落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第1話

2013-03-08 08:14:40 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第1話
「深夜の蕎麦屋」




 桐生の歓楽街、仲町のはずれには、
まもなく開店二〇周年を迎えるという、古びた蕎麦屋があります。
「六連星(むつらぼし)」は、その店名です


 営業時間が変わっていて、店が開くのが早くても午後八時。
ときには、午後一〇時ごろになってから開店することもあります。
店主の松浦俊彦は、今年四五歳になりました。
もともとは、ホテルや旅館の厨房を転々としていた和食専門の板前です。
一度だけ所帯を持ちましたが、子供も出来なかったこともあり、一年と持たず
以降は気ままなひとり暮らしが続いています。


 その俊彦が夜八時過ぎに、アパートから歩いて蕎麦屋へ出勤中に
路上で気になる情景と遭遇をして、半信半疑で立ち止まりました。
若いと思われる女が酔っ払いをみつけては、何やら話しかけている様子が
どうにも秘密めいていて気にかかりました。
いまどき、路上での売春婦の交渉ごとでもあるまいしと、気にはしたものの、
そのまま通り過ぎようとした瞬間、前方から歩いてくる(地回りの)不良たちの姿を、
俊彦が見つけました。
不良たちもどうやら、この女の存在に気がついたようです。



 まずいと直感をした瞬間、俊彦はもう女の腕を捕まえていました。


 「こらこらお前、俺んちはこっちだ。
 すいませんねぇ。俺の娘が酔っ払っちまって、ご迷惑をおかけしました。
 怪しいもんじやござんせん。おいらはそこの蕎麦屋です。
 ほらほら、もういい加減でよさねえか。お前も。
 ご近所さんに、大迷惑だ」


 突然のことにびっくりして、女の目がこちらを見つめます。
そんなことにはかまわずに女の腕をつかんだまま俊彦が、店に向かって歩き始めると、
女も黙っておとなしく後を着いてきました。
不良の筆頭で、若頭ぼ岡本が、「おいっ」と怖い顔をして、
ずんと、道の中央に立ちふさがります。


 「おう。なんだ。
 誰かと思ったら蕎麦屋のトシじゃねぇか。
 しばらくだなぁ、元気にしてたか。
 久しぶりに桐生に戻ってきたが、此処も相変らず不景気そのものだなぁ」


 「そう言えば、ご御沙汰でした。
 え・・・・ということは、何処かに雲隠れをしていたという意味ですか?」


 「馬鹿野郎。別にムショに世話になっていたわけじゃねぇ。
 福島だ、福島。
 被災地の福島で商売だ。
 ・・・・何かと忙しくってなぁ、むこうで。
 復興支援というやつで、俺たちも貧乏暇なしのあり様だ。
 んん、よく見たら、若くてとびきりのいい女じゃねえか。
 このあたりじゃちょっと見かけねえ顔だが、磨けば光りそうな、なかなかの上玉だ。
 お嬢ちゃん。オジサンとチョイと遊んでくれるかい」



 あわてた女が俊彦の背中へ回り込み、顔を隠して身体を小さく縮めてしまいます。
岡本が両肩をすぼめてから、爪楊枝(つまようじ)をペッと地面に吐き捨てました。
帽子を阿弥陀にずらしてから、長いため息をつきはじめます。


 「昔はずいぶんともてたが、今はすっかりこのざまだ。
 おいトシ。、帰りに寄るから、上手い蕎麦を食わせてくれ。
 東北の食いもんもそれなりに、上手い物もあるが、
 味付けがしょっぱすぎて、どうにも駄目で、俺の口には馴染まねぇ。
 やっぱり俺には、トシの蕎麦が一番だ。
 そう言う訳だ。そこの背中のお嬢ちゃん。
 こいつの蕎麦はたっぷり食うが、お嬢ちゃんは食ったりはしないから安心をしろ。
 悪かったなぁ、驚ろかせたりしてよ」



 岡本がサングラスを外します。
人のよさそうな丸い目を見せたこの不良は、それだけを言い残すと、
大きな笑い声をひびかせて、再び桐生の繁華街を南に向かって歩きはじめました。
古くからの歓楽街でもある仲町は、岡本が3人の若い衆を引き連れて横ぎろうとしている
駅前へ通じる東西の通りを北限に、南に向かってJR両毛線の踏切までの
広い範囲にわたって、ウナギの寝床のように、南北に細長く連なっている飲み屋街です。
バブルが全盛だったころには、道幅が4mにも満たないこの南北の道に、
深夜から未明まで、常に多くの人の通りがありました。


 「おじさんは、何者?」

 「だから、蕎麦屋だ」


 「不良専門の蕎麦屋なの?」

 
 小奇麗に整った顔つきをしていますが、この子は口のききかたが、少し粗野です。
目元のあたりに、どこかで見たような面影を見つけましたが、記憶に遠すぎて
それが誰であるのか、俊彦には今のところ思い出せません。



 「お前さんは、日本語の使い方がなってないようだ。
 まぁいい。腹が減っているならご馳走をするから、店に寄れ。
 といっても、これから支度するので、すぐと言う訳にはいかないが・・・・
 しかし見た様子では、別に急ぐ旅でもなさそうだな」

 「不良御用達の蕎麦屋で、これから営業が始まるの?
 ますますもって危ない匂いがしてきました。
 でも、たしかに、とりあえずお腹は空いてるわ。
 あ、だからと言って、あたしには手を出さないでね。
 あたし、こう見えても、まだ処女だから」


 「あきれたなぁ・・・・
 路上で客引きをしているくせに、いまだに処女とは見上げたもんだ」


 「ちょろいわよ、オヤジなんか。
 ホテルに入ってから、汗臭いのは嫌いだから、
 お風呂に入ってからたっぷりと楽しみましょうと言えば、
 ほとんどのオヤジどもが有頂天になるもの。
 私も入るから、先に入って待っていて頂戴と甘えてみせれば、10中の8、9は、
 みんなもう、その気で、お風呂でのぼせて待ってるわ」


 「その隙に、財布ごと奪ってトンずらか」


 「そんなに私は、悪じゃありません。
 帰りのタクシー代くらいは、ちゃんと残しておくし、
 身体は許していないけど、唇や、おっぱいは触られまくられているんだもの。
 それなりの代償をちゃんともらってくるだけの話です。
 あたし的には、ギリギリのセーフだと思っているんだけど、
 やっぱり、駄目かなぁ・・・・」



 「それはいいが、逃げ切れない時はどうする。
 絶対絶命のピンチっていう時だってあるだろう。数をこなす中には」


 「客を拾う時の見きわめる目が肝心なの。
 見るからに、スケベそうで、飢えていそうなオヤジなら絶対に安全だわ。
 今のところは、100発100中です」

 「おっ、もう、そんなに騙したのか?」

 「蕎麦屋のオジさん以外はね。
 ねぇ早く行こ。
 お腹がすいてるんだ、あたし。
 美味しい蕎麦を食べさせてくれるのなら
 キスくらいならいいわよ。おじさんに許してあげても」



 「あのなぁ・・・・」



 「不良にからまれそうな所も救ってくれたから、じゃあ・・・・胸まで許すか。
 でもそこまで許すと、飢えているおじさんの場合は、
 自制心が効かなくなるかも知れないわねぇ・・・・
 あたしもこう見えて、けっこう感度が良い方だから」


 「・・・・変なのを拾っちまったなぁ。
 やっぱり、あの時に関わらないで、放っておけばよかった」


 「感謝してます。あたしだって。
 不良の顔を見た瞬間、久々のピンチの到来かと思って、
 実は覚悟は決めていたんだもの。
 あ、あたしの名前は、響(ひびき)って言うの。
 オジさんは」

 「松浦俊彦、蕎麦屋のトシだ。覚えやすいだろう」
 
 「蕎麦屋の俊彦か・・・・
 じゃ早く行こうぜ、トシ。店を開けて、美味しい蕎麦とやらを食べようぜ」

 行きがかりとはいえ、・・・・
本当に、変なのを拾ってしまったようです。


(2)へ、つづく





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