Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(各論)(第10回② 2015年12月03日)

2015-11-21 | 日記
 刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――財産に対する罪
 第10週 毀棄罪・隠匿罪

(1)毀棄および隠匿の罪
1毀棄罪の類型
 毀棄・隠匿の罪は、文書(公用文書・私用文書)の毀棄罪、建造物・器物の損壊罪、信書の隠匿罪によって構成されてきましたが、1960年の刑法の一部改正によって、境界損壊罪が加えられ、1987年には文書毀棄罪の行為客体に「電磁的記録」が追加され、現在のような状況に至っています。

2毀棄罪の性格
 毀棄罪および隠匿罪は、他人の財産を侵害する罪であり、財産犯の一種ですが、窃盗罪のように他人の財物を「領得」(権利者を排除して、その経済的用法に従って使用・処分)するのではなく、財物の効用を害し、利用を妨げる犯罪です。その意味において利欲的な犯罪ではないため、領得罪よりも犯情は軽く、法定刑も軽く設定されています。
 他人が占有する財物の占有を侵害して、自己の占有下に移転した場合、毀損するために行なったならば、不法領得の意思がないので、窃盗罪にはあたりません。器物損壊罪が成立するかどうかは、「毀損」の意味の捉え方によります。
 窃盗罪の成立には不法領得の意思は必要ではないと考えるならば、他人の財物を自己の支配下に移している以上、窃盗罪が成立することになります。そのように考えるなら、器物損壊罪は占有移転を伴わない場合にしか成立しなくなります。

3毀棄罪の意義
 「毀棄」とは、どのような行為でしょうか。学説では、効用侵害説と物理的損壊説の間で対立があります。
 効用侵害説によれば、「毀棄」とは、物の効用を害する一切の行為を意味します。物理的に破壊して、効用を侵害するだけでなく、どこかに隠すような隠匿によって、その物が使えなくなって、効用が害されている以上、毀棄の一種として扱われることになります。ただし、隠匿した物が信書である場合には、信書隠匿罪が成立します。器物損壊罪は一般規定であり、信書隠匿罪はその特別規定ということになります。これが通説・判例の立場です。
 これに対して、物理的損壊説は、「毀棄」とは、物の全部または一部を物理的に損傷・破壊して、その効用を害する行為であると解します。隠匿によって物の効用が害されても、それは物理的な破壊・損壊ではないので、信書以外の物を隠匿しても器物毀棄にはあたりません。効用侵害の有無を物理的な損傷・破壊によって判断する物理的損壊説からは、それは物の外観の変化という可視的な事実が重要になり、効用侵害の範囲を限定し、毀棄罪の成立範囲を明確化することができますが、信書以外の物を隠匿する行為を不処罰にするという問題があります。それゆえ、信書以外の物については、隠匿を毀棄に含める見解が主張されています。

(2)公用文書毀棄罪
 刑法258条 公務所の用に供する文書又は電磁的記録を毀棄した者は、3月以上7年以下の懲役に処する。

1行為客体
 行為客体は、「公務所の用に供する文書または電磁的記録」、すなわち公用文書です。現に公務所で使用されているものだけでなく、使用の目的で保管されているものを含みます(最判昭38・12・24刑集17・12・2485)。私人が作成した文書であっても、「公務所の用に供する文書」であるならば、これに含まれます(大判明44・8・15刑録17・1488)。公務所が保管する「偽造文書」も公用文書に含まれます(大判大9・12・17刑録26・921)。「偽造文書」は、ものごとの証明のために使うことはできませんが、公用文書であるためには、それが「証明の用に供する」文書であることを要しません。さらに、「証明の用に供する」ものある必要がないということは、例えば「旧国鉄」の駅助役がチョークで陳謝文を記載した列車内の急告板(連絡用の黒板)のような文書も公用文書にあたる理由になっています(最判昭33・9・5刑集12・13・2858)。
 未完成な文書もまた公用文書に含まれるでしょうか。例えば、被疑者の供述を記載し、これを読み聞かせた弁解録取書のような文書ですが、それは「被疑者および司法警察職員の署名押印」がなくても、公用文書にあたります(最決昭32・1・29刑集11・1・325、最判昭52・7・14刑集31・4・713)。取調べの方法が違法であっても、作成中の供述調書が公用文書としての性質を備えている以上、「将来これを公務所において適法に使用することがあり、そのために公務所が保管すべきものなので」公用文書にあたると判断されています(最判昭57・6・24刑集36・5・646)。違法に収集された証拠は、証拠能力がないため、刑事裁判において提出し、それによって有罪を証明する証拠として使えませんが、その違法性の程度如何によっては、なおも証拠能力が認められる場合があるという事情を前提にしているようです。

2行為
 本罪の行為は「毀棄」することです。文書の効用を害する行為です(大判明44・8・15刑録17・1488)。被疑者が弁解録取書を破り捨てたとか(最判昭32・1・29刑集11・1・325)、記載された内容の一部を抹消したり、添付された印紙をはがす行為もこれに含まれます。競売の進行を妨害する目的で、競売文書を持ち去って、一時的にその利用を不可能にした行為もまた「毀棄」にあたると判断されています(大判昭9・12・22刑集13・1789)。判例は、不法領得の意思に基づかない(信書以外の)物の隠匿を「毀棄」に含めています。

(3)私用文書毀棄罪
 刑法259条 権利又は義務に関する他人の文書又は電磁的記録を毀棄した者は、5年以下の懲役に処する。

1行為客体
 本罪の行為客体は、「権利又は義務に関する他人の文書又は電磁的記録」です。権利または義務の存否、特喪、変更、消滅などを証明するための文書です。従って、事実証明に関する文書(これは私文書偽造罪の行為客体です)は除かれます。「他人の文書」とは、他人が所有する文書のことをいいます。作成者が公務員であっても、私人であってもよく、本人が作成した文書も含まれます(大判大10・9・24刑録27・589)。
 「有価証券」は、偽造罪では文書から区別されていますが、毀棄罪では本罪に含まれる(最決昭44・5・1刑集23・6・907)。労働者がストライキを行なっているときに、雇用者が非組合系の労働者に発した業務命令書は、「個人が労働契約に基づいて負担する労務提供義務の存否を証明する文書」であるために、本罪の行為客体に含まれると解されています(大阪地判昭43・7・13判時545・27)。

2行為
 公用文書の場合の「毀棄」と同じ意味です。必ずしも文書を有形的に毀損することを要しません。隠匿などの方法によって利用を妨げた場合も含まれます(最決昭44・5・1刑集23・6・907)。私用文書の一部に変更を加えた場合(大判大10・9・24刑録27・589)、私用文書の「保証人」の文字を「立会人」と変更した場合(大判明37・2・25刑録10・364)、私用の連名文書の一人の署名を抹消した場合(大判大11・1・27刑集1・16)、文書の効用を害したとして、本罪の成立が認められています。
 他人名義の私用文書の一部を無許可に書き換えて作成すれば、それは偽造(有形偽造)であり、私文書偽造罪(159条)にあたりますが、自己名義の私用文書を偽造(無形偽造)しても、私文書偽造罪にはあたりません。その処罰の隙間は、私用文書毀棄罪によって埋められています。

(4)建造物等損壊罪・同致死傷罪
 刑法260条 他人の建造物又は艦船を損壊した者は、5年以下の懲役に処する。よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

1行為客体
 「建造物」とは、家屋その他の建築物です。土地に定着した壁と屋根を有し、少なくとも人がその内部に出入りできるものをいいます(大判大3・6・20刑録20・1300)。建造物と一体をなして、それを毀損しなければ、取り外せない部分は建造物の一部です(大判明43・12・16刑録16・2188)。屋根瓦(大判昭7・9・21刑集11・1342)、天井板(大判大3・4・14新聞950・26)、敷居・鴨居(大判大6・3・3新聞1240・31)、建造物のコンクリート外壁に設置されたアルミ製玄関ドア(大阪高判平5・7・7高刑集46・2・220)は、建造物の一部です。ただし、雨戸・板戸(大判大8・5・13刑録25・631)、畳(最判昭25・12・14刑集4・12・2548)は建造物の一部ではありません(器物です)。竹垣、くぐり戸の付いた門、棟上げが終わったばかりの構造物(大判昭4・10・14刑集8・477)も建造物ではありません。
 家主が家賃滞納者の住宅の玄関ドアを取り外した事案について、最高裁は「建造物に取り付けられた物が建造物損壊罪の客体にあたるかどうかは、当該部品と建造物の接合の程度のほか、その機能の重要性も総合的に考慮して決せられるため、外壁と接続して外界との遮断等の重要な役割を果たす住居の玄関ドアは、適切な工具を使用すれば損壊せずに取り外しうるとしても、建造物損壊罪の客体にあたる」(最決平19・3・20判時1963・160)と判断しています。
建造物は「他人」が占有しているものでなければなりません。他人が所有する建造物が、民事訴訟において将来否定される可能性があっても、「他人性」は肯定されます(最決昭61・7・18刑集40・5・438)。

2行為
 本罪の行為は「損壊」です。損壊とは、物質的に建造物の形態の一部または全部を変更したり、消滅させたりする行為であり、また事実上その用法に従い使用できない状態にする場合も含まれます(大判昭5・11・27刑集9・810)。その用法を完全に不能にすることを要しません。従って、損壊を受けた部分が建造物の主要構成部分であることも要しません(大判明43・4・19刑録16・657)。労働争議の手段として、建物の壁、窓ガラス、ガラス扉、シャッターなどに多数のビラを密集・集中させて、貼り付けた行為が建造物の「効用を滅損するもの」と判断したものがあります(最決昭41・6・10刑集20・5・374)。また、公園の公衆トイレの外壁にラッカースプレーで赤色・黒色のペンキを吹き付けて、白壁の一面に大きな文字を書いた事案でも、「本件建物の外観ないし美観を著しく汚損し、原状回復に相当の困難を生じさせた」として、建造物損壊罪にあたると判断したものがあります(最決平18・1・17刑集60・1・29)。

(5)器物損壊罪
 刑法261条 258条から260条に規定する以外の物を損壊または傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。

1行為客体
 公用文書(258条)、私用文書(259条)、建造物(260条)以外の物が本罪の行為客体になります。動産だけでなく、不動産も含まれます。他人の物であることを要しますが、「自己の物であっても、差押えを受け、物権を負担し、又は賃貸したもの」は本罪の行為客体に含まれます(262条)。

2行為
 「損壊」とは、物質的に物の全部または一部を害し、または物の本来の効用を失わせる行為をいう。盗難・火災を予防するために、埋設貯蔵していたガソリン入りのドラム缶を「発掘」した行為について、器物損壊罪の成立が認められています(最判昭25・4・21刑集4・4・655)。客の飲食の用に供すべき営業用の器物(コップなど)に放尿した行為について、「事実上もしくは感情上、器物を再び本来の目的の用に供することができない状態にさせる場合」にあたり、器物損壊罪が認められています(大判明42・4・16刑録15・452)。コップが物質的に破壊されているわけでありませんが、飲食に供する「物の本来の効用」が失われているため、損壊にあたります。労働争議用の手段として、事務所の窓や扉のガラスに洗濯糊でビラを貼り付けた行為について、損壊にあたると判断されています(最決昭46・3・23刑集25・2・239)。

(6)境界損壊罪
 刑法262条の2 境界標を損壊し、移動し、若しくは除去し、又はその他の方法により、土地の境界を認識することができないようにした者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

1本罪の意義
 本罪は、1960年の刑法の一部改正で、不動産侵奪罪とあわせて追加された規定です。境界線を損壊などしても、「土地の境界を認識することができないようにし」ていなければ、本罪は成立しません(最判昭43・6・28刑集22・6・569)。

(7)信書隠匿罪
 刑法263条 他人の信書を隠匿した者は、6月以下の懲役若しくは禁錮又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。

1行為客体
 本罪の行為客体は「他人の信書」である。それは自分の意思を特定の人に伝達するために宛てられた文書ですが、信書開封罪の行為客体とは異なり、封緘されていることを要しません。従って、封書だけでなく、葉書も含まれます。

2行為
 本罪の行為は「隠匿」です。信書の所在を隠し、発見を妨げることをいいます。信書を破るなどの行為を行った場合、本罪よりも法定刑の重い器物損壊罪が成立します。

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