落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第35話 舞妓は特別天然記念物

2014-11-12 10:34:46 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第35話 舞妓は特別天然記念物





 「京都には5の花街がある。
 上七軒(かみしちけん)、先斗町(ぽんとちょう)、宮川町(みやがわちょう)。
 祇園の中に、2つの花街がある。
 祇園甲部(ぎおんこうぶ)と祇園東(ぎおんひがし)や。
 八坂神社より西側の祇園を、東西に走る四条通と南北に走る花見小路通で
 4分割すると、北東の一画が祇園東。それ以外が祇園甲部になる。
 通常、花街の祇園と言えば祇園甲部のことを指す。
 花街の格式は、そこへ通う客の質が決めると言うても過言ではおまへん。
 それぞれの花街は、それぞれを支えてきた客層によって風格が形成されてきた。
 上七軒は西陣が近いせいか、大店の旦那筋が多い。
 先斗町は南座のそばにあるためか、役者筋が多いと言われとる。
 その中で規模、格式ともに別格なのが祇園や。
 客筋は政界、経済界、宗教界、芸能界ともに一流の人たちが集まって来る。
 それが祇園という町や」


 今夜のマスターは饒舌だ。
途中で遮ろうとしても、祇園の裏話が止まりそうにない。
時々この人は、仕事を忘れて飲み過ぎる。
上機嫌で路上似顔絵師と呑んでいるうち、マスターのほうが先に酔ってきた。
こうなるとこの人の饒舌は、誰がさえぎろうと思っても特急電車のように止まらない。



 「祇園には独特の、ハードとソフトがある。
 主なハードウェアは、「おぶ屋」「仕出屋」「屋形」の3つや。
 それぞれのハードの中に「女将」「料理人」「芸妓・舞妓」のソフトウェアが有る。
 おぶ屋というのは、お客をもてなす場所のことや。
 客のリクエストに応じて、場所、お酒、料理、接待する人材を準備する。
 場所とお酒はおぶ屋が用意するが、料理と接待する人は外部に委託をする。
 委託する先が、仕出屋と屋形や。
 仕出屋は料理を作り、タイミングを見計らって一品一品、おぶ屋へ運ぶ。
 屋形は置屋と呼ばれとるが、芸妓、舞妓を抱えているプロダクションの様なものや。
 おぶ屋の女将は宴会の演出家。料理人は小道具係。
 プロダクションから派遣されてきた芸妓と舞妓は、タレントといったトコやな。
 ほんで、何よりも祇園で大切なソフトウェアが、そこに通うお客たちや。
 遊ぶお客無くして、祇園の町は成り立たへん」


 マスターが酔うと必ず、「舞妓は特別天然記念物や」という話が飛び出す。
京都で連想する、世界的に知られる特別な存在が「舞妓」だ。
舞妓の仕事は言うまでもなく、舞を舞う事だ。
舞妓と呼ぶのは京都だけで、その他の花街では未熟を示す、半玉と呼ばれている。
芸妓として一人前になる前の段階が、「舞妓」にあたる。
舞妓は中学を卒業してすぐに花街へ入るため、歳の頃だと16~20歳ぐらいまでが、
「舞妓」としての適齢期にあたる。


 特別の教育を受けるため、同世代の女の子の様に、無神経で不躾では無い。
精神年齢は、見た目以上にずっと大人になる。
実際の素顔は不安定な少女だが、酒の席で相手を不愉快にさせることはまず無い。
不安な気持ちを白粉(おしろい)で隠し、世界的なVIPの前に出ても、
まったく物怖じしない気心は、祇園の格式と伝統に躾られた賜物だ。
祇園にほんの数えるほどしか生息していない、特別天然記念物の様な貴重な存在。
それが舞妓という特別な生き物だ。



 「ほら。かつての特別天然記念物が、お座敷から戻ってきた。
 あとは佳つ乃(かつの)はんに任せて、ワシもそろそろ帰るとするか。
 呑み過ぎたことやし、仲の良い2人を邪魔するのは無粋や」


 「誰がかつての特別天然記念物やて?。」
お座敷から戻った佳つ乃(かつの)が、怖い目をしてマスターを睨む。



 「いやいや。ワシは急用を思い出したから、もう帰るでぇ。あとはよろしく」
と三味線を抱えて、脱兎のようにマスターが逃げていく。
「油断も隙もあらへんなぁ」と目に角を立てて怒る佳つ乃(かつの)に向かって、
「まぁまぁ。ウチに免じて堪忍してや。あれでも大事なウチの亭主や」
と富美佳の女将が、ニッコリと笑う。




第36話につづく

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