Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

日本国外における自衛隊員の不正武器使用の法的取り扱いについて

2015-08-12 | 旅行
 日本国外における自衛隊員の不正武器使用の法的取り扱いについて

 立命館大学 本田稔 

 参議院の水野賢一議員(無所属クラブ)は、2015年7月29日(水)、「平和安全法制に関する特別委員会」において、自衛隊法改正案が日本国外における自衛隊員の武器使用に「国外犯処罰規定」を適用しないとしていることに関連して質問しました。

1.はじめに
 水野賢一議員は、自衛隊員が日本国内で正当な理由なしに武器を使用した場合、自衛隊法118条1項4号(不正武器使用・1年以下の懲役)によって処罰されるにもかかわらず、同じ行為を日本国外で行なっても処罰されないのは何故かと質問しました。この質問に対して、安倍晋三首相は、「国内犯と国外犯の処罰規定の均衡を考慮して盛り込まなかった。今後、自衛隊法の検討の中で盛り込んでいきたい」と答弁しました。

 安倍首相がいう「国内犯と国外犯の処罰規定の均衡の考慮」とは、どのような意味でしょうか。「均衡の考慮」とは、一般には、2つの同じ性質のものを等しく扱うための調整を意味します。また、2つの異なる性質のものを区別して、それぞれ相応しく取り扱うことを意味します。刑法的に言えば、2つの異なる行為が同じ性質の犯罪であるならば、それらは等しく処罰され、異なる性質の犯罪であるならば、重い罪は重く、軽い罪は軽く処罰されることを意味します。自衛隊法改正案が、自衛隊員が日本国内で正当な理由なく武器を使用した場合に処罰するにもかかわらず、日本国外で同じ行為を行なっても処罰しないとしていることは、前者の行為は不正であるが、後者の行為は不正ではないと考えているからに他なりません。はたして、この2つの行為をこのように区別することができるのでしょうか。参議院における審議を経て、日本国外における自衛隊員の正当な理由のない武器使用に処罰規定が適用されるようになるかどうかが注目されています。

2.2つの行為の実質的な違いは?
 この2つの行為は、どこが異なるのでしょうか。日本国内で正当な理由がなく武器を使用すれば、それは処罰されます。それは何故でしょうか。日本国内において正当な理由なしに武器を使用すれば、自衛隊の部隊を指揮する司令官の統制が効かなくなって、部隊の組織性や統一性が維持できなくなるでしょう。それと同時に、一般の民間人の生命・身体に危険が及ぶ危険性もありあす。さらに、それによって自衛隊に対する一般国民の信頼を損ねることにもなります。自衛隊法は、このような事態を避けるために、日本国内において正当な理由がなく武器を使用する行為を不正とし、禁止していると考えられます。

 これに対して、日本国外において正当な理由がなく武器を使用した場合はどうでしょうか。日本国内において行なった場合と同じように、部隊の組織性や統一性が損なわれ、他国の国民の生命・身体に危害が及ぶことは明らかです。しかし、自衛隊改正法案は、そのような武器使用に国外犯処罰規定を適用しないのです。何故でしょうか。日本国外において、正当な理由なく武器を使用すれば、日本国内の場合と同じように、自衛隊の組織性・統一性が維持できなくなることは明らかです。それにもかかわらず、不正な行為にあたらないとされているのは、何故でしょうか。それは、他国民の生命・身体に対する危害を防止することが自衛隊法の課題であるという認識がないからでしょう。自衛隊法は、日本国内・国外における自衛隊の組織性・統一性の維持と日本国内の自国民の生命・身体への危害の防止を課題として位置づけていますが、日本国外における他国民の生命・身体に対しては無関心なようです。

 しかし、戦争において最も被害を受けるのは、罪のない一般の人々です。それが、過去に行なわれた戦争の教訓です。このような教訓を無視するかのように、自衛隊改正法案が、日本国外における正当な理由のない武器使用に国外犯処罰規定を適用しないとしていることには、大きな問題があります。

3.自衛隊員による武器使用の3類型とは?
 安保関連法案によれば、自衛隊員は、どのような場合に武器の使用が許可されているのでしょうか。それは、大きく見て、次の3つの場合が考えられます。第1には従来の自己保存型の武器使用、第2には今回の安保関連法案(重要影響事態法案、国際平和支援法案および国連平和維持活動協力法改正法案)に新たに盛り込まれた武器使用、そして第3には自衛隊法改正案に盛り込まれた武器使用です。

・自己保存型の武器使用
 従来の自己保存型の武器使用とは、「自己又は自己と共に現場に所在する他の自衛隊若しくはその職務を行なうに伴い自己の管理の下に入った者の生命又は身体の防護のため」に行なわれる武器使用であり、国連平和維持活動協力法の規定に合わせた正当防衛型または緊急避難型の武器使用のことです。この要件は、重要影響事態法案、国際平和支援法案および国連平和維持活動協力法改正法案の3法に盛り込まれています。自己保存のための緊急行為としての性格を持っているので、憲法で禁止された武力行使、すなわち国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為にはあたらないと解されています。しかし、この武器使用の要件は、周辺事態法の規定から見ると、「職務を行なうに際し」という自衛隊員の職務関連性ないし行為状況の要件が外され、また防護対象が「自己の管理の下に入った者」にまで拡大されるなど、武器使用の要件が緩和されています。その限りで見ると、「従来の」とはいっても、自己保存型の武器使用が拡大されているといえます。

・新たに3法に盛り込まれた武器使用
 新たに盛り込まれた武器使用は、まず国産平和維持活動協力法改正案の安全確保義務および駆け付け警護のための武器使用および自衛隊法改正案の在外邦人救出・保護のための武器使用です。これらは、自衛隊の任務遂行のための武器使用です。

 安全確保義務とは、防護を必要とする住民、非災民その他の者の生命・身体・財産に対する危害の防止および抑止その他特定の区域のための監視、駐留、巡回、検問および警護をいいます(PKO法3条5号ト)。駆け付け警護とは、平和維持活動等に従事しまたは支援する者の生命、身体に対する不測の侵害・危難が生じ、またはそのおそれがある場合に、緊急の要請に応じて、その生命・身体を保護することをいいます(同号ラ)。また、在外邦人の救出・保護措置とは、緊急事態に際して生命または身体に危害が加えられるおそれがある邦人の警護、救出その他の当該邦人の生命または身体の保護のための措置措をいいます(自衛隊法84条の3第1項)。これらの活動等に従事する自衛隊員は、それぞれの目的のために武器を使用することが許されています。

 また、3法に共通して盛り込まれたのは、アメリカ軍などの外国軍隊との共同宿営地に対する攻撃に対して、「当該宿営地に所在する者の生命又は身体を防護するための措置をとる外国軍隊等の要員と共同して」行なわれる武器使用です。任務遂行のための武器使用ではありませんが、外国軍隊と共同して相手側の攻撃に反撃する武器使用になる可能性が高いため、性質上、任務遂行のための武器使用に近いものになると危惧されています。

・自衛隊法改正案に盛り込まれた武器使用
 自衛隊法95条は、自衛隊員は、自衛隊の武器等を職務上警護するにあたり、人または武器等を防護するために必要であると認められる相当の理由がある場合、その事態に応じて合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができると規定しています。ただし、刑法36条または37条に該当する場合を除いて、人に危害を加えることは認められません。つまり、自衛隊の武器等を警護する職務に就いている自衛隊員が、何者かによって侵害を受け、武器等を防護するために、例えば威嚇射撃を行なった場合、それは「正当な理由」のある武器使用として、自衛隊法95条によって正当化されるということです。ただし、自己または他の自衛隊員等の生命・身体を保護するために、やむを得ずに侵害者に反撃し、または第3者に危難を転嫁して、人を負傷または死亡させた場合、自衛隊法95条によって正当化されませんが、刑法36条(正当防衛)や37条(緊急避難)によって正当化される場合があります。自衛隊法改正案は、95条の2第1項を新設して、自衛隊と連携して日本の防衛に資する活動に従事しているアメリカ軍などの外国の軍隊等の武器等を防護するための武器使用を、95条と同様に認めようとしています。

 95条規定の自衛隊の武器等の防護は、日本の防衛力を構成する物的手段を破壊・奪取から防護するために、他国の兵士等に対して武器を使用するという、受動的で限定的な必要最小限の行為であると説明されてきたものである。ただし、それは防護対象が武器であることから、自衛隊員等の生命または身体を保護するための武器使用のような自己保存型の自然的権利とは異なるため、政府の説明として憲法上の根拠づけが十分ではないと疑問が出されてきたものである。従って、アメリカ軍等の武器を防護するために、他国に対して武器を使用するというのは、ますます憲法上の根拠づけが困難であると言わざるを得ません。

4.武器使用による他国民の被害に対する対応は?
 以上の武器使用は、安保関連法案において正当な理由があるとされている武器使用です。それは、自己保存のための、または任務遂行のための武器使用であるので、正当な理由による武器使用として正当化されます。従って、それらの目的がない場合、正当な理由による武器使用とはいえません。それゆえ、正当化することはできません。例えば、日本国内において正当な理由なしに武器を使用し、故意に人を殺傷した場合は、不正武器使用罪だけでなく、刑法の傷害罪や殺人罪で処罰されます。それと同じ行為を日本国外において行ない、故意に外国軍隊の兵士や民間人を殺傷した場合、傷害罪と殺人罪は、「国民の国外犯」を処罰する刑法3条の規定が適用されるので、同様に処罰されますが、改正案では、不正武器使用罪には問われません。

 では、相手方が非武装の民間人であるにもかかわらず、武装兵士であると誤想して、自己保存のために武器を使用して殺傷した場合はどうでしょうか。この場合、故意に殺傷したわけではないので、業務上過失致死傷罪が成立するだけです。ただし、この犯罪には、「すべての者の国外犯」(刑法2条)や「国民の国外犯」(同3条)の規定は適用されないので、日本の刑法を適用して処罰することはできません。処罰するためには、現地の国の刑法を用いるしかありませんが、そのためには日本政府や自衛隊が、被疑者である自衛隊員を相手国に引き渡す必要があります。現地の自衛隊の上官が、自部隊の隊員を引き渡すかというと、そのようなことは考えられないので、現地の国の裁判所に起訴されることはないでしょう。また、その自衛隊員が日本に帰国しても、その業務上過失致死傷罪は日本国外で行なわれたものであるため、日本の刑法を適用して処罰することはできません。不処罰のままです。要するに、日本国外において正当な理由なしに相手国の民間人を誤射して殺傷しても、現地の国の刑法も実際には適用不可能であるだけでなく、帰国後に日本の刑法を適用して処罰することはないということです。つまり、責任が問われることはないのです。しかも、非武装の民間人を武装兵士と誤想した武器使用が、「軽率であった」、「勘違いにもほどがある」と非難され、正当な理由はないと判断されるようなものであっても、自衛隊法改正案は、国外犯処罰規定を適用しないので、自衛隊法上も責任が問われることはありません。

 何故このような扱いになっているのでしょうか。その理由は、安倍首相によれば、「均衡の考慮」と説明されていることは先に指摘しました。要するに、違反行為は処罰し、それ以外は処罰しない。両者のバランスを考慮した結果、日本国外における正当な理由のない武器使用は、問題ではあっても、処罰しないということです。その理由は、明らかではありませんが、日本国外における武器使用の実質的な必要性以外には考えられません。たとえ正当な理由のない武器使用であっても、実質的に必要な、やむを得ない行為だからです。必要性があるから正当化されるというのが「均衡の考慮」の意味ではないかと思われます。

 しかし、法治国家である以上、自衛隊員を含めて、公務員には原則的にフリーハンドは与えられません。規制するための一定の法的枠組が必要です。従って、正当な理由のない武器使用に処罰規定を適用することを検討すべきです。たとえ、それが緊迫した状況下であろうとも、いや、緊迫した状況であるからこそ、武器使用の限界を明確化する用件が必要です。法案の提案者は、緊急性や必要性が正当化の理由になると考えているようですが、それは権力の発動を法によって規制する立憲主義の精神を否定し、憲法および自衛隊法の法的安定性を無視する議論にほかなりません。

5.安保関連法案の廃案を!
 インターネットのニュースサイトを見ると、水野賢一議員は、「法案に不備がある。欠陥法案だ。国家公務員の中でも武器を持つ自衛官は特別な存在だ。一発の銃声から泥沼になったこともある。盧溝橋事件もそうだ。自衛隊員が武器を不正に使ったら、国外犯の規定が無くてどうする」と、自衛隊法改正案に不正武器使用への国外犯処罰規定の適用を提案し、「これ以上質問できません」と述べて、「法案の出し直し」を要求したようです。

 水野議員には、もっと質問し、法案の廃案を主張してほしかったのですが、それでも水野議員の提案が、自衛隊法改正案に盛り込まれるならば、自衛隊員は日本国外においても武器の使用に慎重にならざるをえなくなるでしょうお。場合によっては、武器の使用を控えることも許されるでしょう。自衛隊員も自分の判断で決めるのではなく、上官の指示を仰ぐことが先だと考えるようになるでしょう。法案の作成者もまた、武器使用の許可を与える上官の責任が重大であり、その許可基準を明確にしなければならないと理解するでしょう。そして、何よりも、最高司令官である内閣総理大臣は、自己の責任がいかに重大であるかということを身にしみて理解できるでしょう。

 安倍首相は、水野議員の質問を受けて、「今後、自衛隊法の検討の中で盛り込んでいきたい」と答えました。しかし、自衛隊法改正案に、何を盛り込むのかは明らかにはしませんでした。日本国外における武器使用への国外犯処罰規定を盛り込むのでしょうか。それとも、水野議員の提案をきっかけにして、武器使用の正当化要件としての一般的・包括的な裁量規定のようなものを盛り込もうというのでしょうか。日本国内では許されない武器使用が、日本国外では許されるというのは、可笑しな話しですが、自衛隊改正法案がそのような悪い方向で出し直されないよう監視しなければなりません。