第15週(2015年07月21日) 罪数論と量刑論
(1)罪数論・総論
行為者が行なった行為が、1個の罪にあたるのか、それとも数個の罪にあたるのか。このような行なわれた行為の罪の個数を判断する基準を考察するのは「罪数論」の課題です。その行為や罪に対して、どのような刑が科されるのか、その種類と量を判断する基準を提考察するのが「量刑論」の課題です。罪数と量刑は、不可分一体の問題です。
成立する罪の個数が多ければ、量刑の判断も厳しくなります。行為者が行なった行為が、何罪の構成要件に該当するのか、違法性が阻却されないのか、責任が問えるのか、といった問題について検討した上で、犯罪が成立すると判断された後でも、なおも行為者の関心は、その犯罪にどれほどの刑が科されるのかという問題です。犯罪の個数の問題とあわせて非常に重要なテーマであるといえます。
1犯罪の個数
犯罪の個数を決定する基準として相応しいのは、どのような基準でしょうか。行為者の意思決定の回数をもとにして決定すべきでしょうか。それとも、行為者が行なった行為の回数でしょうか。さらには、行為者が惹起した法益侵害の数を基準とすべきでしょうか。あるいは、行為に対して構成要件該当性判断が成立する回数でしょうか。
犯罪の個数と一言で言っても、その数え方は様々ありうると思います。構成要件論を基礎に据えた刑法の罪数論としては、行為に対して成立する構成要件該当性判断の数が犯罪の個数を算定する基準として重要な意味を持っています。
例えば、AがXに向けて発砲したが、弾丸はYに命中したとします(具体的事実の錯誤における方法の錯誤)。Aは「Xを殺害する1個の意思」に基づいて、銃の引き金を1回引く行為を行ないました。しかし、法益に対する作用としては、2個の事実が、つまりXに対する殺人未遂罪の構成要件とYに対する殺人既遂罪の構成要件に該当する事実が生じています(法定的符合説と数故意犯説)。これら2つの罪は、どのような関係に立つかというと、それは「観念的競合」です(刑54条前段)。1個の行為が行なわれ、2個の罪が生じています。刑法によれば、罪の個数は、行為者の意思決定の回数や行なわれた行為の回数ではなく、あくまでも構成要件該当性の判断が成立する個数を基準にして判断されています。
2罪数の形態
犯罪の個数の形態には、次のものがあります。
・単純一罪
「1個の行為」が行なわれ、「1個の構成要件該当事実」が認定され、それが「1個の罪」として算定される場合です。拳銃の引き金を1回引き、その弾丸がXに命中し、死亡した場合、1個の行為が殺人罪の構成要件に該当し、1個の殺人罪が成立します。これは、犯罪の最も基礎的な形態です。
・包括一罪
「数個の行為」が行なわれ、「数個の構成要件該当事実」が認定されますが、「1個の構成要件該当事実」にまとめられ、「1個の犯罪」として算定される場合です。例えば、AがXの倉庫から、1時間のあいだに、テレビ、冷蔵庫、洗濯機を盗んだ場合、3個の窃盗が行なわれていますが、「1個の構成要件該当事実」にまとめられ、1個の窃盗罪が成立します。数個の行為が行なわれ、数個の構成要件該当事実が認定することもできますが、時間的・場所的に近接して行なわれていますし、行為客体が同一であり、被害法益も同一であり、行為者の意思決定も1回であることから、1個の構成要件該当事実・1個の罪にまとめられます。
・科刑上一罪(刑54)
これには行為が1個の場合と数個の場合の2種類があります。
「1個の行為」が行なわれ、それによって「数個の構成要件該当事実」が認定され、「数個の罪」が成立するにもかかわらず、刑を科す上では、最も重い罪(1個の罪)を基準にして、その「最も重い刑」によって処断される場合です。これを「観念的競合」といいます。最も重い刑とは、複数の犯罪の法定刑の上限と下限の重い方を採用して、処断刑を確定するという意味です
「数個の行為」が行なわれ、それら手段行為と結果行為の関係にあり、それぞれ別の犯罪構成要件に該当するため、「数個の構成要件該当事実」が認定され、「数個の罪」が成立するにもかかわらず、そのうちの最も重い罪を基準にして、その「最も重い刑」によって処断する場合です。これを「牽連犯」といいます。例えば、住居に侵入して、窃盗を行なう場合です。
・併合罪(刑45)
「数個の行為」が行なわれ、「数個の構成要件該当事実」が認定され、「数個の罪」が算定されるが、それらの裁判が確定していないため、別々の裁判ではなく、1つの裁判で同時に審判することができる場合には、それらを併合審理することができる場合です。言い渡される刑が、死刑の場合(46①)、無期懲役・禁錮の場合(46②)、有期懲役・禁錮の場合(47)、量刑判断の方法が詳細に規定されています。
例えば、4月に東京でA罪を行ない、5月に名古屋でB罪を行ない、6月に京都でC罪を行ない、7月に大阪でD罪を行なって、逮捕されたとします。4つの犯罪はどれも裁判にかけられていないので、まとめて裁判にかけます。その場合、そのなかでも最も重い罪を加重して処罰することになりますが、死刑や無期刑を科す場合は、方法が定められています(46)。最も重い罪を加重して有期刑を科す場合は、その罪の法定刑の長期に2分の1を加えたものが処断刑の長期になります(47)。また、諸般の事情から、D罪だけが先に裁判にかけられ、有罪判決が出された後、A罪・B罪・C罪(余罪)が裁判にかけられた場合の量刑の方法については、特別の方法があります(50、51)。
・単純数罪
「数個の行為」が行われ、「数個の構成要件該当事実」が認定され、「数個の罪」として算定され、「数個の罰」が言い渡される場合です(主文は数個)。これは、犯罪の最も基礎的な形態(単純一罪)の複数形態です。併合罪と似ていますが、その違いは、例えば4月に東京でA罪を行ない、5月に名古屋でB罪を行ない、5月にB罪で裁判にかけられ、有罪が出され、その執行猶予中の6月に京都でC罪を行ない、7月に大阪でD罪を行なって、逮捕された場合、5月の裁判前のA罪とその後のC罪・D罪は、併合罪ではなく、数罪として扱われます(C罪とD罪の関係については併合罪です)。これらの罪は、同じ裁判で審理されますが、A罪の判決とC罪・D罪の判決は別に出されます。
(2)犯罪の一罪性
一罪には、法条競合、包括一罪、科刑上一罪があります。
1法条競合
「1個の行為」が行なわれ、それによって「1個の法益侵害」が惹起され、「1個の構成要件該当事実」が認定された場合、成立するのは「1個の罪」です。しかし、その「1個の行為」に対して、条文の構成や意味内容などから、「複数の条文」が適用でき、「数個の罪」が成立しうるように見えることがあります。このような場合を法条競合といいます。これには、特別関係、補充関係、択一関係があります。
・特別関係
2つの罰条が「一般規定」と「特別規定」の関係にある場合です。例えば、単純遺棄罪と保護責任者遺棄罪、単純横領罪と業務上横領罪のように基本類型と加重類型の関係、または殺人罪と同意殺意罪のように基本類型と減軽類型の関係にある場合です。この場合、「特別法は一般法に優先する」の考えから、特別規定が優先的に適用されます。
・補充関係
一方の罰条が他方の罰条を「補充」する関係にある場合です。例えば、108条は現住建造物等放火罪を、109条は非現住建造物等放火罪を定め、110条は「前2条に規定する物以外の物」の放火罪として「現住建造物等以外放火罪」を定めています。つまり、110条の建造物等以外放火罪は、108条の現住建造物放火罪、109条の非現住建造物放火罪が適用されない領域を補充しています。この場合、現住建造物・非現住建造物の放火には110条は適用されず、また建造物等以外の物に対する放火には108条・109条は適用されません。この場合、「基本法は補充法に優先する」の考えが適用され、まず焼損された客体が現住建造物・非現住建造物か否かを判断して、それにあたらない場合に建造物等以外の物への放火の成否が判断されます。また、刑法の強制わいせつ罪と迷惑行為防止条例の迷惑行為の関係もまた「補充関係」にあります。
・択一関係
一方の罰条と他方の罰条とが「択一的」な関係にある場合です。例えば、未成年者を営利目的で誘拐した場合、未成年者誘拐罪と営利目的誘拐罪のいずれも適用が可能です。しかし、この場合でも1個の条文しか適用できず、法定刑の重い罪にあたると判断されます。軽犯罪法の貼り札の罪と屋外広告物条例の関係もまた「択一的関係」である。
2包括一罪
「数個の行為」が行なわれ、「数個の法益侵害」が惹起され、「数個の構成要件該当事実」が認定できるにもかかわらず、それらを包括的に評価して、1個の罰条の適用によって処理される場合です。数個の行為が行なわれ、数個の構成要件該当事実が認定されるので「単純一罪」ではなく、「数罪」なのですが、刑を科す上で1罪として扱われます。その意味では(後で説明します)「科刑上一罪」の性質に近いといえます。
数個の罪を包括して1罪として扱う理由は何でしょうか。それは(ここが科刑上一罪と異なるところなのですが)、「侵害法益の一体性」と「行為の一体性」にあります。複数の法益侵害に一体性が認められるがゆえに、その違法性が実質的に減少するからです。また、数個の行為に一体性が認められるがゆえに、その有責性が減少するからです。このように解されています。このような法益侵害と行為の一体性が、包括一罪の一罪性の根拠です。
この一体性には、同一の客体に対して、同種の法益を侵害した数個の行為を包括して一罪とする「狭義の包括一罪」(包括一罪は多くの場合、これを指します)と、同一の客体に対して、異種の法益を侵害した数個の行為を包括して一罪とする「混合的包括一罪」があります。さらに、同一の客体に対して、複数の法益を侵害した行為のうち、重い法益侵害行為が軽い法益侵害行為を吸収する「吸収一罪」があります。
・狭義の包括一罪
1個の行為によって、同一の客体の同種の法益を侵害した複数の行為を包括して一罪とする場合です。例えば、角材を用いて一人の被害者を殴打し、その身体に複数の傷を負わせた場合、複数の傷害罪は包括して一罪となります。一人の被害者の複数の器物を損壊した場合も、包括して一罪の器物損壊罪となります。
時間的・場所的に接続した関係において行なわれた数個の行為の場合を「接続犯」といいます。例えば、数個の「接続」した行為によって、一人の客体に対して、同種の法益を侵害する行為を複数回行なった場合です。例えば、倉庫から短時間のうちに荷物を数回に分けて運び出した場合、犯行の場所が同じで、犯行の時間帯も近接し、被害者が同一の人物であったことから、窃盗罪の包括一罪になります(最判昭和24・7・23刑集3巻8号1373頁)。一人の被害者を立て続けに数回殴り、数個の傷害を負わせた場合、行為の時間的・場所的な接着性と法益主体の単一性を理由に、包括して一罪の傷害罪として扱われます。
このように複数の法益侵害行為が時間的・場所的に接続している場合に包括一罪として扱うのは分かりますが、行為の場所と時間帯が異なり、法益主体も異なれば、包括一罪にはならないのでしょうか。犯罪には、同じ行為が複数回繰り返して行なわれ、その被害者も異なることが想定されているものがあります。しかも、時間と場所も接続していることも要件ではありません。このような場合、包括一罪として扱うことができるのではないでしょうか。例えば、常習犯や営業犯がその典型です。常習犯の典型には、常習賭博罪や常習窃盗罪(盗犯等防止法)などがあります。それらは、異なる時間帯に異なる場所で数回行なわれても、包括して一罪の常習犯として扱われます(常習賭博罪について、最判昭和26・4・10刑集5巻5号825頁)。わいせつ文書頒布罪についても、頒布が「販売行為」のような「営業」の形態において行なわれる場合には、繰り返し行なわれることが想定されているため、わいせつ文書を複数回にわたって異なる相手に頒布しても、わいせつ文書頒布罪の包括一罪が成立すると解されています(大判昭和10・11・11刑集14巻1165頁)。
常習賭博罪における「常習性」は、「ギャンブル依存性」という行為者の性格的な特性です。常習賭博罪が行為者の「1個の特性」の発露として行なわれ、それによって侵害される法益も社会の健全な労働規範という「1個」の法益なので、常習者が1回しか賭博行為を行なっていなくても、常習賭博罪が成立し、それを複数回にわたって行なわれていても、常習賭博罪は包括一罪になります。わいせつ文書の頒布の場合、それによって侵害されるのは健全な性道徳という「1個」の社会的法益です。この法益は、わいせつ文書が「営業」の形態において繰り返し販売されることによって侵害されます。このような法益主体の単一性とその法益内容の単一性、販売行為の営業性(反復継続性)を考慮に入れると、複数回にわたって、わいせつ文書が頒布されても、わいせつ文書頒布罪は包括一罪になります(そのように解すると、1回限りの販売行為ではその法益は侵害されない場合もでてきます)。
以上のように、包括一罪の包括性の根拠は、一般的に「侵害法益の一体性」と「行為の一体性」にあり、狭義の包括一罪の場合は、行為者の常習性や行為の営業性、法益主体と法益内容の単一性にあります。従って、銀行などの金融機関しかできない融資を無許可の金融業者が、複数回にわたって行なった場合、出資法違反の罪が複数個成立しますが、その行為にも営業性が認められ、行為の一体性が認められるので、包括一罪のようにも見えます。しかし、被害を受ける法益主体は個々人であり、その法益侵害は契約者毎に算定されるので、一体性・単一性は認められません。出資法違反は包括一罪にはなりません(最判昭和53・7・7刑集32巻5号1011頁)。
・吸収一罪
1個の行為によって、複数の法益が侵害されたが、その法益侵害の中に内容的な差があり、主たる重い法益侵害が、従たる軽い法益侵害を「吸収」する場合です。例えば、人を殺害する場合、被害者を負傷させたり、その衣服を損壊するなどの行為が伴います。随伴する傷害罪や器物損壊罪が、殺人罪とは別に処罰されるのかというと、そのようなことはありません。それは、殺人罪の法定刑を定める際に、そのような行為が随伴して行なわれることが考慮に入れられているので、あらためて処罰されません。傷害罪や器物損壊罪は、殺人罪に吸収されて、その量刑に反映されることによって、実質的に処罰されると解されます。その例として、共罰的事前行為と共罰的事後行為を見ておきます。
同一の客体・法益に向けられた複数の行為が、手段・目的の関係、原因・結果の関係に立つ場合、手段・原因も犯罪にあたり、目的・結果も犯罪にあたりますが、手段・原因として行なわれた犯罪が、目的・結果として行なわれた犯罪の刑に吸収される場合を「共罰的事前行為」といいます(事前の行為は、事後の行為と共に罰せられる)。目的・結果として行なわれた犯罪が、手段・原因として行なわれた犯罪の刑に吸収される場合を「共罰的事後行為」といいます(事後の行為は、事前行為と共に罰せられる)。
共罰的事前行為の例としては、既遂罪・未遂罪に対する予備罪があります。殺人予備を行ない、実行に着手すれば、少なくとも殺人未遂として処罰されます。事前行為としての殺人予備罪は、殺人の実行に着手する前にすでに成立しているので、それを単独で処罰することも可能ですが、予備行為が向けられた客体と法益は、その後に展開される殺人罪の客体と法益と同じでなので、事前に行なわれた予備罪の法益侵害性・危険性は、事後に行なわれた殺人既遂・殺人未遂の法益侵害性・危険性として実現しているので、殺人予備は殺人既遂・未遂の刑に吸収され、それと共に処罰されます。また、収賄罪における賄賂の収受に対する要求・約束も共罰的事前行為です。収賄罪が公務員側のイニシアチブで行なわれる場合、まず賄賂の要求から始まって、相手側との間で合意が形成され(約束)、そして実際に賄賂を収受することで完成しますが、事前行為としての要求罪は約束罪の刑に吸収され、また約束罪は収受罪の刑に吸収されることによって、それと共に処罰されます。
共罰的事後行為の例としては、窃盗後の器物損壊罪のような場合です。器物損壊罪は、窃盗罪の刑に吸収されます。例えば、自転車の窃盗を行ない、欲しい部品だけを取り出し、残りは解体して、鉄くずにして処分するような行為は、窃盗罪とは別に器物損壊罪にあたりますが、窃盗罪によって惹起された法益侵害は、所有権侵害または占有侵害であり、他人の財物を窃取する行為によって侵害されます。窃盗後に財物を毀損することによって、形式的には器物損壊罪が成立しますが、その法益侵害性はすでに窃盗罪の法益侵害に吸収されて評価すれば足ります。
3科刑上一罪(54)
科刑上一罪は、刑法54条に規定されています。「1個の行為が2個以上の罪名に触れる」場合を「観念的競合」といい、「犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪明に触れる」場合を「牽連犯」といいます。いずれも、「その最も重い刑により処断する」とされています。この「最も重い刑」とは、成立する犯罪の法定刑の上限と下限について、最も重い刑のことです。
狭義の包括一罪における接続犯や吸収一罪の場合、数個の法益侵害が行なわれたにもかかわらず、包括して一罪として扱われるのは、客体が同一であり、その被害法益も同一であり、行為に一体性が認められるからです。科刑上一罪の場合、観念的競合は、行為は1個ですが、客体や法益侵害は必ずしも単一ではありません。牽連犯の場合も、同じです。それにもかかわらず、一罪として扱われるのはなぜでしょうか。行なわれた行為が1回であり、または複数の行為が一体的に捉えられるからであり、1個のその意思決定に基づいて行われいるからです。複数の法益侵害が惹起されているという意味では違法性は重大であるが、それが1回の意思決定に基づいて行われているという点に着目すると、その有責性の程度はさほど大きくはありません。それゆえに、数個の法益侵害の犯罪のうち、最も重い罪の刑で処断されるだけです。
・観念的競合
観念的競合とは、1個の行為が2個以上の罪名に触れる場合です。「1個の行為」が「2個以上の罪名に触れる」というのは、自然的に見て1個の行為が行なわれ、それが刑法的に見て2個以上の罪に該当する、2個以上の犯罪構成要件に該当するという意味です。
例えば、AがXを殺害する意思で行為を行なったところ、XのみならずYをも殺害した「具体的事実の錯誤における方法の錯誤」の事案では、法定的符合説からは、X・Yの両方に対して故意の殺人罪が成立します。これに対して、具体的符合説からは、Xに対する故意の殺人罪とYに対する過失致死罪が成立します。結論は異なりますが、いずれも1個の行為が2個以上の罪名に触れています。ただし、酒酔い運転を行ない、その運転中に自動車事故を起こした場合、故意に行なった酒酔い運転と自動車運転上の過失によって行なった自動車運転過失致死罪は、異なる意思決定によるものであるため、観念的競合ではありません(最大判昭和49・5・29刑集28巻4号114頁)。
・牽連犯
牽連犯とは、犯罪の手段もしくは結果である行為が他の罪名に触れる場合です。この場合、「2個以上の行為」が行なわれ、「2個以上の罪名」に触れていますが、それが手段・目的、原因・結果の関係にあるため、1個の意思決定に準じて扱われます。
吸収一罪の場合も、手段・目的、原因・結果の関係にあるため、軽い罪は重い罪に吸収されますが、それらの行為は、同一の客体・法益に対して向けられた場合です。牽連犯は、異なる客体・法益に向けられる場合なので、数罪であることは明確ですが、意思決定の1回性を理由に最も重い刑で処断されることになります。
2個以上の行為の間に手段・目的関係、原因・結果の関係があるか否かを判断する基準としては、行為者の主観的な認識を基準にするのではなく、それらの行為の間に罪質上、そのような関係があることが必要です(最大判昭和24・12・21刑集3巻12号2048頁)。例えば、住居侵入罪と窃盗罪・強盗罪、住居侵入罪と殺人罪、公文書偽造罪と同行使罪、私文書偽造罪と詐欺罪などが牽連犯にあたります。殺人罪と死体遺棄罪では、牽連性は否定されます。
・かすがい現象
X罪(住居侵入罪)を手段行為として行ない、A罪(殺人罪)という結果行為を行ない、またB罪(死体遺棄罪)という結果行為をも行なったとします。X罪とA罪は牽連犯の関係にあり、X罪とB罪も牽連犯の関係にあります、ただし、A罪とB罪ば併合罪の関係にあります。これらは全体の罪数は、どのように扱われるのでしょうか。X罪は、「最も重い刑」であるA罪またはB罪の刑で処断されますが、A罪とB罪はどのような関係になるのでしょうか。一般的にはA殺人罪とB殺人罪は、併合罪の関係に立しますが、X罪が両罪をつなぐ「かすがい」の機能を果たしているため、X罪・A罪・B罪が科刑上、一罪として扱われます。これを「かすがい現象」といいます。
(3)犯罪の数罪性
法条競合、包括一罪、科刑上一罪は、いずれも1罪として扱われます。科刑につても、法条競合・包括一罪の場合は該当する犯罪の法定刑に基づいて処断され、科刑上一罪の場合は、その最も重い罪の法定刑(の上限・下限の枠内)で処断されます。これに対して、併合罪の場合、一罪ではないため、加重処罰されます。
1併合罪
併合罪とは、確定裁判を経ていない2個以上の罪のことをいいます(45条)。例えば、Aが4月に大阪でXに対して占有離脱物横領を行ない(X罪)、5月に神戸でYに対して恐喝を行ない(Y罪)、6月に京都でZに対して窃盗を行ない(Z罪)、逮捕されたとします。この場合、京都の裁判所でZ罪につき裁判にかけられますが、その場合に大阪のX罪、神戸のY罪も同時に審判されます。このようなX罪・Y罪・X罪を併合罪といいます(同時的併合罪という場合があります)、その全体に対して刑が科されます(判決の主文は1個)。
また、Aが4月に大阪でXに占有離脱物横領を行ない、5月に神戸でYに恐喝を行ない(Y罪)、6月に京都でZに窃盗を行ない(Z罪)、逮捕され、京都でZ罪について裁判にかけられ、有罪の裁判が確定した後、7月に大阪でX罪・Y罪で逮捕・起訴された場合、このX罪・Y罪とすでに裁判が確定したZ罪とは、どのような関係にあるのでしょうか。これもまた併合罪の関係にあります(これを事後的併合罪ということがあります)。
2個以上の罪が併合罪の関係にある場合には、どのように処断されるのでしょうか。刑法では、制限加重主義(47条)、吸収主義(46条1項・2項)、併科主義(46条1項但書・2項但書)が併用されています。
・併合加重の方法
併合罪を構成する2個以上の罪のなかに「死刑」を法定刑とする罪があり、併合加重した結果、「死刑」が言い渡される場合、「他の刑を科さない」とされています。また、併合罪を構成する2個以上の罪のなかに無期懲役・無期禁錮を法定刑とする罪があり、併合加重した結果、無期懲役または無期禁錮が言い渡される場合、「他の刑を科さない」とされています。この「他の刑を科さない」とは、他の罪を不問にふすというのではなく、他の罪は死刑や無期懲役が法定された罪の量刑を判断するにあたって考慮するという意味です。ただし、死刑の場合、没収が、無期懲役・無期禁錮の場合、罰金・科料・没収が別途科されます。
では、併合加重した結果、有期の懲役・禁錮が科される場合は、どのようになるのでしょうか。 X占有離脱物横領(254条:1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料)、Y恐喝罪(10年以下の懲役)、Z窃盗罪(10年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が併合罪の関係にある場合、法定刑に死刑や無期懲役などはないので、有期の懲役を科すことになりますが、その方法は、3つの罪のの法定刑を比較して、最も重い罪の法定刑の長期(窃盗の10年)に2分の1を加えたもの(15年)を上限とし、各刑の長期の合計(1+10+10=21年)を超えないよう制限されています(47条)。その下限は、X罪、Y罪、Z罪の短期のなかでも最も重いもの(恐喝罪の懲役1年)が、3つの併合罪の処断刑の短期になります。このように併合罪の処断刑は加重されますが、以上のように制限されています。
なお、同時的併合罪の場合、この加重主義の方法は実行可能です。X罪・Y罪・Z罪の法定刑を比較検討して、全体の量刑を判断すれば可能です。しかし、事後的併合罪の場合、Z罪の刑がすでに確定し、その後にX罪・Y罪を審判するので、同時的併合罪と同じ判断方法を採ることはできません。Z罪の刑が確定した後、X罪・Y罪を処断する場合、X罪・Y罪・Z罪が同時審判された場合の量刑を想定しながら、Z罪の確定刑に、X罪・Y罪罪の刑を追加して、想定された刑の合計と同じになるようにしなければなりません(追加刑主義)。現行刑法では、諸外国で見られるような単純加重主義(X罪の量刑、Y罪の量刑、Z罪の量刑を単純に合算して、刑を算定する方法)は採用されていないので、事後的併合罪の場合には、このような追加刑主義が補充的に用いられています。
2単純数罪
Aが4月に大阪でXに占有離脱物横領を行ない、5月に神戸でYに恐喝を行ない、6月に京都でZに窃盗を行ない、Y罪・Z罪で逮捕・起訴されて執行猶予付きの有罪が確定し、7月に大津でQに傷害罪を行ない、逮捕されたとします。取調べで、4月のX罪についても自供したため、大津の裁判所で裁判にかけられますが、このX罪はQ罪とどのような関係に立つのでしょうか。併合罪でしょうか。この問題は簡単ではありません。
併合罪とは、確定裁判を経ていない2個以上の罪のことであり、Y罪とZ罪が確定裁判を経たことによって、それ以前に行われていたX罪・Y罪・Z罪が併合罪のグループを形成します。この場合、すでにY罪・Z罪だけが裁判にかけられ、刑が確定しているので、X罪がそれらと事後的併合罪の関係に立ちます。かりにこれらが同時審判された場合、同時的併合罪ということができます。
Y罪・Z罪は、確定裁判を経ているので、その後に行なわれたQ罪は、Y罪・Z罪とは併合罪の関係には立ちません。X罪はまだ確定裁判を経ていないので、Q罪と併合罪の関係に立つかというと、ここが問題です。「確定裁判を経ていない2個以上の罪」が併合罪であると解すると、X罪とQ罪は併合罪のように見えますが、X罪はY罪・Z罪と併合罪の関係にあるので、Y罪・Z罪の確定裁判の後に行なわれたQ罪はY罪・Z罪と併合罪の関係には立たないので、X罪とも併合罪の関係には立ちません。
この場合のX罪とQ罪は、単純数罪の関係にあります。大津の裁判所で同時審判されますが、X罪の主文とQ罪の主文は、それぞれ別に書かれます。
(1)罪数論・総論
行為者が行なった行為が、1個の罪にあたるのか、それとも数個の罪にあたるのか。このような行なわれた行為の罪の個数を判断する基準を考察するのは「罪数論」の課題です。その行為や罪に対して、どのような刑が科されるのか、その種類と量を判断する基準を提考察するのが「量刑論」の課題です。罪数と量刑は、不可分一体の問題です。
成立する罪の個数が多ければ、量刑の判断も厳しくなります。行為者が行なった行為が、何罪の構成要件に該当するのか、違法性が阻却されないのか、責任が問えるのか、といった問題について検討した上で、犯罪が成立すると判断された後でも、なおも行為者の関心は、その犯罪にどれほどの刑が科されるのかという問題です。犯罪の個数の問題とあわせて非常に重要なテーマであるといえます。
1犯罪の個数
犯罪の個数を決定する基準として相応しいのは、どのような基準でしょうか。行為者の意思決定の回数をもとにして決定すべきでしょうか。それとも、行為者が行なった行為の回数でしょうか。さらには、行為者が惹起した法益侵害の数を基準とすべきでしょうか。あるいは、行為に対して構成要件該当性判断が成立する回数でしょうか。
犯罪の個数と一言で言っても、その数え方は様々ありうると思います。構成要件論を基礎に据えた刑法の罪数論としては、行為に対して成立する構成要件該当性判断の数が犯罪の個数を算定する基準として重要な意味を持っています。
例えば、AがXに向けて発砲したが、弾丸はYに命中したとします(具体的事実の錯誤における方法の錯誤)。Aは「Xを殺害する1個の意思」に基づいて、銃の引き金を1回引く行為を行ないました。しかし、法益に対する作用としては、2個の事実が、つまりXに対する殺人未遂罪の構成要件とYに対する殺人既遂罪の構成要件に該当する事実が生じています(法定的符合説と数故意犯説)。これら2つの罪は、どのような関係に立つかというと、それは「観念的競合」です(刑54条前段)。1個の行為が行なわれ、2個の罪が生じています。刑法によれば、罪の個数は、行為者の意思決定の回数や行なわれた行為の回数ではなく、あくまでも構成要件該当性の判断が成立する個数を基準にして判断されています。
2罪数の形態
犯罪の個数の形態には、次のものがあります。
・単純一罪
「1個の行為」が行なわれ、「1個の構成要件該当事実」が認定され、それが「1個の罪」として算定される場合です。拳銃の引き金を1回引き、その弾丸がXに命中し、死亡した場合、1個の行為が殺人罪の構成要件に該当し、1個の殺人罪が成立します。これは、犯罪の最も基礎的な形態です。
・包括一罪
「数個の行為」が行なわれ、「数個の構成要件該当事実」が認定されますが、「1個の構成要件該当事実」にまとめられ、「1個の犯罪」として算定される場合です。例えば、AがXの倉庫から、1時間のあいだに、テレビ、冷蔵庫、洗濯機を盗んだ場合、3個の窃盗が行なわれていますが、「1個の構成要件該当事実」にまとめられ、1個の窃盗罪が成立します。数個の行為が行なわれ、数個の構成要件該当事実が認定することもできますが、時間的・場所的に近接して行なわれていますし、行為客体が同一であり、被害法益も同一であり、行為者の意思決定も1回であることから、1個の構成要件該当事実・1個の罪にまとめられます。
・科刑上一罪(刑54)
これには行為が1個の場合と数個の場合の2種類があります。
「1個の行為」が行なわれ、それによって「数個の構成要件該当事実」が認定され、「数個の罪」が成立するにもかかわらず、刑を科す上では、最も重い罪(1個の罪)を基準にして、その「最も重い刑」によって処断される場合です。これを「観念的競合」といいます。最も重い刑とは、複数の犯罪の法定刑の上限と下限の重い方を採用して、処断刑を確定するという意味です
「数個の行為」が行なわれ、それら手段行為と結果行為の関係にあり、それぞれ別の犯罪構成要件に該当するため、「数個の構成要件該当事実」が認定され、「数個の罪」が成立するにもかかわらず、そのうちの最も重い罪を基準にして、その「最も重い刑」によって処断する場合です。これを「牽連犯」といいます。例えば、住居に侵入して、窃盗を行なう場合です。
・併合罪(刑45)
「数個の行為」が行なわれ、「数個の構成要件該当事実」が認定され、「数個の罪」が算定されるが、それらの裁判が確定していないため、別々の裁判ではなく、1つの裁判で同時に審判することができる場合には、それらを併合審理することができる場合です。言い渡される刑が、死刑の場合(46①)、無期懲役・禁錮の場合(46②)、有期懲役・禁錮の場合(47)、量刑判断の方法が詳細に規定されています。
例えば、4月に東京でA罪を行ない、5月に名古屋でB罪を行ない、6月に京都でC罪を行ない、7月に大阪でD罪を行なって、逮捕されたとします。4つの犯罪はどれも裁判にかけられていないので、まとめて裁判にかけます。その場合、そのなかでも最も重い罪を加重して処罰することになりますが、死刑や無期刑を科す場合は、方法が定められています(46)。最も重い罪を加重して有期刑を科す場合は、その罪の法定刑の長期に2分の1を加えたものが処断刑の長期になります(47)。また、諸般の事情から、D罪だけが先に裁判にかけられ、有罪判決が出された後、A罪・B罪・C罪(余罪)が裁判にかけられた場合の量刑の方法については、特別の方法があります(50、51)。
・単純数罪
「数個の行為」が行われ、「数個の構成要件該当事実」が認定され、「数個の罪」として算定され、「数個の罰」が言い渡される場合です(主文は数個)。これは、犯罪の最も基礎的な形態(単純一罪)の複数形態です。併合罪と似ていますが、その違いは、例えば4月に東京でA罪を行ない、5月に名古屋でB罪を行ない、5月にB罪で裁判にかけられ、有罪が出され、その執行猶予中の6月に京都でC罪を行ない、7月に大阪でD罪を行なって、逮捕された場合、5月の裁判前のA罪とその後のC罪・D罪は、併合罪ではなく、数罪として扱われます(C罪とD罪の関係については併合罪です)。これらの罪は、同じ裁判で審理されますが、A罪の判決とC罪・D罪の判決は別に出されます。
(2)犯罪の一罪性
一罪には、法条競合、包括一罪、科刑上一罪があります。
1法条競合
「1個の行為」が行なわれ、それによって「1個の法益侵害」が惹起され、「1個の構成要件該当事実」が認定された場合、成立するのは「1個の罪」です。しかし、その「1個の行為」に対して、条文の構成や意味内容などから、「複数の条文」が適用でき、「数個の罪」が成立しうるように見えることがあります。このような場合を法条競合といいます。これには、特別関係、補充関係、択一関係があります。
・特別関係
2つの罰条が「一般規定」と「特別規定」の関係にある場合です。例えば、単純遺棄罪と保護責任者遺棄罪、単純横領罪と業務上横領罪のように基本類型と加重類型の関係、または殺人罪と同意殺意罪のように基本類型と減軽類型の関係にある場合です。この場合、「特別法は一般法に優先する」の考えから、特別規定が優先的に適用されます。
・補充関係
一方の罰条が他方の罰条を「補充」する関係にある場合です。例えば、108条は現住建造物等放火罪を、109条は非現住建造物等放火罪を定め、110条は「前2条に規定する物以外の物」の放火罪として「現住建造物等以外放火罪」を定めています。つまり、110条の建造物等以外放火罪は、108条の現住建造物放火罪、109条の非現住建造物放火罪が適用されない領域を補充しています。この場合、現住建造物・非現住建造物の放火には110条は適用されず、また建造物等以外の物に対する放火には108条・109条は適用されません。この場合、「基本法は補充法に優先する」の考えが適用され、まず焼損された客体が現住建造物・非現住建造物か否かを判断して、それにあたらない場合に建造物等以外の物への放火の成否が判断されます。また、刑法の強制わいせつ罪と迷惑行為防止条例の迷惑行為の関係もまた「補充関係」にあります。
・択一関係
一方の罰条と他方の罰条とが「択一的」な関係にある場合です。例えば、未成年者を営利目的で誘拐した場合、未成年者誘拐罪と営利目的誘拐罪のいずれも適用が可能です。しかし、この場合でも1個の条文しか適用できず、法定刑の重い罪にあたると判断されます。軽犯罪法の貼り札の罪と屋外広告物条例の関係もまた「択一的関係」である。
2包括一罪
「数個の行為」が行なわれ、「数個の法益侵害」が惹起され、「数個の構成要件該当事実」が認定できるにもかかわらず、それらを包括的に評価して、1個の罰条の適用によって処理される場合です。数個の行為が行なわれ、数個の構成要件該当事実が認定されるので「単純一罪」ではなく、「数罪」なのですが、刑を科す上で1罪として扱われます。その意味では(後で説明します)「科刑上一罪」の性質に近いといえます。
数個の罪を包括して1罪として扱う理由は何でしょうか。それは(ここが科刑上一罪と異なるところなのですが)、「侵害法益の一体性」と「行為の一体性」にあります。複数の法益侵害に一体性が認められるがゆえに、その違法性が実質的に減少するからです。また、数個の行為に一体性が認められるがゆえに、その有責性が減少するからです。このように解されています。このような法益侵害と行為の一体性が、包括一罪の一罪性の根拠です。
この一体性には、同一の客体に対して、同種の法益を侵害した数個の行為を包括して一罪とする「狭義の包括一罪」(包括一罪は多くの場合、これを指します)と、同一の客体に対して、異種の法益を侵害した数個の行為を包括して一罪とする「混合的包括一罪」があります。さらに、同一の客体に対して、複数の法益を侵害した行為のうち、重い法益侵害行為が軽い法益侵害行為を吸収する「吸収一罪」があります。
・狭義の包括一罪
1個の行為によって、同一の客体の同種の法益を侵害した複数の行為を包括して一罪とする場合です。例えば、角材を用いて一人の被害者を殴打し、その身体に複数の傷を負わせた場合、複数の傷害罪は包括して一罪となります。一人の被害者の複数の器物を損壊した場合も、包括して一罪の器物損壊罪となります。
時間的・場所的に接続した関係において行なわれた数個の行為の場合を「接続犯」といいます。例えば、数個の「接続」した行為によって、一人の客体に対して、同種の法益を侵害する行為を複数回行なった場合です。例えば、倉庫から短時間のうちに荷物を数回に分けて運び出した場合、犯行の場所が同じで、犯行の時間帯も近接し、被害者が同一の人物であったことから、窃盗罪の包括一罪になります(最判昭和24・7・23刑集3巻8号1373頁)。一人の被害者を立て続けに数回殴り、数個の傷害を負わせた場合、行為の時間的・場所的な接着性と法益主体の単一性を理由に、包括して一罪の傷害罪として扱われます。
このように複数の法益侵害行為が時間的・場所的に接続している場合に包括一罪として扱うのは分かりますが、行為の場所と時間帯が異なり、法益主体も異なれば、包括一罪にはならないのでしょうか。犯罪には、同じ行為が複数回繰り返して行なわれ、その被害者も異なることが想定されているものがあります。しかも、時間と場所も接続していることも要件ではありません。このような場合、包括一罪として扱うことができるのではないでしょうか。例えば、常習犯や営業犯がその典型です。常習犯の典型には、常習賭博罪や常習窃盗罪(盗犯等防止法)などがあります。それらは、異なる時間帯に異なる場所で数回行なわれても、包括して一罪の常習犯として扱われます(常習賭博罪について、最判昭和26・4・10刑集5巻5号825頁)。わいせつ文書頒布罪についても、頒布が「販売行為」のような「営業」の形態において行なわれる場合には、繰り返し行なわれることが想定されているため、わいせつ文書を複数回にわたって異なる相手に頒布しても、わいせつ文書頒布罪の包括一罪が成立すると解されています(大判昭和10・11・11刑集14巻1165頁)。
常習賭博罪における「常習性」は、「ギャンブル依存性」という行為者の性格的な特性です。常習賭博罪が行為者の「1個の特性」の発露として行なわれ、それによって侵害される法益も社会の健全な労働規範という「1個」の法益なので、常習者が1回しか賭博行為を行なっていなくても、常習賭博罪が成立し、それを複数回にわたって行なわれていても、常習賭博罪は包括一罪になります。わいせつ文書の頒布の場合、それによって侵害されるのは健全な性道徳という「1個」の社会的法益です。この法益は、わいせつ文書が「営業」の形態において繰り返し販売されることによって侵害されます。このような法益主体の単一性とその法益内容の単一性、販売行為の営業性(反復継続性)を考慮に入れると、複数回にわたって、わいせつ文書が頒布されても、わいせつ文書頒布罪は包括一罪になります(そのように解すると、1回限りの販売行為ではその法益は侵害されない場合もでてきます)。
以上のように、包括一罪の包括性の根拠は、一般的に「侵害法益の一体性」と「行為の一体性」にあり、狭義の包括一罪の場合は、行為者の常習性や行為の営業性、法益主体と法益内容の単一性にあります。従って、銀行などの金融機関しかできない融資を無許可の金融業者が、複数回にわたって行なった場合、出資法違反の罪が複数個成立しますが、その行為にも営業性が認められ、行為の一体性が認められるので、包括一罪のようにも見えます。しかし、被害を受ける法益主体は個々人であり、その法益侵害は契約者毎に算定されるので、一体性・単一性は認められません。出資法違反は包括一罪にはなりません(最判昭和53・7・7刑集32巻5号1011頁)。
・吸収一罪
1個の行為によって、複数の法益が侵害されたが、その法益侵害の中に内容的な差があり、主たる重い法益侵害が、従たる軽い法益侵害を「吸収」する場合です。例えば、人を殺害する場合、被害者を負傷させたり、その衣服を損壊するなどの行為が伴います。随伴する傷害罪や器物損壊罪が、殺人罪とは別に処罰されるのかというと、そのようなことはありません。それは、殺人罪の法定刑を定める際に、そのような行為が随伴して行なわれることが考慮に入れられているので、あらためて処罰されません。傷害罪や器物損壊罪は、殺人罪に吸収されて、その量刑に反映されることによって、実質的に処罰されると解されます。その例として、共罰的事前行為と共罰的事後行為を見ておきます。
同一の客体・法益に向けられた複数の行為が、手段・目的の関係、原因・結果の関係に立つ場合、手段・原因も犯罪にあたり、目的・結果も犯罪にあたりますが、手段・原因として行なわれた犯罪が、目的・結果として行なわれた犯罪の刑に吸収される場合を「共罰的事前行為」といいます(事前の行為は、事後の行為と共に罰せられる)。目的・結果として行なわれた犯罪が、手段・原因として行なわれた犯罪の刑に吸収される場合を「共罰的事後行為」といいます(事後の行為は、事前行為と共に罰せられる)。
共罰的事前行為の例としては、既遂罪・未遂罪に対する予備罪があります。殺人予備を行ない、実行に着手すれば、少なくとも殺人未遂として処罰されます。事前行為としての殺人予備罪は、殺人の実行に着手する前にすでに成立しているので、それを単独で処罰することも可能ですが、予備行為が向けられた客体と法益は、その後に展開される殺人罪の客体と法益と同じでなので、事前に行なわれた予備罪の法益侵害性・危険性は、事後に行なわれた殺人既遂・殺人未遂の法益侵害性・危険性として実現しているので、殺人予備は殺人既遂・未遂の刑に吸収され、それと共に処罰されます。また、収賄罪における賄賂の収受に対する要求・約束も共罰的事前行為です。収賄罪が公務員側のイニシアチブで行なわれる場合、まず賄賂の要求から始まって、相手側との間で合意が形成され(約束)、そして実際に賄賂を収受することで完成しますが、事前行為としての要求罪は約束罪の刑に吸収され、また約束罪は収受罪の刑に吸収されることによって、それと共に処罰されます。
共罰的事後行為の例としては、窃盗後の器物損壊罪のような場合です。器物損壊罪は、窃盗罪の刑に吸収されます。例えば、自転車の窃盗を行ない、欲しい部品だけを取り出し、残りは解体して、鉄くずにして処分するような行為は、窃盗罪とは別に器物損壊罪にあたりますが、窃盗罪によって惹起された法益侵害は、所有権侵害または占有侵害であり、他人の財物を窃取する行為によって侵害されます。窃盗後に財物を毀損することによって、形式的には器物損壊罪が成立しますが、その法益侵害性はすでに窃盗罪の法益侵害に吸収されて評価すれば足ります。
3科刑上一罪(54)
科刑上一罪は、刑法54条に規定されています。「1個の行為が2個以上の罪名に触れる」場合を「観念的競合」といい、「犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪明に触れる」場合を「牽連犯」といいます。いずれも、「その最も重い刑により処断する」とされています。この「最も重い刑」とは、成立する犯罪の法定刑の上限と下限について、最も重い刑のことです。
狭義の包括一罪における接続犯や吸収一罪の場合、数個の法益侵害が行なわれたにもかかわらず、包括して一罪として扱われるのは、客体が同一であり、その被害法益も同一であり、行為に一体性が認められるからです。科刑上一罪の場合、観念的競合は、行為は1個ですが、客体や法益侵害は必ずしも単一ではありません。牽連犯の場合も、同じです。それにもかかわらず、一罪として扱われるのはなぜでしょうか。行なわれた行為が1回であり、または複数の行為が一体的に捉えられるからであり、1個のその意思決定に基づいて行われいるからです。複数の法益侵害が惹起されているという意味では違法性は重大であるが、それが1回の意思決定に基づいて行われているという点に着目すると、その有責性の程度はさほど大きくはありません。それゆえに、数個の法益侵害の犯罪のうち、最も重い罪の刑で処断されるだけです。
・観念的競合
観念的競合とは、1個の行為が2個以上の罪名に触れる場合です。「1個の行為」が「2個以上の罪名に触れる」というのは、自然的に見て1個の行為が行なわれ、それが刑法的に見て2個以上の罪に該当する、2個以上の犯罪構成要件に該当するという意味です。
例えば、AがXを殺害する意思で行為を行なったところ、XのみならずYをも殺害した「具体的事実の錯誤における方法の錯誤」の事案では、法定的符合説からは、X・Yの両方に対して故意の殺人罪が成立します。これに対して、具体的符合説からは、Xに対する故意の殺人罪とYに対する過失致死罪が成立します。結論は異なりますが、いずれも1個の行為が2個以上の罪名に触れています。ただし、酒酔い運転を行ない、その運転中に自動車事故を起こした場合、故意に行なった酒酔い運転と自動車運転上の過失によって行なった自動車運転過失致死罪は、異なる意思決定によるものであるため、観念的競合ではありません(最大判昭和49・5・29刑集28巻4号114頁)。
・牽連犯
牽連犯とは、犯罪の手段もしくは結果である行為が他の罪名に触れる場合です。この場合、「2個以上の行為」が行なわれ、「2個以上の罪名」に触れていますが、それが手段・目的、原因・結果の関係にあるため、1個の意思決定に準じて扱われます。
吸収一罪の場合も、手段・目的、原因・結果の関係にあるため、軽い罪は重い罪に吸収されますが、それらの行為は、同一の客体・法益に対して向けられた場合です。牽連犯は、異なる客体・法益に向けられる場合なので、数罪であることは明確ですが、意思決定の1回性を理由に最も重い刑で処断されることになります。
2個以上の行為の間に手段・目的関係、原因・結果の関係があるか否かを判断する基準としては、行為者の主観的な認識を基準にするのではなく、それらの行為の間に罪質上、そのような関係があることが必要です(最大判昭和24・12・21刑集3巻12号2048頁)。例えば、住居侵入罪と窃盗罪・強盗罪、住居侵入罪と殺人罪、公文書偽造罪と同行使罪、私文書偽造罪と詐欺罪などが牽連犯にあたります。殺人罪と死体遺棄罪では、牽連性は否定されます。
・かすがい現象
X罪(住居侵入罪)を手段行為として行ない、A罪(殺人罪)という結果行為を行ない、またB罪(死体遺棄罪)という結果行為をも行なったとします。X罪とA罪は牽連犯の関係にあり、X罪とB罪も牽連犯の関係にあります、ただし、A罪とB罪ば併合罪の関係にあります。これらは全体の罪数は、どのように扱われるのでしょうか。X罪は、「最も重い刑」であるA罪またはB罪の刑で処断されますが、A罪とB罪はどのような関係になるのでしょうか。一般的にはA殺人罪とB殺人罪は、併合罪の関係に立しますが、X罪が両罪をつなぐ「かすがい」の機能を果たしているため、X罪・A罪・B罪が科刑上、一罪として扱われます。これを「かすがい現象」といいます。
(3)犯罪の数罪性
法条競合、包括一罪、科刑上一罪は、いずれも1罪として扱われます。科刑につても、法条競合・包括一罪の場合は該当する犯罪の法定刑に基づいて処断され、科刑上一罪の場合は、その最も重い罪の法定刑(の上限・下限の枠内)で処断されます。これに対して、併合罪の場合、一罪ではないため、加重処罰されます。
1併合罪
併合罪とは、確定裁判を経ていない2個以上の罪のことをいいます(45条)。例えば、Aが4月に大阪でXに対して占有離脱物横領を行ない(X罪)、5月に神戸でYに対して恐喝を行ない(Y罪)、6月に京都でZに対して窃盗を行ない(Z罪)、逮捕されたとします。この場合、京都の裁判所でZ罪につき裁判にかけられますが、その場合に大阪のX罪、神戸のY罪も同時に審判されます。このようなX罪・Y罪・X罪を併合罪といいます(同時的併合罪という場合があります)、その全体に対して刑が科されます(判決の主文は1個)。
また、Aが4月に大阪でXに占有離脱物横領を行ない、5月に神戸でYに恐喝を行ない(Y罪)、6月に京都でZに窃盗を行ない(Z罪)、逮捕され、京都でZ罪について裁判にかけられ、有罪の裁判が確定した後、7月に大阪でX罪・Y罪で逮捕・起訴された場合、このX罪・Y罪とすでに裁判が確定したZ罪とは、どのような関係にあるのでしょうか。これもまた併合罪の関係にあります(これを事後的併合罪ということがあります)。
2個以上の罪が併合罪の関係にある場合には、どのように処断されるのでしょうか。刑法では、制限加重主義(47条)、吸収主義(46条1項・2項)、併科主義(46条1項但書・2項但書)が併用されています。
・併合加重の方法
併合罪を構成する2個以上の罪のなかに「死刑」を法定刑とする罪があり、併合加重した結果、「死刑」が言い渡される場合、「他の刑を科さない」とされています。また、併合罪を構成する2個以上の罪のなかに無期懲役・無期禁錮を法定刑とする罪があり、併合加重した結果、無期懲役または無期禁錮が言い渡される場合、「他の刑を科さない」とされています。この「他の刑を科さない」とは、他の罪を不問にふすというのではなく、他の罪は死刑や無期懲役が法定された罪の量刑を判断するにあたって考慮するという意味です。ただし、死刑の場合、没収が、無期懲役・無期禁錮の場合、罰金・科料・没収が別途科されます。
では、併合加重した結果、有期の懲役・禁錮が科される場合は、どのようになるのでしょうか。 X占有離脱物横領(254条:1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料)、Y恐喝罪(10年以下の懲役)、Z窃盗罪(10年以下の懲役又は50万円以下の罰金)が併合罪の関係にある場合、法定刑に死刑や無期懲役などはないので、有期の懲役を科すことになりますが、その方法は、3つの罪のの法定刑を比較して、最も重い罪の法定刑の長期(窃盗の10年)に2分の1を加えたもの(15年)を上限とし、各刑の長期の合計(1+10+10=21年)を超えないよう制限されています(47条)。その下限は、X罪、Y罪、Z罪の短期のなかでも最も重いもの(恐喝罪の懲役1年)が、3つの併合罪の処断刑の短期になります。このように併合罪の処断刑は加重されますが、以上のように制限されています。
なお、同時的併合罪の場合、この加重主義の方法は実行可能です。X罪・Y罪・Z罪の法定刑を比較検討して、全体の量刑を判断すれば可能です。しかし、事後的併合罪の場合、Z罪の刑がすでに確定し、その後にX罪・Y罪を審判するので、同時的併合罪と同じ判断方法を採ることはできません。Z罪の刑が確定した後、X罪・Y罪を処断する場合、X罪・Y罪・Z罪が同時審判された場合の量刑を想定しながら、Z罪の確定刑に、X罪・Y罪罪の刑を追加して、想定された刑の合計と同じになるようにしなければなりません(追加刑主義)。現行刑法では、諸外国で見られるような単純加重主義(X罪の量刑、Y罪の量刑、Z罪の量刑を単純に合算して、刑を算定する方法)は採用されていないので、事後的併合罪の場合には、このような追加刑主義が補充的に用いられています。
2単純数罪
Aが4月に大阪でXに占有離脱物横領を行ない、5月に神戸でYに恐喝を行ない、6月に京都でZに窃盗を行ない、Y罪・Z罪で逮捕・起訴されて執行猶予付きの有罪が確定し、7月に大津でQに傷害罪を行ない、逮捕されたとします。取調べで、4月のX罪についても自供したため、大津の裁判所で裁判にかけられますが、このX罪はQ罪とどのような関係に立つのでしょうか。併合罪でしょうか。この問題は簡単ではありません。
併合罪とは、確定裁判を経ていない2個以上の罪のことであり、Y罪とZ罪が確定裁判を経たことによって、それ以前に行われていたX罪・Y罪・Z罪が併合罪のグループを形成します。この場合、すでにY罪・Z罪だけが裁判にかけられ、刑が確定しているので、X罪がそれらと事後的併合罪の関係に立ちます。かりにこれらが同時審判された場合、同時的併合罪ということができます。
Y罪・Z罪は、確定裁判を経ているので、その後に行なわれたQ罪は、Y罪・Z罪とは併合罪の関係には立ちません。X罪はまだ確定裁判を経ていないので、Q罪と併合罪の関係に立つかというと、ここが問題です。「確定裁判を経ていない2個以上の罪」が併合罪であると解すると、X罪とQ罪は併合罪のように見えますが、X罪はY罪・Z罪と併合罪の関係にあるので、Y罪・Z罪の確定裁判の後に行なわれたQ罪はY罪・Z罪と併合罪の関係には立たないので、X罪とも併合罪の関係には立ちません。
この場合のX罪とQ罪は、単純数罪の関係にあります。大津の裁判所で同時審判されますが、X罪の主文とQ罪の主文は、それぞれ別に書かれます。