落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第17話

2013-03-24 10:16:44 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第17話
「原発の定期点検作業とは」




 「原爆ぶらぶら病というのは、
 第二次世界大戦で、広島に原爆が落とされた時の病状のひとつから、
 命名をされ生まれてきた言葉です。
 いわゆる、放射能による人体への悪影響の症例をさしています。
 しかし私がかかってしまった、その病気の話をする前に、
 安全神話が崩壊をしてしまった、原発についてまずは語らなければなりません。
 なぜなら、私の被ばくは広島に落とされた原爆によってでは無く、
 原発の炉心周辺での作業による被ばくによって、もたらされたものだからです。
 何故、そんな危険な処でわざわざ仕事をしていたのか、
 それにもまた日本の原発が生み出した、もうひとつの別の問題が潜んでいます。
 ところでお嬢さんは、『原発奴隷』と言う言葉などを、知っていますか」


 小刻みに身体を揺らし続けている雄作が、響を見つめたまま尋ねます。
背筋を伸ばし両手の指をテーブル上で重さねていた響が、小さく小首をかしげました。


 「3月11日の東日本大震災の出来事の後で
 原発や放射能関係の報道の中で、
 何度かそんなニュアンスの言葉を、聞いたような覚えがかすかに有ります。
 しかし、その実態についてのことは、私はまったく知りません」



 「では、私が働いていた原発と言うものが、
 どんなものであるのか、まずそのあたりから話をはじめましょう。
 ほとんどの原子力発電所は、必ずと言っていいほど
 風光明媚な海岸線などに建てられています。
 大震災の前は、観光ルートなどにも組み込まれていて、けっこう人気もありました。
 ただし、見学させるコースは発電所のなかでも体裁の好い部分だけで、
 いわゆる表面の部分だけに限定をされてらいます。
 清潔で、複雑なコンピューターが並ぶ中央のコントロール・ルームを見せたり
 原子炉の炉心の上へ案内をされて「ここが炉心の上です」などという、
 説明をして、放射能の危険性などは『皆無』だということを、ことさらに強調します。

  しかし、2001年9月11日のニューヨーク貿易センタービルへ
 旅客機が激突するというテロ事件が発生して以来、この原子力発電所の見学も
 テロを警戒して、大幅に制限されるようになりました。
 最近では、バスに乗ったままの見学などに変更をされてしまいました。
 これ自体が、原子力発電所の持つ潜在的な危険性を現しています。
 近代的な中央制御室をはじめとして、現代科学技術の最先端を行く
 ハイテクのさまざまな部分は、実は原発の単なる表の部分にしかすぎません。
 それだけを見ていると、原発はコンピューターだけで動いている
 スマートな施設のようにも見えてきます。
 しかし原発を動かすためのその実態と現実は、これらからはあまりにも大きく
 かけ離れているし異なってもいます。

  原発の裏の部分では、たくさんの人々たちが
 常に放射線を浴びながら、危険な仕事に従事をしています。
 どんなに原発の機械が近代化をされても、こうした裏方たちの仕事なしには
 原子力発電所は片時も動きません。
 定期点検という言葉は、マスコミなどで耳に馴染みになりました。
 原発は一年に一度その発電を止め、発電機を含めて周辺の機器の総点検を行わなければ
 継続して動かしてはならないと、法律などで厳しく定められています。
 原発はこうして毎年にわたり、厳しい点検整備をしないといけないほど、
 実態は、実はきわめて危険きわまりないのない発電所なのです」




 「今では、その点検のためにほとんどの原発が停止中だと聞きました。
 この春に、最後となる北電の原発が停まると、日本中の原発が、
 すべて止まってしまうということも、新聞で読みました。
 毎年、定期点検をしなければいけないと規制されているほど、
 それほどまでに、原発は危険なものですか」



 「危険なのは原発では無く、その燃料から放出される有害な放射能です。
 些細な故障や破損などは、すべて放射能漏れの重大な原因となります。
 だからこそ、常に総点検が必要になるわけです」


 「それでも、福島で、放射能漏れの事故は起きてしまいました。
 福島の第一原発の周囲では、取り返しのつかない事態が既にはじまっています。
 そうした危険性を抑止するために、常に最善をつくしていたはずなのに・・・・」


 響が、3・11の直後に発生をした福島第一原発のあの惨状を思い出して
思わず、下唇を強く噛みしめています。
「トシさん。ビールをもらうよ」、そう言いながら雄作が立ちあがります。
それを見た響のほうが、一足先に動きます。
冷蔵庫からビール瓶を取り出すと、グラスも添えて雄作の前へ静かに置きました。
座りなおした雄作が嬉しそうにグラスを手にすると、響がゆっくりとビール瓶を傾けます。
泡が立ち過ぎないようにと・・・・やわらかく、ゆっくりと注ぎ入れていきます。


 「あなたは、実によく気が利きます。
 仕草もチャーミングだし、誰にでも同じように接することができる女性だ。
 お母さんは芸者さんだといいましたが、その優しさは、
 お母さん譲りのものですか?」



 珍しく響が、頬を赤く染めています・・・・
「あなたも一杯どうですか」と、雄作がビールをすすめました。




 「原子力発電所内では、危険が多い「『放射能汚染区域』と
 ほとんで安全と言われている、『非汚染区域』とに分類をされています。
 安全と言われている非汚染区域での仕事は、
 被ばく自体の危険性はほとんどありませんが、その分だけ狭いところでの、
 熱と金属のホコリに苦しめられながらの、辛い作業が続きます。
 取水口付近での、吐き気を催すような悪臭の中でのヘドロのかきだし作業や、
 タービンのさび取りなど、劣悪な作業環境下でそうした作業がおこなわれます。


  放射能汚染区域も、汚染の程度により、
 低汚染区域と高汚染区域の2つに分けられています。
 高汚染の区域では、放射能を吸い込まないように必ず全面マスクを着用します。
 身体に放射能がつかないように、手袋や靴下などは、3枚を重ねて使用しています。
 全身を覆う防護服を着用したうえで、最後に長靴を履きます。
 マスクを付けると、それだけで大変に息苦しくなります。
 その上、作業場は暑くて汗が滝のように流れ、マスクは熱気ですぐに曇ってしまいます。
 作業の能率のために、危険とは知りながらも中には、
 マスクを外してしまう人たちもいます。
 首には一定量の放射線を浴びると警報ブザーが鳴る、アラームメーターをかけました。
 被ばく線量を測るポケット線量計も必ず、装着をします。
 汚染区域に入るためには、これだけの厳重な装備が常に必要となります。


  しかし高汚染区域では、すぐにアラームメーターが鳴ってしまうために、
 長い時間にわたって作業をすることはできません。
 原発炉心部への入り口などでは、原発労働者たちが順番を待って一列に並びます。
 被曝線量がきわめて多くなるために、数分刻みで、
 現場の作業員たちを交代をさせえる必要があるためです。
 そのために、1日に1000人以上の下請け労働者達が、炉心清掃のために動員をされます。
 ひたすらの人海戦術で、それらの作業を刊行するのです・・・・
 そのために結果として、被ばくがよりおおくの労働者たちの間で分散をしてしまいます。
 これらの理由により、原発は常に『使い捨て』用のたくさん労働者たちを必要とするのです。
 作業現場によってはアラームが鳴って、すぐに交代したのでは効率が悪いために、
 これを無視して、作業を続けている場合などもあります。
 あるいは、ポケット線量計をどこか他の所において、仕事をする人なども出てきます。
 ですから、報告された被ばく線量と、実際に受けた被ばくの線量が
 違う場合なども公にはされませんが、現場ではしばしばある事なのです。」



 初めて聞くあまりにも過酷で凄惨な
原発労働者たちの作業の実態に響は、言葉を失ってしまいます。
ひたすら身体を固くしたまま、それでも雄作の話には耳を傾けています。
厨房から戻ってきた俊彦が、そんな響の様子を気遣ってそっと肩に
優しく手を置きました。






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