第09回
甲及び乙は、路上を歩いていた際、日ごろから仲の悪いAと出会い、口論となったところ、立腹したAは甲及び乙に対し殴りかかった。甲はこの機会を利用してAに怪我を負わせてやろうと考えたが、その旨を秘し、乙に対し、「一緒に反撃しよう。」と言ったところ、乙は甲の真意を知らずに甲と共に反撃することを了承した。そして、甲は、Aの頭部を右拳で殴り付け、乙は、そばに落ちていた木の棒を拾い上げ、Aの頭部を殴り付けた結果、Aは路上に倒れ込んだ。この時、現場をたまたま通りかかった丙は、既にAが路上に倒れていることを認識しながら、仲間の乙に加勢するため、自ら別の木の棒を拾い上げ、乙と共にAの頭部を多数回殴打したところ、Aは脳挫傷により死亡した。なお、Aの死亡の結果が誰の行為によって生じたかは、明らかではない。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
論点
(1)急迫不正の侵害が終了した後に継続された防衛行為の過剰性
(2)予期していなかった不正の侵害に対して積極的加害意思に基づいて行われた行為
(3)承継的共同正犯の成否と意思連絡ある場合の刑法207条の適用の可否
(1)乙の罪責について
1乙は、甲と共謀して、Aの頭部を木の棒で殴打するなどして、Aを路上に倒れ込ませ、その後丙と共謀して、路上に倒れているAを多数回殴打して、死亡させた。この行為は傷害致死罪にあたるか。また、Aが殴り掛かってきたことに対して反撃したことから、正当防衛にあたるか。
2傷害致死罪とは、故意に人に暴行または傷害を行い、よって死亡させた場合に成立する。正当防衛とは、急迫不正の侵害に対し、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ない行為であり、処罰されない。ただし、防衛の程度を超えた場合には、過剰防衛となり、その刑を減軽または免除することができる。
3乙は甲と共謀してAを殴打して、路上に倒れさせ、その後丙と共謀して、Aを殴打し、Aを脳挫傷により死亡させた。乙は甲と共謀してAに対する暴行を開始し、Aが倒れた後も丙と共謀して暴行を継続している。乙は、このように同一の場所において、かつ時間的に連続した関係においてAに対する全ての暴行を行い、その結果Aが死亡している。乙にはAを殺害する故意があったとはいえないので、その行為は傷害致死罪の構成要件に該当している。
しかし、乙はAが甲と乙に殴り掛かってきたため、甲とともに反撃するために行った。Aの攻撃は乙にとって急迫不正の侵害にあたる。また、乙は自己または甲の身を守るために行ってるので、防衛の意志が認められる。さらに、乙の反撃は防衛行為として必要な行為である。ただし、乙は素手で殴り係ってきたAに対して木の棒を用いて反撃し、さらに路上に倒れ込んだ後に、丙と共謀して木の棒で多数回暴行を加えている。乙の防衛行為は相当なものであったといえるか。
4乙は甲に対して殴り掛かってきたAに甲は木の棒で暴行を加え、路上に倒れ込ませた。この前半部分の行為を見ると、突然殴り掛かってきたAに対する防衛行為としては相当性を逸脱しているということはできず、やむを得ずにした行為であったといえる。従って、正当防衛が成立する。
これに対して、Aが路上に倒れ込んだ後にも丙と共謀して多数回暴行を加えた後半部分の行為は、もはや急迫不正の侵害が終了した後の暴行であり、正当防衛を論ずる余地はない。
ただし、前半部分の行為と後半部分の行為は、同じ場所において、時間的に連続した関係において行われているので、防衛のために行われた1個の行為であると認定することができる。この1個の防衛行為から死亡結果が発生しているので、乙の行為は防衛の程度を超えた行為、いわゆる量的過剰にあたる。
5以上から、甲には傷害致死罪(刑205)が成立し、それに過剰防衛の規定(刑36②)を適用し、その刑を減軽または免除することができる。
(2)甲の罪責について
1甲は、乙と共謀して、Aの頭部を素手で殴打するなどして、Aを路上に倒れ込ませ、その後丙と共謀して、路上に倒れているAを多数回殴打して、死亡させた。この行為は、(1)乙の罪責において論証したように、傷害致死罪の構成要件に該当する。では、Aが殴り掛かってきたことに対して反撃した点につき、正当防衛にあたるか。
2正当防衛は、急迫不正の侵害に対し、自己又は他人の権利を防衛するために、やむを得ずに行った行為である。甲は、Aと口論になり、立腹したAが甲と乙に殴り掛かってきたので、この機会を利用してAに怪我を負わせてやとうろ考えて、その旨を乙には秘して、Aに暴行を加えた。この点は、正当防衛の要件としてどのように評価することができるか。不正の侵害の急迫性が否定されるのか。
3甲が、この機会を利用してAに怪我を負わせてやとうろと考えたのは、殴り掛かってきたAに対してであるが、甲はAと日ごろから仲が悪い関係にあった。とはいうものの、殴り掛かってくることを予期していたとはいえない。予期された不正の侵害に対して、それを機に積極的に害を加える意思に基づいて反撃した場合は不正の侵害の急迫性が否定されるが、予期されていなかった不正の侵害は、基本的に急迫不正の侵害であるということができる。
4ただし、甲は、Aが殴り掛かってきた機会を利用して、怪我を負わせようと考えていた。このような場合、「防衛するため」に行った行為であるといえるだろうか。つまり、防衛の意思があったといえるか。急迫不正の侵害などの緊急状況下において、一方で正当防衛状況にあることを認識しながら、他方で攻撃として認識しながら行っているような場合もある。防衛の意思と攻撃の意思とが併存する場合でも、なおも防衛の意思は認められる余地はある。しかし、甲は殴り掛かってきたAに対して、この機会を利用して、怪我を負わせようと考えていたのであって、自己の身を守ろうと考えていたとはいえない。このような場合、防衛の意思があったとはいえない。
5以上から、甲には傷害致死罪が成立する。防衛の意思に基づいていないので、正当防衛、過剰防衛が成立する余地はない。甲と乙には、傷害致死罪の共同正犯が成立する。甲と共謀して行った乙には、過剰防衛が成立する。違法性減少や責任減少は、行為者ごとに判断すべきである。
(3)丙の罪責について
1甲と乙がAに暴行を加え、路上に倒れ込ませた後、その場を偶然通りかかった丙は、Aが路上に倒れていることを認識しながら、乙に加勢するために、木の棒を拾い上げ、乙とともにAに数回殴打した。その後Aは死亡した。丙に対して、甲・乙との傷害致死罪の共同正犯が成立するか。
2二人以上の者が共同して犯罪を実行した場合、それに関与した者は正犯になる(刑60)。たとえ犯罪にあたる行為の一部しか分担していなくても、共同実行の意思に基づいていたならば、生じた結果の全部に責任を負わなければならない(一部実行全部責任の原則)。
甲と乙は、共同してAに暴行を加えて、Aを死亡させた。2人は、Aに暴行を加える意思を連絡しあい、実際にも暴行を加えて死亡させたので、傷害致死罪の共同正犯が成立する。丙は、甲・乙がAに暴行を加え、路上に倒れさせた後、乙に加勢するために、乙と共同して暴行を加えた。乙は丙にAへの暴行に加わるよう明示的に求めたわけではないが、丙は現場において乙に加勢するために関与し、乙と共同してAに暴行を加えているので、現場における黙示的な意思連絡があったと認定できる。
3丙が暴行に関与し、その後、Aは死亡した。ただし、Aの死亡の結果が誰の暴行によるのかが明らかではない。丙が途中から関与して行った暴行がAの死亡の原因になったことが疑わしい。このような場合、丙には傷害致死罪の共同正犯が成立するのか。
丙は、甲・乙が行った暴行によりAが路上で倒れていることを認識しながら、乙に加勢するために、現場において黙示的な意思連絡に基づいて関与した。このような場合、一部実行の全部責任が適用されるためには、丙が関与する以前の甲・乙の暴行を承継することが必要である。つまり、つまり、丙が、甲・乙がすでにAに暴行を加え、露脳に倒れさせた事実を認識し、それに乗じて自らの犯罪を行う意思に基づいて、倒れているAに暴行を加えたと認定できなければならない。そのような場合には、甲・乙と丙の各々の暴行は、相互に補充しあう関係にあり、丙の暴行一部実行の全部責任の原則を適用して、丙はAに対する全ての暴行を共同して実行したことになり、そこから生じた死亡結果についても責任を負わなければならない。つまり、丙には傷害致死罪の共同正犯が成立することになる。
しかし、丙は、甲・乙の暴行によってAが路上に倒れているという事実を認識したものの、乙に加勢するために関与しただけであり、Aが路上に倒れた状態に乗じて自分の犯罪を行うために関与したとはいえない。そのような場合、甲・乙の暴行と丙の暴行との間には相互補充関係は認められず、丙には傷害致死罪の共同正犯は成立しないと解される。丙は、乙に加勢する意思しかなかったので、傷害致死罪の共同正犯は成立せず、傷害罪の共同正犯が成立するにとどまる。
4 このような傷害致死罪をめぐって、丙に承継的共同正犯の成立が認められない(傷害罪の共同正犯しか認められない)場合であっても、刑法207条の同時傷害の特例を適用して、致死結果についても責任を問うことはできないだろうか。同時傷害の特例とは、2人以上の者で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、またはその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例によるとして、暴行を行った者全員に傷害罪の共同正犯の成立を認める制度である。暴行罪や傷害罪の共同実行の意思によらずに、共同して実行した場合に、傷害が誰の行為に起因するのかが明らかでなくても、個々の実行者の行為と傷害結果との間に因果関係が成立することを認め、その全員に傷害罪の成立を認めるものである。共同実行の意思に基づいていた場合には共同正犯が適用されるので、同時傷害の特例を適用するまでもないと思われるが、適用できるとする見解がある。ただし、同時傷害の特例は、「傷害した場合」に暴行と傷害の因果関係の認め、傷害罪が成立するとしているだけで、「傷害して、よって死亡させた場合」について定めた規定ではない。従って、丙に同時傷害の特例を適用を適用できたとしても、傷害致死罪の成立を認めることはできない。
5 以上から、丙には、甲・乙と傷害罪の共同正犯が成立する。
(4)結論
甲と乙には、傷害致死罪の共同正犯が成立する(刑60条、205条)。乙には過剰防衛の規定が適用される(刑36条2項)。丙には、甲・乙と傷害罪の共同正犯が成立する(刑60条、204条)。
甲及び乙は、路上を歩いていた際、日ごろから仲の悪いAと出会い、口論となったところ、立腹したAは甲及び乙に対し殴りかかった。甲はこの機会を利用してAに怪我を負わせてやろうと考えたが、その旨を秘し、乙に対し、「一緒に反撃しよう。」と言ったところ、乙は甲の真意を知らずに甲と共に反撃することを了承した。そして、甲は、Aの頭部を右拳で殴り付け、乙は、そばに落ちていた木の棒を拾い上げ、Aの頭部を殴り付けた結果、Aは路上に倒れ込んだ。この時、現場をたまたま通りかかった丙は、既にAが路上に倒れていることを認識しながら、仲間の乙に加勢するため、自ら別の木の棒を拾い上げ、乙と共にAの頭部を多数回殴打したところ、Aは脳挫傷により死亡した。なお、Aの死亡の結果が誰の行為によって生じたかは、明らかではない。
甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。
論点
(1)急迫不正の侵害が終了した後に継続された防衛行為の過剰性
(2)予期していなかった不正の侵害に対して積極的加害意思に基づいて行われた行為
(3)承継的共同正犯の成否と意思連絡ある場合の刑法207条の適用の可否
(1)乙の罪責について
1乙は、甲と共謀して、Aの頭部を木の棒で殴打するなどして、Aを路上に倒れ込ませ、その後丙と共謀して、路上に倒れているAを多数回殴打して、死亡させた。この行為は傷害致死罪にあたるか。また、Aが殴り掛かってきたことに対して反撃したことから、正当防衛にあたるか。
2傷害致死罪とは、故意に人に暴行または傷害を行い、よって死亡させた場合に成立する。正当防衛とは、急迫不正の侵害に対し、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ない行為であり、処罰されない。ただし、防衛の程度を超えた場合には、過剰防衛となり、その刑を減軽または免除することができる。
3乙は甲と共謀してAを殴打して、路上に倒れさせ、その後丙と共謀して、Aを殴打し、Aを脳挫傷により死亡させた。乙は甲と共謀してAに対する暴行を開始し、Aが倒れた後も丙と共謀して暴行を継続している。乙は、このように同一の場所において、かつ時間的に連続した関係においてAに対する全ての暴行を行い、その結果Aが死亡している。乙にはAを殺害する故意があったとはいえないので、その行為は傷害致死罪の構成要件に該当している。
しかし、乙はAが甲と乙に殴り掛かってきたため、甲とともに反撃するために行った。Aの攻撃は乙にとって急迫不正の侵害にあたる。また、乙は自己または甲の身を守るために行ってるので、防衛の意志が認められる。さらに、乙の反撃は防衛行為として必要な行為である。ただし、乙は素手で殴り係ってきたAに対して木の棒を用いて反撃し、さらに路上に倒れ込んだ後に、丙と共謀して木の棒で多数回暴行を加えている。乙の防衛行為は相当なものであったといえるか。
4乙は甲に対して殴り掛かってきたAに甲は木の棒で暴行を加え、路上に倒れ込ませた。この前半部分の行為を見ると、突然殴り掛かってきたAに対する防衛行為としては相当性を逸脱しているということはできず、やむを得ずにした行為であったといえる。従って、正当防衛が成立する。
これに対して、Aが路上に倒れ込んだ後にも丙と共謀して多数回暴行を加えた後半部分の行為は、もはや急迫不正の侵害が終了した後の暴行であり、正当防衛を論ずる余地はない。
ただし、前半部分の行為と後半部分の行為は、同じ場所において、時間的に連続した関係において行われているので、防衛のために行われた1個の行為であると認定することができる。この1個の防衛行為から死亡結果が発生しているので、乙の行為は防衛の程度を超えた行為、いわゆる量的過剰にあたる。
5以上から、甲には傷害致死罪(刑205)が成立し、それに過剰防衛の規定(刑36②)を適用し、その刑を減軽または免除することができる。
(2)甲の罪責について
1甲は、乙と共謀して、Aの頭部を素手で殴打するなどして、Aを路上に倒れ込ませ、その後丙と共謀して、路上に倒れているAを多数回殴打して、死亡させた。この行為は、(1)乙の罪責において論証したように、傷害致死罪の構成要件に該当する。では、Aが殴り掛かってきたことに対して反撃した点につき、正当防衛にあたるか。
2正当防衛は、急迫不正の侵害に対し、自己又は他人の権利を防衛するために、やむを得ずに行った行為である。甲は、Aと口論になり、立腹したAが甲と乙に殴り掛かってきたので、この機会を利用してAに怪我を負わせてやとうろ考えて、その旨を乙には秘して、Aに暴行を加えた。この点は、正当防衛の要件としてどのように評価することができるか。不正の侵害の急迫性が否定されるのか。
3甲が、この機会を利用してAに怪我を負わせてやとうろと考えたのは、殴り掛かってきたAに対してであるが、甲はAと日ごろから仲が悪い関係にあった。とはいうものの、殴り掛かってくることを予期していたとはいえない。予期された不正の侵害に対して、それを機に積極的に害を加える意思に基づいて反撃した場合は不正の侵害の急迫性が否定されるが、予期されていなかった不正の侵害は、基本的に急迫不正の侵害であるということができる。
4ただし、甲は、Aが殴り掛かってきた機会を利用して、怪我を負わせようと考えていた。このような場合、「防衛するため」に行った行為であるといえるだろうか。つまり、防衛の意思があったといえるか。急迫不正の侵害などの緊急状況下において、一方で正当防衛状況にあることを認識しながら、他方で攻撃として認識しながら行っているような場合もある。防衛の意思と攻撃の意思とが併存する場合でも、なおも防衛の意思は認められる余地はある。しかし、甲は殴り掛かってきたAに対して、この機会を利用して、怪我を負わせようと考えていたのであって、自己の身を守ろうと考えていたとはいえない。このような場合、防衛の意思があったとはいえない。
5以上から、甲には傷害致死罪が成立する。防衛の意思に基づいていないので、正当防衛、過剰防衛が成立する余地はない。甲と乙には、傷害致死罪の共同正犯が成立する。甲と共謀して行った乙には、過剰防衛が成立する。違法性減少や責任減少は、行為者ごとに判断すべきである。
(3)丙の罪責について
1甲と乙がAに暴行を加え、路上に倒れ込ませた後、その場を偶然通りかかった丙は、Aが路上に倒れていることを認識しながら、乙に加勢するために、木の棒を拾い上げ、乙とともにAに数回殴打した。その後Aは死亡した。丙に対して、甲・乙との傷害致死罪の共同正犯が成立するか。
2二人以上の者が共同して犯罪を実行した場合、それに関与した者は正犯になる(刑60)。たとえ犯罪にあたる行為の一部しか分担していなくても、共同実行の意思に基づいていたならば、生じた結果の全部に責任を負わなければならない(一部実行全部責任の原則)。
甲と乙は、共同してAに暴行を加えて、Aを死亡させた。2人は、Aに暴行を加える意思を連絡しあい、実際にも暴行を加えて死亡させたので、傷害致死罪の共同正犯が成立する。丙は、甲・乙がAに暴行を加え、路上に倒れさせた後、乙に加勢するために、乙と共同して暴行を加えた。乙は丙にAへの暴行に加わるよう明示的に求めたわけではないが、丙は現場において乙に加勢するために関与し、乙と共同してAに暴行を加えているので、現場における黙示的な意思連絡があったと認定できる。
3丙が暴行に関与し、その後、Aは死亡した。ただし、Aの死亡の結果が誰の暴行によるのかが明らかではない。丙が途中から関与して行った暴行がAの死亡の原因になったことが疑わしい。このような場合、丙には傷害致死罪の共同正犯が成立するのか。
丙は、甲・乙が行った暴行によりAが路上で倒れていることを認識しながら、乙に加勢するために、現場において黙示的な意思連絡に基づいて関与した。このような場合、一部実行の全部責任が適用されるためには、丙が関与する以前の甲・乙の暴行を承継することが必要である。つまり、つまり、丙が、甲・乙がすでにAに暴行を加え、露脳に倒れさせた事実を認識し、それに乗じて自らの犯罪を行う意思に基づいて、倒れているAに暴行を加えたと認定できなければならない。そのような場合には、甲・乙と丙の各々の暴行は、相互に補充しあう関係にあり、丙の暴行一部実行の全部責任の原則を適用して、丙はAに対する全ての暴行を共同して実行したことになり、そこから生じた死亡結果についても責任を負わなければならない。つまり、丙には傷害致死罪の共同正犯が成立することになる。
しかし、丙は、甲・乙の暴行によってAが路上に倒れているという事実を認識したものの、乙に加勢するために関与しただけであり、Aが路上に倒れた状態に乗じて自分の犯罪を行うために関与したとはいえない。そのような場合、甲・乙の暴行と丙の暴行との間には相互補充関係は認められず、丙には傷害致死罪の共同正犯は成立しないと解される。丙は、乙に加勢する意思しかなかったので、傷害致死罪の共同正犯は成立せず、傷害罪の共同正犯が成立するにとどまる。
4 このような傷害致死罪をめぐって、丙に承継的共同正犯の成立が認められない(傷害罪の共同正犯しか認められない)場合であっても、刑法207条の同時傷害の特例を適用して、致死結果についても責任を問うことはできないだろうか。同時傷害の特例とは、2人以上の者で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、またはその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例によるとして、暴行を行った者全員に傷害罪の共同正犯の成立を認める制度である。暴行罪や傷害罪の共同実行の意思によらずに、共同して実行した場合に、傷害が誰の行為に起因するのかが明らかでなくても、個々の実行者の行為と傷害結果との間に因果関係が成立することを認め、その全員に傷害罪の成立を認めるものである。共同実行の意思に基づいていた場合には共同正犯が適用されるので、同時傷害の特例を適用するまでもないと思われるが、適用できるとする見解がある。ただし、同時傷害の特例は、「傷害した場合」に暴行と傷害の因果関係の認め、傷害罪が成立するとしているだけで、「傷害して、よって死亡させた場合」について定めた規定ではない。従って、丙に同時傷害の特例を適用を適用できたとしても、傷害致死罪の成立を認めることはできない。
5 以上から、丙には、甲・乙と傷害罪の共同正犯が成立する。
(4)結論
甲と乙には、傷害致死罪の共同正犯が成立する(刑60条、205条)。乙には過剰防衛の規定が適用される(刑36条2項)。丙には、甲・乙と傷害罪の共同正犯が成立する(刑60条、204条)。