あわてて足を挙げる。
不規則に回転するバットから、かろうじて逃げていく。
「すまん。大丈夫か!。力を入れ過ぎてつい、手元がすべっちまった!」
岡崎がヘルメットを脱ぐ。三塁手へ頭をふかぶかと下げる。
「気を付けてください。若くはないんだから・・・」三塁手が苦笑をうかべる。
「バットを投げてみせるとは、零細企業の社長は実にえげつない人種だ。
だが、若ぞう相手に効果はてきめんだ。
見ろ。さっきまで三塁ベースの横で守っていたのに、いまはたっぷり後方へ移動した。
これでバントすれば足の遅い亀でも、ゆうゆう一塁へセーフになる」
柊がベンチでニヤリと笑う。
(44)へつづく