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怪物『サード』と戦う韓国社会

2016年07月16日 | 三千里コラム

『サード』配置に反対する星州郡の住民(7.13)



2006年、韓国では「怪物(クェムル)」という映画が大ヒットした。駐韓米軍基地から放流された化学汚染廃棄物が原因で、漢江に巨大な化け物が発生して住民を襲うという内容だった。10年後の今年、新たな怪物が出現した。名前を『サード(THHAD=終末高高度ミサイル防衛体系)』という。韓国社会は大変なパニックに陥っているが、発生の根源はやはり米国だ。

7月8日、米韓の両政府は記者会見で、駐韓米軍基地への『サード』配備を表明した。5日後の7月13日には、配置区域が慶尚北道星州郡に決定したと発表している。国会の審議を経ておらず、地域住民の世論を聴取したわけでもない。決定と発表は一方的だった。今回の決定には、朴槿恵大統領の意向が強く反映されているという。

政府の公式発表文によると、『サード』配置は“北朝鮮の核兵器・弾道ミサイルの脅威から大韓民国と国民の安全を保障し、韓米同盟の軍事力を保護するための防御的な措置”だという。もし政府の説明が正しいのなら、どうして星州郡の住民だけでなく、野党や各地の市民団体まで『サード』配置にこぞって反対するのだろうか。

軍事的な見地から、『サード』が北朝鮮のミサイル迎撃には無用の長物だと言われてきた。また、環境破壊や電磁波による地域住民の健康侵害も指摘されている。何よりも、米国の真意が中国(ロシア)を軍事的に牽制するためであることは明白で、中韓関係の悪化と東北アジアの緊張激化は避けられない。朴槿恵政権は対北制圧政策の一環と見なしているようだが、この怪物を引き入れることは韓国の国益を大きく損なうことになるだろう。

今回の『サード』騒動を見るにつけ、米韓の従属的な関係がいかに深刻な弊害をもたらすのか、痛感せざるを得なかった。そして、敵対的な南北関係に埋没する韓国の保守政権は、亡国的な対米依存を深化させるしかないようだ。

『サード』配置の発表は電撃的だったが、決定の過程はそうではない。数年間の周到な準備と検討を経たものである。国内世論の反発を恐れた韓国政府が、その過程を隠し続けただけだ。1年前にも『サード』配置をめぐる論争が、主要なメディアに取り上げられていた。その際に、韓国政府は「3No」を掲げて煙に巻いたものだ。“米政府の要請もなく、両国間に協議もなかった。よって何らの決定もない”という「3No」である。

しかし、『サード』配置が公式的に提起されたのは、それより前の2014年6月3日である。当日、ソウル市内の某ホテルで国防研究院が主催した安保フォーラムが開かれた。その席上、当時の駐韓米軍司令官カーティス・スカパロッティは「韓国への『サード』配置は米国の主導権(initiative)だ。司令官として、すでに私は本国政府に配置を要請した」と述べている。

“主導権”という表現は、韓米関係の本質を象徴する言葉だ。有事の作戦指揮権(事実上の統帥権)を米軍に譲渡している韓国政府は、駐韓米軍基地内にどのような兵器が導入されるのか、関与する権限すら与えられていない。米軍の決定に従うだけである。1950年代後半にどの種の核兵器が導入されたのか、それがいつ、どのような理由で撤去されたのか(誰も確認していないが)、韓国政府と国民は事後に推測するしかない。

今回も同様だろう。ただ、米政府が周到なのは、形式的ではあるが、韓国政府の体面を慮る素振りを見せていることである。“主導権”という上から目線ではなく、“同盟次元での合意”という体裁を装うことにしたのだ。提案者はカーティス・スカパロッティの前任者、バーウェルベル元駐韓米軍司令官である。

2014年7月、ワシントンで開かれた某セミナーで彼は、「『サード』の配置は韓国民にとって極めて複雑な問題だ。韓国政府が合意を受け入れ、国民の同意を得やすいように配慮すべきだ」と忠告を忘れなかった。それで、今回の両政府公式発表文には、“主導権”という用語を避けて“同盟次元での決定”と表記されれいる。

だが、単なる言葉遊びで、従属的な米韓同盟の本質が糊塗されるものでもあるまい。今回の『サード』配置を法律的な観点で見るなら、韓国の「防衛事業法」ではなく、「駐韓米軍地位協定」を適用したことに注目すべきであろう。地位協定(SOFA)の正式名称は「大韓民国とアメリカ合衆国との間の相互防衛条約第4条に基づく施設及び区域並びに大韓民国における合衆国軍隊の地位に関する協定」だ。そして、1953年10月1日に結ばれた「韓米相互防衛条約」は、1951年9月の「日米安保条約」をモデルにしている。

「駐韓米軍地位協定」第2条は次のような内容だ。
「合衆国は大韓民国内の施設と区域の使用権を供与される。各施設と区域に関する協定は、本協定28条の規定する合同委員会を通じて両政府が締結する」。

つまり、韓国政府にできることは、『サード』配置に適切な地域を選び、米政府に供与する協定に署名することだけなのだ。7月13日、『サード』配置の地域を星州郡と発表したことは、両国間ですでに、
星州郡供与の協定が締結されたことを意味する。

だが、問題はこれで終わらない。政府の責任は厳しく問われねばなるまい。どのような条件で土地を供与したのか、臨時的なのか永久供与なのか...。国防長官は米政府との『サード』配置協定を公開すべきである。供与期間だけでなく、供与土地の規模や私有地の収用有無も明らかではない。にも拘らず、『サード』の配置は“決定であって国会の同意対象ではない”と強弁するなら、もはや民主的な法治国家の行政とは言えないだろう。

また、『サード』の運営費用が年間1兆5千億ウォン(約1500億円)だというが、誰が負担するのか。国民の疑問と抗議に応える意味からも、朴槿恵政権は『サード』配置協定の全文を即時に公開すべきである。たとえ“大韓民国と国民の安全を保障する”協定であり合意といえども、主権者である国民の同意(国会の承認)がなければ無効である。大統領の決断が「法律」ではないからだ。

最後に、『サード』配置に強く反対してきた中国政府の見解を引用したい。政府系の機関紙『環球時報』は7月10日付ウェブサイトに掲載した労木の署名記事で次のように述べている(浅井基文さんのコラム「21世紀の日本と国際社会」http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2016/821.htmlを参照)。

「中国は韓国に対して一再ならず、『サード』の韓国配備を許すことはアメリカのために火中の栗を拾うことであり、韓国にもたらされるのは安全の高まりではなく、安全がさらに損なわれることだと諫めてきた。...韓国はアメリカの圧力に屈し、『サード』を我が家に導き入れ、自分を縛った縄をアメリカの手に差し出した。その行動は中露の怒りを買い、本来は良好だった中韓関係に破壊的要因を持ち込んだ。大国の駆け引きにわけも分からないままに口を差し挟むと、うまくやらない場合には引火して我が身を焼くことになるという自明の道理を、韓国当局は認識するべきであり、...」。

10年前の映画では、市民が力を合わせて怪物(クェムル)を退治した。今回の『サード』という迷惑な怪物も、市民の連帯した力で退治したいものだ。だがその連帯は、国際的なものとして推進されるしかないようだ。なぜなら、『サード』の重要なパーツが、青森県つがる市の車力分屯基地や京丹後市経ヶ岬に設置されたXバンド・レーダーなのだから。(JHK)