Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

自衛隊法改正案の狙い

2015-08-10 | 旅行
 自衛隊法改正案の狙い

 立命館大学 本田稔

 安保関連法案のうち「自衛隊法改正案」は、自衛隊員が服務規律に違反した場合の処罰規定を、日本国内において行なった場合だけでなく、日本国外において行なった場合にも適用することを目論んでいます。集団的自衛権の名のもとに、海外においてアメリカ軍と共同して戦争を行なう上で、自衛隊員の士気を高め、組織の規律を強化し、造反者を出さないことを目的とした改正であることは明らかです。

(1)自衛隊法改正案122条の2の条文
 自衛隊法改正案では、現行122条と123条の間に、新たに「122条の2」を盛り込もうとしています。それは、次のような条文になっています。

 122条の2第1項  第119条第1項第7号及び第8号並びに前条第1項の罪は、日本国外においてこれらの罪を犯した者にも適用する。
 122条の2第2項  第119条第2項の罪(同条第1項第7号又は第8号に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者に係るものに限る。)及び前条第2項の罪は、刑法第2条の例に従う。

(2)自衛隊法改正案122条の2の犯罪類型
 まず、122条の2第1項は、119条第7号および第8号並びに122条第1項の処罰規定を「日本国外においてこれらの罪を犯した者にも適用する」としています。119条第7号とは、上官の職務命令に対して共同して反抗する罪(上官命令共同反抗罪)であり、第8号は、指揮官が上層部の職務命令に反して自分の部隊を不法に指揮する罪(自部隊不法指揮罪)です。そして「前条1項の罪」とは、「122上の2」の前条の122第1項の罪のことであり、それは上官命令共同反抗罪と自部隊不法指揮罪の共謀・教唆・煽動のことです。つまり、122条の2第1項は、上官命令共同反抗罪、自部隊不法指揮罪、そしてこれらの罪の共謀・教唆・煽動の処罰規定を「日本国外において犯した者にも」適用することを定めています(2015年6月18日の日弁連意見書参照)。

 上官命令共同反抗罪を犯すのは誰であるかというと、それは自衛隊員です。自部隊不法指揮罪を行なうのは誰であるかというと、それは自衛隊の指揮官です。これらの罪は自衛隊員という地位・身分を備えた者が行なうことを想定したものです。では、その共謀・教唆・幇助は誰によって行なわれるかというと、もちろん自衛隊員であることは明らかですが、それ以外に者も含まれるのでしょうか。後に説明しますが、上官命令共同反抗や自部隊不法指揮が日本国内で行なわれる場合、それに関与した自衛隊員以外の者にも共謀・教唆・幇助罪が成立しますが(刑法65条1項)、日本国外で行なわれる場合にも同じように言えるかというと、一概にはいえませんが(刑法4条の規定を限定的に解釈すれば、そのように言えると思います)、「日本国外においてこれらの罪を犯した者にも適用する」という規定によって、自衛隊員以外の者にも成立することになります。

 次に、122条の2第2項は、122条1項の罪の全部、すなわち防衛出動命令を受けた者の団体結成罪、職務離脱罪、上官命令反抗・不服従罪、自部隊不法指揮罪、職務懈怠罪、さらに職務離脱罪および上官命令反抗・不服従罪の教唆・幇助、団体結成罪・自部隊不法指揮罪の共謀・教唆・煽動です。つまり、122条の2第2項は、団体結成罪、職務離脱罪、上官命令反抗・不服従罪、自部隊不法指揮罪、職務懈怠罪、さらに職務離脱罪と上官命令反抗・不服従罪の教唆・幇助、団体結成罪と自部隊不法指揮罪の共謀・教唆・煽動について、「刑法第2条の例に従う」としています。つまり、これらの罪を日本国外において犯した「すべての者」、日本国民だけでなく、外国人にも適用するということです(日弁連意見書参照)。団体結成、職務離脱、上官命令反抗・不服従、自部隊不法指揮、職務懈怠は誰によって行なわれる罪であるかというと、それは自衛隊員です。では、職務離脱と上官命令反抗・不服従罪の教唆・幇助、団体結成と自部隊不法指揮罪の共謀・教唆・煽動は誰によって行なわれるかというと、それは自衛隊員ですが、それ以外の者によって行ないうるでしょうか。これらの罪が日本国内において行なわれる場合には、自衛隊員以外の者にも共謀・教唆・幇助が成立しますが(刑法65条1項)、日本国外において行なった場合、、「刑法2条の例に従う」という規定は、自衛隊員以外の日本国民だけでなく、外国人をも処罰することを意味しています。

(3)自衛隊法改正案122条の2第1項の特徴
 刑法は、犯罪に対して刑罰を科すことを定めている法律であり、刑罰は法的制裁のなかでも、最も俊厳なものであるために、誰の、いかなる行為に、どのような刑罰が科されるのかが明確に定められてういなければ、刑罰を科すことはできません。一般に刑法の場所的・人的適用範囲としては、次のような規則があります。

・すべての者の国内犯(刑法1条)
 これは、日本国内において、刑法で定められた犯罪を行なった者に対して、刑法を適用するという原則です。日本国民であれ、外国人であれ、等しく処罰されます。

・すべての者の国外犯(刑法2条)
 これは、日本国外において、刑法で特定された一定の犯罪を行なった者に対して、刑法を適用するという原則です。これも日本国民であれ、外国人であれ、等しく処罰されます。  

・日本国民の国外犯(刑法3条)
 これは、日本国外において、刑法で特定された一定の犯罪を行なった日本国民に対して、刑法を適用するという原則です。外国人は、刑法の適用対象から除外されているのが特徴です。

・日本国民以外の者の国外犯(刑法3条の2)
 これは、日本国外において、刑法で特定された一定の犯罪を行なった外国人に対して、刑法を適用するという原則です。日本国民は、刑法の適用対象から除外されているのが特徴です。

・公務員の国外犯(刑法4条)
 これは、日本国外において、刑法で特定された一定の犯罪を行なった日本の公務員に対して、刑法を適用するという原則ですう。公務員でない者は、刑法の適用対象から除外されているのが特徴です。

 刑法には以上のような場所的・人的適用の原則がありますが、122条の2第1項の「日本国外において犯した者にも適用する」という規定は、これらのうちのどの規則に対応しているのでしょうか。先にも述べたように、自衛隊法は、自衛隊の組織的規律を維持するために規則を設けています。その規則を遵守することを義務づけられているのは、自衛隊員だけであって、一般の日本国民や外国人は、その遵守を義務付けられていません。一般の日本国民や外国人が、122条の2第1項によって処罰される119条第1項第7号(上官命令共同反抗)及び第8号の罪(自部隊不法指揮)を、日本国内において行なっても、日本国外において行なっても、現行規定では処罰されることはありません。ただし、122条1項の罪、すなわち上官命令共同反抗と自部隊不法指揮の共謀・教唆・幇助については、自衛隊員以外の日本国民や外国人が日本国内においてそれを行なった場合、刑法65条1項が適用されて成立します。しかし、これらの罪を日本国外において行なった場合には、自衛隊員以外の日本国民や外国人を処罰することはできません。何故ならば、自衛隊員は、身分的には「公務員」であり、公務員が行なう犯罪に公務員でない者が関与した場合、刑法4条は、処罰されるのは公務員だけであり、公務員でない者は処罰の対象から除外されることを明記しているからです。もしそうであるならば、122条の2第1項は、「刑法4条の例による」と規定するはずですが、そうはしていません。何故でしょうか。それには、次のような隠された理由があるように思います。

 自衛隊法上の犯罪は、「自衛隊員」という身分・資格を有する者が日本国内で行なった場合に成立する罪です(いわゆる「構成的身分犯」)。従って、日本国民であっても、自衛隊員でなければ、それを単独で行なうことはできません。日本国内にいる外国人の場合、それを行い得ないことは、言うまでもありません。ただし、自衛隊員ではない日本国民や外国人が、日本国内において自衛隊員を教唆・幇助して、違反行為を行なわせた場合には、刑法65条1項が適用されて、その日本国民・外国人にも、違反行為の教唆罪・幇助罪が成立すると解されています。

 では、自衛隊員でない日本国民や外国人が、日本国外において、日本国外にいる自衛隊員を教唆・幇助して、上官命令共同反抗や自部隊不法指揮を行なわせた場合、刑法65条1項が適用され、その教唆罪・幇助罪が成立するのでしょうか。法案が、かりに「刑法4条の例に従う」というふうに規定されていれば、自衛隊員ではない日本国民や外国人には共謀・教唆・幇助は成立しません。何故ならば、刑法4条は「公務員に適用する」と定めているため、日本国外において罪を犯した公務員(自衛隊員)が「正犯」として処罰されても、公務員ではない者(一般の日本国民や外国人)がそれを共謀・教唆・幇助しても、処罰できないと理解されているからです。しかし、「日本国外においてこれらの罪を犯した者にも適用する」という案文が「刑法4条の例による」と同じように解釈できるかどうかは、明らかではありません。「これらの罪」に「正犯」である自衛隊員だけでなく、「共犯」である一般の日本国民や外国人も含まれると解釈できる余地があるからです。法案の作成者は、日本国外において、自衛隊員ではない一般の日本国民・外国人が、日本国外にいる自衛隊員に違共同反抗や不法指揮を共謀・教唆・幇助した場合、自衛隊員を正犯として処罰しながら、それ以外の者をも共犯として処罰するために、「刑法4条の例による」とは規定せずに、「日本国外においてこれらの罪を犯した者にも適用する」としたのではないかと思われます。

 しかしながら、このように条文を細工すれば、日本国外における日本国民・外国人を共犯として処罰できると考えるのは、刑罰法規を自由自在に扱えると思い込んでいる権力者のおごりでしかありません。刑法総則に規定された刑罰法規の場所的・人的適用範囲に関する原則は、国家による刑罰権の濫用や恣意的な行使を制限するための規則であり、一般刑法である刑法典だけでなく、自衛隊法などの特別刑法にも適用されます。自衛隊員などの公務員による犯罪は、それが日本国外で行なわれた場合、公務員でない者がそれを教唆・幇助しても、共犯として処罰しないというのが、刑法4条の趣旨です。122条の2第1項の規定案は、そのような刑罰権の行使を規制してきたルールを緩和し、自衛隊員ではない日本国民や外国人にも適用できるようにするためのものであり、実質的には刑法4条の改悪に他なりません。

 日本国外で活動する平和運動家や日本人・外国人ジャーナリストは、自衛隊が派兵された地域に赴いて、集団的自衛権の行使や後方支援活動が憲法に違反することを訴え、その任務を中止するよう求めるでしょう。122条の2第1項の規定によれば、そのような訴えが、上官命令共同反抗や不法指揮の教唆・煽動にあたるとして処罰される危険性があります。戦争の中止と平和の回復を求める活動を「戦争妨害行為」として処罰することを目論んでいるといえます。

(4)自衛隊法改正案122条の2第2項の特徴
 これに対して、122条の2第2項は、「刑法第2条の例に従う」と規定しているので、刑法の場所的・人的適用の原則は、実質的に改悪されていないように見えますが、決してそうではありません。

 刑法2条は、先にも書きましたように、刑法で定められた特定の犯罪を日本国外で行なった場合、その者が日本国民であれ、外国人であれ、すべて処罰するという原則です。刑法2条で特定されている犯罪は、どのようなものでしょうか。それは、内乱罪、通貨偽造罪、文書偽造罪などの国家法益・社会法益に対する罪です。これらは、国家・社会の重大な法益を侵害する犯罪であるため、たとと日本国外においてであっても、それを行なった日本国民・外国人を処罰するというのです。しかし、ここで少し考えるべきことがあります。内乱を実行すれば、被害はどこで発生するのでしょうか。それは、日本国内です。通貨偽造による被害の場合、それはどこで発生するのでしょうか。それもまた、日本国内です。つまり、刑法2条は、日本の国家法益・社会法益への侵害が日本国内で発生する前に、それを未然に防止するために、日本国外において行われる準備行為や実行にも日本の刑法を適用するとしているのです。それは、日本の国家法益や社会法益を保護する目的によって正当化されるだけです。

 しかし、自衛隊法改正案122条の2第2項が定めている犯罪は、内乱罪や通貨偽造罪のように、その被害が日本国内で発生するようなものではありません。その犯罪は、集団的自衛権の行使の名のもとで、日本国外においてアメリカ軍と一体となって行なわれる武力行使や後方支援を阻害する行為であって、日本国外における戦闘および兵站の妨害行為です。職務離脱や上官命令反抗・不服従のように自衛隊員によって行なわれる行為だけでなく、その教唆・幇助のような一般の日本国民や外国人によっても行なわれる行為であっても、日本国内ではなく、日本国外の戦闘地域において行なわれる行為であり、その被害は日本国内において生ずるものではありません。従って、刑法2条に列挙された内乱罪や通貨偽造罪のような犯罪と同じように扱うことはできません。自衛隊法改正案が、日本国外の戦闘地域で行なわれる122条の2第2項の違反行為に対して、刑法2条が適用できると考えているのであれば、その理由を示してもらわなければ困ります。法案の作成者は、自衛隊員が日本国外における戦闘地域で違反行為を行なった場合、日本の国益が損なわれると答えるのかもしれません。それもまた「日本国内における被害」といえるのかもしれません。しかし、日本国外における違反行為によって日本の国家法益が侵害・危殆化されるという発想は、日本国外に日本の国家法益が存在するということを意味します。それは帝国主義的な軍国主義者の発想以外のなにものでもありません。法案作成者は、それを「積極的平和主義」という言葉で是非とも説明してほしいと思います。

(5)自衛隊法改正案122条の2は戦争反対を犯罪化するもの
 自衛隊法改正案122条の2は、日本国外において自衛隊法上の規律違反行為を行なった自衛隊員だけでなく、それを教唆・幇助・煽動した一般の日本国民・外国人をも処罰するために、刑罰基本法である刑法の人的・場所的適用範囲の原則を改悪しようとしています。自衛隊法改正案は、言論の自由、報道の自由、批判の自優、そして平和を求める権利を刑罰で威嚇して、委縮させるためのものです。参議院における審議を経て、廃案にすべきです。