Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2017年度刑法Ⅰ(第05回)基本レジュメ

2017-05-06 | 日記
 第05回 違法性論(3) 被害者の同意など(練習問題08)
             判例百選番号16、17、18、19、20、21、22
(1)法令行為
・構成要件と違法性阻却事由
 犯罪構成要件に該当する行為は →原則的に違法性が推定される
 違法性阻却事由を満たしている →例外的に違法性が阻却される

・(法定の)違法性阻却事由
 違法性阻却事由 正当防衛(刑36)、緊急避難(刑37)
 刑35条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

 処罰されない(罰しない)のは違法性が阻却されるから
 しかし、侵害の急迫性・危難の現在性などの要件は不要

・法令による行為
 警察活動
 被疑者以外の一般人の肖像権侵害×犯罪捜査のための写真撮影

 現行犯逮捕
 逮捕による身体拘束・自由侵害×犯罪捜査上の利益+自己・他人の権利

 教師の懲戒行為
 有形力による生徒の身体的苦痛×懲戒による教育的効果

・正当な業務による行為
 医療行為 手術等による身体への侵襲×健康の回復・増進

 弁護活動 他人の秘密の漏洩×被疑者・被告人の権利

 取材活動 プライバシー侵害・名誉名誉×言論・表現の自由・国民の知る権利

 宗教活動 被疑者・非行少年を教会で隠避×牧師として自己省察を促す宗教活動

 労働組合活動 会議室での居座り・業務の停滞×労働者の基本権の実現
 (請願活動・抗議活動)

(2)超法規的違法性阻却事由
・違法性阻却の形式的根拠と実質的根拠
 構成要件に該当    → 違法性の推定
 違法性阻却事由を充足 → 違法性の阻却
 法定の違法性阻却事由を満たしていることが違法性阻却の根拠(形式的根拠)

 しかし、形式的根拠だけでは違法性阻却の実質的根拠はまだ不明
 推定された違法性が阻却される実質的根拠の解明が必要(実質的根拠)

・違法性阻却の判断方法
 侵害される利益と保全される利益の比較衡量
 →保全される利益が優越していること(優越的利益の原理)
  または侵害法益が不存在しないこと(法益不存在の原理)

 保全目的の正当性(目的が法的見地・社会通念に照らして正当であること)
 保全手段・方法・態様の相当性(手段が目的の達成のために相応しいこと)
 →法的見地・社会通念・社会倫理に照らして正当化可能

 法益の比較衡量的観点と社会倫理的観点の両方を踏まえた総合評価
 侵害法益が大で、必要最小限の方法であれば、社会的相当性あり(正当防衛)


・実質的根拠が満たされていれば、違法性阻却は法定の違法性阻却事由に限定されない
 「法規的」(法定された)違法性阻却事由(刑法35、36、37)
 「超法規」(法定されていない)違法性阻却事由

 被害者の同意(逮捕罪・監禁罪、住居侵入罪など構成要件不該当事由。窃盗罪も同じ)
 自救行為(刑法238条 窃盗被害の直後における財物の奪い返し)
 義務の衝突(伊藤問02 軽傷Cの治療義務と重傷Aの治療義務の衝突)

(3)可罰的違法性
 違法であるが、刑罰を科すほどではない(違法性の量と質の問題)

(4)判例で問題になった実質的な違法性阻却の事例
【16】久留米駅事件(最高裁昭和48年4月25日大法廷判決)
 労働組合役員の被告人らは、春闘要求を実現するために、勤務時間帯に職場集会を開催し、信号所に勤務する組合員に参加を促すために、駅長が管理し、係員以外の者が立ち入りを禁止している信号所に入った。
 管理者の意思に反して、立入禁止の場所に立ち入る 建造物侵入罪
 その行為が労働組合活動の一環とした行われた   優越的利益と社会的相当性


【17】被害軽微の場合の可罰的違法性(最高裁昭和61年6月24日第1小法廷決定)
 会社の事務所内で利用する公衆電話の回線に取り付けると、通話料金が徴収されない仕組みになっている電話機器(マジックホン)を購入し、電話回線に取り付けて、10円硬貨を投入して電話をかけて通話し、受話器を戻したところ、10円硬貨が戻ってきた。

 有線電気通信法21条 有線電気通信妨害罪
 刑法233条     偽計業務妨害罪
 被害が軽微?


【18】取材活動の限界(最高裁昭和53年5月31日第1小法廷決定)
 新聞記者の被告人Xは、日米両政府による沖縄返還交渉に関わる密約の有無を突き止めるため、外務省職員Yに働きかけ情報のコピーを入手した。

 Y 国家公務員法100条 国家公務員秘密漏洩罪
 X 国家公務員法111条 秘密漏洩のそそのかし罪
 言論・表現の自由、国民の知る権利


【19】自救行為(最高裁昭和30年11月11日第2小法廷判決)
 被告人は、建物の増築するために、被告人の借地内に築造されているA所有の住家の南側に面した玄関の軒先を、事情を知らないBに銘じて切り取らせた。

 建造物損壊罪
 その行為によって救済される自己の権利・利益


【20】安楽死(横浜地裁平成7年3月28日判決)
 不治の病のため余命わずかであり、肉体的苦痛が甚だしい患者から苦痛を取り除くために、その意思に基づいて生命を侵害した積極的安楽死は、どのように扱われているか。

 被殺者の同意に基づく生命侵害 嘱託殺人罪・承諾殺人罪
 一定の条件がそろえば、その違法性が阻却される


【21】治療行為の中止(最高裁昭和21年12月7日第3小法廷決定)
 医師の被告人は、患者の家族からの要請を受けて、患者の気道確保のために挿入されているチューブを抜き取ったが、死ななかったので、筋弛(し)緩剤の静脈注射をし、患者を窒息死させた。


【22】最高裁昭和55年11月13日第2小法廷
 Xは、Yと共謀して、Xが運転する自動車がYの自動車に追突した自動車事故に見せかけて、保険金をだまし取ることを計画し、Yにけがを負わせ、その際、第三者Zにもけがを負わせた。Xは、業務上過失致傷罪で有罪が言い渡され、判決が確定した(YはXを介して保険金を受け取った)。しかし、その後、交通事故を偽装した保険金詐欺であったことが発覚し、X・Yは詐欺罪で有罪になった。
 そこで、Xは確定した業務上過失致傷罪に関して、被害者の同意に基づく行為であることを理由に違法性が阻却され、無罪になると主張して再審請求した。
 原原審および原審は、Zに対する罪としては故意の傷害罪が成立すると述べ、また無罪を認めるべき新たな証拠、または原判決が認めた罪より軽い罪を認めるべき新たな証拠があるときに再審請求できるのであって、Xはそのような証拠を提出していないので、請求は認められないと判断した。

 被害者の同意→違法性阻却(のための一要件)
 同意を得た目的・動機(目的の正当性)
 事故による被害(方法・態様の相当性)
 被害の部位・程度など





(5)練習問題
 C第08問
 XとAはXの自宅で酒を飲んだ。AはXが酒に酔い、ふらふらしていると認識しているにもかかわらず、バイクで自宅まで送ってくれるよう頼んだ。ところが、X運転中、飲酒していたため状況判断が鈍くなり、ハンドル操作を誤りバイクをガードレールに激突させる事故を起こした。この事故でAは全身を強く打ち重体となり、昏睡状態のまま病院に運ばれた。医師Yはただちに手術をして右足を切断しないと生命に危険が及ぶと判断し、Aの承諾を得ることなく右足を切断した。なお、Xは心神耗弱状態にはいたっていないものとする。
 XおよびYの罪責を論ぜよ(特別法違反の点は除く。)。

 伊藤塾による論証
1Xの罪責
・Xがハンドル操作を誤ってAを重体にした行為
 過失運転致傷罪の構成要件に該当し、その違法性が推定される

・しかし、AはXが飲酒し、ふらふらしているのを認識し、そのXに飲酒運転を依頼した
 このような場合、Aは事故に遭う危険を引き受けたといえるならば、
 Aはその危険から生じた事態を甘受しなければならない。
 そうすると、Xの運転からAが負傷した事実が過失運転致傷罪の構成要件に該当しても、
 その違法性が阻却される。

・なぜなら、
 違法性の実質は、法益侵害のうちで、社会倫理に反した侵害だけであり、
 法的見地や社会通念に照らして、社会的に相当であれば、違法性は阻却されるからである。

・本件では、
 Aはバイク事故の危険を引き受けたので、事故の結果を甘受せざるをえないように見える。
 しかし、Xはバイクで送ることを依頼され、それを断ることもせずに、そのまま承諾し、
 酒気帯び運転という危険な行為を行なった。
 Xが行った危険な運転の結果をAに引き受けさせるのは、社会的に相当ではない。

・Xは心神耗弱状態になかったので、刑法39条2項の適用は認められない。

・以上により、過失運転死傷罪の違法性を阻却することは認められない。

2Yの罪責
・YはAの右足を切断した。傷害罪の構成要件に該当する。

・Aの承諾を得ずに、その行為を行なった。
 それは被害者の同意に基づかない「専断的治療行為」である。
 この行為の違法性を阻却できる場合がある。

・なぜなら、
 以下の要件を満たしている場合、治療行為が犯罪の構成要件に該当しても、
 刑法35条によって違法性を阻却できるからである。
 侵襲によって侵害される利益よりも、それに維持・増進される利益の方が大きいこと
 それが治療目的に基づいていること
 方法・態様が医学的に一般に承認されていること
 これらを総合的に勘案して、違法性阻却の可否を判断する。

・本件では、
 Aの右足を切断しなければ、Aの生命に危険が及ぶ状況であった。
 Aを救命し、治療する目的で行なわれた。
 Aは昏睡状態にあり、同意を得ることができなかった。
 切断の方法は医学的に承認された方法に基づいていた。

・以上により、Yの傷害罪の構成要件に該当する行為は、刑法35条により違法性がされる。

3結論
 Xには過失運転致傷罪が成立する。
 Yは無罪である。

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