落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(47)特大のホームラン

2017-12-30 18:13:00 | 現代小説
オヤジ達の白球(47)特大のホームラン




 投球は、3ボール・2ストライクのフルカウント。
投手が勝負の投球へはいる。

(最後の球はおそらく、一番自信をもっている渾身のストレート)
 
 柊はそう読んでいた。
2球続いたライズボールは、最後にストレートを投げるための伏線に過ぎない。
勝負球はライズボールの軌道に似た、高目いっぱいのストレート。
打者がつられてもっとも手を出しやすい場所へ、勢いのあるボールを投げ込む。
それが三振を奪いにくる投手の王道だ。

 投手がプレート板を蹴る。
空中を舞った左足が、半径2・44mのピッチャーズ・サークルをおおきく踏み越える。
足がサークルからはみ出ても、不正投球にはならない。

 (大きく飛んだぞ。やはり最後の勝負球はストレート!)

 バッティングでもっとも大切なことは、できるかぎりボールをひきつけること。
ひきつければひきつけるほど、ボールの軌道がはっきり見える。
好打を打つために打者がすることはふたつ。
ストライクにたいして、ためらわずフルスイングすること。
球から目を離さず、的確にバットの芯でとらえぬくこと。
 
 (焦るなよ。
 遠くへ飛ばすためには、速いバットスイングが必要だ。力んだら駄目だ。
 身体の回転を使い、スイングスピードを極限まであげることだ)

 柊のバットがストライクゾーンへやって来た球をとらえる。
(手ごたえは充分!)ここぞとばかり右手を返す。さらにバットをするどく押し込む。
見事に弾き返された打球が、投手の頭上をはるかに越えていく。
そのまま2塁ベースの真上を通過する。いきおいを増した打球が上空へ向かって伸びていく。
白い打球が、暗い夜空の中へ吸い込まれていく。

 「消えていったぞ打球が・・・照明の上限を越えたんだ!」

 照明塔の高さは20m。搭の上には暗い夜空がひろがっている。
柊の打球は、ナイター照明の上限をはるかに超えた。
数秒後。外野手が、闇の中から下降してくる打球を見つけだす。

 打球を見つめたまま、2歩、3歩うしろへ下がっていく。
しかし途中で足がとまる。
外野手のはるか頭上を、打球がゆうゆうとした放物線をえがいていく。
外野へ落ちてくる球ではない。

 球場に外野席は無い。
周囲に住宅があるため外野フェンスの上に、高さ6メートルの金網が張り巡らしてある。
柊の打球が、その金網の最上部へ当たる。
金網で金属音をはなったあと、推進力を失った打球が外野手の後方へぽとりと落ちる。

 「行ったぜ・・・ほんとに打ちやがった!。
 有言実行のサヨナラホームランだ。
 それにしてもよく飛んだな。外野のいちばん深いところの金網に当たった。
 しかも最上段へ当てるなんて、信じられねぇパワーだ・・・」

 3塁を回り、1塁走者だった岡崎が帰って来る。これで同点。
柊はゆったりした歩調のまま、1塁から2塁へまわる。
2塁を回ったところで、3塁の塁審と目が合う。

 「いいものを見せてもらった。
 最後にストレートを投げた投手もたいしたものじゃ。
 だがそれを読んで、見事にとらえたお前さんもすごい。
 しかしまぁ、呆れるほどよく飛んだのう・・・。
 県庁の土木総合職というのは、よっぽど暇な職場のようじゃな」

 「いえいえ。土曜も日曜も仕事で駆り出される職場です」

 「ほう。週末に仕事する公務員もこの世にいたのか。初耳じゃな。
 んん・・・なんじゃ、どうした?」

 2塁と3塁の中間まで来たところで、柊の身体がぐらりと揺れる。
支えを失った柊のおおきな身体が、ぐずぐずとグランドへ崩れ落ちていく。
「足が・・・」柊の顔を苦痛でゆがむ。


 

 (48)へつづく