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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

私戦予備および陰謀の罪について

2014-10-16 | 旅行
 日本テレビ報道局・「真相報道バンキシャ!」スタッフ御中

立命館大学法学部 本田稔

 ご依頼の刑法93条の私戦予備罪および陰謀罪の規定とその解釈についてお伝えします。ご参考になれば幸いです。

 1.はじめに
 2.私戦予備および陰謀罪の保護法益
 3.私戦予備および陰謀罪の成立要件
 4.北大生に対する適用の可否と是非

1.はじめに
 刑法93条は、「外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その予備又は陰謀をした者は、3月以上5年以下の禁錮に処する。ただし、自首した者は、その刑を免除する」と規定しています。この規定が、シリアに渡航し、「イスラム国」の戦闘行為に参加しようと計画していた北大生に適用できるかどうかが問題になっていますが、現在のところ、警視庁は任意での事情聴取を行っているようで、規定の適用を本気で考えているかどうかは、分かりません。私の見解としては、警視庁が私戦予備または陰謀の罪で逮捕・起訴することは少し難しいように思います。それは、私戦予備罪の法的要件を充足していると確信できないからです。

2.私戦予備および陰謀罪の保護法益
 まず、私戦予備および陰謀罪は、刑法第2編第4章「国交に関する罪」に規定されています。現在のような国際的な社会において、日本人やその団体が国際的な信義に反する行為を行なうならば、日本の外交上の利益や国際的な地位は不安的になり、不利益をこうむることは必至です。そのような不利益を避けるための一つの方策として、刑法は私戦予備および陰謀罪という規定を設けています。日本の平和外交を維持し、それを円滑に進める目的を実現するために、私戦予備および陰謀にあたる行為を処罰しています。これが私戦予備罪・陰謀罪の目的です。

3.私戦予備および陰謀罪の成立要件
 以下、私戦予備・陰謀罪の成立要件を説明します。
 第1に、私戦予備罪とは、外国に対して私的な戦闘行為を行なうことです。この「外国」とは、どのような意味でしょうか。それが日本以外の国を指すことは明らかです。北大生は、シリアの「イスラム国」が行なう戦闘行為に参加することを計画していたと報じられていますが、どこの国に対する戦闘行為に参加するつもりだったのでしょうか。それは十分に報道されていません。「イスラム国」は、日本以外のどこかの国に対して戦闘行為を行なうことを計画しているならば、彼はその国対する戦闘行為に参加しようと考えていたことになります。私戦予備罪の「外国」の要件を満たしていると言えます。しかし、「外国」の意味を日本以外のどこかの国という抽象的な国ではなく、アメリカやシリアのように具体的に特定して理解しなければならないならば、この要件を満たしているとはいえません。ただし、私的な戦闘行為を私戦予備罪として処罰するのは、その戦闘行為が向けられている国と日本との間の外交上の利益を守るためです。日本はほとんどの国との間に外交上の利益がありますので、具体的に特定されていなくても、「外国」の要件を満たしていると考えることもできるように思います。

 第2に、「私的な戦闘行為」の意味についてです。それは、日本国家の合法的な意思に基づかない武力行使をいいます。国家の合法的な意思に基づいていれば、「私的な戦闘行為」にはあたりません。非合法な私戦か、それとも合法的な戦闘行為であるかは、国家の合法的な意思の有無によって決定さます。ある戦闘行為が国家の意思に基づいていれば国家的な戦闘行為、それに基づいていない場合には非合法な私的な戦闘行為になるので、戦闘行為としては、国家的な戦闘行為も私的な戦闘行為も同等ものであることが必要でしょう。したがって、たんなる爆弾テロのような行為では、規模としては私的な戦闘行為としては十分ではないと思います。「外国」の治安状況、統治機構に甚大なダメージを与えるような大規模な戦闘行為でなければならないでしょう。
 こんなことを書くと失礼にあたるかもしれませんし、また私自身にも当てはまることなのですが、徴兵の経験もない日本の若者が、このような大規模な戦闘行為に参加できるとは思えません。他の戦闘員の足でまといになるだけです。空想の世界において、そのようなことを夢見ることはできても、実際に銃を持って戦闘することは不可能でしょう。

 第3に、予備・陰謀の意義についてです。予備とは、私的な戦闘行為を実行するための準備行為です。武器・弾薬、資金などを調達するとか、戦闘員を集めて訓練活動を行なうなどの行為です。つまり、準備行為をした後は、私的な戦闘行為へと連続的に展開していくという具体的な危険性がうかがわれるような行為でなければなりません。陰謀とは、それを二人以上の者の間で計画し合意することです。予備の前段階の行為なので、具体的な危険性はうかがわれないにしても、計画された内容や合意に達した内容は、リアルで現実味のあるものでなければならないでしょう。北大生は、どの程度の準備・計画をしていたのでしょうか。たんなる渡航計画のレベルであれば、後でも書きますように、ほとんど旅行と変わりません。そのような計画・準備は、戦闘行為に展開していく危険性は非常に薄く、リアルではないと思います。

 第4に、警視庁が同容疑で強制捜査が今回初めてだという点についてです。おそらく、過去に私戦予備罪や陰謀罪で逮捕されたり、任意で事情聴取された例は、皆無に等しいと思いますが、実際に外国に対する戦闘行為に私的に参加した例はあると思います。別の局の番組(「マツコの知らない世界」傭兵の給料明細の世界)で、イラク戦争にアメリが軍の傭兵として参加した日本人男性が番組に出ていました(ネットで見ました)。イラク戦争におけるアメリカ軍の戦闘行為は、アメリカの国家意思として行っている行為です。しかし、それに日本国家は直接関与していません。従って、イラク戦争における戦闘行為は、日本の側から見れば、国家の合法的な意思に基づかない武力行使であり、それに参加した場合には、日本以外の国に対して私的な戦闘行為へ参加したことにあたります。テレビに出演していた男性は、外国に対する私的な戦闘行為に参加・実行したことになります。その男性がその行為を日本国内で計画・準備していた場合には、私戦の陰謀・予備を行なったことになります。警察は逮捕するなり、任意で事情を聴取するなりできます。しかし、警察はその人を逮捕しなかったのは、なぜでしょうか。テレビ番組も放送されたのはなぜでしょうか。その理由はわかりませんが、同盟国のアメリカ軍のための傭兵として戦闘行為に参加したからでしょう。アメリカは日本の同盟国なので、その戦闘行為に傭兵として参加しても、イラクとの関係では外交上の利益を損ねても、アメリカとの関係では損ねてはいないと判断したからではないでしょう。しかし、今回は北大生が「イスラム国」の戦闘行為に傭兵として参加しようと計画していたので、警察も日本の外交上の利益に反する可能性があると判断したので、事情を聴取したのだと思います。また、「イスラム国」の軍事的増強に歯止めをかけるために、国内法を活用していることを国際社会にアピールする狙いもあったかもしれません。あるいは、死文化したと思われてきた法規定に命を吹き込む機会として利用した可能性もあります。

 第5に、「予備および陰謀」を実行した者の処罰の実際の可能性ですが、これは複雑な問題があります。
 日本の刑法は、一般に日本国内で行われた犯罪を裁くために設けられています。これを「全ての人の国内犯」といいます。殺人罪などがそうです。日本人であれ外国人であれ、日本国内で、殺人を行えば、裁かれます。私戦予備もこれに入ります。これに対して、たとえ外国で行われようとも、日本の刑法で裁かれる犯罪があります。これを「全ての人の国外犯」といいます。内乱罪、通貨偽造罪、殺人罪などがそうです。日本国外において、これらの犯罪を行えば、日本の刑法が適用されます。しかし、それには私戦予備・陰謀罪は入っていません。さらに、日本人が外国で行なった場合に、日本で裁かれる犯罪があります。それを「国民の国外犯」といいます。これにも私戦予備・陰謀剤は入っていません。つまり、私戦予備・陰謀は、日本人・外国人が日本国内で行なった場合にしか処罰されない犯罪だということです。従って、例えば日本人が、トルコなどの外国に旅行中に、「イスラム国」の戦闘員から勧誘を受けて、その戦闘行為に参加することを計画したり、準備をしたりしても、トルコの刑法で処罰されることはあっても、日本の刑法は適用されません。もし、大勢の日本の若者が、イギリスやドイツ、トルコで、「イスラム国」の戦闘行為に参加する準備をしていなら、国際社会はどのような反応を示すでしょうか。日本の若者を強制的に日本の送還し、日本政府に適正な処罰を要請するでしょう。しかし、現在の刑法では、日本国外で行われた私戦予備・陰謀を処罰することはできないのです。私戦予備・陰謀が、日本国内で行われた場合にしか処罰されないのは、おかしいことかもしれませんが、現行刑法はそのようにしか定めていないのです。処罰する必要があるとか、そうすべきだという理由だけで刑罰権を行使することは、罪刑法定主義の原則からは問題があります。
 私戦予備・陰謀は日本国内で行った場合にしか処罰されません。北大生が、日本国内において日本以外の国に対する私的な戦闘行為に参加することを計画・準備していたことを裏付ける事実が明らかでなければ、警視庁は北大生を逮捕することはできません。任意で事情を聴取するしかありません。昭和49年に法務省が作成した「改正刑法草案」の4条3号というのがあります。そこには、126条「私戦罪」と127条「私戦予備・陰謀罪」は、日本人がそれを外国で行なった場合にも処罰することを明記しています。改正刑法草案は、現行刑法の不備を補うために法務省が作成したもので、4条3号には私戦予備・陰謀は国外犯の場合でも処罰するという規定案を明示的に設けています。ということは、反対解釈すると、現行の規定は、私戦予備・陰謀を国外で行なっても適用されないことを前提にしていると理解できます。

 4.北大生に対する適用の可否と是非
 シリアであれ、イラクであれ、そこに渡航すること自体は、自由ですし、国際法上認められた移動の自由に属する事柄です。ジャーナリストは、報道の目的でシリアやイラクに行っています。学者・研究者も、調査・研究のためにシリアやイラクに行っています。それは、認められた権利の行使です。従って、北大生が行なった行為は、たとえ私的な戦闘行為に参加する意図があったとしても、外形的に見れば、ジャーナリストらの行為と全く同じであるので、それ自体として問題視することはできないと思います。それが、たんなる旅行ではなく、また取材でもなく、私的戦闘行為に参加する準備にあたると断定できるには、外交関係に一定の危険を及ぼす兆候が必要でしょう。イラク渡航がたんなる旅行や取材ではなく、このまま推移すれば、戦闘行為に直結するほどの危険性が具体的に現れていなければならないでしょう。そのような段階に至れば、私戦予備罪・陰謀罪の規定を適用できるかもしれません。しかし、そのような具体的な危険性が明らかになるのは、北大生がシリアやイラクに行ってからであって、日本国内にいる限りは、あまり危険性はなく、「そのような考えを持っている」だけでしかありません。北大生がシリアに入国した段階で、私戦予備・陰謀の規定を適用すればよいのですが、私戦争予備罪・陰謀罪は、国外犯には適用できないので、ジレンマに陥ってしまいます。日本国内では危険性は低いので逮捕できないし、日本国外では危険性が高くても逮捕できない。つまり、北大生がシリアに行くと、戦闘行為への参加の危険性は濃くなり、私戦予備の疑いは濃厚になりますが、私戦予備の規定は適用できません。では、国内で行われた危険性の薄い行為に適用できるのかというと、警視庁も前例がないため自信がない。やむをえず、任意で事情を聴くしかないと考えたのでしょう。
 ただし、北大生の日記などから、日本国外の外国に対する戦闘行為への参加の計画が明らかにされれば、渡航前の段階において私戦陰謀を行っていたことになるので、警察は彼を逮捕するなどできるかもしれません。戦闘員になろうと決意している人物が、そのような明白な証拠を残すでしょうか。私には想像できません。

 以上です。お役に立てましたでしょうか。
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