落合順平 作品集

現代小説の部屋。

『ひいらぎの宿』 (47)

2014-01-09 10:28:23 | 現代小説
『ひいらぎの宿』 (47)第5章 NPO法人「炭」の事務局長
白炭とは、




 「炭といえば、一様に黒いものだと思い込んでおりました。
 先程から伺っておりますと、しきりと、白い炭や黒い炭という言葉が出てまいります。
 白と黒い炭とでは、何が、どのように異なるのですか?」


 きょとんとした顔で、清子が炭への疑問を口にします。


 「そのとおりです。もっともな疑問です。
 木材を焼いた炭化物ですから、炭は一様に真っ黒けであることが普通です。
 どうやらこのあたりで、女将さんの疑問にも、白黒をつける必要があるようですね」

 やっと私の出番です。と凛が微笑みます。
『長い説明になりますので、その前に、充分に口を湿しておきましょう」と、茶碗を持ちあげれば、
『まかせろや』といち早く、古老の作次郎が一升瓶を持ち上げて対応をします。



 「日本で焼かれている木炭を、炭質で分けると
 「白炭(シロズミ)」と「黒炭(クロズミ)」の二種類になります。
 どちらもやき方に、大きな違いはありません。
 焼きあがるときの火の消し方で、炭質が、まったく異なったものになります。
 同じ原木でやいた炭でも、白炭と黒炭とでは、炭素量や酸素、水素、灰分などの成分、
 硬さや発熱量、火つきや火もちのよさなど、性質も特性も、まるっきり別のものになります。


 白炭は炭やきの仕上げ段階で、釜のなかに空気を入れます。
 ほぼやきあがっている炭を、1300度の高温でさらに燃やし続けます。
 ころあいを見て、真っ赤になった炭をかま口から取り出します。
 灰と土を混ぜ水分を含ませた消粉をかぶせて、すばやく冷やしながら消しますが、
 この一連の作業のことを、白炭を精製するための「ねらし」と呼んでいます。


 消化の際に使った消粉によって表面に白い灰がつくので、その名前がついたものです
 「ねらし」の工程により炭質がより硬くなるので、一般には「カタズミ」とも呼ばれています。
 世界で白炭を焼いているのは日本を中心に、中国文明の伝統を受け継いでいる
 アジアの、ごく一部の国に限られています。
 白炭の代表的なものとして、ウバメガシからつくられる備長炭が有名です。
 鋼のようにかたく、たたき合わせると、キンキンと金属のような音を発生させます。
 火力が強く、火もちのよいのが大きな特徴です。
 燃やすと、パチパチはねる炭もありますが、これは炭に含まれている水分や
 硫黄などのガス分が熟せられて、はじけるために起こる現象です。
 「爆跳(ばくちょう)」と、呼ばれています。
 高温でやきあげられる白炭は、炭釜のなかで水分やガス分は、すっかり燃焼させているので、
 いきなり加熱をしないかぎり、炭火の状態ではねるようなことはありません。
 白炭には備長炭のほか、秋田や長野県北部で生産されているナラ白炭、高知や大分、宮崎県で
 生産をされている、カシ白炭などもよく知られています」



 「という事は。
 備長炭というのは、単に白炭の仲間の一種ということなのですか?
 あたし。白炭のことといえば、備長炭のことだとばかり信じ込んでいました」


 「その通りです。備長炭は、木炭(白炭)の一銘柄にすぎません。
 ウバメガシのみを備長炭と呼ぶ傾向もありますが、実際には、樫全般のことを指しています。
 青樫等なども広く使われていますし、ナナカマドを使ったものは、
 その中でも、極上品とされているくらいです。
 『備長』は人名のことで、紀伊国の田辺の商人、備中屋長左衛門(備長)が
 販売したことに由来をしています」



 「あらら。目からウロコですねぇ。
 さすがに、炭の第一人者は、知識の量も半端ではありませんねぇ」


 笑顔の清子が、一升瓶を持ちあげます。
『喜んで、もう一杯いただきます」と、凛も笑顔で茶碗を持ち上げます。
先程まで正座を見せていたのに、いつのまにか膝を崩し、横座りの体勢になっています。
このまま放っておくと、そのうちに胡座(あぐら)などをかいてしまいそうな雰囲気が漂っています。
しかし、本人にそうした仕草を気にする様子などは、全く見えません。

 「最近では炭も、燃料として使うだけでなく、さまざまな用途に利用がなされています。
 備長炭が持っている無数の小さな空洞に、化学物質などを吸着することができるため、
 ご飯を炊くときに入れてカルキ臭を取り除いたり、下駄箱に入れて靴の臭いを取り除いたり、
 さらには部屋へ置いて、空気を浄化するためにも使われています。
 備長炭は、普通の黒炭よりもかたくて叩くと金属音がするため、風鈴や
 炭琴(たんきん、木琴のように楽器として使う)に加工することもできます。
 その以外にも、水道水の浄化や、風呂水をまろやかにするなど、多方面での用途で使われています。
 備長炭1g当たりで、200~300㎡(テニスコート1面強)の吸着力があると言われています。
 炭とはいえ、バカにできない浄化力を内側に秘めています」



 「たかが炭。されど炭というほどの、優れた実力の持ち主ですね。備長炭って」


 「いいえ。これだけを見ると優等生のようにも見えますが、備長炭にも弱点はあります。
 備長炭を始め、白炭は黒炭よりも水分やにおいの吸収率が大きく、
 1月も放置しておくと、比重が大きく変わってしまいます。
 保存状態が悪いと、爆跳や無駄な煙などが発生しやすくなり、危険になります。
 さらには、こうしたことが原因で、食材がおいしく焼けないなどの難点が発生をしてきます。
 白炭はなるべくなら、製造所から直接購入し、短期間で使い切るのが好ましいのです。
 長期に保管をする場合は、湿気が入らないように厚手のビニール袋に密封し、
 場合によっては、乾燥剤などを添えるのがベストです」


 「あらら。備長炭という高級な炭は、わたしたちのように見るからに良い女が、
 ひとつ間違うと、途端に扱いにくくなるのと、まったく同じ理屈の持ち主ですねぇ。
 うっふっふ」



 「うまい!。
 女将さん、まったくもってそのとおりです。例え方が最高です!。
 そうなの。いい女は扱い方が難しいのです。見かけもよければ性能もいいし
 素性もいいというのに、なぜか世間からは、扱い難いと、遠まわしに敬遠をされてしまいます。
 あらら・・・・なんだか、あたしまで、思わず、話が脱線をしてしまっています。
 まずいなぁ、やっぱり飲みすぎかしら。まいったなぁ・・・・」


(48)へ、つづく




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