落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(84)涙がとまらねぇ

2018-11-04 17:54:23 | 現代小説
オヤジ達の白球(84)涙がとまらねぇ




 「なに考えているんだ、あのばかやろう!」

 祐介が血相をかえてたちあがる。
「球審。タイムだ!」
そう言った瞬間。すでに祐介はフェアグランドへ足を踏み入れていた。

 (あら。1球目も投げないうちに、2度目のタイムですか・・・)


 たいへんですねぇ今夜も、と、球審の千佳が目を細める。
試合中にとれる守備のタイムは3回と決まっている。

 (今夜もなんだか荒れそうです。そんな気配がただよってきました。
 うふふ・・・だから居酒屋さんチームの試合は大好きなんです)

 マウンドへ到達した祐介が、いきなり右手をふりあげる。
「あ・・・あぶねぇ!」セカンドから駆け付けてきた寅吉が、あわてて祐介をとめる。

 「監督。ダメだ。気持ちは分かるが、暴力はいけねぇ」

 「離せ寅。俺をとめるんじゃねぇ。こうでもしなければこいつの目は覚めねぇ!」

 「そいつは俺も同感だ。殴ってやろうかとホントは思っている。
 しかし、こらえてください監督。
 気持ちはわかりますが、ここはグランドです。
 試合がはじまるまえ、身内がグランドで暴力をふるうなんて、聞いたことがねぇ。
 熊と俺に免じてとりあえず、この手をおろしてください」

 「冗談じゃねぇ。ここで殴らなきゃ、消防チームにあわす顔がねぇ。
 俺のこのこぶしには、消防チームの怒りもふくまれていると思え。坂上!」

 「それだけはダメだって監督。暴力はご法度だ。
 ここは神聖な場所だ!」

 「神聖な場所?・・・」

 「日本には「道」がたくさんある。剣道、柔道、茶道、華道。
 この国はなんでもかんでも「道」にする。
 ただの技能で終わらせず、思想にまで高めて「道」にする。
 とうぜんのこととしてそれをおこなう「場」も、神聖な場として扱う。
 剣道における道場。茶道における茶室。
 すべての基盤になる「場」に敬意をはらい、そこから「道」がスタートする。
 野球にだって道がある。
 選手はグラウンドに入る前。当たり前のように帽子を取り、しっかり礼をする。
 グラウンドの中でもとくに、投手が上がるマウンドという場所はさらに神聖な場所になる」

 「寅。おまえの言いたいことは分かる。
 だがここは高校野球のグランドじゃねぇ。きれいごとなんか言ってる場合じゃねぇ。
 1度ならず2度までも足を運ばせるようなばか野郎は、思い切り、ぶん殴らなきゃ
 俺の気がすまねぇ!」

 「監督。このさい個人的な感情は捨ててください。
 参ったなぁ。おい、おまえらも集まって来い。緊急事態の発生だ」

 寅吉が内野手を呼ぶ。
1塁手、3塁手、遊撃手が、あわててマウンドへ駆け寄って来る。

 「とりあえずみんなで、坂上を囲い込め!」

 見れば坂上の帽子のつばから、涙がしたたり落ちている。

 (泣いてんのか・・・こいつ!)

 驚く祐介を、寅吉がそっとうながす。

 「監督。見ての通りだ。この場は俺がなんとかする。
 で相談ですが、あそこの美人の球審に、すこし時間をくれと交渉してください。
 このままじゃ投球にならねぇ。
 武士の情けだ。すまねぇがこいつのため、すこしだけ時間をかせいでください」

 「わかった。じゃここは頼んだ。時間は俺が稼いでくる」

 祐介が球審に向かって歩いていく。
寅吉がくるりと振り向く。そのまま坂上の背中へ寄り添う。

 「よう。泣くなというのは無理みたいだ。いいから泣くがいい。
 だがよ。制限時間はあまりねぇ。せいぜい2~3分だ。
 短いあいだに気持ちを整理して、投球動作へはいってくれ」


(最終話)へつづく

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2 コメント

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男の涙 (屋根裏人のワイコマです)
2018-11-04 18:57:51
何と行っても、言い訳になってしまう
そこは男の涙で堪えていたんでしょう
お話の方は、益々私の好みの方向に向かい
ゾクゾクしてきました、
ほうれん草は、そんなに早く成長するんですか
信州ではこれから雪が降るまえに
そして冬の雪の下が一番美味しいと
1月から2月に獲っていたと思います
ゴルフができるくらいなら体調は
順調に回復ですね、よかったよかった
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こんばんはワイコマさん (落合順平)
2018-11-09 17:27:55
おかげさまでようやく、本編を書き終えることが出来ました。
途中で体調を崩したこともあり、忘れられない
作品のひとつになりました。
すこし休んだ後、新作を書きはじめたいと思います。
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