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セウォル号の惨事と朴槿恵政権

2014年05月09日 | 三千里コラム

「セウォル号の犠牲者を追悼し、朴槿恵政権の退陣を求める市民決起大会」(2014.5.8,光州)


 いつの間にか、セウォル号の沈没から24日が経過した。事故当時、自力で船外に脱出した「救助者」の数は、174名のまま増えていない。いや、政府当局の無能ぶりを反映するかのように、172名へと訂正された。5月9日午前5時現在の状況は、「死亡」273名、「行方不明」31名である。前回のコラムで指摘したように、船内に閉じ込められたが救出された乗客・乗務員は、一人もいないのが現状だ。

今回の惨事に関して、韓国政府は以下の二点において厳重な責任を負わねばなるまい。第一に、相次ぐ規制緩和で企業の利益を優先し乗客の安全を軽視した責任である。李明博政権は「海上運送事業法」を改定し、20年に制限されていた旅客船の使用年限を、30年に延長した。朴槿恵政権はそれを受け継ぎ、客室・貨物室増築などの用途変更に対する制限も緩和していった。

もう一点は、事故発生直後に迅速かつ全面的な救助活動を展開せず、船内の生存者を救出できなかった責任だ。事故現場に設置された対策本部は状況把握に追われ、殆ど機能していない。救助に当たった海洋警察庁(日本の海上保安庁に相当)も当初、民間の潜水士やSSU(海難救助隊)、UDT(海軍特殊戦戦団)などの救助活動を受け入れなかったという(5月2日付『プレシアン』)。

沈没事故の第一報が済州島の管制センターに入ったのは、4月16日午前8時55分だった。同日午後6時過ぎまで、船内の学生たちはスマートホンで「救助を待っている」というメセージを送り続けた。政府が可能なすべての手段を動員して迅速な救助を展開していたなら、ここまでの大惨事には至らなかったのではとの思いを払拭できない。献身的な救助活動(5月6日、民間潜水士のイ・グァンオク氏が死亡)にも拘らず、一人の生存者も救出できなかった事実はあまりにも重い。

救助活動をはじめ事態の収拾では無能な姿を露呈した政府機関だが、世論の統制においては一糸乱れぬ有能さを発揮している。国民の怒りが全国的に広がった4月22日、政府は「北朝鮮が4度目の核実験を準備中」と大々的に宣伝した。そして現地には、遺族の抗議行動を取り締まる多数の私服警察官が配置された。教育部も各地の学校と保護者に、“軽率”な発言を控えるようにと警告を出している。とりわけ、「放送通信委員会」の活躍ぶりは目を見張るばかりである。各放送局の報道内容やインターネットの通信内容をチェックし、政権への批判を“流言蜚語”と決めつけ警察に捜査を依頼しているのだ。

国民の追悼世論に押された政府は4月26日、ようやく合同慰霊所の設置を許可した。だが、場所を屋内庁舎に限定し、その数も17箇所に過ぎなかった。ちなみに天安艦沈没(2010年3月)の際には、全国各地に340箇所の合同慰霊所を設置している。そして、抗議集会への参加を呼びかける団体や人士を、与党幹部らが「アカ」・「従北勢力」と罵倒するのはもはや見慣れた光景である。

大統領から直接、心からの謝罪の言葉を聞きたかった遺族の思いは今も叶えられていない。だが、朴槿恵という政治家が国民の生命保護に至高の使命感を抱いていることを、筆者は彼女自身の言葉からして疑わない。盧武鉉政権期の2007年7月、アフガニスタンで武装勢力に拉致された韓国民が殺害された。当時、野党ハンナラ党の重鎮だった彼女は次のように述べている。

「国家の最も基本的な任務は国民の生命と安全を保護することです。今回、国家がその任務を果たさなかった事実を目撃した国民は政府の無能と無責任に憤り、国家に対し根本的な懐疑を抱くようになりました。」

遠く離れた異国であるが、国民の生命を救えなかった政府を追求する彼女の発言は正しい。では、自国の海岸で数百倍もの国民の生命を犠牲にした今回の惨事に対し、朴槿恵大統領はどのような言葉で自己の責任を問うたのだろうか。4月17日、事故現場を訪問した大統領は、遺族と政府関係者に対しこう語った。

「もし、今日ここで皆さんと約束したことが守れなかったなら、ここにいる人たちは全員、責任をとって辞職しなければなりません。」

約束は履行されるべきだろう。あの日、遺家族と一緒にいた政府関係者の中には、言うまでもないが大統領も含まれていることを、どうか想起して欲しい。

朴槿恵大統領の支持率が急降下している。だが、自ら責任を負って辞任することはないだろう。ただ、民の声に耳を傾ける謙虚さを欠いた為政者は、ことごとく不幸な末路を迎えたのが韓国現代史の教訓である。父親を尊敬して止まない彼女に、父親を反面教師にせよと説くのは不躾だろう。だが、血の教訓を生かしてほしいと、筆者は切に願っている。

最後に、最近の民心を伝えたい。5月8日、光州市の錦南路では「セウォル号の犠牲者を追悼し、朴槿恵政権の退陣を求める市民決起大会」が開かれた。集会には高校生・民主労総組合員・市民など1000人余りが参加している。集会で発言した市民シン・ヨンムンさんは「国民が朴槿恵大統領に権限を与えたのに、大統領は公務員たちの責任を問うというのだから、話にならない」と大統領を批判した。

また、この日午前、全羅道地域の5大宗教(仏教・円仏教・天道教・カトリック・プロテスタント)の指導者が光州YMCAで、犠牲者の追慕祭を行なった。その後の記者会見では、「セウォル号惨事の責任を負って朴槿恵大統領は退陣すべきである。大統領、国会議員、高位官僚らが現地を訪問したが、一人の人命も救助できなかった。国民は今、既得権に寄生して適当に保身する野党を必要としない。野党は朴槿恵退陣の先頭に立て」と糾弾している。(JHK)