落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第6話 保証人が必要な理由

2014-10-07 11:07:45 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第6話 保証人が必要な理由





 舞妓になるためには優雅な所作や舞い、三味線などの習得が必修になる。
屋形によっては書道、華道、茶道、さらに京都の歴史を勉強させるところもある。
舞いや三味線、鳴りものなどは、それぞれの女工場学園(歌舞練場)の時間割りに従って
勉強することが出来るが、それ以外は全て屋形が責任をもって修業させる。


 中には修行の途中で堪えれられなり、やめていく女の子も出てくる。
屋形が背負った諸費用は、辞める時に舞妓見習いが支払わなくてはならない取り決めが有る。
ゆえに、しっかり責任がとれる保証人が必要になる。


 舞妓が芸妓になるまでの心身の保証を、屋形側は背負っている。
なま半かの覚悟で、未知数の少女たちを預かっている訳ではないのだ。
我が子を育てる以上に神経を使い、隅々にまで気を配った教育を屋形はほどこす。



 舞妓になり2年目になった少女が正月に実家へ帰ると、すっかり変身した
我が娘の姿に、涙を流して喜んだというエピソードは数限りなくある。
同年齢の少女たちと比較した時、女性らしさ、礼儀作法を身に着けてすっかり大人に
なった我が娘の成長ぶりに、驚嘆したという親が多い。


 どの世界においても一人前になるまでには、計り知れない辛苦の道が有る。
花街は華やかな女の世界だが、生き抜いていくための果てしない努力と、我慢が求められる。
お座敷には医者や実業家、大学教授など、一流の人たちが客としてやって来る。
舞妓はそうした人達をもてなし、満足させる側にある。

 一般社会では願っても叶えられない要人たちと、いきなり相対することになる。
舞を舞い酒に華を添えるだけでなく、大人としての対応ぶりが幼い少女たちに求められる。
桜が咲く頃、花街にはそうした未来を夢見ておおぜいの少女たちが集まって来る。
だが厳しい祇園に生き残れるのは、そのうちのほんのひとにぎりだ。
屋形は先の見えない少女たちに大金を投資しながら、時間をかけて育てあげる。
ゆえに泣き寝入りを見ないよう、ちゃんとした身元の保証人を必要とする。



 「お前。生まれはどこだい」

 「丹後の久美浜です」
 


 「兵庫県との県境だね。日本海に面した町で、数年前まで存在をしとったはずや。
 たしか、昨今の市町村合併で、京丹後市になったと聞いております。
 で、天涯孤独と言っていたが、お前さんのご両親はどうしたんだい?」


 「わたしが6歳の時に、交通事故でともに亡くなりました。
 それからは叔母かたの温泉旅館で、仲居のマネごとなどをしながら育ててもらいました」

 「6歳から、仲居の仕事をしたのかい?。おそろしくませた女の子だねぇお前さんは。
 ふぅ~ん。生まれたは丹後の久美浜か。
 じゃ佳つ乃(かつの)。
 お前この子と2人で、仲居をしとったという、その温泉旅館へ行っといで」



 「え!!」


 黙って成り行きを見つめていた佳つ乃(かつの)が、女将のいきなりの提案に
大きな声をあげて反発をする。
「だってさお前。この子はお前の着物姿に憧れて、この祇園にやって来たんや。
責任の一端は、当然、お前はんにもあるやろう。
2~3日ならお休みを上げますから、この子の身元をきっちりと調べてきておくれ。
頼んだよ。じゃあね」
と女将がついと、逃げ出すように席を立ってしまう。


 
第7話につづく

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