落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (37)

2017-01-28 16:46:05 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (37)
 蔵と酒とラーメンの街



 喜多方は、福島県会津地方の一角にある街。
名水に恵まれた喜多方市には、おおくの酒蔵が密集している。
白壁のうつくしい、「蔵のまち喜多方」として知られている。
はじめてこの街を訪れた人は、たくさんの蔵の姿に思わずの懐かしさと、郷愁を覚える。
そんな素朴な趣が、この街のあちこちを彩っている。


 たくさんの蔵は、観光のためにつくられたわけではない。
蔵は、いまも人に使われ、暮らしの器としての役割を果たしている。
表通りはもちろんのこと、路地裏や郊外の集落にもいろいろな用途の蔵が
立ち並んでいる。
その数は、4000棟を越すといわれている。



 多くの蔵が建てられているのには、いくつかの理由がある。
蔵のたいはんが、酒蔵や味噌蔵として使われている。
このことから見て取れるように、ここが良質の水と米に恵まれた土地であり
醸造業に適していることがわかる。
蔵はそれに、もっとも適した建物である。


 蔵はまた、男たちの夢の結晶でもある。
「四十代で蔵を建てられないのは、男の恥」「蔵は男の浪曼」とまでいわれている。
喜多方の男たちにとり、自分の蔵を建てることは、誇りであり、
自らの成功を外部に示す証であり、生きる目標のひとつでもある。


 喜多方の蔵は、さまざまな表情を持っている。
白壁や黒漆喰、粗壁やレンガなど、外観もじつにさまざまで、扉の技巧にいたるまで、
きわめて多彩な形で構築されている。
それはそのまま、喜多方に生きる男たち1人1人の、ロマンの現れかもしれない。


 もうひとつ、おおきな理由が有る。
明治13年に発生した、喜多方の市街地一帯を襲った突然の大火。
火は市の中心部から瞬く間に燃え広がり、300棟余りをことごとく、焼き尽くした。
くすぶり続ける焼け野原の中に厳然と残ったのが、今も残っている
多くの蔵だったと言われている。



 喜多方の小原庄助旦那がいとなむ大和屋商店は、江戸時代中期の
寛政二年(1790)に創業している。
以来、9代にわたり酒を造り続けてきた老舗の酒蔵だ。
清冽な飯豊山の蒸留水を、仕込み水として使用している。
「弥右衛門酒」をはじめとする銘酒と美酒を、数多く生みだしている。



 「よう来た。よう来た。
 さっそく来てくれるとは、わしとしても嬉しい限りだ。
 おう。たまも一緒か。すごかったなぁ、お前のあの名演技は!
 遠慮することはない。入れ、入れ。ここがウチの酒蔵だ」



 黒塗りのタクシーが止まった瞬間。
待ちかねていた小原庄助が、酒蔵から、脱兎のように飛んできた。
和服を着ていた昨夜とは異なり、今日は地味な酒蔵の作業着などを着込んでいる。


 「すんまへんなぁ。
 小春は野暮用で、本日は来られまへん。
 代わりにあたしが、この子達の面倒を仰せつかってまいりました」


 「いやいや。市さんに謝ってもらったのでは、こちらが恐縮してしまいます。
 小春が酒蔵へ顔を出さないのはいつものことです。
 気にせんといてください。
 今日は、素晴らしい芸を見せてくれたたまと、清子へのご褒美です。
 と言っても、まだ15歳の清子に、酒蔵見物などの興味はないか・・・・
 おい。娘の恭子を呼んでくれ。
 たまと清子は、喜多方の町の探索と、美味しいラーメンのほうがいいだろう。
 娘に案内させるから、ゆっくり町を歩いてくるといい。
 市さんは、やっぱり搾りたての純米酒のほうがいいでしょうなぁ。
 今年も良いカスモチ原酒※が出来たので、早速、試飲といきますか」


 (へぇぇ・・・喜多方の小原庄助さんには、娘がいるのか。)



 どんな娘さんだろう、と期待がわいてくる。
清子の耳に、遠くから軽快に石畳を蹴る、カラコロと鳴る下駄の音が
聞こえてきた。


 
  ※カスモチ原酒とは
 厳選された会津米と、霊峰飯豊山の雪解け水からうまれる伏流水を用い、
 身も凍る厳寒期に仕込まれる酒のこと。
 ゆっくり、気長に、じわりじわりと発酵させていく。
 晩春の頃、初めて出荷される。
 酒を仕込んだモロミを、カスと言う。
 モチは、長く持たせるという意味で、寒造り低温長期発酵が最大の特徴。
 口あたりはきわめて豊潤。
 こうじを多目に加えた天然の甘い酒で、創業200年の伝統の醸法を厳格に守り、
 今日に受け継がれてきた名品。



(38)へ、つづく


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
カスモチ原酒 (屋根裏人のワイコマです)
2017-01-28 20:13:44
ネット検索しましたら・・そのまま現存する
カスモチ原酒、値段も一升瓶で3000円とか
結構人気のお酒のようですね
今度はラーメンとお酒ですね。
お休み・・有給休暇ならありがたいのですが
何とも複雑な心境です。
でもたまには骨休み・・ということで
ネギなら一週間くらい十日は熟れ過ぎ
ということもないでしょうから
信州は今日は暖かくていいお天気
まるで 春が来ました。
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ワイコマさん。こんばんは (落合順平)
2017-01-29 18:07:40
群馬も昨日・今日と、温かい日がつづきました。
風が吹かなければ、温暖です。
とはいえ、このあたりから見える山は
すべて真っ白の雪化粧。
こんな景色を見るのは、ひさしぶりです。
あと2日で2月。
節分を過ぎると、春がちかづいてきます。
赤城おろしが本気で吹きはじめるのも、
なぜか、2月からです。
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