落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第51話 路上似顔絵師の仕事

2014-12-02 12:37:05 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第51話 路上似顔絵師の仕事



 団栗橋へ、いつもの高校生のカップルが近づいてきた。
自転車を押しながら談笑する姿が、遠くからでも仲睦まじい。
(いいなぁ。今日も青春しているなぁ、あいつら・・・)
路上似顔絵師が欄干に座ったまま、高校生たちを微笑ましく眺めている。
だが橋の手前に来たところで、突然、様子が変って来た。


 女の子が持っていたカバンで、男子生徒の頭をいきなりバチンと叩いた。
(え・・・な、なんだよ。さっきまで仲良く談笑していたくせに。
いきなり、暴力をふるうなんて、ただ事じゃないないぜ。
どうなってんだ、今日は、2人とも・・・)
身体を翻した女の子が、いきなり走りはじめた。
叩かれた男の子は、呆然としたまま、歩道に立ち尽くしている。



 バタバタと走りはじめた女の子が、数十メートル走ったところで
すぐに足を緩めはじめた。
疲れたのだろうか。それとも何処か具合でも悪いのだろうか、
急ブレーキがかかったように、女子校生の足が急に重くなった。
路上似顔絵師の前を通り過ぎるころには、両足を引きずるようになってきた。
いや、それどころか、倒れそうな青い顔を見せている。


 (まずいな。やっぱり、ただ事ではなさそうだ)
そう思った瞬間、路上似顔絵師は、女の子に声をかけていた。
「おねえちゃん。気分悪そうだな。坐んなよ。無料で似顔絵を描いてあげるから」
欄干に座っている似顔絵師を、青い顔の女の子が無言で見つめる。


 女の子も、似顔絵師には見覚えが有る。
ふう~と長い息を吐いた女の子が、次の瞬間、ニコッと笑う。


 
 「似顔絵?」


 「おう。俺は路上の似顔絵師だ。美人に書いてやるから座りなよ」


 「綺麗に書いてくれる?。ホントに」


 「客の要望なら何でも聞くが、悪いな、今回は無料のボランティアだ」


 「ボランティアだと、どんな風にあたしを書くの?」


 「おねえちゃんの隠れた本心を、絵にかいてやる。
 どうだ。興味が出てきただろう?」



 うんとうなずいた女の子が、歩道に置かれた小さな椅子に腰を下ろす。
足元に置いたクーラーボックスから、似顔絵師が冷えたペットボトルを取り出す。
「書いてる間に、呑みな」と女子校生に手渡す。
そんなやり取りをしている間に、自転車の男の子が追いついて来た。


 「あんちゃんも一緒に座れ。最高の美男美女カップルに書きあげてやるから。
 いつも仲良く2人乗りしているくせに、今日に限っていきなりの喧嘩かよ。
 理由を話してみな。なんなら仲裁のためにひと肌脱いでもいいぜ」



 「こいつがわがまま過ぎるんだ」と、男の子が口元を歪める。
「自分の足で歩けるから大丈夫だって、さんざん言ってんのに、
何かあったら心配だから、こいつが乗って行けって、しつこ過ぎるのよ!。
こいつが」と女の子が、ふんと可愛い唇を尖らせる。


 「おまえら。幼なじみか?」



 「生まれた時から、隣同士さ。
 中学までは一緒やったけど、進学の都合で別々の高校になった。
 こいつは頭がええから公立やけども、俺は身体だけが丈夫で取柄がないから
 市立高校に進学した。
 ホンマは1駅ちがうんやけど、校門の前でこいつの帰りを待っとるんや」


 「体が弱いのか?。この子は?」


 「こいつは、生まれた時からの心臓疾患や。
 致命傷にはならへんけど、過激な運動や、無理は一切禁物だ。
 送ってやるというのに最近のこいつ、妙に恥ずかしがって、
 俺の自転車を嫌うんや」


 「そうか。相愛同士なんだな、お前らは。よし出来がった」と
路上似顔絵師が、画面に最後の仕上げをする。
ほらと手渡した作品は、小学生がいたずら書きをしたような似顔絵だ。
自転車を操作している男の子は、泣きべそをかいている。
うしろに乗る女の子は大きな舌を出し、目に指を当てて、あかんべぇをしている。



 「なにさ、これ。おじさん。ひどい絵だなぁ。
 これでホントに路上の似顔絵師なの。まったくもって、信じられない!。
 へたくそ~!」


 「馬鹿を言え。ピカソも驚くような、今世紀最大の傑作だ。
 あんちゃん。ねえちゃんの顔色が良くなってきた。
 ゆっくり後ろに乗せていけよ。
 明日も此処に居るからな。なんか有ったらまた遊びに来いよ!」



第52話につづく

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