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「ソン・ワンジョン(成完鍾)リスト」が暴く朴槿恵政権の裏金

2015年04月16日 | 三千里コラム

『慶南企業』前会長、ソン・ワンジョン(成完鍾)氏の記者会見(4.8,ソウル)


韓国の政界は今、自殺した企業家が残したインタビューとメモの真偽をめぐり、前代未聞の混乱ぶりを呈している。企業家の名はソン・ワンジョン(成完鍾)。『慶南(キョンナム)企業』の会長で、与党の前国会議員だった。『慶南企業』は李明博政権期に急成長を遂げる。その秘訣は、資源開発の名目で政府から膨大な資金供与を受け、その一部を裏金として政権中枢部に返還するのだ。典型的な政経癒着といえるだろう。一方、支持率低下に苦しむ政権の常套手段であるが、朴槿恵政権も前政権の不正腐敗を摘発することで人気回復を図ろうとした。その標的となったのがソン・ワンジョン氏だ。

イ・ワング(李完九)首相は3月12日、就任後初めての談話を発表し“いかなる代価を払っても不正腐敗を抜本的に根絶する”と宣言した。‘清算’しなければならない不正腐敗の一例として挙げたのが、「海外資源の開発をめぐる業務上背任と不良投資」だった。6日後に検察は、『韓国石油公社』と『慶南企業』を電撃的に押収捜索する。『慶南企業』が国外での石油開発事業を名目に、政府から350億ウォン以上の「成功払い融資」を受けたが、このうち数十億ウォンをソン会長が着服したというのだ。

「成功払い融資」とは、国外資源の開発事業に関わる企業がビジネスに失敗した場合、政府が貸した融資金の全額あるいは一部を減免する(成功した時は融資金より多い金額を返済)制度である。周知のように、李明博政権が展開した国外資源開発はことごとく失敗し、国家財政に甚大な損失をもたらした。反面、利益を得たのは「成功払い融資」を受けた企業と、その裏金を手にした政治家たちである。

4月3日、検察はソン前会長(3月17日に経営権を放棄)を召還し、3日後には拘束令状を請求した。「会社の資金250億ウォンを横領しただけでなく、9500億ウォン規模の会計操作によって約800億ウォンの不当貸し出しを受けた」との嫌疑が掛けられている(特定経済犯罪加重処罰法の横領・詐欺、資本市場法違反)。これに対しソン前会長は、地裁での拘束令状審査を翌日に控えた4月8日、ソウル市中区の『全国銀行連合会館』で記者会見を開き、憤懣を訴えた。

彼は“私は李明博政府の被害者である。2012年の大統領選挙では、朴槿恵候補の当選に渾身の力で奉仕した。その私が、前政府に対する捜査の標的になっているのだ。”と主張している。‘李明博政権の被害者’というのは弁明にすぎないが、政経癒着を地で行く政商の常として、彼は朴槿恵政権の重鎮たちとも昵懇な関係を維持していたのだろう。

拘束令状の適否審査が予定されていた4月9日未明、ソン前会長は遺書を残して家を出た後、北漢山で自ら命を絶った。だが、彼は自宅を出た直後の明け方6時頃、『京郷新聞』に電話して、その間の経緯と自身の率直な心情を吐露している。その録音内容が翌日に公開されたのだ。

“キム・ギチュンが2006年9月、VIP(朴槿恵大統領)に随行してドイツに行った際に、10万ドルを手渡した。場所はロッテホテルのヘルスクラブだ。2007年当時、ホ・テヨル党本部長と江南(カンナム)のリベラホテルで会って、(大統領候補の党内予備選費用)7億ウォンを3~4回に分けて現金で渡した。お金は部下が持参し、私が直接に手渡した。”といった内容だ。自身が李明博派ではなく朴槿恵派の要人であることを、具体的な情況で裏付けようとしたのだろう。ちなみに、キム・ギチュンは先日まで大統領秘書室長として豪腕を振るったし、党本部長だったホ・テヨルはその後、朴槿恵大統領の初代秘書室長に任命されている。

翌日の10日には、更に決定的な‘物証’が検察から公表された。ソン前会長の遺体を検視したところ、所持品から一枚のメモ紙が出てきたのだ。メモ紙には“キム・ギチュン:10万ドル、ホ・テヨル:7億ウォン、ユ・ジョンボク仁川市長:3億ウォン、ホン・ムンジョン議員(セヌリ党)2億ウォン、ホン・ジュンピョ慶尚南道知事:1億ウォン、釜山市長:2億ウォン”等、人名と金額が明記されている。また、イ・ビョンキ大統領秘書室長とイ・ワング首相の名前も記されているが、金額は書かれていない。

「ソン・ワンジョン(成完鍾)リスト」に名前が乗った政治家たちは一様に、“事実無根。荒唐無稽な小説”と否定している。‘死人に口なし’と言わんばかりである。だが、死を覚悟した人間の証言は重い。見捨てられた者としての‘恨み節’はあっても、命懸けで虚言を弄するとは考え難いからだ。リストに挙がった8人のうち、特に「不正一掃」を陣頭指揮してきたイ・ワング首相にとって、事態は極めて不利な展開となっている。『京郷新聞』社が4月14日、ソン前会長との通話内容を追加で公開したのだ。“不正摘発の対象者なのに、その人物が先頭に立って不正摘発を叫んでいる。イ・ワングには随分と尽くしてやったけど、彼は欲深くて人を利用することしか考えない。”と露骨に貶されただけでなく、“2013年の国会議員補欠選挙で、イ・ワング候補に3000万ウォンを手渡した”との具体的な内容が収録されている。

国会答弁で首相は、“何一つ恥じることなく、40年間の公職生活を全うしてきた。ソン前会長とは親しい仲でもなかった。裏金をもらった証拠が出てきたら、命を懸ける”と豪語した。だが、国民が望むのは無能な首相の‘命’ではない。徹底した‘真相の究明’だ。4月12日、朴槿恵大統領は検察に“聖域を設けず厳正に対処せよ”と命じた。検察総長は早速に「特別捜査チーム」を発足させたが、キム・ジンテ総長の導く検察が果たして‘聖域’を打破できるのだろうか。容易ではないだろう。なぜなら、‘聖域’を作った張本人が朴槿恵大統領であり、最大の‘聖域’も大統領自身に他ならないからだ。

国家情報院の大統領選挙介入事件を捜査する過程で、捜査チームのトップが左遷され検察総長が辞任した。その後釜が現キム・ジンテ総長だ。彼は国家情報院の選挙介入捜査で、本質に迫ろうとはしなかった。昨年に物議をかもした「非公式ラインの国政介入(大統領官邸の公文書流出)捜査」でも、‘聖域’は健在だった。核心とみなされた朴大統領の側近補佐官3人組とキム・ギチュン秘書室長は、捜査の対象ですらなかった。検察は大統領が指示したガイドライン通りに、‘文書の内容は虚偽であり、職員の違法行為で文書が流出した’との結論で捜査に幕を下ろした。

「ソン・ワンジョン(成完鍾)リスト」に挙がった人物は、まさしく権力中枢部に布陣する重鎮であり‘聖域’だ。前職大統領秘書室長2人と現職の大統領秘書室長。そして現職の首相。自治体長も3人…。何よりも、ソン前会長が提供した裏金の大半は、朴槿恵大統領(候補)の選挙資金もしくは政治資金として使用されている。であるなら、大統領官邸が今回の事態を“側近の個人的な不正と非理”に縮小することは、甚だしい欺瞞と言わざるを得まい。本質は、朴槿恵大統領の‘政治資金スキャンダル’である。

コラムを書いているうちに日付が変わってしまった。4月16日、セウォル号の惨事から1年を迎える。しかし、船体の引き揚げはなされず、遺体(9人)の収容も終わっていない。そして、遺族が求め続ける惨事の真相究明は、一向に進んでいない。今日の午後、朴槿恵大統領は中南米4カ国を訪問するために出国する。“コロンビア大統領のたっての願い”で、16日に決めたそうだ。セウォル号の遺族はこの1年間、光化門広場で断食し、大統領官邸前で連座デモを続け、剃髪までしながら、大統領との面会という“たっての願い”を叫んできた。朴槿恵大統領、あなたはこの日、コロンビアの大統領ではなく、セウォル号の遺族たちと共に過ごすべきでした(JHK)。