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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(各論)(第09回 横領の罪 2016年11月24日)

2016-11-23 | 日記
 刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――財産に対する罪
 第09週 横領の罪・背任の罪

(1)横領の罪:総説
1横領罪の3類型
 横領の罪は、横領罪(252条)、業務上横領罪(253条)、占有離脱物横領罪(254条)の3種類からなりたってます。

 横領罪とは、他人から委託(保管などの依頼)を受けて自己が占有するにいたった物を横領する行為であり、業務上横領罪とは、それを業務者が行なう横領です。占有離脱物横領罪は、他人の占有から離れた物を自己の占有下に移し、それを横領する行為です。

2相互の関係
 横領罪と業務上横領罪とのあいだには、委託を受けて「自己が占有する他人の物」を横領するという共通点がありますが、業務者という身分の有無という点で違いがあります。それらと占有離脱物横領罪の関係についてどのように考えるかについては、様々な議論があります。

 3つの横領罪の相互関係は、次のように考えることができます。行為客体は、いずれも「自己が占有する他人の物」なのですが、その占有の由来として、委託を受けた場合が横領罪(252条)と業務上横領罪(253条)であり、委託を受けていない場合が占有離脱物横領罪(254条)です。そして、委託を受けた人が行なう横領罪・業務上横領罪は「身分犯」であり、委託を受けていない人が行なう占有離脱物横領罪は非身分犯になります。身分犯としての横領罪の基本類型は252条の横領罪(252条)であり、それを業務者が行なった場合には、加重処罰されます(加重類型としての業務上横領罪)。それらと、非身分犯としての占有離脱物横領罪との間には関係はありません。

 しかし、行為主体が身分者である点で、大きく二つのグループに分けられるとはいえ、「横領」という行為を実行行為としている点においては3者とも共通しています。つまり、占有離脱物横領罪は、他人の占有から離脱した物(落し物)を、落とし主から保管の委託を受けていない人(非身分者)が占有し(拾得し)、それを横領する行為であり、横領罪は占有(保管)の委託を受けた人(身分者)が占有する他人の物を横領する行為であり、そして業務上横領罪は委託を受けた業務者hが行なう行為です。つまり、3つの横領罪は、委託の有無の点で異なりますが、「自己が占有する他人の物」を「横領」するという行為の点において共通しています。違うところは、身分の有無だけです。

 このように理解するならば、「自己が占有する他人の物」を横領する行為が横領罪の共通項であり、異なるところは委託関係の有無だけです。そうすると、委託を受けていない非身分者が横領する行為、すなわち占有離脱物横領罪(254条)が横領罪の基本類型であり(非委託物横領罪ないし非受託者横領罪)、それを委託を受けた身分者が行なった場合には、その加重類型である横領罪が成立し(一般に単純横領罪と呼ばれていますが、委託物横領罪ないし受託者横領罪)でもよいと思います)、さらにそれを業務者という身分者(二重の身分者)が行なった場合には、その加重類型であり業務上横領罪が成立します(253条:業務上横領罪と呼ばれていますが、業務上委託物横領罪(業務上受託者横領罪)でもよいと思います)。

 3つの横領罪の関係をどのように捉えるかは、共犯と身分の問題において非常に重要な解釈論上のテーマでもあります。

(2)横領罪の保護法益
 横領罪の場合、行為客体である「他人の物」は行為者によって占有されています。そのため、「占有侵害」は問題にはなりません。従って、横領罪の保護法益は「物の所有権」であり、財産犯の保護法益をめぐる本権説と占有説の争いは、ここでは問題にはなりません。

1自己が占有する自己の所有物の横領
 横領罪の行為客体は「自己が占有する他人の(所有)物」です。自己の占有する自己の(所有)物は行為客体から除外されます。ただし、自己所有のものであっても、公務所からの保管命令命を受けて占有している物を横領した場合には横領罪が成立します(252条②)。この場合の保護法益は、物の所有権ではなく、「公務所からの保管命令の遂行」となります。法文の文理解釈としてはそれでよいと思います。

 ただし、「保管命令」に違反することがなぜ「財産犯」として扱わるのかを明らかにする必要があります。保管命令は行政命令であり(税務署からの差し押さえなど)、それに違反した場合には、行政命令違反として扱えば足ります。従って、保管命令違反を所有権の侵害や危殆化に関連づけて捉える必要があります。

2信頼関係と保護法益の関係
 物の保管などの委託は、相手方の信頼に基づいています。相手を信頼しているから、物の保管などを委託するわけです。

 学説には、この信頼関係も保護法益に含めるべきではないかと主張するものがあります。しかし、横領罪が財産犯である以上、人と人との信頼関係は保護法益には含める必要はありません(詐欺罪の保護法益に「取引上の信義誠実」を入れる議論も同様の理由から否定されます)。

(3)横領罪(委託物横領罪)
 刑法252条 自己の占有する他人の物を横領した者は、5年以下の懲役に処する(1項)。自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、同様とする(2項)。

1行為主体
 横領罪(委託物横領罪)は、他人から委託を受けて物を占有している人によって行われるので、委託を受けた人(受託者)であることが行為主体の特徴であるといえます。

 委託物横領罪を「横領罪の基本類型」であると解するならば、この行為主体は委託物横領罪を構成する身分(構成的身分)となります(最判昭27・9・19刑集6・8・1083)。従って、それに非身分者が関与した場合、非身分者いは刑法65条1項が適用され、委託物横領罪の共同正犯ないし共犯が成立することになります。横領罪の基本類型は占有離脱物横領罪であり、委託物横領罪はその加重類型であると解すると、非身分者が委託物横領罪に関与した場合、非身分者には刑法65条2項が適用されて、占有離脱物横領罪の共同正犯ないし共犯が成立するだけです(総論:共犯と身分)。

 例えば、郵便配達員が誤配したため、自分の家の郵便受に他人宛の郵便物が入っている場合を考えてください。他人の物が占有下にありますが、他人から委託を受けて占有しているわけではありません。従って、それを横領しても「委託物横領罪」にはあたりません。また、「占有離脱物」でもないので、占有離脱物横領罪にもあたりません。それは、「遺失物」であり、遺失物横領罪が成立します(大判大6・10・15刑録23・1113、東京高判昭25・6・19高刑集3・2・227)。遺失物と占有離脱物との違いは、後で説明します。ただし、誤配後に郵便局から連絡があり、「引き取りに行くまで預かっておいて欲しい」と委託され、それを引き受けた場合に、それを横領すれば委託物横領罪が成立します。

 また、窃盗犯が他人から現金を窃取し、それを占有している場合、現金の占有は被害者の委託に基づいているわけではありません。従って、窃盗犯は委託物横領罪の行為主体ではありません。その現金が遺失物にあたるとしても、窃盗後に行われた遺失物横領は、共罰的事後行為(不可罰的事後行為)として窃盗罪と共に罰せられます。

 252条の条文には「委託を受けた」とは書かれていませんが、占有離脱物横領罪との違いを明らかにするため、また業務上横領罪の減軽類型であることを明らかにするために、解釈によって導き出された要件です。「書かれざる構成要件要素」です。


2行為客体
ⅰ自己の占有する他人の物
 委託物横領罪の行為客体は、「自己の占有する他人の物」(1項)です。それは他人から保管などの委託を受けた人が占有している他人の物を意味します。以下において、「占有」、「他人の」、「物」について検討します。

ⅱ占有
 「占有」とは、物に対する「事実上の支配」です。不動産も行為客体に含まれるので、それには「法的な支配」も含まれます(大判大4・4・9刑録21・457)。土地の名義人を、その所有者でない者がそれを売却するなど処分した場合、横領罪が成立すると判断されています(最判昭30・12・26刑集9・14・3053)。

①銀行の預金の占有
 ある物を誰が事実上支配しているのかを認定することは、容易なことではありません。例えば、村長が村への寄付金を受け取り、それを銀行の口座に預金し、その後引き出して個人の借金の返済に充てた場合、どのような罪が成立するでしょうか。この事案では、村への寄付金は「村の財産」であり、それを占有しているのは銀行ではなく、村である(その占有を代表して行なっているのが村長)と判断され、村長に業務上横領罪が成立するとされました(大判大元・10・8刑録18・1231)。この論理に基づけば、銀行員が村の預金を無断で引き出した場合、村の占有を侵害したことになるので、窃盗罪が成立します。

 しかし、現金を持って銀行に行き、それを預けた場合、「現金それ自体の占有」は銀行に移転し、預金者は、銀行に対して、「預金額と同額の債権」を得ると考えるのが一般です。そのように考えると、村長が預金を無断で引き出した場合は、銀行の占有を侵害する窃盗罪が成立すると考えることもできます。

②誤振込みされた預金の占有
「誤振込みされた預金」についてはどうでしょうか。その占有の帰属をめぐっては、論争があります。

 Aが銀行でB宛に金銭を振り込んだつもりが、銀行が誤ってCに振り込んでしまいました。Cは、誤振り込みの事実を秘して、銀行員に払い戻しを請求し、それを得た場合、どのような罪になるでしょうか。この事案では、(銀行に対する)詐欺罪が成立すると判断されています(最決平15・3・12刑集57・3・322)。つまり、Cは預金の全額に正当な権利があるかのように装って、銀行員を欺いて、銀行側が占有する金銭を交付させたということです。

 しかし、村長の事例と比較するならば、誤振り込みされた金銭であっても、それが口座に入金されている以上、口座の持ち主Cがそれを占有していると解することも可能です。口座に振り込まれた金銭の占有は、口座の所有者にあるので、それは適正な振り込みの場合と誤振込振りの場合で変わらないと思います。そのように解すると、誤振り込みされた金銭を引き出しても、詐欺にはあたりません。Cは、Aの委託に基づかずに金銭を占有し、その金銭を自分のものにしている、すなわち遺失物横領罪でしかありません。

 なお、誤振り込みの事案に関して、刑事判例では以上のように預金は銀行が占有していると解して、詐欺罪の成立が認められましたが、民事裁判では、口座の所有者であるCには預金の正当な権利(債権)があると判断されています(最判平8・4・26民集50・5・1267)。この民事判例を前提にして考えるならば、Cが預金に対して正当な権利を有している以上、Cがそれを引き出しても、罪にはあたらないことになります。

 最高裁は、村長の事例のように、寄付金など正当な預金の場合は預金者に占有が認められ、誤振込みの場合は銀行に占有が認められると考えているようです。しかし、誤振り込みされた預金について民事裁判ではCに有効な預金債権が成立しているので、刑事裁判で詐欺罪が成立する(違法)と認定するのは、最高裁の内部で(というか、一国の法体系・法秩序の内部で)矛盾した法解釈をしているようです。民事上の不法行為にあたらない以上、刑法上の可罰違法性はないという方向で、この矛盾を解消すべきでしょう。

ⅳ「他人の」
 「他人の」とは、「他人が所有している」という意味です。物の所有権が誰に帰属するのかについて、二重売買と割賦販売、代替可能な物を例に検討してみましょう。

①二重売買の場合
 動産であれ、不動産であれ、売買契約が成立すれば、所有権は売主から買主に移転します(民法176条・意思主義)。ただし、売主が目的物を買主に引き渡すまでは、また不動産の移転登記をするまでは、売主は買主が所有する動産・不動産を手元に置いた状態になります。

 売主Aがその動産・不動産をBに売却したことを秘して、第三者Cに販売する行為を「二重売買」といいますが、その場合は、Aは、Bの所有する動産・不動産を占有しています。それを自分の物のように処分して、Cに売却しているので、AにはBを被害者とする業務上横領罪が成立します(最判昭30・12・25刑集9・14・3053)。さらに、Cに販売して、金銭を受けていても、Cとの間では正当な契約が成立しているので、また目的物が引き渡され、不動産の登記手続が終わっていれば、Cに対しては詐欺罪は成立しないと思われます。ただし、CがA・B間ですでに売買契約が行われたことを知りながら、Aと契約を結んだ場合には、CはAの業務上横領罪の共犯にあたる可能性があります。しかし、たんに情を知っているだけの単純な悪意の場合、共犯にすべきではないでしょう(最判昭31・6・26刑集10・6・874)。

②割賦販売の場合
 「割賦販売」では、特約のない限り、代金を完済するまでは、動産・不動産の所有権は売主に留保されます。そのため、買主は完済するまで、売主の動産・不動産を占有することになります。従って、完済前に買主が第三者にそれを売却した場合、横領罪が成立する可能性があります(大判昭9・7・19刑集13・1043)。

③代替可能な物の場合
 代替可能な物の典型は金銭です。金銭の場合、AがBから1万円(千円札10枚)を預かって、それを消費し、後に1万円(1万円札1枚)を返却した場合、横領の問題は生じません。というのは、金銭の場合、所有と占有は一致すると解されるので、金銭を預かり占有を始めたことによって、その所有権を得るからです。金銭の預入れは、「そのお札」を預かったことではなく、「その相当額」を預かったことが重要だからです。ですから、相当額を返却している以上、横領の問題は生じません。

 ただし、Aが「Cに手渡してくれ」と金銭をBに預け、Bがそれを消費した場合は異なります。このような使途目的が明確にされた金銭の場合、消費後に同額を補てんしたからといっても、罪を免れません。この場合、金銭の所有権がAに帰属するならば、Bには横領罪が成立します。使途目的を明確にして委託された金銭を消費した事案について、横領罪が成立するのは(最判昭26・5・25刑集5・6・1186)、使途目的が明確な金銭の所有権は、Aに帰属し、Bには移転しないと考えられているからだと思います。同じように、債権者Aが債務者Cから債権を回収するようBに依頼し、BがCから債権(金銭)を回収した後、それを消費した事案についても、横領罪の成立が認められています(大判昭8・9・11刑集12・1599)。

 しかし、たとえ使途目的が明確であっても、一律に横領罪の成立を認めるのは問題です。預かった金銭を一時流用した場合であれば(使用横領)、なおさらそのように思います。金銭のように代替可能な物の場合、所有者には「預けた金銭の所有権」(例えば、千円札1枚に対する所有権)ではなく、「同一金額の債権」(1万円の債権)があるだけで、同額の金銭によって代替する意思と能力があれば、占有者が無断で一時的に流用しようとも、「横領」は成立しないように思います。可罰的な「横領」と不可罰の「使用横領」を明確に区別するために、横領の行為客体である「物」から代替可能なものを除外したり、また事後的な補てんが予定された一時的な流用は横領にあたらないという議論が必要です。

ⅴ不法原因給付と横領罪
 不法な原因に基づいて委託された物には、返還請求権は及びません(民708条)。

 不法な原因に基づいて物の保管の委託を受けた人が、それを自分のものにした場合、横領罪は成立するでしょうか。横領罪の保護法益は「物の所有権」ですが、返還請求権が及ばない物であっても、所有権は留保されるならば、不法原因給付物にも横領は成立することになります。

①不法な原因に基づいて委託された物であっても、その占有者から見れば、やはり「他人の物」である
 判例では、Aが金(Gold)の地金の密輸出するために、Bにその購入資金を預けたところ、Bがそれを消費した事案について、Aが不法な原因(密輸出)に基づいて預けた金銭には返還請求権は認められないが、その所有権は依然としてAにあり、BはA所有の金銭を横領したと認定されました(大判昭11・11・12刑集15・1431)。また、Aが賄賂としてCに供与するための金銭をBに預け、Bがそれを消費した事案についても、当該金銭が被告人Bの所有物ではないことを理由に横領罪の成立が認められています(最判昭23・6・5刑集2・7・641)。

 最高裁の判断は、結論的に大審院と同じですが、その論理が違います。つまり、刑法252条1項は、「自分の所有物」でない物を横領すれば横領罪が成立すると定めているだけで、保管を委託した人に返還請求権が認められているか否か、所有権があるか否かという問題は重要ではないと考えているようです。不法な原因に基づいて保管を委託された物であっても、保管者(占有者)のものでない以上、やはり「他人の物」なので、それを処分すれば横領罪が成立します。

②不法原因に基づいて給付され占有している物は「自分の物」である
 Aは、妾関係を維持するために女性Bに未登記の不動産を贈与(給付)し、Bはそれを登記しました。「妾関係の維持」という公序良俗に反する不法な原因に基づいているため、贈与契約はそれ自体として法的に無効です。また、Aは不法な原因に基づいてBに不動産を給付したので、その返還も請求できません。Bもまたそれに応ずる義務はありません。では、その不動産は誰の所有物なのでしょうか。最高裁は、Aに返還請求権がないことの反射的効果として、Bに不動産の所有権が移転すると判断しました(最大判昭45・10・21民集24・11・1560)。従って、Bにその所有権が移転している以上、Bがそれを登記しても、「他人の物」を横領したことにはなりません。

 最高裁の昭和23年判例の論理を応用すると、「妾関係維持」の事案でも、横領罪が成立することになりそうです。Aに返還請求権が及ばない不動産であっても、Bがそれを登記すれば横領罪が成立するとなると、Bに対して返還を刑法で強制することになってしまいます。民事判例で所有権が移転されたと判断された以上、それとの整合性・統一性を維持して、登記しても横領にはあたらないすべきです(団藤、平野、大塚、中森、山口、中山)。

 ただし、民事判例は不動産を不法原因に基づいて「給付」した事案の判断であって、不法原因に基づいて保管を「寄託」した場合は、所有権は依然として所有者にあるため、それを処分すれば横領が成立すると論ずることも可能です。しかし、「寄託」も「委託」も、不法原因に基づいている以上、返還請求権は認められません。寄託と委託を分けて論ずる必要はないように思われます。

③盗品の処分を委託された者がそれを横領した場合
 窃盗犯から盗品を保管・売却するよう委託された者が、それを破棄した場合、また売却し、その売上金を着服した場合、横領罪にあたるでしょうか。

 大審院時代には、横領罪の行為客体は所有権に基づいて委託された物に限られ、窃盗犯には委託物の所有権はなく、その返還請求権もないので、保管者が委託物とその売上代金を自分のものにしても、横領罪は成立しないと判断されていました(大判大8・11・19刑録25・1133、大判大11・7・12刑集1・393)。戦後は、昭和23年6月5日の判例に基づいて、横領罪の行為客体は「他人の物」であれば足りるので、横領罪の成立を認めています(最判昭36・10・10刑集15・9・1580)。しかし、その「他人」が窃盗犯であり、盗品に所有権がないにもかかわらず、所有権を保護法益とする横領罪が成立するというのは疑問です。学説には、行為者が窃盗犯との委託関係・信頼関係を侵害しているので、それを肯定するものもありますが(肯定説)、信頼関係が本罪の保護法益に含まれないと解する以上、その侵害は本罪の違法性を根拠づけるものではありません。かりに横領罪の成立が否定できるとしても、盗品を売却した点については、盗品有償処分のあっせん罪(256条2項)が成立する可能性があります。

 保管を委託された物が盗品であることを知らずに、それを横領した事案では、盗品保管の故意がないので、盗品保管罪の成立は否定されますが、横領罪が成立する可能性があります。裁判例では、それを肯定するものがあります(東京高判昭24・10・22高刑集2・2・203)。盗品であっても、それが「他人の物」である限り、それを自分のものにすれば、横領罪が成立するということです。しかし、横領罪は、所有権に基づいて委託された物(委託物)を横領した場合に成立すると考えると、盗品は所有権に基づいて委託されたものではないので、横領罪は成立しません。せいぜい、遺失物物横領が成立するだけです。このように考えると、横領者は委託物横領罪の故意で遺失物横領罪を行っているといえるので、二つの構成要件の重なる範囲で、つまり遺失物横領罪の範囲で犯罪が成立すると解されます。学説には、「せいぜい、委託物横領罪の未遂(不可罰)といいうるにすぎない」(山口・298)と論ずるものもありますが、正当な委託物が存在しないにもかかわらず、その未遂(ただし、不可罰であるが)を論ずる必要はないでしょう。

④不法原因給付物に関する横領罪と詐欺罪
 盗品の場合、否定説が有力なのは、窃盗犯には盗品の所有権と返還請求権がないというだけでなく、窃盗犯がその保管や処分を他人に委託したから、つまり窃盗犯に主導性があったから、保管や処分の委託を受けた人の横領の当罰性が低く評価されているからでしょう。従って、保管者の方から保管を申し出た場合は、違った結論になる可能性があります。

 例えば、不法原因給付物を欺いて交付させた場合、詐欺罪が成立すると主張されていますが、それは交付者に返還請求権が認められなくても、詐欺行為者が欺く行為を行い、それを交付させた、つまり詐欺犯に主導性があったので、その分だけ詐欺行為の当罰性が高く評価されているからだと思われます。窃盗犯に対して「買い手を探してやる」と欺いて、盗品を交付させた場合、判例は返還請求権の有無とは無関係に、詐欺罪の成立を肯定しますし、それを支持する学説もあります。批判説も、交付させた財物が盗品であり、それ自体に不法性があるので、詐欺罪の成立を認めるものもあります。

ⅱ物
 横領罪の客体は「財物」ではなく、「物」と規定されています。学説では、財物も「物」も同じ意味において解釈されています。横領罪の行為客体が「物=財物=有体物」であるため、「財産上不法の利益」は、行為客体には含まれません。ただし、「物」には「不動産」も含まれます(詐欺罪および恐喝罪と同じです)。


3実行行為
 「横領」とは、自己の占有する他人の物を自分のもののように使用・収益・処分等することです。占有している物を自己で使用等する場合はもちろん、第三者へ貸与したり、その使用を許可する場合も含まれます。ただし、その内容をめぐっては学説の対立があります。

ⅰ学説の対立――越権行為説と領得行為説
 越権行為説によれば、横領とは自己の占有する他人の物に対して、権限を越えた行為を行なうことです。占有物に対して権限を越える行為が行われていれば、すべて横領とみなされます。これに対して、領得行為説によれば、横領とは自己の占有する他人の物を権利者を排除して、その経済的用法に従って使用・収益・処分するなどの行為を行なうことです。権限を超えた行為を行なうだけでなく、それを不法に領得していなければ、横領とは認められません。両説の違いが明らかになるのは、「使用横領」と「委託物の毀棄・隠匿」をめぐる問題です。

 例えば、預かった金銭を一時的に流用し、その後補充する「使用横領」の場合、そのような行為であっても、権限を超えている以上、越権行為説からは横領罪にあたります。これに対して、領得行為説からは、行為者は、金銭をその経済的用法に従って使用していますが、権利者を排除しているとはいえないので、横領にはあたりません。また、「委託物の毀棄・隠匿」の場合も、そのように処分する権限は認められていないので、越権行為説からは横領罪が成立しますが、領得行為説からは、毀棄・隠匿によって権利者は排除されますが、それは当該財物の経済的用法に従った使用・収益・処分を行なったとはいえないので、横領罪にはあたりません。ただし、毀棄罪や隠匿罪(信書の場合にのみ)の成立する余地はあります(「毀棄」もまた経済的用法に従った処分行為の一種であると捉えれば、横領罪が成立します〔団藤〕)。

ⅱ判例の動向
 判例によれば、横領行為とは、客観的には「他人の物を自己又は第三者のために不法に領得すること」(大判昭8・7・5刑集12・1101)であり、主観的要件としては「他人の物の占有者が、委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思」、すなわち「不法領得の意思」が必要であると解しています(最判昭24・3・8刑集3・3・276)。一見すると、判例は領得行為説に立っているように見えますが、「使用横領」と「委託物の毀棄・隠匿」が横領罪にあたるかどうかに関しては、必ずしも明瞭ではありません。

 「使用横領」については、農業会長が村内の農家用の肥料(魚粕・さかなかす)を確保するために、保管していた供給米と魚粕を交換した事案について、後に余剰米で供給米の不足分を補填するつもりであっても(業務上)横領罪が成立するという判断がなされています(前掲最判昭24・3・8)。また、保管中の自転車を数日間乗り回した事案においても、(業務上)横領罪の成立が認められています(大阪高判昭46・11・26高刑集24・4・741)。さらに、使用後返還するつもりで、秘密資料を一時的に持ち出した事案でも、横領にあたると判断されています(東京地判昭60・2・13刑月17・1=2・22、判時1146・23)。

 権限を越えた行為を行なっているかどうかに着目すれば、委託物を一時的に使用した行為については、全て横領罪が成立することになります。しかし、「権限を越えているから、横領にあたる」という論理で横領罪の成否が決まってくるわけではありません。というのも、問題になっているのは、「横領にあたる行為を行なったか否か」だからです。経済的用法に従った使用が行われているだけで、所有者を排除していなければ、横領罪は成立しないと思われます。従って、ポイントは、保管中の供給米、自転車、秘密資料の一時使用が、所有者を排除して行なわれたのかどうかを、時間的長さ、その使用方法、使用による消耗・摩滅などを総合的に勘案して判断することになると思います。
 「委託物の毀棄・隠匿」については、「公文書」を公務所外に持ち出して隠匿した事案について、横領罪の成立が肯定されています(大判大2・12・16刑録19・1440)。権利者を排除していますが、経済的用法に従った使用ではないので、横領罪の成立を認めるべきでないでしょう。

4既遂と未遂
 窃盗、強盗、詐欺、恐喝は、既遂のみならず未遂も処罰されますが、横領罪には未遂を処罰する規定はありません。自己の占有下にある物に対して越権行為ないし領得行為が開始され、それが終了した段階で既遂に達するため、その間に未遂の観念を容れる余地はないと考えられます。ただし、どの段階で終了したかの判断は、微妙な問題です。

 判例では、AがCの動産の保管を委託され、その動産をBに売買の申し入れをして、それを売却した事案に関して、AがBに売買の申し込みの意思表示を行っただけで、Bがそれを承諾していないにもかかわらず、横領罪の既遂の成立を認めたものがあります(大判大2・6・12刑録19・714)。それは、売買の申し入れが、不法領得の意思を表明する行為だからです。高裁もまた、「不法領得の意思を発現する行為」が開始されれば、客観的な領得行為が行われることは必要ではないと解しています(最判昭27・10・17裁判集刑68・361)。

 これらの判断は、どのような論理によって支えられているのでしょうか。他人から預かっている物を売却するために、その意思を表示した場合、まだ「領得行為」を行なってはいませんが、「越権行為」は認められます。越権行為説からは、いずれの判断もその理屈にかなっています。

 では、領得行為説に立った場合、どのような行為が行なわれたときに、横領罪の成立が認められるのでしょうか。横領罪は「個別財産に対する罪」なので、客体の喪失によって既遂に達しますが、横領罪の場合、行為客体は、所有者ではなく、横領行為者の占有下にあるため、客体が喪失したことを何を基準に判断するかという問題が出てきます。自己の占有する他人の物が喪失し、横領罪として既遂に達したことの認定の基準としては、売却の意思表示だけでなく、買主の側の承諾の意思表示が必要なように思われます。民法における意思主義の原則のもとでは、契約は申し込みとその受諾という当事者間の意思が合致することによって成立するので、売主の意思表示だけで契約は成立しません。買主の承諾が必要です。それによって、契約が成立し、所有権が移転します。さらに刑法上の横領罪の成立には、それは個別財産に対する罪であるので、既遂の認定基準としては、動産の場合は、その移転が要件として必要であり、また不動産の場合は、所有権移転の登記が完了したことが必要でしょう。不動産に抵当権を設定する場合は、抵当権設定の登記が完了したことが要件として必要でしょう(不動産の売買に関する判例として、最判昭30・12・26刑集9・14・3053)。先に挙げた2つの判例は、横領既遂に達していない不可罰の未遂を横領既遂として処罰するという問題があるように思われます。

(4)業務上横領罪
 刑法253条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する。

1行為主体
 本罪の行為主体は、業務上の委託に基づいて他人の物を占有している者です。それは、委託物横領罪(252条)加重する身分であると解されています(総論:共犯と身分)。

2業務
「業務」とは、業務上横領罪以外にも、業務上過失致死傷罪や業務上失火罪などでも問題になりますが、個々の犯罪の性格やその保護法益などによって「業務」の内容にも若干の相違が見られます。業務とは、一般に社会生活上の地位に基づいて、反復継続して行われる行為をいいますが、業務上横領罪の成立範囲を明確にするために、本罪の業務は他人から委託されて、その物を占有・保管する業務に限定されます(クリーニング業など)。

 遊園地などで拾得物の保管業務に従事している者が、それを自分の物にした場合、業務上横領罪が成立します。しかし、落とし主である所有者は、業務者に対して、保管を委託することを明示的に示してはいませんい。保管の委託がないにもかかわらず、業務上横領罪が成立するのはなぜでしょうか。拾得者による委託に基づいて財物を占有していると考えることもできますが、所有者による委託の意思を推定できるので、所有者の委託に基づいていると考えることもできる。後者の見解が妥当であると思われる。

(5)遺失物等横領罪
 刑法254条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。

1行為客体
 本罪の行為客体は、遺失物、漂流物、占有を離された他人の物です。それは、所有者の占有から離れ、いまだ誰の占有にも属していない物(道路上に落ちているサイフ)であったり、また誤って他人の占有に属した物(誤配された郵便物)などです(大判大6・10・15刑録23・1113)。

 占有を離れた他人の物であるため、無主物は行為客体から除かれます。判例では、養殖業者の網から湖沼に逃げ出したコイも、天然のものと区別できる限り無主物ではないので、遺失物や占有離脱物にあたると判断されています(最決昭56・2・20刑集35・1・15)。

2実行行為
 本罪の行為は、遺失物等を横領する行為です。

 誤配された郵便物の場合、それはすでに自己の占有下にあるので(遺失物)、越権行為ないし領得行為が行われなければ、横領とはいえません。これに対して、道路上に落ちているサイフの場合(占有離脱物)、それを「拾得」し(自己の占有下に移転し)、それから領得行為ないし越権行為が行われた場合に「横領」が成立すると解されます。占有離脱物の「拾得」が「横領」と評価されないよう、明確な基準を設ける必要があります。

3錯誤
 遺失物横領の故意で「他人が占有する物」を取るという窃盗を行なった場合、どのように扱われるでしょうか。この場合、刑法38条2項により、二つの罪の構成要件が重なる遺失物横領罪の範囲で罪が成立します(大判大9・3・29刑集13・335)。窃盗罪の故意で「占有離脱物」を横領した場合も同じです

4親族間の犯罪に関する特例
刑法244条の親族間の犯罪に関する特例が、単純横領罪、業務上横領罪、遺失物物横領罪に適用されます(255条)。親族関係は、横領行為者・委託者・所有者との間において必要です(大判昭6・11・17刑集10・604)。遺失物横領罪の場合、委託関係は問題にはならないため、行為者と所有者との間の親族関係で足ります。

(6)横領罪の共犯の問題
 通説・判例は、3つの横領罪を、委託物横領罪(252条、253条)と非委託物横領罪(254条)に分け、前者と後者を異なる性質の犯罪であると捉えます。

 このように考えると、委託物横領罪は「委託を受けて他人の物を占有している者」によって行なわれる身分犯、しかも「構成的身分犯」と解され、横領罪の基本類型です。業務上横領罪(253条)は、業務者による加重類型となります。これに対して、3つの横領罪は「自己が占有する他人の物」の横領という点で共通していると解するならば、その基本類型は非委託物横領罪(254条・遺失物横領罪)であり、委託物横領罪は、それを「委託を受けて占有している者」という身分による加重類型であり、業務上横領罪は、それを業務者という身分によるさらなる加重類型であると考えることもできます(批判説)。学説の内容的な違いは、共犯の扱いに関して具体的に現れます。

ⅰ非占有者による占有者(252条・委託物横領罪)への関与
 占有者による委託物横領罪に非占有者が関与した場合、通説・判例は、委託物横領罪を構成的身分犯と捉えるので、非占有者には65条1項が適用され、委託物横領罪の共犯が成立することになります。批判説は、委託物横領罪を加重的身分犯と捉えるので、非占有者は65条2項を適用して、遺失物横領罪の共犯とします。

ⅱ占有者(非業務者)による業務者(253条・業務上横領罪)への関与
 業務者による横領罪に非業務者である占有者が関与した場合、通説・判例は、業務上横領罪を「加重的身分犯」と捉えるので、非業務者の占有者には65条2項を適用して、委託物横領罪の共犯とします。批判説も同じです。

ⅲ非占有者による業務者(253条・業務上横領罪)への関与
 業務者による横領罪に非占有者が関与した場合、通説・判例は、非占有者・業務者の双方に65条1項を適用して、業務上横領罪の共犯とした上で、非占有者には65条2項を適用して委託物横領罪の刑を科すとします(最判昭32・11・19刑集11・12・3073)。判例の論理によれば、65条1項は構成的身分犯・加減的身分犯に共通する規定であり、65条2項は加重・減軽的身分により科刑の調整を施し、「通常の刑を科す」ための規定であると解されています(この点に注意してください)。

 これに対して、学説には、非占有者には65条1項のみを適用して、業務上横領罪の共犯とするもの(①説)や、非占有者と業務者には65条1項を適用して委託物横領罪の共犯とし、業務者には65条2項を適用して、業務上横領罪とするもの(②説)もあります。業務上横領罪は、構成的身分犯である委託物横領罪を業務者の身分によって加重した類型なので、65条1項を適用して成立する共犯は構成的身分犯である委託物横領罪の共犯であり、業務者にはさらに65条2項を適用して業務上横領罪が成立すると解するべきでしょう。

 これに対して、批判説からは、非身分者には遺失物横領罪しか成立しません。横領罪の基本類型は遺失物横領罪であり、占有者・業務者という身分はいずれも加重的身分なので、非占有者には65条2項を適用して遺失物横領罪が成立するだけです。業務者には業務上横領罪が成立し、占有者には委託物横領罪が成立します(ⅰの事例)。
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