落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第6話

2013-03-13 09:29:30 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第6話
「英治の生い立ち(1)」




 「決めて来やした!」


 金髪の英治が得意そうな顔で、六連星へ飛び込んできました。
その右手には、それなり厚みのある封筒が握られています。
その手元の様子にいち早く気がついた岡本が、英治をにこやかにテーブルへ手招をします。
なみなみとビールを注ぎ、まずは喉を湿せと、そのコップを英治に手渡します。


 「ほうら見ろ。お前は本気になって真剣に取り組めば、
 何でもできるタイプだ。
 支度金までぶん捕ってきたところを見ると、条件もまあまあだろう。
 いまひとつ融通が足りないお前にしたら、今回は上出来だ。
 一人前の仕事が出来たんだ。ついでだ、最後まで響を手伝ってやれ。
 その金で明日は、響の衣装合わせを手伝ってこい。
 家出中の響のことだ。ろくな衣装を持っていないだろう。
 だいいち、栃木の山奥から出てきたばっかりの田舎もんの山ザルだ。
 念入りに、なるべくいいものを探してやれ。馬子にも衣装だからな。
 おい、トシ。勘定してくれ。
 英治、お前は今日はもういいぞ。
 俺もこいつらともう一回りをしたら、それで帰るから、
 お前は今日は、ここで休め」



 懐からサングラスを取り出しながら、岡本が立ちあがりました。
勘定をすませると先頭を切って玄関を出ましたが、半分だけ身体が去りかけた処で
また、ヒョイと顔だけを覗かせます。


 「言い忘れていた。
 いいか響。決して油断はするんじゃねえぞ。
 金髪の英治は気だてはいいが、すこぶるの単細胞だ。 
 臨機応変に物を考えるタイプじゃねえ。
 今日みたいに良い結果で仕事をこなしてくると、調子に乗りすぎて
 テンションをあげすぎる傾向が有る。
 気が大きくなると、おうおうにして暴走をする場合も多い。
 ことに、女に関しては手が早くなる。
 まぁその辺りを、充分に注意をするんだな。じゃあな」


 「へぇ~・・・そうなんだぁ、あんた」

 
 「あっ、それから、もうひとつだ。
 言い忘れたが、そいつはいまだに、自称『童貞』だ。
 やる時は上手くやらねえと、中途半端で終わっちまうかもしれねえぞ。
 もしものときは、うまくやさしくリードをしてやれ、頼んだぜ、
 あっはっは・・・・」



 玄関の引き戸から岡本が顔だけを残し、さらに、そのひと言を付け加えます。
じゃあなと、ウインクをした瞬間に、引き戸がピシャリと閉まりました。
響が胡散臭そうな目で、金髪の英治を振り返ります。
バイ菌かゴキブリでも見るような時の、きつい響の目線です。



 「そうなの? それも本当なの・・・・ねぇあんた」


 まあまあそのくらいにして、と、見かねて俊彦が仲裁にやってきました。
当の金髪の英治は、もう耳まで真っ赤にしてうなだれています。
そんな英治の様子に、思わず響が小鼻を鳴らしてしまいます。
(・・・・いやだ、こいつったら。不良の割には真面目すぎるわ!)



 「ほら、英治君。
 今日は仕事も、せっかくの早上がりだ。
 俺がおごるから、少し響と二人で呑んでいけ。
 響の就職の前祝いだ。
 お前さんの骨折りで就職が実現したわけだし、
 響も、そうそうこいつを嫌わずに、英治君とつきあってやれ。
 もとはと言えば、お前のために骨をおってきたんだぜ。
 少しくらいは感謝したらどうだ」



 ビールとグラスを二人の目の前に置くと、俊彦も玄関の引き戸に手を掛けました。
「煙草を買いに行って来る。ついでに少し散歩だ」
そう言い残すと、俊彦は返事も待たずに出掛けていってしまいます。
静かになった店内には、気まずい雰囲気が漂ったままの二人だけが残りました。


 「ありがとうって言うべきなのに・・・・たしかに私はうっかり者だ。
 私のために、せっかく頑張ってくれたのに、感謝の言葉さえ言うのさえ忘れていました。
 はい、どうぞ、とりあえずビール。 
 トシさんまで気を利かせて居なくなったんだもの、ここはちゃんと私もお礼をします。
 はい、金髪の英治君。あそこに書いてあるあのポスターの文字は、
 いったい何と読みますか!」



 響が、カウンターの上に張ってあるポスターを、パッと指さしました。
英治がその指の動きにつられて、壁のポスターを見上げます。
がら空きとなった英治の右側の頬へ、すかさず響が軽く唇を触れます。
が、その瞬間、英治が椅子を倒して立ち上がり、あわて後ろへ飛び下がりました。
100万ボルトの電流にはじかれたのごとく、あっというまの俊敏すぎる動作です。
(いやだぁこいつったら!。やっぱり本当に童貞かしら、英治は・・・・)



 「おいおい、お前!。やぶからぼうに、不意うちは卑怯すぎる。
 来るなら来ると言ってくれ。
 その気が有るなら、ちゃんと正面からキスしてくれよ。
 俺も男だ。正々堂々と、お前の好意を受けてやる」


 「ばっかじゃないの、あんた。
 感謝はしてるけど、タイプでもないあなたに、
 私が真正面からなんて、絶対に死んでも行くはずがないでしょう。
 ほっぺにキスしただけでも、私に感謝をしなさい」



 「はい・・・・おおいに、感謝しています。」



 響が大きな声をあげて、笑い始めてしまいました。
金髪の英治も頭をかきながら椅子を戻し、照れた顔のまま座り直します。



 「あんたもさっき聞いたとおり、わたしは湯西川からの家出娘です。
 さっきの岡本のおっちゃんの話で分かったように、私に父親はいません。
 お母さんは、ここのトシさんとは同級生で、
 中学を卒業をしてすぐに、湯西川で15歳から芸者修業に入りました。
 おっちゃんが言うほど、特に寂しい想いをしたことはなかったけど、
 物ごころがつくまでは、なぜ私にはお父さんが居ないのと、
 母を困らせていたことも、また事実です。
 ん・・・・なにを逃げてんのさ。そんなに腰まで引いて。
 そんなに遠くに座らないで、もっとこっちに来なさいよ。
 もう、頼まれたって、私はあなたを無断で迫ったりはしません。
 2年ばかり短大で、宇都宮で独り暮らしをしてきたけど、
 そのあとは、定職が見つからず、アルバイトとパート仕事の繰り返しだった。
 あきらめて湯西川に戻ったけど、狭い田舎の温泉町だもの、
 やっぱりろくな仕事がなかったわ。
 家出と言うほどのものではないけれど、ただ有り金をもって
 ヒョイと東京に遊びに出ただけのことです。
 でもね、桐生に来たのには、実は別の用事があったの」


 「オヤジを、探しに来たんだろう?」


 「あら、鋭いわねあんた。でも、なんでそう思うの」
 

 「芸者が旦那もパトロンも持たずに、一人身を過ごすと言う意味は、
 芸者になる前にもしかしたら、好きな人がどこかにいたと考えるのが、ごく普通だろう。
 その前と言えば、生まれ故郷にいる関係者か、同級生あたりだろう。
 そう見当をつけて、この桐生に来たんだろう。お前は」



 「ぼんくらかと思っていたけど、まんざらそうでもなさそうね。
 ところであんたはどうなのさ。
 わたしの自己紹介は、だいたいは今の話で済んだけど、
 今度は、あんたの話も聞かせてよ」

 「俺の身の上か・・・・聞いてもつまんないぜ。
 壮絶すぎて、世の中の不幸の総集編みたいな話ばっかりが延々と続くぜ。
 24歳にして、俺はすでに波乱万丈の人生を経験した」


 「あんた、その顔で24歳!。なんだ~あたしと同じじゃん」


 「えっ、さきは・・・たしか21歳といってたくせに!」



 「ばっかじゃないの、あんた。
 女が本当のことを言うと思ってんの。甘いわよ。
 でも、私の年齢のことは、ここだけの私とあんたの秘密だよ。
 私が本当の歳をばらしたら、ここでは誰も本当のことなんか教えてくれないもの。
 大人たちは私よりも、もっとずるいもの」



 「おめえは、見かけによらずは悪知恵がきくなぁ、只者じゃねぇ・・・・」

 「そんなことよりも、あんたの身の上話はどうしたの?」

 「おう、今しゃべる。いいか聞いて驚くな。
 世にも不思議な話のはじまりだ」


 「わたしには、あんたみたいな不良で、
 自称、童貞だという24歳が、この世の中に存在をしているというほうが、
 よっぽども、摩訶不思議な話だわ」

(7)へ、つづく



 
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