077共同正犯と幇助犯(1)(最一昭和57・7・16刑集36巻6号695頁)
【事案の概要】
被告人Wは、かつて共にタイから大麻を持ち帰ったことのあるXから、再び大麻輸入の計画を持ちかけられた。Wは、その欲求にかられたが、自らは執行猶予中の身であったので、それを理由にこれを断った。しかし、代わりの人物を紹介することを約束し、知人のYに事情を明かして協力を求めたところ、Yがこれを承諾したので、YをXに引き合わせた。
さらに、Wは、Xに資金を提供し、大麻を入手したときは、それに見合う大麻をもらい受けることを約束した。
Xは、さらに知人Zを誘って、Yに引き合わせた。Y・Zはタイに渡航し、そこで購入した大麻を日本国内に持ち込んだところ、税関係員に発見され、逮捕された。
Wは、X・Y・Zの大麻輸入罪および関税法違反の罪の共同正犯として起訴された。
第1審と原審は、被告人Wに対して、大麻輸入罪と関税法違反の罪の共同正犯の成立を認めた。
これに対して弁護人が上告した。弁護人によると、大麻輸入罪の実行行為を直接実行したのは、Y・Zであるので、この2人が大麻輸入罪の「実行共同正犯」である。Xは、Y・Zと大麻輸入を共謀し、Y・Zがそれを行ったので、同罪の「共謀共同正犯」が成立する。被告人Wは、Xに対して、大麻輸入のために必要な資金を提供したが、これは有形的・物理的な方法によって大麻輸入を幇助しただけであって、大麻輸入の実行に関与したとはいえないので、(実行)共同正犯にはあたらない。また、大麻の輸入についてX・Y・Zと共謀もしていないので、(共謀)共同正犯にもあたらない。従って、Wに対して罪が成立するとしても、それは麻薬輸入罪および関税法違反の罪の幇助だけであると主張して、上告した。
【争点】
構成要件該当行為を分担実行すると実行共同正犯であり、それを共謀した場合には、実行に加担していなくても共謀共同正犯が成立する。それが現在の判例の結論である。それ以外の行為を行って、犯罪の実現に関わった場合、教唆・幇助に限って処罰される。共同正犯と共犯は、構成要件該当行為を分担実行したかいなかによって区別することができるが、「構成要件該当行為を実行」したとはどういう意味なのかは、さほど明白ではない。
実行行為に関与していないからというだけの理由で、教唆や幇助にとどまると認定することはできない。そのような客観的な行為だけを基準にして、共同正犯と共犯を区別することはできない。外形的には教唆や幇助に該当する行為を行った場合でも、それをいかなる認識に基づいて、いかなる意図から行ったのかという点を併せて総合的に判断することが求められる。
【裁判所の判断】
被告人Wは、タイ国から大麻を輸入することを計画したXから、その実行担当者になって欲しい旨頼まれるや、大麻を入手したい欲求にかられ、執行猶予中の身であることを理由にこれを断ったものの、知人のYに対して事情を明かして協力を求め、同人を自己の身代わりとしてXに引き合わせるとともに、密輸入した大麻の一部をもらい受ける約束のもとに、その資金の一部をXに提供したというのであるから、これらの行為を通じて被告人がX・Yらと本件大麻輸入罪を共同して謀議(共謀)を遂げたと認めた原判断は、正当である。
【解説】
事実関係は、以下の通りである。
1Xは、大麻輸入罪の意思があった。
2Xは、それを実行するために、被告人Wに実行担当者になってほしいと依頼した。
3被告人Wは、これを断ったが、代わりにYを紹介した。
4被告人Wは、さらにXに資金を提供し、大麻輸入後、それに見合う大麻をもらい受けることを約束させた。
5Xは、Zを誘った。そして、Y・Zをタイに行かせ、そこで大麻を入手させて、日本に輸入させた。
裁判所は、以上の事実関係を踏まえて、被告人Wは、自ら大麻輸入罪の実行行為を行っていないが、その共同正犯が成立すると判断した。この共同正犯は、大麻輸入罪の共謀共同正犯であると思われる。では、大麻輸入の共謀は、どのようにして認定されたのか。それは、「4」の行為が行われたことを理由に認定されたと思われる。
Wが行なった4の行為には、資金提供だけでなく、それに見合う大麻のもらい受けの約束なども含まれていた。それは、Xに対する有形的・物質的な援助にとどまらず、自ら大麻を(輸入し)獲得するために行なった行為行為である。4の行為は、こそのように認定できるので、WはXの大麻輸入を幇助したというよりは、むしろ大麻輸入の計画を資金面から積極的に提案したと認定できる。
かりに、1・2・3の行為の後、5の行為が行なわれていたならば、Wは、Xの大麻輸入罪の幇助にとどまったのかもしれない。また、4の行為がたんなる資金の提供または貸与であったならば、幇助として認定されるにとどまったかもしれない。
このようにWは、Yを紹介するという行為までは、幇助的な行為にとどまっていたといえても、その後は資金の提供をして、自らも大麻を入手するために関わっているので、この関わり方にWの「正犯意思」がうかがえ、その関わり方が大麻輸入の共謀にあたると判断することができる。共謀共同正犯を認める判例・学説の立場からは、被告人が共謀した大麻輸入につき、Wがの実行行為を行なっていなくても、Y・Zが行なっているので、共同正犯の成立を認めることができる。
このように、一見すると「幇助」に見える行為であっても、その態様、その意図、その見返りとして予定されている事項などを総合的に勘案すると、「共謀」として認定される場合がある。大麻輸入罪の共同実行の事実は、大麻輸入罪の構成要件的行為(実行行為)およびそれに近接した行為であるが、共謀共同正犯を認める通説・判例の立場からは、さらに「その共謀」も含まれ、それは本来的には「幇助」でしかない行為をも包摂するまでに拡散しているといえる。
078共同正犯と幇助犯(2)(福岡地判昭和59・8・30判時1152号182頁)
【事案の概要】
A、B、CおよびDは、Eを殺害して、その覚醒剤を強取することを計画をした(強盗殺人罪の計画)。
しかしその後、計画を変更して、Dは、Eに覚醒剤の取引のあっせんの話を持ちかけて、Eをホテルの一室に呼び出した。Dは、覚醒剤の購入を希望している者が別室で待機しているように装い、Eに売買の話をまとめるためには、現物を見せる必要があると述べ、Eから覚醒剤を受け取って、部屋を出た(この行為自体は財物詐欺罪または窃盗罪にあたる。それは、強盗の実行に着手する前の予備行為と捉えることもできる)。その直後、Cが同室に入って、Eを拳銃で狙撃した。Eは、防弾チョッキを着用していたため、死亡しなかった。被告人は、本件の事案において、Dから指示・命令を受けて、ホテルの客室2部屋を手配した。そして、犯行の当日、覚醒剤の買い手と売り手Eの取り次ぎ役を装い、部屋を出てきたDから覚醒剤を受け取り、搬出・運搬するなどした。
本件は、C・Dと被告人は、分離して審判された。まず、実行犯C・Dは、(覚醒剤=財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯で起訴された。裁判では、DがEから「覚醒剤を受け取って、部屋を出た」行為は、窃盗罪(Eの意思に反する覚醒剤の占有の侵害)または詐欺罪(Eの錯誤に基づく覚醒剤の交付による受領)のいずれかにあたり、CがEを狙撃した行為は、Eに対して覚醒剤を返還すべき義務を免れた(返還義務を免れたことによって、不当に利益を得た)「(利益)強盗殺人未遂」にあたると判断された。そして、前者の詐欺罪ないし窃盗罪と後者の(利益)強盗殺人未遂罪は、包括一罪の関係にあると認定された(最高裁で確定)。
これとは別の裁判において、福岡地裁は、被告人は、C・Dと共同して、(財物)強盗殺人未遂罪の実行共同正犯で起訴されたが、Dの指示・命令により、ホテルの部屋を2室予約するなどし、覚醒剤の買手と売手Eの取次を装い、覚醒剤の運搬・搬入するなどした行為は、その幇助にとどまると判断した。
【裁判所の判断】
被告人は、財物の強取という強盗殺人罪の一部を分担して実行した事実(共同実行の事実)があるが、Dら他の共犯者と共同して本件強盗殺人を遂行しようとする「正犯意思」、すなわち共同実行の意思があった認めることはできないので、(財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯ではなく、その幇助犯が成立するだけである。
【解説】
この事案の判決は興味深く、共同正犯と教唆犯の区別基準を理解するうえで、非常に有益であると思われる。判決は、おおよそ次のようなことを述べている。
被告人は、「Dの指示・命令により、ホテルの部屋を2室予約するなどし、覚せい剤の欠買手と売手Eの取次を装い、覚せい剤の運搬・搬入するなどし」、それが(財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯であるとして起訴されたが、幇助にあたると評価された。
正犯であるC・Dは、分離審判され、窃盗罪ないし詐欺罪と(利益)強盗殺人未遂罪の併合罪とされたが、被告人は、その幇助犯であると認定されたが、罪名は(財物)強盗殺人未遂罪の幇助であった。C・Dは「利益強盗殺人未遂罪」の共同正犯、被告人は「財物強盗殺人未遂罪」の幇助犯である。少し複雑な事案であるので、若干の説明が必要である。
1 まず、DとCが行なった行為について。CとDは、Eから覚せい剤を窃取したのか、それともEを欺いて交付させたのか。前者であれば窃盗罪、後者であれば(財物)詐欺罪が成立する。
2 Eは、窃盗罪または詐欺罪の被害者である。財産犯の被害者は、奪われた物を取り返す権利がある。それを財物の返還請求権といい、民法で認められ、保護されている。ただし、どのような物であっても返還請求できるわけではない。Eが盗まれたのは、所持することが法的に禁止されている覚せい剤である。それでもEに覚せい剤の返還請求権があるのか(不法原因給付物と財産犯の問題)。
3 ここでは、Eに覚せい剤を取り戻す権利があるという前提に立つと、それは「財産上の利益」として刑法で保護される法益と解される。その権利を「殺人未遂」という方法で侵害した場合には、「()利益)強盗殺人未遂罪」が成立する。
4 被告人は、C・Dとは別の裁判にかけられている。D・Cは、覚せい剤を奪うためにEを殺そうとした(財物)強盗殺人未遂罪で起訴された。被告人は、分離された審判において、(財物)強盗殺人未遂の共同正犯として起訴された。
5 被告人の行為態様は、それ自体として見れば、(財物)強盗殺人未遂の共同正犯にあたるように見える。しかし、裁判では、被告人がその行為に及んだ事情、犯罪全体における被告人の位置づけなどを考慮すると、あくまでも補助的な役割を担ったに過ぎないと判断された。
6 被告人は(財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯で起訴されたが、その幇助と認定された。検察官は、C・Dの行為が財物強盗殺人未遂なのか、利益強盗殺人未遂なのかについて、分離審判されていることから、検討する立場にはなかった。
したがって、重要なポイントは「5」における幇助の認定方法である。犯罪の全体の計画や実行過程(全体)のなかに、被告人の行為(個)を位置づけて観察すると、正犯のように見えるだけで、実は幇助犯でしかないことが明らかになる。
080殺人予備罪の共同正犯(最一決昭和37・11・8刑集16巻11号1522頁)
【事実の概要】
Y(男性)は、Z(女性)と不倫関係にあった。YはZの夫・Aが邪魔に思ったので、Zと共同してAを殺害することを計画し、それを友人のXに伝えた。Xは、Yの計画に応えて、青酸ソーダを準備することを約束した。Xは、Bに青酸ソーダを調達するよう依頼し、Bからそれを受け取り、Yに渡した。しかし、YとZは、その青酸ソーダを使用せずに、Aに睡眠薬を飲ませて殺害した。YとZには、A殺人既遂罪の共同正犯が成立する。
では、Xにはどのような犯罪が成立するか。Y・Xが行うA殺人のために青酸ソーダを準備した殺人予備罪が成立するのか。第1審名古屋地裁の判断は、以下の通りであった。
(1.)殺人予備罪とは、基本犯である殺人罪を実現する目的に基づいた準備行為であり、しかもこの殺人目的は、その準備行為を行なう者が自らが有していることを要する(いわゆる自己予備)。他人が持っている殺人の目的を実現するために準備行為(いわゆる他人予備)を行っても、それは殺人予備罪にはあたらない。従って、XがBから青酸ソーダを受け取り、それをYに渡しても、殺人予備罪にあたるとはいえない。
(2)殺人予備罪は、基本犯である殺人罪の構成要件を実行の着手以前の準備行為にまで修正した犯罪の形式である。基本犯の構成要件を修正したものとしては、未遂犯や共犯(教唆・幇助)があるが、修正形式とはいえ、殺人予備罪も処罰される行為である以上、1つの「犯罪」である。殺人予備罪も「犯罪」である以上、それを行う者は正犯(刑法62条1項)であり、殺人予備罪の正犯に対して協力した者には、殺人予備罪の幇助が成立する。YがZの夫Aを殺害する目的で青酸ソーダを調達する行為は殺人予備罪にあたり、それに協力したXには、Yの殺人予備に対する幇助にあたる。
これに対して、被告人が控訴した。控訴審・名古屋高裁の判断は、以下の通りである。
(1)殺人予備罪は、殺人罪の構成要件を修正した形式の犯罪であり、殺人予備罪にも構成要件がある以上、それには構成要件的行為または実行行為がある。共同して殺人予備罪の構成要件該当行為を実行した場合、殺人予備罪の共同正犯が成立する(少なくともY・Zは殺人予備罪の共同正犯)。
(2)かりに、構成要件的行為や実行行為は、殺人罪のような基本犯について観念できるだけであって、構成要件の修正形式である殺人予備罪には観念できないならば、他人が行う殺人予備を共同して実行しても、殺人予備罪の共同正犯は成立しなくなる(Yは殺人予備罪の単独正犯、Zも殺人予備罪の単独正犯)。このような奇妙な結論は不可解であり、殺人予備罪に構成要件や実行行為を観念しえないとする立場は批判されるべきである。
(3)ただし、殺人予備罪の構成要件は、基本犯である殺人罪のそれに比べて、定型性が緩やかであるため、その成立する範囲は広がるため、殺人予備罪の幇助の成立範囲も広がるおそれがある。そういうこともあって、刑法は、他人が行う予備罪に協力した者には、幇助の一般規定を適用して予備罪の幇助の成立を認めるのではなく、「○○予備罪の幇助」という個別の規定を設けている。例えば、内乱予備罪の幇助(刑79)がそれである。こえに対して、「殺人予備罪の幇助」という明示的な規定は設けられていないので、他人が行う殺人予備罪に協力しても、殺人予備罪の幇助として処罰されることはないという意思の現れであると解される。
(4)従って、殺人予備罪の幇助を処罰する明示的な規定がないので、Xには「Yの殺人予備罪」への幇助は成立しない。しかし、Xの意思とその行為を併せて考慮するなら、「殺人予備罪の共同実行」にあたると認定し得る場合には、Xに刑法60条を適用し、殺人予備罪の共同正犯として処罰できる。このように控訴審は判断した。
これに対して弁護人は、共同正犯の規定である刑法60条の「犯罪の実行」とは、殺人罪のような基本犯の構成要件的行為を実行することを意味し、殺人予備罪の修正された構成要件的行為の実行は、それにあたらないので、殺人予備罪の共同実行に刑法60条を適用することはできないと主張した。また、共同正犯にあたるのか、それとも幇助にあたるのかを区別する基準として、最高裁は主観説(正犯意思)を採用している。殺人予備罪とは、自己目的の準備行為であり、他者目的のための準備行為ではない。Xは、Yが殺人を行うために青酸ソーダを準備しただけなので、殺人予備罪の自己目的はなく、正犯意思を認めることはできない。そうすると、Xには殺人予備罪の共同正犯は成立しない。控訴審の判断はこの点について判例に反するとして上告した。
【裁判所の判断】 被告人Xの行為につき殺人予備罪の共同正犯として認定した原判決に誤りはない。
【解説】
予備罪の共同正犯が成立するためには、予備罪の共同実行もまた刑法60条の「共同した犯罪の実行」にあたると解釈できることが前提である。しかし、刑法60条の「犯罪の実行」を、刑法43条の「犯罪の実行」と同じ意味であると解すると、それは構成要件該当行為の共同実行、法益侵害の結果発生の具体的な危険のある行為の共同実行である。予備罪の行為は、そのような行為ではないので、予備罪の共同正犯は認めらない。それでは、予備罪の幇助であれば認められるか。幇助とは正犯を幇助することである。正犯とは犯罪の構成要件該当行為を行なった者のことである。正犯とは殺人罪のような基本犯の構成要件該当行為を行う者のことであり、予備罪は基本犯ではないので、正犯ではない。従って、それを幇助しても、正犯の幇助にはあたらない。このように刑法60条の「犯罪の実行」、「正犯」を厳格に解釈すると、予備罪の共同正犯も、予備罪への幇助も成立しえない。しかし、それは妥当な結論とはいえない。名古屋地裁は、予備罪とは、自ら基本犯を行なう目的で、その準備をすることであって、他人が行なう犯罪を準備しても、予備罪にはあたらないという前提に立って、Xの予備罪の共同正犯の成立を否定した。その上で、予備罪は基本犯の構成要件の修正形式であり、その限りでは構成要件を観念しうるので、予備罪の実行者もまた「正犯」であり、それを幇助すれば、予備罪の幇助として処罰しうると判断し、Xに殺人予備罪の幇助を認めた。これに対して、名古屋高裁は、予備罪は基本犯の構成要件の修正形式であり、その限りでは構成要件を観念しうるので、予備罪の実行者もまた「正犯」であり、それを共同して実行すれば、予備罪の共同正犯になり、Xに殺人予備罪の共同正犯の成立を認めた。地裁の判断に対する批判としては、予備罪の幇助の成立は、内乱予備罪の幇助のような明文規定がある場合に限られ、殺人予備罪の幇助の個別的な規定がない以上、それを認めることはできないと論じ、共同正犯の一般規定(刑60)を適用した。予備罪とは、指摘されているように、自らが基本犯を行なう目的で準備を行なうこと(自己予備)である。この目的を身分(構成的身分)と解して、目的のないXが、Yにその目的があることを知りながら、共同して予備を行なった場合、Xにも殺予備罪の共同正犯が成立することになる(構成的身分犯の共犯に関する刑法65①の「共犯」に共同正犯も含む)。判例の傾向としては、目的のないXがYの目的を知っていたということは、自らもその目的を了解し、未必的にその目的のために準備したと認定できるので、殺人予備罪の共同正犯の成立を認めることができる。これに対して、予備罪とは自己予備であり、目的のない他人には予備罪の共同正犯ではなく、予備罪の共犯しか成立しないと解するならば、殺人予備罪の幇助の成立を認めことができる(刑法65①の「共犯」には狭義の共犯しか含まれないと解する立場から主張可能)。
096共犯関係の解消(1)(最一決平成元・6・26刑集43巻6号567頁)
【事実の概要】
Yの舎弟分であるXは、AをYのところに連れて行き、暴行を加えることを共謀した。Xは、Yと共同してAに暴行を加えた。その後、Xは、「オレ帰る」とだけ言い、現場をそのままにして帰った。Yは、その後もAに暴行を加えた。Aは死亡した。A死亡の原因が、X・Yが共同して行った暴行か、それともXが帰宅した後にYが単独で行った暴行のいずれであるのかは、明らかではなかった。
【争点】
XとYが共同してAに暴行を加え、それによって死亡した場合、傷害致死罪の共同正犯が成立する。Xの暴行が致命傷を与えたのか、Yの暴行に起因して死亡したのかが明らかでなくても、共同して暴行して負傷させ(傷害罪の共同実行)、そこから死亡に至った場合、傷害致死罪の共同正犯が成立する。
本件の事案は複雑である。XとYが共同してAに暴行を加え、それによって負傷させた場合、傷害罪の共同正犯が成立する。その後、Aが死亡したのが、X・Yの共同の暴行によるのか、Xが帰宅した後に行われたYの単独の暴行によるのかが明らかではなかった。X・Yが共同して行った暴行とYが単独で行った暴行を区別することができるならば、X・Yには暴行罪または傷害罪の共同正犯が成立し、さらにYには傷害致死罪の単独正犯が成立する。Yの暴行罪または傷害罪と傷害致死罪は、包括して傷害致死罪の1罪が成立する。
問題は、Xが帰宅した後のYの暴行は、単独の暴行であるといえるのか。Xとは無関係に行われたといえるのか。つまり、Xが「オレ帰る」と言い残して帰宅したことで、Yとの暴行の共同正犯から離脱したとえいるかである。Yとの暴行の共犯関係を解消したといるかである。
共犯からの離脱または共犯関係の解消の問題は、犯罪の実行の着手前後に分けて、その基準が検討されてきた。例えば、暴行罪の実行を共謀した後、離脱の希望する者が、その着手前に、その意思を他の共犯者に表明し、その承諾を得ることで、離脱が認められる。その後、他の共犯者が暴行を行っても、離脱した者には暴行罪の共同正犯は成立しない。これに対して、暴行罪の着手後の場合、離脱の希望する者が、その意思を他の共犯者に表明し、その承諾を得ても、離脱は認められない。他の共犯者が暴行の継続を阻止するなどしなければ、離脱は認められない。他の共犯者が暴行を継続し、被害者を負傷させた場合、全員に傷害罪の共同正犯が成立する。
2人以上の者が、犯罪を共謀することによって、犯罪の実行に向かう心理的な因果性(共同実行の意思)と物理的な因果性(家に連れて行くなどの行為)が生ずる。共犯からの離脱とは、これを解消することによって認められる。暴行の着手前であれば、まだ処罰される行為を行っていないので、家に連れて行くなどして、物理的な因果性を生じさせても、それはまだ可罰的な行為ではない。従って、この因果性を解消することは必要ではない。しかし、暴行の共謀によって、その共同実行の意思が生じているので、この心理的因果性を解消する必要がある。その解消方法は、離脱の意思を他の共犯者に表明し、その承諾を得ることである。暴行の着手後は、被害者の身体の安全や健康被害などの物理的な因果性が生じているので、それを解消しなければならない。そのためには、離脱の承諾だけでなく、他の共犯者の犯行の継続を阻止しなければならない。
【裁判所の判断】
Xが帰った時点では、YはAになお暴行を加えるおそれがあったが、Xはそれを防止する措置を講ずることなく、成り行きにまかせて現場を去ったに過ぎないので、Yとの間の当初の共犯関係が右の時点で解消したということはできない。
【解説】
本件は、2人以上の者が犯罪の実行に着手した後、結果が発生する前の離脱であり、そのなかでも、結果的加重犯の事案である(傷害致死罪、強盗致死傷罪など)。
結果的加重犯は、故意に行なった基本犯から加重結果が発生した場合をいう。基本犯と加重結果の間に因果関係が必要である。XとYが故意にAに暴行を加え、その後、Aが死亡したのであれば、XとYが暴行を共同して行なった以上、Aの死亡がXの暴行に起因するのか、それともYの暴行に起因するのかが明らかでなくても、またXまたはYの暴行に起因することが明らかであっても、XとYに傷害致死罪の共同正犯が成立する。
しかし、本件の事案では、X・Yが共同して暴行を加え(X・Yの共同暴行)、Xが帰宅した後にもYが暴行を継続したため(Yの単独暴行)、Aの死亡がX・Yの共同暴行に起因するのか、それともYの単独暴行に起因するのかが問題になるが、Y単独暴行がXとの「当初の共謀」に基づいたものであるならば、それはXとの共同暴行の継続とみなされ、Xにも傷害致死罪の共同正犯が成立することになる。つまり、Xは「オレ帰る」とだけ言い残して、現場から立ち去っても、Yとの当初の共謀は解消されず、暴行の共同正犯から離脱することはできないということである。
従って、問題は、X帰宅後においても、なおも「当初の共謀」が継続していたか否か、それをどのように判断するかである。Xが帰宅する際に、Yに対して、「オレ帰る」、「それ以上やらないように」と言い残し、Yも明示的に「分かった」と返事をしていたならば、暴行の共謀関係は解消され、その後の暴行はYによって単独で行なわれたものであると認定できる。しかし、本件ではX・Y間において、そのようなやりとりは行なわれなかった。その限りでは、Yの暴行はXとの共謀のうえに行なわれたと評価することもできる。
097共犯関係の解消(2)(最三決平成21・6・30刑集63巻5号475頁)
【事実の概要】
被告人を含む共犯者(A・B・C・D・E・F・G)が住居侵入と強盗を共謀した。A・Bが住居に侵入した後、強盗の実行に着手する前に、見張り役のCが、A・Bに電話をかけて、離脱の意思を一方的に表明し、電話を切った。その後、Cは被告人とDに相談し、その場から立ち去った。A・Bは、侵入した住居からいったん出た後、C、被告人、Dが立ち去ったことを知ったが、E・F・Gと侵入して、強盗を実行した。家人は、その手段行為である暴行によって負傷した(住居侵入罪と強盗致傷罪)。
A、B、E、F、Gに住居侵入罪と強盗致傷罪の共同正犯が成立することは明らかである。では、C、D、被告人はどのように扱われるか。A・Bの住居侵入後に共犯からの離脱が認められれば、住居侵入罪の共同正犯にとどまるが、離脱は認められるか。
【裁判所の判断】
被告人は、共犯者7名と住居に侵入して強盗に及ぶことを共謀したところ、共犯者のA・Bが住居に侵入した後、見張り役のCが電話で、A・Bに、「犯行をやめたほうがよい、先に帰る」などと一方的に伝えただけで、被告人とCらは、それ以降、格別にA・Bの犯行を防止する措置を講ずることなく、待機していた場所から共に離脱したにすぎなかった。A・Bは、そのまま強盗に及んだ。そうすると、被告人が離脱したのは、A・Bが強盗の実行に着手する前であり、たとえ見張り役の上記電話内容を認識した上で離脱していたとしても、またA・Bが住居から出てきて、被告人の離脱を知ったという事情があったとしても、当初の共謀関係が解消したということはできず、その後のA、B、E、F、Gの住居侵入、強盗も当初の共謀に基づいて行われたものと認めるのが相当である。
【解説】
複数人で犯罪を実行することを共謀して、①その実行に着手する前に、あるいは②その実行の着手した後に、そこから離脱することができるか。例えば、X・Y・Z・Vが「強盗罪」の実行を共謀し、その予備を行なった後、①Vが強盗の実行の着手前に離脱の意思を表明し、②そのあとX・Y・Zが強盗の実行の着手後、Zが離脱の意思を表明して立ち去り、その後、残されたX・Yが財物を強取した場合、どのような犯罪が成立するか。X・Yが財物の強取まで行っているので、この2人に強盗既遂罪の共同正犯が成立するのは明らかである。では、V・Zはどうか。このような問題については、強盗の実行の着手の前後に分けて議論される。
1まず、実行の着手前の離脱についてである。X・Y・Z・Vが強盗の共謀後、Vがその実行に着手する前に離脱の意思を表明した場合、他のX・Y・Zがそれを了承することによって、Vの離脱が認められ、強盗の共謀が解消される=強盗の共謀から離脱できる。ただし、VはX・Y・Zと強盗の予備を行なっているので、強盗予備罪の共同正犯が成立する。予備後に自己の意思により実行の着手を中止したと言えるなら、予備罪に中止未遂の規定を「準用」して、その刑を減軽・免除できる。
2次に、実行の着手後の離脱についてである。Vの離脱後、X・Y・Zが強盗の実行に着手し、Zが離脱の意思を表明した場合、他のX・Yがそれを了承するだけでは、Zの離脱は認められない。Zは、X・Yの犯行の継続を防止するなどの措置をとらなければならない。
ようするに、共犯関係の解消または共犯からの離脱の要件は、着手前の段階においては、離脱の意思表明と他の共同正犯者による了承、さらに着手後の段階においては、それに加えて、他の共謀者の犯行の継続の防止が必要である。これが、これまでの学説・判例の立場である。
では、本件の事案について考察すると、A・B・C・D・E・F・Gと被告人が強盗を共謀し、A・Bが住居に侵入したが、母屋に入れない状況において、Cが離脱の意思を表明し、その後、Dと被告人と現場を立ち去った。住居から出てきたA・Bは、C・D・被告人がいないことを知り、その後、E・F・Gとともに住居に入って、家人を負傷させ、財物を奪った。この事案について、A・B・E・F・Gに強盗致傷罪の共同正犯が成立することは明らかであるが、C・Dと被告人についてはどうか。被告人らが現場から立ち去ったのは、A・Bが住居侵入し、強盗の実行に着手する前であった。したがって、本件では被告人らに住居侵入の共同正犯が成立するが、強盗の実行の着手前であったので、被告人らが強盗罪の共犯から離脱するためには、A・Bらが被告人らの離脱の意思を了承することによって認められることになる。
しかし、本決定は、着手前の離脱の事案であるにもかかわらず、「見張り役のCが電話で、A・Bに、『犯行をやめたほうがよい、先に帰る』などと一方的に伝えただけで、被告人とCらは、それ以降、格別にA・Bの犯行を防止する措置を講ずることなく、待機していた場所から共に離脱したにすぎなかった」と述べ、「そうすると」と続けて、「被告人が離脱したのは、A・Bが強盗の実行に着手する前であり、たとえ見張り役の上記電話内容を認識した上で離脱していたとしても、またA・Bが住居から出てきて、被告人の離脱を知ったという事情があったとしても、当初の共謀関係が解消したということはできず、その後のA・B、E・F・Gの住居侵入、強盗も当初の共謀に基づいて行われたものと認めるのが相当である」と述べている。これは、本件の事案が着手後の事案なのか、それとも着手前の事案なのか、やや不明である。この決定をどのように理解すればよいのだろうか。この決定の箇所で、犯行の継続の防止に言及されているのは、単に事実関係を踏まえただけであり、最高裁も着手前の離脱の事案であると理解していると解することもできる。
また、本件の事案は、実行の着手前の離脱の事案ではあるが、強盗罪と牽連判の関係にある住居侵入が行なわれ、強盗の実行の着手まで時間的・場所的に近接した状況にあったので、財物強取の現実的な危険性が高まっており、そのために従来の着手前の離脱の典型的な類型とは異なる事案であると理解していると見ることもできる。
098共犯関係の解消(3)(最三判平成6・12・6刑集48巻8号509頁)
【事実関係】
被告人Xは、Aと口論となり、Aが仲間のBの髪をつかむなどしたため、友人のY、Z、Wと共同してAに暴行を加えた(反撃行為)。Aは、Bの髪を放したが、Xらに悪態をつき、応戦する姿勢を見せ、場所を移動した。XらはAの後を追いかけた。YとZは、応戦の姿勢を崩さないAに手拳で襲いかかろうとしたが、いずれもWによって制止された。その直後、YがAの顔面を殴打し、Aは加療7ヵ月半を要する傷害を負った(追撃行為)。その間、Xは、自ら暴行に加わることはなかったが、YとZの暴行を制止したわけでもなかった。
原審の判断
AがBの髪の毛を放すに至るまでの間、XらはAに対して暴行を行ない(反撃行為)、その後Y・ZはAに暴行を行ない、傷害を負わせた(追撃行為)。Xが行なった反撃行為は、正当防衛であるが、Y・Zが行なった追撃行為は、それと一連一体のものとして行なわれたものであるので、それによって生じた傷害について、X・Y・Zには傷害罪の共同正犯であり、それに過剰防衛(刑36②)が適用される(量的過剰)。
【争点】
X・Y・Z・WがAに対して共同して行った暴行は暴行罪の構成要件に該当するが、Bを救出するためにやむを得ず行ったもので(反撃行為)、正当防衛にあたり、暴行罪の違法性が阻却される。
その後、Y・Zが、Aに対して共同して暴行した行為(追撃行為)により、Aは傷害を負った。
反撃行為と追撃行為は、時間的・場所的に近接した関係において行われているので、反撃行為と痛撃行為は一連・一体の行為であり、Y・Zには傷害罪の共同正犯にが成立し、それには(量的)過剰防衛が成立する。
では、X(やW)にも傷害罪の共同正犯が成立し、過剰防衛にあたるのか。それとも、X(やW)は追撃行為を行うことを共謀しておらず、追撃行為を共同して実行していないので、傷害罪の共同正犯は成立せず、したがって過剰防衛にもあたらないのか。
【裁判所の判断】
被告人らの本件行為を、AがBの髪の毛を放すに至るまでの行為(反撃行為)と、その後の行為(追撃行為)とに分けて考察しなければならない。被告人に関しては、反撃行為については正当防衛が成立するが、追撃行為については、Y・Zとの間で共謀に基づいて行なわれたものとは認められない。従って、Xにとっては、反撃行為と追撃行為を一連一体のものとして総合評価することはできない。それゆえ、Xは追撃行為には関与していないので、傷害罪の共同正犯は成立しない。
【解説】
原審の判断は、X・Y・Z(・W)が、AのBに対する侵害を排除するために反撃行為を行い、Aの急迫不性の侵害が終了した後も、それを継続して行ない、負傷を負わせた「量的過剰」の事案として捉えている。単独の行為者による量的過剰の場合、追撃行為は、急迫不正の侵害の終了後、反撃行為と時間的・場所的に近接した関係において行なわれ、客観的に行為態様が共通し、また主観的にも同一の意思決定に基づいて行なわれているので、追撃行為と反撃行為との一連性・一体性を認め、過剰防衛として認定することができる。原審は、このような単独の行為者による量的過剰の判断方法を、本件の共同正犯にも適用したものと思われる。
しかし、最高裁は、このような判断方法を適用しなかった。Xら4人がAに対して反撃行為を共同して行ない、急迫不正の侵害の終了した後、なおも他の共同正犯者が追撃行為を継続して行なった場合、反撃行為と追撃行為が時間的・場所的に近接し、客観的に行為態様が共通していても、追撃行為は、共同実行の意思に基づいていたとはいえないからである。4人による正当防衛は終了し、その意思は一旦は終息しているので、追撃行為について「新たな共謀」が形成されていなければ、傷害罪の過剰防衛の共同正犯は成立しない。最高裁は、このように考えているようである。
4人は、防衛の意思に基づいて、Aに対して共同して反撃行為を行ない、その後、Y・ZはAに対して共同して追撃行為を行なっているが、Xには追撃行為の意思はなかったので、4人よる反撃行為とY・Zによる追撃行為は、異なる意思に基づいて行なわれたものであって、一連・一体の関係にはない。従って、Xの罪責としては、Y・Z・Wと共同して行なった暴行は、AによるBへの侵害を排除するための防衛行為である。
防衛の意思に基づいて行われた反撃行為とその後の追撃行為とが、時間的・場所的に近接して行なわれ、客観的に行為態様が共通しているにもかかわらず、この2つの行為を侵害終了前後で区別して考察しているのは何故か。94の判例の場合、A・Bらの強盗は、被告人らとの「当初の共謀」に基づく行為として一体的に捉えられている。95の判例でも、被告人Xが帰宅した後のY単独の行為も「当初の共謀」に基づく行為として一体的に捉えられている。それにもかかわらず、本件については、侵害終了前後で2つの行為に分けて捉えられている。それは何故か。それは、反撃行為は防衛の意思に基づいて行なわれ、その後の追撃行為は防衛の意思に基づいて行なわれていないので、この2つの行為は内容的・性質的にも異なる行為であると理解されているからである。それゆえ、2つの行為には一連性・一体性が否定されているものと思われる。
097共犯からの離脱と中止犯(最二判昭和24・12・17刑集3巻12号2028頁)
【事案の概要】
XとYは、共謀して強盗の実行に着手したが、Xは自らの意思でその継続を中止することにし、Yに対して、「帰ろう」と言って、立ち去るよう勧告して、1人で外に出た。Yはその勧告を受け入れ、いったんは手にした金銭を元の場所に戻したが、再びそれをポケットに入れ、Xが外に出た3分後に出て、2人で帰った。
原審は、X・Yに強盗既遂罪の共同正犯の成立を認め、Xに懲役3年の実刑判決を言い渡した。これに対して、弁護人は、Xには刑法43条但書の中止未遂の規定を適用すべきであると主張して、上告した。
【裁判所の判断】
Xは、Yの金銭強取を阻止せずに放任し、既遂に至っている以上、中止未遂の規定を適用することはできない。
【解説】
1共犯と中止の関係
共犯と中止犯の問題は、次のように考えなければならない。共犯からの離脱または共犯関係の解消が認められたうえで(離脱者は未遂罪の共同正犯)、離脱した者が自己の意思により犯罪を中止したと認定される場合に、その未遂罪の中止未遂の規定が適用される。
2共犯からの離脱または共犯関係の解消
共犯からの離脱は、犯罪の実行の着手の前後に分けて考えられる。
着手前の離脱
XとYが、強盗を共謀し、その準備をした後、その実行の着手前に、Xが離脱するためには、
XがYに離脱の意思を表示し、それがYによって了承された場合に、Xには離脱が認められ、それまでの行為(強盗予備罪の共同正犯)について責任を負うだけである。
着手後の離脱
強盗の実行の着手後の離脱の要件は、XがYに離脱の意思を表示し、それがYによって了承され、さらにXがYの犯行の継続を阻止すれば、Xには(Yにも)、強盗未遂の共同正犯が成立するだけである。一旦成立した強盗予備罪の共同正犯は、その後着手によって成立した強盗未遂罪の共同正犯に級数されて、強盗未遂罪の共同正犯が成立するだけである。
3実行の着手後の未遂に対する中止未遂の規定の適用の要件
犯罪の実行に着手した後、これを遂げなかった場合、未遂が成立するが、それが自己の意思に基づく犯罪の中止による場合、中止未遂として、その刑を減軽または免除される。
強盗の実行に着手した後、Xが自己の意思により犯罪の中止を決意し、それをYに表示し、Yがそれを了承し、さらにXがYの犯行の継続を阻止した場合、の強盗未遂に中止未遂の規定を適用することができる。Xの強盗未遂の刑は、必要的に減軽または免除される(Yの強盗未遂は強盗の「障碍未遂」なので、任意的に減軽されるだけである)。
4実行の着手前の予備に対する中止未遂の規定の準用の可能性
中止未遂は、実行に着手した後に適用される規定なので、実行の着手前に離脱したXに対して、中止未遂の規定を「適用」することはできない。Xには強盗予備罪が成立するだけであり、その刑は減軽・免除されない。
5着手後の強盗未遂に中止未遂の規定が適用され、刑が免除される可能性があるのに、着手前の強盗予備に中止未遂の規定が適用されないため、刑が減軽・免除されない。これをどう考えるべきか。
強盗の実行に着手した後の強盗未遂に中止未遂の規定が適用される場合、その刑は減免されるが、着手することを自己の意思で中止しても、強盗予備の刑は減軽・免除されない。それはアンバランスなのではないか。
実行の着手前の離脱は、着手後の離脱よりも、違法性が低く、また非難可能性も低い。着手後の未遂に中止未遂の規定が適用され、刑が免除されるにもかかわらず、着手前の予備の刑が減軽・免除されないのは、やはりアンバランスな感は否めない。このアンバランスを解消するためには、犯罪の予備後、自己の意思に基づいて、犯罪の実行に着手するのを中止した場合、予備罪に中止未遂の規定を「準用」することが考えられる。
この問題は、殺人予備罪、放火予備罪と強盗予備罪とを比べると明らかになる。殺人予備罪や放火予備罪は、条文に「情状」により、その刑を免除することができると規定されている。予備行為を行ったが、自己の意思により着手を中止したことが、この「情状」にあたると解されるならば、予備罪の刑を免除することができる。しかし、強盗予備罪には、この「情状」による刑の免除が条文上規定されていないため、強盗の予備を行った後、実行に着手することを自己の意思により中止しても、条文上、刑の免除は認められない。このアンバランスを解消するためには、強盗予備後、実行に着手することを自己の意思により中止した場合に、刑法43条但書を被告人に有利な方向で適用(=準用)することが必要である。
099必要的共犯(最三判昭和43・12・24刑集22巻13号1625頁)
【事案の概要】
被告人X・Yは、弁護士資格を持たないZに依頼して、法律事件の示談交渉をさせ、その報酬をZに支払った
第1審静岡地裁沼津支部は、X・Yに弁護士法違反の行為の教唆の成立を認めた。原審東京高裁も、この判断を是認した。
【裁判所の判断】
弁護士法72条は、弁護士の資格を持たない者が、報酬を得る目的で、一般の法律事務を取り扱うことを禁止し、それに違反する行為(非弁行為)を同77条で処罰する規定を設けている。ただし、弁護士資格を持たない者が、自分の法律事務を、自分で取り扱うことまで禁止してはいない。つまり、弁護士法が禁止している非弁行為とは、弁護士資格を持たない者が他人の法律事務を取り扱う行為であると解釈すべきである。従って、弁護士法が禁止する非弁行為の典型的な行為は、法律事務の解決を求めている者が存在し、その者が弁護士資格を持たない者に依頼して、問題を解決させ、それに対する対価として報酬を与える行為であると解される。
このような非弁行為は、論理的に考えて、1人で行うことはできない。法律事務の取扱を依頼する者の存在が必要である。この者の依頼がなければ、非弁行為は行われない。したがって、非弁行為の前提には、法律事務を依頼する者と弁護士資格を持たない者の存在が必要である。この場合、依頼者は、弁護士資格を持たない者をそそのかして非弁行為を行わせたので、非弁行為の教唆にあたるといえる。弁護士法は、弁護士ではない者の行為を非弁行為として処罰する規定を設けているが、その依頼者を処罰する規定を設けていない。それはなぜか。非弁行為の依頼には、刑法61条が適用され、非弁行為の教唆が成立するので、個別の処罰規定を設ける必要はないと考えられているからなのか。それとも、非弁行為の教唆として処罰する必要がないので、あえて個別の処罰規定を設けなかったのか。弁護士法が、非弁行為の依頼を処罰する規定を設けなかったのは、処罰を控えたことを意味する。そうである以上、弁護士法上(特別刑法)、非弁行為の教唆という不処罰の行為に、刑法61条(一般刑法)を適用して、教唆として処罰するのは、弁護士法の意図するところと矛盾すると言わなければならない(また、特別法は一般法よりも優先して適用されるいう考え方からも、原々審と原審の判断には問題がある)。
【解説】
犯罪は、一般に一方が他方に対して一方的に行うことを想定して規定されている。それを複数人で行なう場合が共同正犯または共犯である。一人で行うか、複数人で行うかは、任意に決めることができる。したがって、これを「任意的共同正犯」または「任意的共犯」と呼ぶことができる。
これに対して、ある犯罪が成立するために、複数人の関与が必要不可欠な場合がある。これを必要的共同正犯または必要的共犯という。学説・判例では、一般に両者を総合して「必要的共犯」と呼んでいる。例えば、騒擾罪、多衆不解散罪、凶器準備集合罪などがその典型である(集団犯)。この罪は、すでに複数人による実行が法定されているので、複数の関与者について「凶器準備集合罪の共同正犯」というような表現をする必要はない。さらに、重婚罪、贈賄罪・収賄罪のように対向関係にある行為者によって行なわれる犯罪も同じである(対向犯)。これについては、同一の罰条が適用されるもの、個別の別条が設けられているものに分かれるが、対向関係にある両当事者とも処罰される。
しかし、対向関係にある行為者のすべてが処罰されるとは限らない。対抗関係にある一方の当事者は処罰されても、他方の当事者は処罰されない場合もある(対向犯における片面的対向犯)。例えば、わいせつ文書頒布罪がそうである。わいせつ文書を頒布した者は処罰されるが、それを受け取った者は処罰されない。頒布行為は、受取行為があって成立する行為であるが、刑法は頒布行為のみを処罰するだけで、受取行為を処罰しない。刑法は、わいせつ文書頒布罪に関して、頒布行為を処罰するが、その受取行為は処罰の理由にはできないと考えているようである。
ここで問題になるのは、受取行為を行った者を。頒布行為の教唆・幇助として処罰することができるかという点である。XがYに対してわいせつ文書を頒布するよう依頼し、Yがそれに応えて頒布した場合、受け取った者を依頼したことを理由に、Xを頒布罪の教唆として処罰することができるか。この種の問題は、例えば、XがYに自殺の方法を教えてくれと依頼し、YがそれXに教え、Xが自殺した場合、Yには自殺幇助罪が成立するが、Xに自殺幇助罪の教唆が成立するかという問題もある。同じように、嘱託殺人の被害者に嘱託殺人罪の教唆が成立するかという問題に広がっていく。そして、弁護士法違反の非弁行為を依頼した者に非弁行為の教唆が成立するのかという問題に行き着く。
結論的に言えば、片面的対向犯に関して、処罰規定が設けられていない者を、処罰される者に対する共犯として処罰するのは妥当ではない。というのは、対向犯のうち処罰されないのは、その者が被害者の側にいるため、違法性・有責性が認められないからである。例えば、わいせつ文書頒布罪の法益は、社会の健全な性的秩序であるが、その法益の担い手は、我々一人一人である。わいせつ文書が頒布されることによって、我々一人一人の法益が侵害されるのである。そのような文書を頒布することによって、それを受け取る社会の側が被害を受けるのである。従って、わいせつ文書が見たくて、その頒布を依頼しても、頒布罪の教唆にあたる違法性や有責性があるとはいえない。ただし、通常想定される頒布の依頼の程度を超えた依頼が行われた場合には、もはや依頼者は被害の側にいるとはいえないので、教唆の成立が認められる場合もある(小学校の児童に頒布するよう依頼したような場合)。
弁護士法違反の行為についても、有資格者による法律事務の適正な扱いのための法制度を侵害する者(非弁行為者)が存在するから、それに頼ろうとする者が出てくるのである(通常の弁護士報酬が払えないとか、依頼したことが弁護士に知られると不利益になるなどの理由がありうる)。ただし、Xが非弁行為者Yに依頼するというのではなく、ZがXを唆して、Yに依頼させるよう仕向けたような場合には、、通常想定される非弁行為の依頼の程度を超えているので、弁護士法違反の非弁行為の教唆が成立する。非弁行為の教唆は、このような場合にだけ成立すると解すべきである。
【事案の概要】
被告人Wは、かつて共にタイから大麻を持ち帰ったことのあるXから、再び大麻輸入の計画を持ちかけられた。Wは、その欲求にかられたが、自らは執行猶予中の身であったので、それを理由にこれを断った。しかし、代わりの人物を紹介することを約束し、知人のYに事情を明かして協力を求めたところ、Yがこれを承諾したので、YをXに引き合わせた。
さらに、Wは、Xに資金を提供し、大麻を入手したときは、それに見合う大麻をもらい受けることを約束した。
Xは、さらに知人Zを誘って、Yに引き合わせた。Y・Zはタイに渡航し、そこで購入した大麻を日本国内に持ち込んだところ、税関係員に発見され、逮捕された。
Wは、X・Y・Zの大麻輸入罪および関税法違反の罪の共同正犯として起訴された。
第1審と原審は、被告人Wに対して、大麻輸入罪と関税法違反の罪の共同正犯の成立を認めた。
これに対して弁護人が上告した。弁護人によると、大麻輸入罪の実行行為を直接実行したのは、Y・Zであるので、この2人が大麻輸入罪の「実行共同正犯」である。Xは、Y・Zと大麻輸入を共謀し、Y・Zがそれを行ったので、同罪の「共謀共同正犯」が成立する。被告人Wは、Xに対して、大麻輸入のために必要な資金を提供したが、これは有形的・物理的な方法によって大麻輸入を幇助しただけであって、大麻輸入の実行に関与したとはいえないので、(実行)共同正犯にはあたらない。また、大麻の輸入についてX・Y・Zと共謀もしていないので、(共謀)共同正犯にもあたらない。従って、Wに対して罪が成立するとしても、それは麻薬輸入罪および関税法違反の罪の幇助だけであると主張して、上告した。
【争点】
構成要件該当行為を分担実行すると実行共同正犯であり、それを共謀した場合には、実行に加担していなくても共謀共同正犯が成立する。それが現在の判例の結論である。それ以外の行為を行って、犯罪の実現に関わった場合、教唆・幇助に限って処罰される。共同正犯と共犯は、構成要件該当行為を分担実行したかいなかによって区別することができるが、「構成要件該当行為を実行」したとはどういう意味なのかは、さほど明白ではない。
実行行為に関与していないからというだけの理由で、教唆や幇助にとどまると認定することはできない。そのような客観的な行為だけを基準にして、共同正犯と共犯を区別することはできない。外形的には教唆や幇助に該当する行為を行った場合でも、それをいかなる認識に基づいて、いかなる意図から行ったのかという点を併せて総合的に判断することが求められる。
【裁判所の判断】
被告人Wは、タイ国から大麻を輸入することを計画したXから、その実行担当者になって欲しい旨頼まれるや、大麻を入手したい欲求にかられ、執行猶予中の身であることを理由にこれを断ったものの、知人のYに対して事情を明かして協力を求め、同人を自己の身代わりとしてXに引き合わせるとともに、密輸入した大麻の一部をもらい受ける約束のもとに、その資金の一部をXに提供したというのであるから、これらの行為を通じて被告人がX・Yらと本件大麻輸入罪を共同して謀議(共謀)を遂げたと認めた原判断は、正当である。
【解説】
事実関係は、以下の通りである。
1Xは、大麻輸入罪の意思があった。
2Xは、それを実行するために、被告人Wに実行担当者になってほしいと依頼した。
3被告人Wは、これを断ったが、代わりにYを紹介した。
4被告人Wは、さらにXに資金を提供し、大麻輸入後、それに見合う大麻をもらい受けることを約束させた。
5Xは、Zを誘った。そして、Y・Zをタイに行かせ、そこで大麻を入手させて、日本に輸入させた。
裁判所は、以上の事実関係を踏まえて、被告人Wは、自ら大麻輸入罪の実行行為を行っていないが、その共同正犯が成立すると判断した。この共同正犯は、大麻輸入罪の共謀共同正犯であると思われる。では、大麻輸入の共謀は、どのようにして認定されたのか。それは、「4」の行為が行われたことを理由に認定されたと思われる。
Wが行なった4の行為には、資金提供だけでなく、それに見合う大麻のもらい受けの約束なども含まれていた。それは、Xに対する有形的・物質的な援助にとどまらず、自ら大麻を(輸入し)獲得するために行なった行為行為である。4の行為は、こそのように認定できるので、WはXの大麻輸入を幇助したというよりは、むしろ大麻輸入の計画を資金面から積極的に提案したと認定できる。
かりに、1・2・3の行為の後、5の行為が行なわれていたならば、Wは、Xの大麻輸入罪の幇助にとどまったのかもしれない。また、4の行為がたんなる資金の提供または貸与であったならば、幇助として認定されるにとどまったかもしれない。
このようにWは、Yを紹介するという行為までは、幇助的な行為にとどまっていたといえても、その後は資金の提供をして、自らも大麻を入手するために関わっているので、この関わり方にWの「正犯意思」がうかがえ、その関わり方が大麻輸入の共謀にあたると判断することができる。共謀共同正犯を認める判例・学説の立場からは、被告人が共謀した大麻輸入につき、Wがの実行行為を行なっていなくても、Y・Zが行なっているので、共同正犯の成立を認めることができる。
このように、一見すると「幇助」に見える行為であっても、その態様、その意図、その見返りとして予定されている事項などを総合的に勘案すると、「共謀」として認定される場合がある。大麻輸入罪の共同実行の事実は、大麻輸入罪の構成要件的行為(実行行為)およびそれに近接した行為であるが、共謀共同正犯を認める通説・判例の立場からは、さらに「その共謀」も含まれ、それは本来的には「幇助」でしかない行為をも包摂するまでに拡散しているといえる。
078共同正犯と幇助犯(2)(福岡地判昭和59・8・30判時1152号182頁)
【事案の概要】
A、B、CおよびDは、Eを殺害して、その覚醒剤を強取することを計画をした(強盗殺人罪の計画)。
しかしその後、計画を変更して、Dは、Eに覚醒剤の取引のあっせんの話を持ちかけて、Eをホテルの一室に呼び出した。Dは、覚醒剤の購入を希望している者が別室で待機しているように装い、Eに売買の話をまとめるためには、現物を見せる必要があると述べ、Eから覚醒剤を受け取って、部屋を出た(この行為自体は財物詐欺罪または窃盗罪にあたる。それは、強盗の実行に着手する前の予備行為と捉えることもできる)。その直後、Cが同室に入って、Eを拳銃で狙撃した。Eは、防弾チョッキを着用していたため、死亡しなかった。被告人は、本件の事案において、Dから指示・命令を受けて、ホテルの客室2部屋を手配した。そして、犯行の当日、覚醒剤の買い手と売り手Eの取り次ぎ役を装い、部屋を出てきたDから覚醒剤を受け取り、搬出・運搬するなどした。
本件は、C・Dと被告人は、分離して審判された。まず、実行犯C・Dは、(覚醒剤=財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯で起訴された。裁判では、DがEから「覚醒剤を受け取って、部屋を出た」行為は、窃盗罪(Eの意思に反する覚醒剤の占有の侵害)または詐欺罪(Eの錯誤に基づく覚醒剤の交付による受領)のいずれかにあたり、CがEを狙撃した行為は、Eに対して覚醒剤を返還すべき義務を免れた(返還義務を免れたことによって、不当に利益を得た)「(利益)強盗殺人未遂」にあたると判断された。そして、前者の詐欺罪ないし窃盗罪と後者の(利益)強盗殺人未遂罪は、包括一罪の関係にあると認定された(最高裁で確定)。
これとは別の裁判において、福岡地裁は、被告人は、C・Dと共同して、(財物)強盗殺人未遂罪の実行共同正犯で起訴されたが、Dの指示・命令により、ホテルの部屋を2室予約するなどし、覚醒剤の買手と売手Eの取次を装い、覚醒剤の運搬・搬入するなどした行為は、その幇助にとどまると判断した。
【裁判所の判断】
被告人は、財物の強取という強盗殺人罪の一部を分担して実行した事実(共同実行の事実)があるが、Dら他の共犯者と共同して本件強盗殺人を遂行しようとする「正犯意思」、すなわち共同実行の意思があった認めることはできないので、(財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯ではなく、その幇助犯が成立するだけである。
【解説】
この事案の判決は興味深く、共同正犯と教唆犯の区別基準を理解するうえで、非常に有益であると思われる。判決は、おおよそ次のようなことを述べている。
被告人は、「Dの指示・命令により、ホテルの部屋を2室予約するなどし、覚せい剤の欠買手と売手Eの取次を装い、覚せい剤の運搬・搬入するなどし」、それが(財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯であるとして起訴されたが、幇助にあたると評価された。
正犯であるC・Dは、分離審判され、窃盗罪ないし詐欺罪と(利益)強盗殺人未遂罪の併合罪とされたが、被告人は、その幇助犯であると認定されたが、罪名は(財物)強盗殺人未遂罪の幇助であった。C・Dは「利益強盗殺人未遂罪」の共同正犯、被告人は「財物強盗殺人未遂罪」の幇助犯である。少し複雑な事案であるので、若干の説明が必要である。
1 まず、DとCが行なった行為について。CとDは、Eから覚せい剤を窃取したのか、それともEを欺いて交付させたのか。前者であれば窃盗罪、後者であれば(財物)詐欺罪が成立する。
2 Eは、窃盗罪または詐欺罪の被害者である。財産犯の被害者は、奪われた物を取り返す権利がある。それを財物の返還請求権といい、民法で認められ、保護されている。ただし、どのような物であっても返還請求できるわけではない。Eが盗まれたのは、所持することが法的に禁止されている覚せい剤である。それでもEに覚せい剤の返還請求権があるのか(不法原因給付物と財産犯の問題)。
3 ここでは、Eに覚せい剤を取り戻す権利があるという前提に立つと、それは「財産上の利益」として刑法で保護される法益と解される。その権利を「殺人未遂」という方法で侵害した場合には、「()利益)強盗殺人未遂罪」が成立する。
4 被告人は、C・Dとは別の裁判にかけられている。D・Cは、覚せい剤を奪うためにEを殺そうとした(財物)強盗殺人未遂罪で起訴された。被告人は、分離された審判において、(財物)強盗殺人未遂の共同正犯として起訴された。
5 被告人の行為態様は、それ自体として見れば、(財物)強盗殺人未遂の共同正犯にあたるように見える。しかし、裁判では、被告人がその行為に及んだ事情、犯罪全体における被告人の位置づけなどを考慮すると、あくまでも補助的な役割を担ったに過ぎないと判断された。
6 被告人は(財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯で起訴されたが、その幇助と認定された。検察官は、C・Dの行為が財物強盗殺人未遂なのか、利益強盗殺人未遂なのかについて、分離審判されていることから、検討する立場にはなかった。
したがって、重要なポイントは「5」における幇助の認定方法である。犯罪の全体の計画や実行過程(全体)のなかに、被告人の行為(個)を位置づけて観察すると、正犯のように見えるだけで、実は幇助犯でしかないことが明らかになる。
080殺人予備罪の共同正犯(最一決昭和37・11・8刑集16巻11号1522頁)
【事実の概要】
Y(男性)は、Z(女性)と不倫関係にあった。YはZの夫・Aが邪魔に思ったので、Zと共同してAを殺害することを計画し、それを友人のXに伝えた。Xは、Yの計画に応えて、青酸ソーダを準備することを約束した。Xは、Bに青酸ソーダを調達するよう依頼し、Bからそれを受け取り、Yに渡した。しかし、YとZは、その青酸ソーダを使用せずに、Aに睡眠薬を飲ませて殺害した。YとZには、A殺人既遂罪の共同正犯が成立する。
では、Xにはどのような犯罪が成立するか。Y・Xが行うA殺人のために青酸ソーダを準備した殺人予備罪が成立するのか。第1審名古屋地裁の判断は、以下の通りであった。
(1.)殺人予備罪とは、基本犯である殺人罪を実現する目的に基づいた準備行為であり、しかもこの殺人目的は、その準備行為を行なう者が自らが有していることを要する(いわゆる自己予備)。他人が持っている殺人の目的を実現するために準備行為(いわゆる他人予備)を行っても、それは殺人予備罪にはあたらない。従って、XがBから青酸ソーダを受け取り、それをYに渡しても、殺人予備罪にあたるとはいえない。
(2)殺人予備罪は、基本犯である殺人罪の構成要件を実行の着手以前の準備行為にまで修正した犯罪の形式である。基本犯の構成要件を修正したものとしては、未遂犯や共犯(教唆・幇助)があるが、修正形式とはいえ、殺人予備罪も処罰される行為である以上、1つの「犯罪」である。殺人予備罪も「犯罪」である以上、それを行う者は正犯(刑法62条1項)であり、殺人予備罪の正犯に対して協力した者には、殺人予備罪の幇助が成立する。YがZの夫Aを殺害する目的で青酸ソーダを調達する行為は殺人予備罪にあたり、それに協力したXには、Yの殺人予備に対する幇助にあたる。
これに対して、被告人が控訴した。控訴審・名古屋高裁の判断は、以下の通りである。
(1)殺人予備罪は、殺人罪の構成要件を修正した形式の犯罪であり、殺人予備罪にも構成要件がある以上、それには構成要件的行為または実行行為がある。共同して殺人予備罪の構成要件該当行為を実行した場合、殺人予備罪の共同正犯が成立する(少なくともY・Zは殺人予備罪の共同正犯)。
(2)かりに、構成要件的行為や実行行為は、殺人罪のような基本犯について観念できるだけであって、構成要件の修正形式である殺人予備罪には観念できないならば、他人が行う殺人予備を共同して実行しても、殺人予備罪の共同正犯は成立しなくなる(Yは殺人予備罪の単独正犯、Zも殺人予備罪の単独正犯)。このような奇妙な結論は不可解であり、殺人予備罪に構成要件や実行行為を観念しえないとする立場は批判されるべきである。
(3)ただし、殺人予備罪の構成要件は、基本犯である殺人罪のそれに比べて、定型性が緩やかであるため、その成立する範囲は広がるため、殺人予備罪の幇助の成立範囲も広がるおそれがある。そういうこともあって、刑法は、他人が行う予備罪に協力した者には、幇助の一般規定を適用して予備罪の幇助の成立を認めるのではなく、「○○予備罪の幇助」という個別の規定を設けている。例えば、内乱予備罪の幇助(刑79)がそれである。こえに対して、「殺人予備罪の幇助」という明示的な規定は設けられていないので、他人が行う殺人予備罪に協力しても、殺人予備罪の幇助として処罰されることはないという意思の現れであると解される。
(4)従って、殺人予備罪の幇助を処罰する明示的な規定がないので、Xには「Yの殺人予備罪」への幇助は成立しない。しかし、Xの意思とその行為を併せて考慮するなら、「殺人予備罪の共同実行」にあたると認定し得る場合には、Xに刑法60条を適用し、殺人予備罪の共同正犯として処罰できる。このように控訴審は判断した。
これに対して弁護人は、共同正犯の規定である刑法60条の「犯罪の実行」とは、殺人罪のような基本犯の構成要件的行為を実行することを意味し、殺人予備罪の修正された構成要件的行為の実行は、それにあたらないので、殺人予備罪の共同実行に刑法60条を適用することはできないと主張した。また、共同正犯にあたるのか、それとも幇助にあたるのかを区別する基準として、最高裁は主観説(正犯意思)を採用している。殺人予備罪とは、自己目的の準備行為であり、他者目的のための準備行為ではない。Xは、Yが殺人を行うために青酸ソーダを準備しただけなので、殺人予備罪の自己目的はなく、正犯意思を認めることはできない。そうすると、Xには殺人予備罪の共同正犯は成立しない。控訴審の判断はこの点について判例に反するとして上告した。
【裁判所の判断】 被告人Xの行為につき殺人予備罪の共同正犯として認定した原判決に誤りはない。
【解説】
予備罪の共同正犯が成立するためには、予備罪の共同実行もまた刑法60条の「共同した犯罪の実行」にあたると解釈できることが前提である。しかし、刑法60条の「犯罪の実行」を、刑法43条の「犯罪の実行」と同じ意味であると解すると、それは構成要件該当行為の共同実行、法益侵害の結果発生の具体的な危険のある行為の共同実行である。予備罪の行為は、そのような行為ではないので、予備罪の共同正犯は認めらない。それでは、予備罪の幇助であれば認められるか。幇助とは正犯を幇助することである。正犯とは犯罪の構成要件該当行為を行なった者のことである。正犯とは殺人罪のような基本犯の構成要件該当行為を行う者のことであり、予備罪は基本犯ではないので、正犯ではない。従って、それを幇助しても、正犯の幇助にはあたらない。このように刑法60条の「犯罪の実行」、「正犯」を厳格に解釈すると、予備罪の共同正犯も、予備罪への幇助も成立しえない。しかし、それは妥当な結論とはいえない。名古屋地裁は、予備罪とは、自ら基本犯を行なう目的で、その準備をすることであって、他人が行なう犯罪を準備しても、予備罪にはあたらないという前提に立って、Xの予備罪の共同正犯の成立を否定した。その上で、予備罪は基本犯の構成要件の修正形式であり、その限りでは構成要件を観念しうるので、予備罪の実行者もまた「正犯」であり、それを幇助すれば、予備罪の幇助として処罰しうると判断し、Xに殺人予備罪の幇助を認めた。これに対して、名古屋高裁は、予備罪は基本犯の構成要件の修正形式であり、その限りでは構成要件を観念しうるので、予備罪の実行者もまた「正犯」であり、それを共同して実行すれば、予備罪の共同正犯になり、Xに殺人予備罪の共同正犯の成立を認めた。地裁の判断に対する批判としては、予備罪の幇助の成立は、内乱予備罪の幇助のような明文規定がある場合に限られ、殺人予備罪の幇助の個別的な規定がない以上、それを認めることはできないと論じ、共同正犯の一般規定(刑60)を適用した。予備罪とは、指摘されているように、自らが基本犯を行なう目的で準備を行なうこと(自己予備)である。この目的を身分(構成的身分)と解して、目的のないXが、Yにその目的があることを知りながら、共同して予備を行なった場合、Xにも殺予備罪の共同正犯が成立することになる(構成的身分犯の共犯に関する刑法65①の「共犯」に共同正犯も含む)。判例の傾向としては、目的のないXがYの目的を知っていたということは、自らもその目的を了解し、未必的にその目的のために準備したと認定できるので、殺人予備罪の共同正犯の成立を認めることができる。これに対して、予備罪とは自己予備であり、目的のない他人には予備罪の共同正犯ではなく、予備罪の共犯しか成立しないと解するならば、殺人予備罪の幇助の成立を認めことができる(刑法65①の「共犯」には狭義の共犯しか含まれないと解する立場から主張可能)。
096共犯関係の解消(1)(最一決平成元・6・26刑集43巻6号567頁)
【事実の概要】
Yの舎弟分であるXは、AをYのところに連れて行き、暴行を加えることを共謀した。Xは、Yと共同してAに暴行を加えた。その後、Xは、「オレ帰る」とだけ言い、現場をそのままにして帰った。Yは、その後もAに暴行を加えた。Aは死亡した。A死亡の原因が、X・Yが共同して行った暴行か、それともXが帰宅した後にYが単独で行った暴行のいずれであるのかは、明らかではなかった。
【争点】
XとYが共同してAに暴行を加え、それによって死亡した場合、傷害致死罪の共同正犯が成立する。Xの暴行が致命傷を与えたのか、Yの暴行に起因して死亡したのかが明らかでなくても、共同して暴行して負傷させ(傷害罪の共同実行)、そこから死亡に至った場合、傷害致死罪の共同正犯が成立する。
本件の事案は複雑である。XとYが共同してAに暴行を加え、それによって負傷させた場合、傷害罪の共同正犯が成立する。その後、Aが死亡したのが、X・Yの共同の暴行によるのか、Xが帰宅した後に行われたYの単独の暴行によるのかが明らかではなかった。X・Yが共同して行った暴行とYが単独で行った暴行を区別することができるならば、X・Yには暴行罪または傷害罪の共同正犯が成立し、さらにYには傷害致死罪の単独正犯が成立する。Yの暴行罪または傷害罪と傷害致死罪は、包括して傷害致死罪の1罪が成立する。
問題は、Xが帰宅した後のYの暴行は、単独の暴行であるといえるのか。Xとは無関係に行われたといえるのか。つまり、Xが「オレ帰る」と言い残して帰宅したことで、Yとの暴行の共同正犯から離脱したとえいるかである。Yとの暴行の共犯関係を解消したといるかである。
共犯からの離脱または共犯関係の解消の問題は、犯罪の実行の着手前後に分けて、その基準が検討されてきた。例えば、暴行罪の実行を共謀した後、離脱の希望する者が、その着手前に、その意思を他の共犯者に表明し、その承諾を得ることで、離脱が認められる。その後、他の共犯者が暴行を行っても、離脱した者には暴行罪の共同正犯は成立しない。これに対して、暴行罪の着手後の場合、離脱の希望する者が、その意思を他の共犯者に表明し、その承諾を得ても、離脱は認められない。他の共犯者が暴行の継続を阻止するなどしなければ、離脱は認められない。他の共犯者が暴行を継続し、被害者を負傷させた場合、全員に傷害罪の共同正犯が成立する。
2人以上の者が、犯罪を共謀することによって、犯罪の実行に向かう心理的な因果性(共同実行の意思)と物理的な因果性(家に連れて行くなどの行為)が生ずる。共犯からの離脱とは、これを解消することによって認められる。暴行の着手前であれば、まだ処罰される行為を行っていないので、家に連れて行くなどして、物理的な因果性を生じさせても、それはまだ可罰的な行為ではない。従って、この因果性を解消することは必要ではない。しかし、暴行の共謀によって、その共同実行の意思が生じているので、この心理的因果性を解消する必要がある。その解消方法は、離脱の意思を他の共犯者に表明し、その承諾を得ることである。暴行の着手後は、被害者の身体の安全や健康被害などの物理的な因果性が生じているので、それを解消しなければならない。そのためには、離脱の承諾だけでなく、他の共犯者の犯行の継続を阻止しなければならない。
【裁判所の判断】
Xが帰った時点では、YはAになお暴行を加えるおそれがあったが、Xはそれを防止する措置を講ずることなく、成り行きにまかせて現場を去ったに過ぎないので、Yとの間の当初の共犯関係が右の時点で解消したということはできない。
【解説】
本件は、2人以上の者が犯罪の実行に着手した後、結果が発生する前の離脱であり、そのなかでも、結果的加重犯の事案である(傷害致死罪、強盗致死傷罪など)。
結果的加重犯は、故意に行なった基本犯から加重結果が発生した場合をいう。基本犯と加重結果の間に因果関係が必要である。XとYが故意にAに暴行を加え、その後、Aが死亡したのであれば、XとYが暴行を共同して行なった以上、Aの死亡がXの暴行に起因するのか、それともYの暴行に起因するのかが明らかでなくても、またXまたはYの暴行に起因することが明らかであっても、XとYに傷害致死罪の共同正犯が成立する。
しかし、本件の事案では、X・Yが共同して暴行を加え(X・Yの共同暴行)、Xが帰宅した後にもYが暴行を継続したため(Yの単独暴行)、Aの死亡がX・Yの共同暴行に起因するのか、それともYの単独暴行に起因するのかが問題になるが、Y単独暴行がXとの「当初の共謀」に基づいたものであるならば、それはXとの共同暴行の継続とみなされ、Xにも傷害致死罪の共同正犯が成立することになる。つまり、Xは「オレ帰る」とだけ言い残して、現場から立ち去っても、Yとの当初の共謀は解消されず、暴行の共同正犯から離脱することはできないということである。
従って、問題は、X帰宅後においても、なおも「当初の共謀」が継続していたか否か、それをどのように判断するかである。Xが帰宅する際に、Yに対して、「オレ帰る」、「それ以上やらないように」と言い残し、Yも明示的に「分かった」と返事をしていたならば、暴行の共謀関係は解消され、その後の暴行はYによって単独で行なわれたものであると認定できる。しかし、本件ではX・Y間において、そのようなやりとりは行なわれなかった。その限りでは、Yの暴行はXとの共謀のうえに行なわれたと評価することもできる。
097共犯関係の解消(2)(最三決平成21・6・30刑集63巻5号475頁)
【事実の概要】
被告人を含む共犯者(A・B・C・D・E・F・G)が住居侵入と強盗を共謀した。A・Bが住居に侵入した後、強盗の実行に着手する前に、見張り役のCが、A・Bに電話をかけて、離脱の意思を一方的に表明し、電話を切った。その後、Cは被告人とDに相談し、その場から立ち去った。A・Bは、侵入した住居からいったん出た後、C、被告人、Dが立ち去ったことを知ったが、E・F・Gと侵入して、強盗を実行した。家人は、その手段行為である暴行によって負傷した(住居侵入罪と強盗致傷罪)。
A、B、E、F、Gに住居侵入罪と強盗致傷罪の共同正犯が成立することは明らかである。では、C、D、被告人はどのように扱われるか。A・Bの住居侵入後に共犯からの離脱が認められれば、住居侵入罪の共同正犯にとどまるが、離脱は認められるか。
【裁判所の判断】
被告人は、共犯者7名と住居に侵入して強盗に及ぶことを共謀したところ、共犯者のA・Bが住居に侵入した後、見張り役のCが電話で、A・Bに、「犯行をやめたほうがよい、先に帰る」などと一方的に伝えただけで、被告人とCらは、それ以降、格別にA・Bの犯行を防止する措置を講ずることなく、待機していた場所から共に離脱したにすぎなかった。A・Bは、そのまま強盗に及んだ。そうすると、被告人が離脱したのは、A・Bが強盗の実行に着手する前であり、たとえ見張り役の上記電話内容を認識した上で離脱していたとしても、またA・Bが住居から出てきて、被告人の離脱を知ったという事情があったとしても、当初の共謀関係が解消したということはできず、その後のA、B、E、F、Gの住居侵入、強盗も当初の共謀に基づいて行われたものと認めるのが相当である。
【解説】
複数人で犯罪を実行することを共謀して、①その実行に着手する前に、あるいは②その実行の着手した後に、そこから離脱することができるか。例えば、X・Y・Z・Vが「強盗罪」の実行を共謀し、その予備を行なった後、①Vが強盗の実行の着手前に離脱の意思を表明し、②そのあとX・Y・Zが強盗の実行の着手後、Zが離脱の意思を表明して立ち去り、その後、残されたX・Yが財物を強取した場合、どのような犯罪が成立するか。X・Yが財物の強取まで行っているので、この2人に強盗既遂罪の共同正犯が成立するのは明らかである。では、V・Zはどうか。このような問題については、強盗の実行の着手の前後に分けて議論される。
1まず、実行の着手前の離脱についてである。X・Y・Z・Vが強盗の共謀後、Vがその実行に着手する前に離脱の意思を表明した場合、他のX・Y・Zがそれを了承することによって、Vの離脱が認められ、強盗の共謀が解消される=強盗の共謀から離脱できる。ただし、VはX・Y・Zと強盗の予備を行なっているので、強盗予備罪の共同正犯が成立する。予備後に自己の意思により実行の着手を中止したと言えるなら、予備罪に中止未遂の規定を「準用」して、その刑を減軽・免除できる。
2次に、実行の着手後の離脱についてである。Vの離脱後、X・Y・Zが強盗の実行に着手し、Zが離脱の意思を表明した場合、他のX・Yがそれを了承するだけでは、Zの離脱は認められない。Zは、X・Yの犯行の継続を防止するなどの措置をとらなければならない。
ようするに、共犯関係の解消または共犯からの離脱の要件は、着手前の段階においては、離脱の意思表明と他の共同正犯者による了承、さらに着手後の段階においては、それに加えて、他の共謀者の犯行の継続の防止が必要である。これが、これまでの学説・判例の立場である。
では、本件の事案について考察すると、A・B・C・D・E・F・Gと被告人が強盗を共謀し、A・Bが住居に侵入したが、母屋に入れない状況において、Cが離脱の意思を表明し、その後、Dと被告人と現場を立ち去った。住居から出てきたA・Bは、C・D・被告人がいないことを知り、その後、E・F・Gとともに住居に入って、家人を負傷させ、財物を奪った。この事案について、A・B・E・F・Gに強盗致傷罪の共同正犯が成立することは明らかであるが、C・Dと被告人についてはどうか。被告人らが現場から立ち去ったのは、A・Bが住居侵入し、強盗の実行に着手する前であった。したがって、本件では被告人らに住居侵入の共同正犯が成立するが、強盗の実行の着手前であったので、被告人らが強盗罪の共犯から離脱するためには、A・Bらが被告人らの離脱の意思を了承することによって認められることになる。
しかし、本決定は、着手前の離脱の事案であるにもかかわらず、「見張り役のCが電話で、A・Bに、『犯行をやめたほうがよい、先に帰る』などと一方的に伝えただけで、被告人とCらは、それ以降、格別にA・Bの犯行を防止する措置を講ずることなく、待機していた場所から共に離脱したにすぎなかった」と述べ、「そうすると」と続けて、「被告人が離脱したのは、A・Bが強盗の実行に着手する前であり、たとえ見張り役の上記電話内容を認識した上で離脱していたとしても、またA・Bが住居から出てきて、被告人の離脱を知ったという事情があったとしても、当初の共謀関係が解消したということはできず、その後のA・B、E・F・Gの住居侵入、強盗も当初の共謀に基づいて行われたものと認めるのが相当である」と述べている。これは、本件の事案が着手後の事案なのか、それとも着手前の事案なのか、やや不明である。この決定をどのように理解すればよいのだろうか。この決定の箇所で、犯行の継続の防止に言及されているのは、単に事実関係を踏まえただけであり、最高裁も着手前の離脱の事案であると理解していると解することもできる。
また、本件の事案は、実行の着手前の離脱の事案ではあるが、強盗罪と牽連判の関係にある住居侵入が行なわれ、強盗の実行の着手まで時間的・場所的に近接した状況にあったので、財物強取の現実的な危険性が高まっており、そのために従来の着手前の離脱の典型的な類型とは異なる事案であると理解していると見ることもできる。
098共犯関係の解消(3)(最三判平成6・12・6刑集48巻8号509頁)
【事実関係】
被告人Xは、Aと口論となり、Aが仲間のBの髪をつかむなどしたため、友人のY、Z、Wと共同してAに暴行を加えた(反撃行為)。Aは、Bの髪を放したが、Xらに悪態をつき、応戦する姿勢を見せ、場所を移動した。XらはAの後を追いかけた。YとZは、応戦の姿勢を崩さないAに手拳で襲いかかろうとしたが、いずれもWによって制止された。その直後、YがAの顔面を殴打し、Aは加療7ヵ月半を要する傷害を負った(追撃行為)。その間、Xは、自ら暴行に加わることはなかったが、YとZの暴行を制止したわけでもなかった。
原審の判断
AがBの髪の毛を放すに至るまでの間、XらはAに対して暴行を行ない(反撃行為)、その後Y・ZはAに暴行を行ない、傷害を負わせた(追撃行為)。Xが行なった反撃行為は、正当防衛であるが、Y・Zが行なった追撃行為は、それと一連一体のものとして行なわれたものであるので、それによって生じた傷害について、X・Y・Zには傷害罪の共同正犯であり、それに過剰防衛(刑36②)が適用される(量的過剰)。
【争点】
X・Y・Z・WがAに対して共同して行った暴行は暴行罪の構成要件に該当するが、Bを救出するためにやむを得ず行ったもので(反撃行為)、正当防衛にあたり、暴行罪の違法性が阻却される。
その後、Y・Zが、Aに対して共同して暴行した行為(追撃行為)により、Aは傷害を負った。
反撃行為と追撃行為は、時間的・場所的に近接した関係において行われているので、反撃行為と痛撃行為は一連・一体の行為であり、Y・Zには傷害罪の共同正犯にが成立し、それには(量的)過剰防衛が成立する。
では、X(やW)にも傷害罪の共同正犯が成立し、過剰防衛にあたるのか。それとも、X(やW)は追撃行為を行うことを共謀しておらず、追撃行為を共同して実行していないので、傷害罪の共同正犯は成立せず、したがって過剰防衛にもあたらないのか。
【裁判所の判断】
被告人らの本件行為を、AがBの髪の毛を放すに至るまでの行為(反撃行為)と、その後の行為(追撃行為)とに分けて考察しなければならない。被告人に関しては、反撃行為については正当防衛が成立するが、追撃行為については、Y・Zとの間で共謀に基づいて行なわれたものとは認められない。従って、Xにとっては、反撃行為と追撃行為を一連一体のものとして総合評価することはできない。それゆえ、Xは追撃行為には関与していないので、傷害罪の共同正犯は成立しない。
【解説】
原審の判断は、X・Y・Z(・W)が、AのBに対する侵害を排除するために反撃行為を行い、Aの急迫不性の侵害が終了した後も、それを継続して行ない、負傷を負わせた「量的過剰」の事案として捉えている。単独の行為者による量的過剰の場合、追撃行為は、急迫不正の侵害の終了後、反撃行為と時間的・場所的に近接した関係において行なわれ、客観的に行為態様が共通し、また主観的にも同一の意思決定に基づいて行なわれているので、追撃行為と反撃行為との一連性・一体性を認め、過剰防衛として認定することができる。原審は、このような単独の行為者による量的過剰の判断方法を、本件の共同正犯にも適用したものと思われる。
しかし、最高裁は、このような判断方法を適用しなかった。Xら4人がAに対して反撃行為を共同して行ない、急迫不正の侵害の終了した後、なおも他の共同正犯者が追撃行為を継続して行なった場合、反撃行為と追撃行為が時間的・場所的に近接し、客観的に行為態様が共通していても、追撃行為は、共同実行の意思に基づいていたとはいえないからである。4人による正当防衛は終了し、その意思は一旦は終息しているので、追撃行為について「新たな共謀」が形成されていなければ、傷害罪の過剰防衛の共同正犯は成立しない。最高裁は、このように考えているようである。
4人は、防衛の意思に基づいて、Aに対して共同して反撃行為を行ない、その後、Y・ZはAに対して共同して追撃行為を行なっているが、Xには追撃行為の意思はなかったので、4人よる反撃行為とY・Zによる追撃行為は、異なる意思に基づいて行なわれたものであって、一連・一体の関係にはない。従って、Xの罪責としては、Y・Z・Wと共同して行なった暴行は、AによるBへの侵害を排除するための防衛行為である。
防衛の意思に基づいて行われた反撃行為とその後の追撃行為とが、時間的・場所的に近接して行なわれ、客観的に行為態様が共通しているにもかかわらず、この2つの行為を侵害終了前後で区別して考察しているのは何故か。94の判例の場合、A・Bらの強盗は、被告人らとの「当初の共謀」に基づく行為として一体的に捉えられている。95の判例でも、被告人Xが帰宅した後のY単独の行為も「当初の共謀」に基づく行為として一体的に捉えられている。それにもかかわらず、本件については、侵害終了前後で2つの行為に分けて捉えられている。それは何故か。それは、反撃行為は防衛の意思に基づいて行なわれ、その後の追撃行為は防衛の意思に基づいて行なわれていないので、この2つの行為は内容的・性質的にも異なる行為であると理解されているからである。それゆえ、2つの行為には一連性・一体性が否定されているものと思われる。
097共犯からの離脱と中止犯(最二判昭和24・12・17刑集3巻12号2028頁)
【事案の概要】
XとYは、共謀して強盗の実行に着手したが、Xは自らの意思でその継続を中止することにし、Yに対して、「帰ろう」と言って、立ち去るよう勧告して、1人で外に出た。Yはその勧告を受け入れ、いったんは手にした金銭を元の場所に戻したが、再びそれをポケットに入れ、Xが外に出た3分後に出て、2人で帰った。
原審は、X・Yに強盗既遂罪の共同正犯の成立を認め、Xに懲役3年の実刑判決を言い渡した。これに対して、弁護人は、Xには刑法43条但書の中止未遂の規定を適用すべきであると主張して、上告した。
【裁判所の判断】
Xは、Yの金銭強取を阻止せずに放任し、既遂に至っている以上、中止未遂の規定を適用することはできない。
【解説】
1共犯と中止の関係
共犯と中止犯の問題は、次のように考えなければならない。共犯からの離脱または共犯関係の解消が認められたうえで(離脱者は未遂罪の共同正犯)、離脱した者が自己の意思により犯罪を中止したと認定される場合に、その未遂罪の中止未遂の規定が適用される。
2共犯からの離脱または共犯関係の解消
共犯からの離脱は、犯罪の実行の着手の前後に分けて考えられる。
着手前の離脱
XとYが、強盗を共謀し、その準備をした後、その実行の着手前に、Xが離脱するためには、
XがYに離脱の意思を表示し、それがYによって了承された場合に、Xには離脱が認められ、それまでの行為(強盗予備罪の共同正犯)について責任を負うだけである。
着手後の離脱
強盗の実行の着手後の離脱の要件は、XがYに離脱の意思を表示し、それがYによって了承され、さらにXがYの犯行の継続を阻止すれば、Xには(Yにも)、強盗未遂の共同正犯が成立するだけである。一旦成立した強盗予備罪の共同正犯は、その後着手によって成立した強盗未遂罪の共同正犯に級数されて、強盗未遂罪の共同正犯が成立するだけである。
3実行の着手後の未遂に対する中止未遂の規定の適用の要件
犯罪の実行に着手した後、これを遂げなかった場合、未遂が成立するが、それが自己の意思に基づく犯罪の中止による場合、中止未遂として、その刑を減軽または免除される。
強盗の実行に着手した後、Xが自己の意思により犯罪の中止を決意し、それをYに表示し、Yがそれを了承し、さらにXがYの犯行の継続を阻止した場合、の強盗未遂に中止未遂の規定を適用することができる。Xの強盗未遂の刑は、必要的に減軽または免除される(Yの強盗未遂は強盗の「障碍未遂」なので、任意的に減軽されるだけである)。
4実行の着手前の予備に対する中止未遂の規定の準用の可能性
中止未遂は、実行に着手した後に適用される規定なので、実行の着手前に離脱したXに対して、中止未遂の規定を「適用」することはできない。Xには強盗予備罪が成立するだけであり、その刑は減軽・免除されない。
5着手後の強盗未遂に中止未遂の規定が適用され、刑が免除される可能性があるのに、着手前の強盗予備に中止未遂の規定が適用されないため、刑が減軽・免除されない。これをどう考えるべきか。
強盗の実行に着手した後の強盗未遂に中止未遂の規定が適用される場合、その刑は減免されるが、着手することを自己の意思で中止しても、強盗予備の刑は減軽・免除されない。それはアンバランスなのではないか。
実行の着手前の離脱は、着手後の離脱よりも、違法性が低く、また非難可能性も低い。着手後の未遂に中止未遂の規定が適用され、刑が免除されるにもかかわらず、着手前の予備の刑が減軽・免除されないのは、やはりアンバランスな感は否めない。このアンバランスを解消するためには、犯罪の予備後、自己の意思に基づいて、犯罪の実行に着手するのを中止した場合、予備罪に中止未遂の規定を「準用」することが考えられる。
この問題は、殺人予備罪、放火予備罪と強盗予備罪とを比べると明らかになる。殺人予備罪や放火予備罪は、条文に「情状」により、その刑を免除することができると規定されている。予備行為を行ったが、自己の意思により着手を中止したことが、この「情状」にあたると解されるならば、予備罪の刑を免除することができる。しかし、強盗予備罪には、この「情状」による刑の免除が条文上規定されていないため、強盗の予備を行った後、実行に着手することを自己の意思により中止しても、条文上、刑の免除は認められない。このアンバランスを解消するためには、強盗予備後、実行に着手することを自己の意思により中止した場合に、刑法43条但書を被告人に有利な方向で適用(=準用)することが必要である。
099必要的共犯(最三判昭和43・12・24刑集22巻13号1625頁)
【事案の概要】
被告人X・Yは、弁護士資格を持たないZに依頼して、法律事件の示談交渉をさせ、その報酬をZに支払った
第1審静岡地裁沼津支部は、X・Yに弁護士法違反の行為の教唆の成立を認めた。原審東京高裁も、この判断を是認した。
【裁判所の判断】
弁護士法72条は、弁護士の資格を持たない者が、報酬を得る目的で、一般の法律事務を取り扱うことを禁止し、それに違反する行為(非弁行為)を同77条で処罰する規定を設けている。ただし、弁護士資格を持たない者が、自分の法律事務を、自分で取り扱うことまで禁止してはいない。つまり、弁護士法が禁止している非弁行為とは、弁護士資格を持たない者が他人の法律事務を取り扱う行為であると解釈すべきである。従って、弁護士法が禁止する非弁行為の典型的な行為は、法律事務の解決を求めている者が存在し、その者が弁護士資格を持たない者に依頼して、問題を解決させ、それに対する対価として報酬を与える行為であると解される。
このような非弁行為は、論理的に考えて、1人で行うことはできない。法律事務の取扱を依頼する者の存在が必要である。この者の依頼がなければ、非弁行為は行われない。したがって、非弁行為の前提には、法律事務を依頼する者と弁護士資格を持たない者の存在が必要である。この場合、依頼者は、弁護士資格を持たない者をそそのかして非弁行為を行わせたので、非弁行為の教唆にあたるといえる。弁護士法は、弁護士ではない者の行為を非弁行為として処罰する規定を設けているが、その依頼者を処罰する規定を設けていない。それはなぜか。非弁行為の依頼には、刑法61条が適用され、非弁行為の教唆が成立するので、個別の処罰規定を設ける必要はないと考えられているからなのか。それとも、非弁行為の教唆として処罰する必要がないので、あえて個別の処罰規定を設けなかったのか。弁護士法が、非弁行為の依頼を処罰する規定を設けなかったのは、処罰を控えたことを意味する。そうである以上、弁護士法上(特別刑法)、非弁行為の教唆という不処罰の行為に、刑法61条(一般刑法)を適用して、教唆として処罰するのは、弁護士法の意図するところと矛盾すると言わなければならない(また、特別法は一般法よりも優先して適用されるいう考え方からも、原々審と原審の判断には問題がある)。
【解説】
犯罪は、一般に一方が他方に対して一方的に行うことを想定して規定されている。それを複数人で行なう場合が共同正犯または共犯である。一人で行うか、複数人で行うかは、任意に決めることができる。したがって、これを「任意的共同正犯」または「任意的共犯」と呼ぶことができる。
これに対して、ある犯罪が成立するために、複数人の関与が必要不可欠な場合がある。これを必要的共同正犯または必要的共犯という。学説・判例では、一般に両者を総合して「必要的共犯」と呼んでいる。例えば、騒擾罪、多衆不解散罪、凶器準備集合罪などがその典型である(集団犯)。この罪は、すでに複数人による実行が法定されているので、複数の関与者について「凶器準備集合罪の共同正犯」というような表現をする必要はない。さらに、重婚罪、贈賄罪・収賄罪のように対向関係にある行為者によって行なわれる犯罪も同じである(対向犯)。これについては、同一の罰条が適用されるもの、個別の別条が設けられているものに分かれるが、対向関係にある両当事者とも処罰される。
しかし、対向関係にある行為者のすべてが処罰されるとは限らない。対抗関係にある一方の当事者は処罰されても、他方の当事者は処罰されない場合もある(対向犯における片面的対向犯)。例えば、わいせつ文書頒布罪がそうである。わいせつ文書を頒布した者は処罰されるが、それを受け取った者は処罰されない。頒布行為は、受取行為があって成立する行為であるが、刑法は頒布行為のみを処罰するだけで、受取行為を処罰しない。刑法は、わいせつ文書頒布罪に関して、頒布行為を処罰するが、その受取行為は処罰の理由にはできないと考えているようである。
ここで問題になるのは、受取行為を行った者を。頒布行為の教唆・幇助として処罰することができるかという点である。XがYに対してわいせつ文書を頒布するよう依頼し、Yがそれに応えて頒布した場合、受け取った者を依頼したことを理由に、Xを頒布罪の教唆として処罰することができるか。この種の問題は、例えば、XがYに自殺の方法を教えてくれと依頼し、YがそれXに教え、Xが自殺した場合、Yには自殺幇助罪が成立するが、Xに自殺幇助罪の教唆が成立するかという問題もある。同じように、嘱託殺人の被害者に嘱託殺人罪の教唆が成立するかという問題に広がっていく。そして、弁護士法違反の非弁行為を依頼した者に非弁行為の教唆が成立するのかという問題に行き着く。
結論的に言えば、片面的対向犯に関して、処罰規定が設けられていない者を、処罰される者に対する共犯として処罰するのは妥当ではない。というのは、対向犯のうち処罰されないのは、その者が被害者の側にいるため、違法性・有責性が認められないからである。例えば、わいせつ文書頒布罪の法益は、社会の健全な性的秩序であるが、その法益の担い手は、我々一人一人である。わいせつ文書が頒布されることによって、我々一人一人の法益が侵害されるのである。そのような文書を頒布することによって、それを受け取る社会の側が被害を受けるのである。従って、わいせつ文書が見たくて、その頒布を依頼しても、頒布罪の教唆にあたる違法性や有責性があるとはいえない。ただし、通常想定される頒布の依頼の程度を超えた依頼が行われた場合には、もはや依頼者は被害の側にいるとはいえないので、教唆の成立が認められる場合もある(小学校の児童に頒布するよう依頼したような場合)。
弁護士法違反の行為についても、有資格者による法律事務の適正な扱いのための法制度を侵害する者(非弁行為者)が存在するから、それに頼ろうとする者が出てくるのである(通常の弁護士報酬が払えないとか、依頼したことが弁護士に知られると不利益になるなどの理由がありうる)。ただし、Xが非弁行為者Yに依頼するというのではなく、ZがXを唆して、Yに依頼させるよう仕向けたような場合には、、通常想定される非弁行為の依頼の程度を超えているので、弁護士法違反の非弁行為の教唆が成立する。非弁行為の教唆は、このような場合にだけ成立すると解すべきである。