つれづれなるままに 1465  中標津の旅スナップ

2024-11-10 17:21:28 | 雑記

施設訪問、オカリナ演奏会、ミュージック フェスティバルに招かれました。コロナで中止していたコンサートもやっと再開とのこと、集まってきた児童デーサービスの子ども達、就労支援の方々、何が始まるのかと食い入るように私達を出迎えてくれました。私達のグループの進行を務めた私も、賑やかな観客席にどうしたものかと戸惑いながら、用意した原稿の通りには行かず、即興でオカリナを吹きながら手拍子を交えて、観客と楽しんできました。

札幌も初雪が降りました。雪囲いもどうにか終わらせましたが、私のやる雪囲い、春にはどうなっているやら・・。

明日から1週間、写真の秋季作品展覧会が始まります。作品選び、忙しくて作品を決めて題名を提出したのですが、今日、印刷、良くありません。中標津旅行写真の中からと選びましたが、まだ整理もせずにいたので、今回の賞はありませんね。

中標津、意外観光地が沢山ありました。

国後島、近いですね。あの見える島が日本ではないなどとは

牧草―ロール・・もう収穫は終わり

搾乳終わりのんびりと、これではおいしいおっぱいも出るはずです。

牧草の狩り終えた場所にはタンチョウのつがいが。

裏摩周湖、神の池、ブルーです。

納沙布岬 根室の突端まで行きました。

鵜、でしょうか。カモメもラッコもいましたよ。

野付半島トドワラ

トドマツが海水の浸食と潮風によって朽ち、荒涼とした風景ですが、今はホンのわずかだけのトドワラ

トドワラ見学の遊歩道

特に道路に面した枯れ木の多いところ、トドワラではなく

ミズナラの木”ナラワラ”これもいずれは朽ち果てることでしょう。

野付湾に飛来するコクガン、水藻が大好物です。

2泊3日の旅でしたが、お天気にも恵まれ良き旅でした。運転手だったクンちゃん、もうアメリカに戻って行きました。

また帰国は来年の4月末だとか、70歳、来るたびに色々な所に連れて行っていただきます。

来年はどうでしょう。運転する71歳、車に便乗する84歳、私もさることんながらお互いに元気でいなければ。後はケセラセラですね。

 

 

 


つれづれなるままに 1464 新車お祓いに

2024-11-06 20:12:20 | 雑記

降りそうで降らない雪、雪との情報が雨になりました。でも明日の朝は2℃とか、明日の朝は白くなければいいのにと思いながら。娘の新車、お祓いに北海道神宮へ、新車の乗り心地を試しに、試運転でしょうか。

北海道神宮は休日ではないのに、大勢の人が、観光客に混ざって、七五三祝いの人も、でも新車お祓いは私共の車のみでした。

車は右端にポツリと・・遠くからですね。

神宮の中に神宮茶屋、アツアツの”福レ餅”が有名だとか、それではこれもお試しに、

1ヶ250円也とか、せんべいの中に餡餅を挟んでプレス、せんべいに。

 

窓からの景色、ようく見ると分かりますか・・リスが何かを食べています。

昼間は4℃、のんびりと神宮を楽しんできました。

 

 

 

 


つれづれなるままに  1463   日々忙しさにも元気で

2024-11-04 16:16:57 | 雑記

今日は雪との情報でしたが、冷たい雨になりました。庭仕事もやっと終わりました。旅行の写真の続きと思いながら、11日からある写真展の写真選び、今日の写真クラブ持参の写真に追われていました。

中標津の広大な農場・・ミルクロード

馬はどうしてここに居たのでしょうね。仕事は何でしょう

根室納沙布岬、のんびりとおねんねです。

 

娘が新車を買いました。前の車は12年も乗ったそうです。まだ乗れそうなのにと思いながら、試運転、やっぱり新しい車は全ての装置がついて乗り心地は良いものです。後10年は大丈夫でしょうか。何せ雪国はこれからの時期、滑る、滑る、車も滑りますが、人間様とて靴が大事、昨日娘と街に、今年の仕事は車を使わずに徒歩でとか・・滑らない靴をと言いながら靴も新調していました。

次女から電話、次女の誕生日は11月2日、86歳とか、長女は11月9日、88歳、米寿になるので、あなたも何かお祝い送りなさいと・・もう姉妹3人だけだからとの電話、それではと早速、娘とお祝いを買いに街まで新車に乗り出かけました。さてさて・・私が米寿の時は姉たちに祝って頂けるのかしらと。そうあって欲しいですね。

今日は展覧会用の写真のみにします。

  遠眺  「野付半島にて」

  休憩  「水藻を啄むコクガンの群」

この2点を選びました。

もう一点は11日まで、これは11月29日からの展覧会用なのでこれから考えます。

11月9日は施設でのオカリナ演奏会、5曲演奏します。練習ですね。それが終わって一段落・・もう雪かもしれません。

長女が、コロナに罹り入院との情報、デーサビス―でうつって来たそうです。娘曰く、病院を拒んだので熱も有ることから救急車を呼んだとか・・やはり肺炎になっていたそうですが、今は元気になったそうです。それでも入院長引くかもしれませんね。誕生日まで家に戻れるといいのですが。救急車で入院したのが良かったのですね。ぐずぐずしていたら大変なことに、高齢者は早めの対応が必要です。


つれづれなるままに  1462 養老牛温泉の旅

2024-10-29 15:39:59 | 旅行

無事2泊3日、中標津・野付半島・霧多布岬・根室納沙布岬、道内屈指のドライブコース、目的の養老牛温泉の旅を終えて戻りました。

庭の冬支度もそのままに、周りの家では雪囲いも終わり、何時、雪が降っても良い様に、我が家はまだ、今日は晴天、午前中、枯れた花々、まだ咲いているシュウメイギクなど刈り取り、鉢物の土替えと、どうにか終わりました。でもまだ雪囲いが残っています。

北海道に住むと言ことは、春先、またこの時期大変な作業をしなければなりません・・いつまで続くことでしょう。

丘珠飛行場から松本まで、空路は我が町藤野の上空を通り、航空写真もバッチリ、今回は道東、大雪連峰の上空の写真をと、張り切りましたが、雲が多く、残念。

プロペラ機、久しぶりです。小さいですね。でも満席でした。

道東の観光もう今年は終わりでしょうか。観光地もこの27日(日)が最終と言う所が多く、良い時に行きました.

お天気に恵まれて、気温も札幌と変わりがなく、小春日和、厚手のコートを持参していきましたが着ることなく快適な旅でした。

丘珠上空、家の周りには玉ねぎ畑、もう収穫は終わっています。

中標津空港、酪農の場所、牧場の風景が広がっていました。

うねる大地を突き進む一直線の道路、原野を切り開いた広大な酪農地帯、

北海道ではの直線道路、快適なドライブでした。

中標津空港からレンタカー、クンちゃんの運転、超スピード、車から写真を撮ろうにも、早くて、早くて、

ジェットコースターの如く、突っ走って来ました。追って写真を。

 


つれづれなるままに 1461 りんご買いに

2024-10-23 14:06:35 | Weblog

手稲山にも初雪が降り紅葉も一気に色あせて散り始めました。昨日はりんごを求めて伊達、壮瞥へ、ドライブ方々連れて行って貰いました。

先日の雪のせいでしょうか、仮面ライダー、嘗ての撮影現場も黄色一色に変わっていました

中山峠、山頂ではこの通り、先日の雪は融けていましたが、葉の落ちた白樺林に変わっていました。

ドライブは快適、見えるのはルスツスキー場でしょうか、ハーロインもまじか、かぼちゃが所どころに

洞爺湖も素通り、殆どが車の中からの撮影でした

我が町にもりんご園があちこちに点在、サクランボから始まってブドウ、ナシ、プルン、リンゴ、それなのにいつも壮瞥まで、撮影方々ドライブです。もちろん運転はクンちゃんです。

今回はりんご、三袋、50~60個ぐらいは入っていたでしょうか。喜茂別ではジャガイモ、20キロ、白菜、キャベツ、全て越冬用です。後は玉ねぎ、大根、ネギ、それだけそろえば、何時大雪が来ても安泰です。りんごの木を家に植えている方もいますが、消毒も大変だとか、買った方がお徳のようです。

道の駅で、渋柿を見つけました、安いものではありませんが、懐かしくて買い求めて、皮をむき縄でつるして干し柿にしました。

実家では柿木が7本も合ったような気がします、廊下の日向には母が、柿の皮むき、縄につるして干し柿つくり、女の子が4人もいたのに、手伝う姉妹無し、一人で黙々とカキの皮をむいている姿を思い出します。 軒先にすだれのごとく並んだ干し柿、白い粉がついたら甘くなります、縄から外して口の中に・・甘くて柔らかく・・良きおやつでした。

今日は一日雨、庭仕事は出来ず、撮影会も中止、頂いた栗、もち米も頂き物、栗ご飯を作りました、三軒分です。

また25日から道東の旅にでます。クンちゃん、娘、私と三人の旅です。札幌から車でと思いましたが。今回は根室中標津空港まで往復フライト、そこからレンタカーを借りての2泊3日の旅になります。目的は一度は訪れたい養老内温泉へ、夜には、フクロウが庭に飛来するとか、是非見たいですね。その他多くの鳥が餌を求めて来るそうですで、寒さ万全対策怠りなく、お二人さん、どんなところに連れて行ってくれるのか、楽しみについて行きます。

 

 

 


つれづれなるままに  1460   オカリナ演奏会

2024-10-15 08:59:43 | 雑記

雪虫が肌に纏わり出しました。これからはマスクにサングラス、それでも衣服に纏わり、昨年は雪が舞う如く大量発生、今年もその傾向にあるとのことです。

日曜日には初雪かもとの情報、鉢物は早く家の中にと思いつつ、まだ庭には菊の花やシュウメイギク、浜菊など咲いています。初雪が舞っても、もう少し楽しめそうかなと思いながら。

浜菊

日本原産のキク科の多年草。名前が示すように海浜植物で、本州北部の太平洋側、青森県から茨城県の日当たりのいい砂浜や海岸の崖に自生する。花期は9~11月。清楚な白花で直径は6~8cmほどあり、野菊の中では最も大きい。暑さにやや弱いが、潮風や寒さには強く、茎の下部が木質化して冬を越す。種が取れないため、春に若い元気な茎を切り取って「さし芽」で増やします。(ネットより)

震災を訪れた皇后美智子様が、「東日本大震災」の被災地となった岩手県大槌町から贈られた「ハマギク」が、白くて清楚な花を今も咲かせているそうです。

我が家の浜菊も、偶然頂いたもので根が張りだして増え続けています。

 

オカリナ演奏会も無事終わりました。先生が病気、解散。会員も戸惑いましたがベテランが多くそのまま続行してオカリナを楽しんでいます。

次は11月9日、施設訪問での演奏会が入っています。このグループでまだまだ演奏会出来そうです。

日ハム、まずはおめでとう、若さが爆発、勝った試合は何回みても良し。次も楽しみです。


つれづれなるままに 1459  「999人の第九」無事終わりました

2024-10-08 09:49:29 | 第九

一週間続いた行事も無事終了。「999人の第九」お天気に恵まれました。

今年、ウイーンでの初演から200年、日本での公式初演から100年、我が「999人の第九」昭和60年初演から40周年を迎えました。私も20年目を迎えました。

初めてだと言うお隣さん、感激で涙が止まりませんと、私もそうだったと言いながら、20年間歌い続けたなと思っています。来年はと、来年のことは来年考えましょうと皆さんと別れました。歌えることは素晴らしいことだと思っています。今回はコロナ禍も収まり363名の方々が全国各地から集まりました。

今朝の気温は9℃とか、周りの山々の木々も一気に色好き始めました。

会場の周りも少しづつ紅葉が始まっていました。

コンサートの前日は、子育てサロンフェンス 地区センター大ホールで総勢100名近く集まり盛大に行われました。

行事もこの時期に集中、10月末には白いものが落ちてくるかもしれませんからね。

キジバト、親子でしょうか、夫婦でしょうか。まだ姿を見せていますが、そろそろ暖かい場所に移動することでしょう。

これから冬の準備に取り掛かります。鉢を家の中に、枯れた花々は切り落として、伸びた木々の剪定と、全て終われば雪囲いと、雪が降る前に終わらせなくてはなりません。

雪国の生活は大変です。もうひと頑張りですね。

これもひと頑張り

13日はオカリナ演奏会、練習 練習です。

 

 


つれづれなるままに 1458 仲間たちの認知症?

2024-10-01 09:54:22 | 雑記

今年最後の夏日になるそうです。25度、それにしても朝晩は羽織るものが必要で寒暖差が激しいですね。周りでは静かにコロナ患者が増えているとのささやきが聞こえています。今はインフレエンザのような物とは言いますが、まだコロナと聞いて身を引きますね。

ラジオ体操も無事終わり、毎朝逢うことがなくなった仲間、御主人が病院へ、長引いています。その病院へ毎日電話、御主人も奥さんを気遣って携帯に電話、ところが昨日は携帯かけても出ないと、携帯を持って我が家にきました。 周りの方の話を聞くと、お母さんを気遣って毎晩兄弟が代わり番にお泊りしているとの情報、このまま一人の生活は無理なのではと身内の意見もあり、病院から戻るまで施設入居を進めてはと、民生委員の方に話していただきました。これからは寒くなる一方、暖房、ガスコンロなど、火を使うことが多くなります。昨日も夏の服装でやってきました。認知症が進み、どうかなと3日後に老人クラブでの小旅行、行く、行くと、朝迎えに行きみんなでカバーしようと言う話になりました。この方は足腰丈夫、歩けます。

もう一人の仲間は、同じケース、御主人が入院と、同時に奥さんも最初はショートステーイに、入院が長引くとあって、介護施設に移動しています。この方は家の中のみ歩いていました。

やはり、息子さんが一人暮らしのお母さんを心配して訪問していましたが、息子のことを考えて自分の意志で施設に入居しました。

介護保険を使いながら、看護師、お風呂、買い物、食事の用意、掃除、等お願いして一人暮らしの生活を満喫していましたが、ヘルパーさんが訪問した朝、ソファーの傍で亡くなっていました。

施設に入っていれば、助かったかは分かりませんが。

この例も一人暮らし、土、日には娘が戻り、買い物などして、一人で頑張っています。しかしこの頃、話が少しづつずれてきました。電話での会話は同じことの繰り返し、先日訪問、庭の花など見ながらおしゃべり、私達の買い物に一緒に行くとの事、車で近くのパン屋さんまで、同じ質問を何回も、買ったパンを忘れて、私のパンはと・・・。この冬の一人暮らしはどうだろうかと心配になりました。もう少し近ければ始終訪問できるのにと思いながら。

私も相談受ける年齢にではなく相談する年齢になりました。趣味の活動も多い私ですが、年齢から言って周りの仲間の行動にも変化が出来て来るのは当たり前のことかもしれません。

介護保険を使い、人生の最後は住み慣れた家で‥と言いますが、どうでしょうか。 

認知症の親を抱えた子ども達のことを考えると。今は元気な私の老後?・・どうなるかは自分にも分からないことですね。

暗い話でした。

先日写真を撮りに十五島公園に行ってきました。

紅葉はまだのようです。十五島公園のつり橋

つり橋から定山渓方面を、紅葉も一週間後が見頃でしょう

十五公園、豊平川沿いミズナラの木が多くて、どんぐりが足元に・・

公園散策も足元ドングリだらけ・・これまた滑る事・・クマさん喜ぶのにと

やっぱり・・クマさん来たそうです。どんぐり食べに

 

 

 


つれづれなるままに 1457 行事も佳境に

2024-09-28 16:00:33 | 雑記

お天気だと思えば雨、また晴れて、コロコロと良く変わるお天気です。でも、虹が、見る見るうちに空を駆け上がり広がっていきました。

スクールガード中、子ども達も立ち止まって、虹だ、虹だと空を見上げて、いつの間にか雨も止んで太陽の光が差し込み見えなくなりました。

昨夜は雨と同時に雷が鳴り響き驚いたと、オカリナ教室の中間、私、えー。疲れて夢見ることもなく、朝、目覚ましが鳴るまでぐっすりと寝ていたのでしょうか。幸せなことですね。

相当の雨、どしゃ降りだったそうです。その雨のせいでしょうか、大通公園、テレビ塔の姿が水たまりに、シャッタチャンスでした。

人も、動物も皆同じ お昼ご飯です。

観光客を乗せるお馬さん・・だいちゃんと言うそうです。

オカリナ教室も、アクアビクス教室も創生川の近くにあります。

創生川の四季が手に取るように、いつの間にか萩の花に変わっていました。

JR札幌駅周辺の開発工事が進んでいます。その工事を囲むように壁画アートがあるとの事、第九の練習まで時間が有ると言うことで仲間と見に行きました。

国内外のアーティスト4人が制作したそうです。札幌の四季をテーマにエゾシカ、ヒグマ、ハトなどの動物など楽しい絵が描かれていました。是非見に行ってください。

見ていて楽しくなる壁画です。

日の出も遅くなりました。ラジオ体操も後2回、9月30日まで、ホッとする反面朝のミーティング(おしゃべりです)がなくなり、淋しくなります。

日の入りは何時になったのでしょうか。17時頃にはカーテンを閉めて灯りを。

 

「999人の第九」コンサートも10月6日が本番、後練習も3回となってしまいました。

コロナも減少つつあるとのことで、今年は全国から各合唱団の皆様が集まってきました。総勢363名、40周年記念の年でもあり、会場はキタラ、札響と、元気で歌えることの喜びをかみしめて歌いたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 


つれづれなるままに 1456  秋の例祭

2024-09-24 10:09:13 | 季節感

大雪山、利尻富士と初雪が観測されました。内陸部ではマイナス気温が、一気に冬将軍が到来、我が家の庭木も色好き始めました。これからは暇を見て咲き終わった花々を切り詰めなければなりません。植木鉢は家の中にと、まだまだと思っていましたが、一年は早いものです。コンサートが終わり次第取り掛からねば一気に雪虫も飛び交うことでしょうか。

昨日は秋の彼岸、春の彼岸は牡丹の花を見立てて「ぼた餅」秋の彼岸は萩の花に見立てて「おはぎ」とか、小豆は厄払いの意味もあるそうで、昔はおはぎは手ずくり、10個も、20個も作ってご近所におすそ分け、そんな時代もありましたが、今はどこどこのおはぎ・・と名のあるお店のおはぎなど口にして、ありがたみが、あるのかないのか、仏壇一個、私達も一個ずつ、これで厄払いを済ませました。

いつもこの時期は”秋祭り”、朝、何処からともなく花火の音が、これもご近所迷惑なので花火無し、との地域もあるそうで世知辛い世の中になりました。

我が地域、お神輿は子ども用のが15基、町内ごとに、世帯数が少ない町内は、隣同士が合同で一基と、神社から各町内へ持参、そこから各自の町内を回る仕組みです。

お祓いを得た神輿は11時の花火を合図に神社から各町内へ、やはり町内までの運搬は大人の仕事になってしまいます。

お祓いを待つお神輿

神輿にかかわる小道具も大人が手伝って車で、車までの階段が大変です。

狭い階段ご苦労様です。

 

担ぎ手のいる会館までは大人の仕事ですが、その子供の担ぎ手も少なくなったそうで、

また幼児、低学年の子ども達、担ぎ手が幼いため、大人のお手伝いの方が多くなったとのことです。

どこの祭りも同じようなことなのでしょうか。でも無事終わりました。