落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第14話

2013-03-21 09:45:54 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第14話
「ゼネコンと震災復興」




 「ああ・・・・疲れきって、ようやく桐生へご帰還だ。
 トシ。旨い蕎麦を食わせてくれ。連日の被災地での人集めで、俺はもうクタクタだ。
 福島からのやっっとの思い生還だぞ。
 こいつらにも、なにか旨いものをたらふく食わせてやってくれ。
 あ、英治の分はいらないぞ。
 あいつは2日ばかり向こうに残ってボランティアをやっている。
 まァあいつのボランティアも毎度のことだ。
 こいつらの二人分だけをたっぷりと用意をしてくれ。
 お~い、響。
 あ・・・・そうだ。もうここには居ねえのか。
 あいつは勤めに出したんだっけ・・・・
 じゃあ仕方ねえなぁ。トシのしょぼい顔を見て、それで我慢をするか」


 「おいおい岡本。お前は俺の蕎麦が目当てかそれとも響か、どっちだ」


 「響に決まっているだろう。
 蕎麦は逃げださねぇ。、自宅に居る娘は俺が帰っても口をきいてくれないし。
 遊んでくれる年頃の女性と言えば、ここじゃ響だけだからな。
 そうか仕事か、仕方ねえな。じゃあ、寂しく一人で・・・・呑むか」

 
 「ビールとコップは、そこから勝手に出してくれ。
 悪いが手を離せない。
 だいぶ疲れているような顔だが、被災地はそんなに忙しいのか」


 コップを片手に、岡本が厨房の入口までやってきました。
入荷したばかりのそば粉を相手に、俊彦が水回し作業の真っ最中です。
(『水回し』とはそば粉をこねつける第一段階のことで、
 そば粉に充分かつ均一に水を含ませための大事な作業のことです)




 「北海道の幌加内産の高級蕎麦粉だ。
 ネットで取り寄せたばかりだから、お前さんが初の味見人となる。
 香りがたってきたので、こいつは仕上がりが楽しみだ」


 「北海道でも蕎麦がとれるのか・・・・目からウロコだ」

 「寒いところで、土が痩せていたほうが収量は少ないが、
 味と深みのある蕎麦が採れる」



 椅子を引き寄せた岡本が、作業中の俊彦の隣へ座りこみます。
充分に水を含んで、米粒の大きさににまとまりはじめた蕎麦粉の水加減を、俊彦が
指先でしっかりと確認をしています。
やがて水分量が充分と見るや、いっきに中央へ集め、それをひと塊りにくくりはじめます。
くくりは、きわめて力を要する作業です。
水分を含んだそば粉を、繰り返しこね鉢に体重をかけながら押しつけていきます。
最初は荒くザラザラとしていた蕎麦の肌も、次第に整えられて、やがて、
見た目にも滑らかにつるつるとした生地肌に変っていきます。


 「鮮やかなもんだ・・・・」


 「この道、20年だ。
 目をつぶっても、蕎麦の機嫌なら、指先一つでいつでも分かる」



 「そうだろうな。、お前の蕎麦だけは20年食っても飽きが来ねぇ。
 段々忙しくなるもんだから、これからはご無沙汰が増えるかもしれねえ。
 なにしろ被災地の復興の本番はこれからだぞ。
 バブルどころの話じゃないぞ、
 復旧と復興だけで、今後5年の間に19兆円もの予算が動く。
 港湾施設や防潮堤の整備、高台移転などの公共事業などの予定が目白押しだ。
 大手のゼネコン連中は、3月11日の震災の直後から
 もう、プロジェクトチームを現地に派遣して、
 地元での工作活動を展開をしたというくらいだからな」


 「お前さんたちの人道支援も早かったが、
 ゼネコンの連中も、金の匂いには、もっとも敏感に反応をしたということか」



 「公共事業の削減で、
 今までさんざん辛酸をなめてきたゼネコンが、千載一遇のチャンスとばかり、
 東北で必死になって受注獲得にしのぎを削りはじめたんだ。
 今の時点で作業が始まったのは、がれきの処理や、
 被害が大きくなかった建物の改修事業などに限られている。
 本格的に動き始めるのは、この春からだろうと、みんなで睨んでいる状態だ。
 いまのところは応急処置にすぎないが、
 春以降は、土木や建築などの大型事業が本格化をしてくるだろう。
 この間ちょこっと行ってきた宮城県の、ど田舎の町なんか、
 一年間の一般会計予算が、今まではせいぜい50億円程度のちっぽけな町だが、
 それがこの新年度からは、一気に8倍の400億円にまで膨れ上がるんだぜ。
 それも一年限りの話じゃない。
 その状態が来年度以降も、数年にわたってず~と続くんだぜ。
 そんなちっぽけな小さな町には、土木や町づくりの経験のある職員なんか、
 ほとんどいっていいほど、居やしない。
 右も左も解らない建築土木の素人連中が、これからの街づくりを始めるんだ。
 土建屋にしてみれば、いくらでも美味しい話が転がっていることになる・・・・
 ゼネコンと不良が必死になって暗躍する隙間が、実はここになる。
 復興地の自治体なら、すべてがみんな同じような有様だ」



 手早くのばされた蕎麦は、薄く均一に広がります。
打ち粉が振られた後に、綺麗にたたみこまれて裁断待ちの状態に変わります。
「蕎麦は、その手早さが旨さの命というが、まさにお前さんは腕は、名人芸だ」
岡本が感嘆の声をもらす中、俊彦の大きな包丁は間断なく小刻みに動いて、
正確に、2ミリ間隔で蕎麦の生地を断ち切っていきます。



 「そうはいっても、実は、ゼネコン各社も手放しでは喜べない辛い事情も有る。
 鹿島と清水建設が2000億円で落札をした、宮城県の石巻地区のがれき処理では、
 人集めに四苦八苦しているという、きわめて苦しい台所事情が有る。
 焼却前の仕分けに必要な、一日当たり1500人の作業員を
 どう確保するのかが、地元業者の間でも毎日、話題になっている。
 1500人といえば、地元ハローワークの12月求人の半数に相当をする人数だ。
 焼却施設の稼働は5月ころを予定しているから、もう時間的にも余裕が無い。
 地元では、沿岸から離れた仮設住宅に送迎バスを走らせて
 女性を雇用するという案まで飛び出している始末だ。
 人手の不足は何処へ行っても、どこの被災地でもまったく同じ状況が続いている。
 特に働き盛りの20~40代の男性が、慢性的に不足をしている。
 ゼネコン連中は、他県から作業員をかき集めているが、
 大幅な旅費の負担などで、労務費なが予算よりもはるかに膨らんでいて、
 こちらも深刻な事態に陥っているようだ」


 「そこいらの部分に、お前さんたちが暗躍をする隙間があるわけだな。
 なるほどね・・・・持ちつもたれつ、ゼネコンと不良は
 常に表裏一体の関係にあるわけだ」


 
 「ゼネコンは表舞台で、華やかに綺麗事のまま取り引きを展開する。
 俺たちは、陽の当らないところで、そいつらが表面上ではできない面倒な仕事を
 影に隠れて、色々と片付けているだけの話だ。
 まぁ・・・長年にわたる切っても切れない、くされ縁ていうやつだがな」


 「なるほどね・・・・
 だからこそ、いつまで経っても悪がはびこるはずだ。
 さぁ、蕎麦は出来あがったぞ。
 蕎麦は、『挽きたて、打ちたて、茹でたて』の3つが旨さの秘訣だという。
 そば粉は北海道から取り寄せた、とびきりの極上品だ。
 今日の蕎麦は特別に高いぞ。
 覚悟しろ、岡本。時価相場だからな!」



 「おい、頼んでもいない蕎麦粉を使って、やくざに高額請求をするつもりかよ。
 まったく、やくざを脅すとは、あきれた蕎麦屋だな・・・・」


 「なんとでもいえ。
 どうせ人員を斡旋をして、たんまりと上前をはねて荒稼ぎをしてきたんだろう。
 人身売買とはいわないが、それに近いものがある。
 たまには、『釣りはいらねぇ』と、気前よく払っていったらどうだ」

 「本当にお前くらいだぞ。やくざを脅すのは。
 それで思い出したが、また一人、原発患者の面倒をみてくれ。
 末期だと言うからせいぜい持っても、あと半年かそれくらいだと思う。
 最後くらいはなんとかしてやりたいが、こういう時だけは、堅気で無いと肩身が狭い。
 悪いがまた、いつものように一肌脱いでくれ」


 「いいよ。で、いつ頃だ?」


 「来週には、連れてくる予定でいる。
 入院するかどうかは不明だが、一応病院の手配だけは早めに頼む」



 「了解だ。救急医の杉原には早速連絡を入れておく。
 で、どうする、入院をさせるか、それとも俺の家で面倒をみるか。
 どっちがいい?」



 「とりあえず動けるうちは、家庭的な雰囲気を味あわせてやってほしい。
 そうなると、お前や響にも余計な負担をかけることになるが、
 悪いが、いつものように、またお前の家にしばらく置いてやってくれ。
 いよいよになったら、入院をさせる予定だ」

 「あいよ。了解した」





 
 
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