落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第19話

2013-03-26 10:09:02 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第19話
「女性の笑顔は・・・」



 「まったく、知りませんでした・・・・。
 日本の原発が、そんなにも脆弱な基盤と虚像の上に成り立っていたなんて。
 福島でのあの事故と、災害へのもろさが露呈をしなければ、日本の原発は
 さらに増えていたのかと思うと、背筋がぞっとしました」


 「政府や電力会社は、原発を推進するために、
 必死になって、原発の『安全神話』を国民に向かって大宣伝をしてきました。
 しかし多くの原発が海沿いに作られているために、
 今回の津波の被害で、安全性の根拠としてきたいくつもの対策そのものが、
 いかに甘いものであり、かつ、まやかしに近いという新事実を
 あらためて如実に、証明をしてしまいました。
 福島第一原発の事故は、多くの原発に共通している危険性をあらためて、
 国民の前に露呈したといえるでしょう」

 響が、ひとつ、深いため息をつきます。
目の前に用意されていた蕎麦は、すっかり冷めてしまいました。



 「どうやら、食事をしながら交わすような話題ではなかったようだ。
 どれ、響。新しい温かい蕎麦と変えてやろう、
 響には、少し気のどくなことをしたようだ。
 すこし刺激が強すぎる話だ。
 雄作さん。話題を変えてくれ。響が可哀そうだ」
 
 「いいえ、続きを是非、お聴きしたいと思います」

 
 響が強い意志を込めた瞳で、俊彦を見上げました。
その目は、続けて無精ひげだらけの雄作の顔にも向けられます。



 「たしかに私は、何も知らずに育ちました。
 先日、鉱毒事件を起こした足尾の町を通過した時も、トシさんやお母さんたちが、
 ましてや、あのやくざの岡本さんまで、煙害で荒廃した山々を復活させるために
 地道に活動しているという、大人たちの話を聞かされたばかりです。
 私も、よそ見ばかりをして生きているわけにはいかないと、実は、心に決めました。
 もうすこし、いろいろなことを私に教えてください。
 雄作さんが原発で体験もをしてきたことも、
 トシさん達がやっている、原発労働者の救済の話なども。」


 雄作の目が頬笑みます。髭だらけで熊のような顔が優しく崩れました。
両手で包みこむようにして持っていたグラスの中身は、いつのまにか
すっかりと、温まりきっています。
(そういえば、ビールを注ぎっぱなしいたことを、すっかり忘れていました・・・)
苦笑した雄作が、それを一気にあおり喉へ流しこんでいました。


 「う~ん・・・・
 温められたビールは、ただただほろ苦いだけで、まったく美味しくはありません。
 まるで私の人生と一緒です。
 実になんと言うか、ほろ苦い味ばかりがしますねぇ」


 雄作のそんなぼやきを聞いて、
思わず響が口に手をあてると、大きな声を上げて笑いだしてしまいました。


 「お嬢さんは、笑うととてもチャーミングです。
 やはり若い方たちの、笑顔には格別のものがあるようです。
 大人になればなるほど辛いことなども増えますので、
 いつのまにか、苦虫をかみつぶすようになります。
 それでもやはり、大人になっても笑うという事は、とても大切なことです。
 女性の笑顔は、宝物です。
 とりわけあなたのように、綺麗な方ともなれば、それはなおさらでしょう。
 お化粧や服装などで、見た目と、自分の外面は飾ることができます。
 でも美しい内面を表現するものは、あなたのような笑顔です。
 あなたは、たいへんに美しく笑える女性の一人です。
 たぶんあなたは、素敵な笑顔がいつも溢れている、
 そんな環境の中で育ってきたのだと思います。
 まずは、あなた自身のその生い立ちに、感謝などをすべきでしょうね」


 「そういえば、私の母は、とても素敵に笑います。
 置き屋のお母さんも、顔を皺だらけにして笑いますが、それでも品のある笑顔です。
 伴久ホテルの若女将は、接客のプロということもありますが、
 それ以上に、こちらの気持ちまで和ませてくれるような
 実にここちの良い笑顔を、いつでも見せてくれました。
 そうなんですね。そういうことだったと思います。
 そういう人たちが、私に自然のままの笑顔を教えてくれたのだと思います」



 「貴方の笑顔は、そのままあなた自身の名刺のかわりになります。
 男たちは例外なく、あなたの笑顔できっと癒されることになるでしょう、おそらく。
 若い男たちならば、もっと大変なことに、きっとなるだろうと思います」



 「あら。私はまだ男の方と、お付き合いをしたことがありません。
 狭い湯西川で、地元を代表する女性たちに囲まれていたために、
 常に警戒をされすぎたために、結局は誰一人として近寄ってきませんでした・・・・
 笑顔には自信が有ったというのに・・・可笑しいなぁ」

 「あっはっは。お嬢さんの魅力が花開くのはこれからです。
 10代の頃のはじける美しさは、無垢で純粋な部分から生まれてくるようです。
 本当の美しさというものは、もうすこし人生経験を踏んでから産まれてきます。、
 例えば・・・・哀しみや失望といった挫折や、人生の辛酸をなめてから
 女性自身が磨かれて、真の美しさというものが初めて生まれてきます。
 試された者のみが持つことができる、人間本当の美しさです。
 子供を産んだ女性がもっとも美しく光り輝くというのは、実はそのためです。
 あなたもそうなる資質は、十二分にお持ちです」



 にっこりと笑った響が、ビール瓶を手にすると
空になった雄作のグラスへ、泡をたてないようにして注いでいきます。
「ありがとう、ご厚意は、冷たいうちに戴きましょう」とグラスを持ち上げた雄作が
目を細めて、乾杯のポーズをとりました。
響も、軽く持ちあげたグラスを揺らして、雄作へ乾杯の合図を返します。



 「原始、女性は太陽だったと言った、平塚らいてうの話はご存知ですか。
 らいちょう、とか、雷鳥と書く場合もあります。
 本名を明(あきら)と言います。
 明治から昭和にかけて生きた女性評論家で、作家、思想家としても著名です。
 彼女を一躍有名にしたのが、「塩原事件」と呼ばれた事件です。



  らいてうは、「女性に教育は必要ない」という時代に生まれました。
 それにもかかわらず、学問が好きで、父親を説き伏せて日本女子大まですすみます。
 在学の時代に、日露戦争でどんどん国粋主義になっていく国を、おかしいと思いはじめます。
 この頃の彼女に、もっとも大きな影響を与えた書物は
 ゲーテの「若きウェルテルの悩み」だった、と言われています。
 そして自身も、この少し先で同人誌などで作品を発表することになります。
 その作品に彼女の才能を認め、「とてもいい」とファンレターのようなものを
 送ったのが、この文学会を主催していた森田草平という男です。
 この二人がまもなく恋仲になったのも、なるようにしてなった、という
 当然ともいえる「なりゆき」でした。



  そして彼女が、この森田草平と心中事件を起こしてしまいます。
 これが世に言う「塩原事件」です。
 当時としては心中は衝撃的事件だった、ということもあり、
 マスコミは時の人として、らいてうのことを一斉に書き立てました。
 このとき、森田草平のことはほとんど取り上げないのに、
 マスコミの論調はひたすら、らいてう批判に終始をします。
 「とんだ令嬢がいたものだ」というキャプションをつけ、顔写真までも載せました。
 しかし、らいてうはあまり意に介する様子も見せず、それどころか、
 この事件で再び、世の中の女性蔑視的な風潮に疑問を抱きます。
 そして自らが、やがて雑誌を創刊するようになるのです。
 その雑誌の冒頭によせた挨拶文が、「原始、女性は太陽だった」
 で始まる、あの有名な一文です。文章はこんな風に、まずはじまります。



 【元始、女性は実に太陽であつた。真正の人であつた。今、女性は月である。
 他に依つて生き、他の光によつて輝く、病人のやうな蒼白い顔の月である。
 偖(さ)てこゝに「青鞜(せいたふ)」は初声(うぶごゑ)を上げた・・・・】


 つまり、らいてうは
 「女性よ、自分の力で輝きなさい。
 かつて原始ではそうであったように。」
 と言っているのです」


 「自分の力で輝きなさい・・・・
 かつてはそうであったように・・・ですか。凄い発想ですね!」

 「そうです、お嬢さん。
 かつての女性たちは自らの力で、太陽のように輝いていたのです。
 女性たちのまぶしい笑顔は、実は、その象徴かもしれませんねぇ・・・・」




 
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赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (52)飯豊山登山口
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