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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(10)練習問題(第39問B)

2020-12-08 | 日記
 第39問B 放火罪
 甲は、自己の所有するマンションが競売にかけられそうになっているのを知り、それを防止するため、自己の会社の従業員を交代で宿泊させていたが、火災保険金の騙取を企て、従業員を旅行に連れ出し、また留守番役の従業員に対しても宿泊は不要と告げた。甲は、従業員の旅行中、マンション内で居住部分と一体的に使用されていたエレベーターのかご内で火を放ち、その結果、エレベーターは燃焼しなかったが、コンクリート内壁のモルタルや天井表面の石綿をはく離、脱落、損傷させるなどした。なお、当該マンションには、ほかの住民はいっさいおらず、またエレベーターには耐火構造が施されていた。甲の罪責を論ぜよ。

 争点 (1)本件マンションは、被告人の所有物件であった。住人は住んでいなかった。このマンションは、競売にかけられそうになっていたので、会社の従業員に交替で宿泊させて、住人がいるように装うことで、競売にかけられるのを阻止しようと計画した。そして、競売にかけられる前に火災を装って、保険金を騙取するために、宿泊していた従業員を旅行に行かせ、他の従業員にも宿泊をさせなかった。他の住人もいっさいいなかった。本件マンションは、現住建造物か、それとも自己所有の非現住建造物か。
(2)本件マンションが現住建造物であるか、それとも自己所有の非現住建造物であるかにかかわらず、被告人はマンションのエレベーターのコンクリート内壁のモルタルや天井表面の石綿をはく離、脱落、損傷させるなどした。ただし、エレベーターには耐火構造が施されていた。本件エレベーターが本件マンションと物理的・機能的に一体的な物件であり、マンションの一部であるなら、建造物の放火の着手が認められる。
(3)本件で、「焼損」を認めることができるか。本件エレベーターが本件マンションの一部であるとした場合、本件ではエレベーターのコンクリート内壁のモルタルや天井表面の石綿をはく離、脱落、損傷させるなどしたが、エレベーターには耐火構造が施されていたため、本件マンションへの延焼の可能性は低かった。このような場合、「焼損」を認めることができるか。それを認めることができるとすると、本件マンションが現住建造物であるなら、現住建造物等放火罪が成立する。それが自己所有の非現住建造物であるなら、自己所有の非現住建造物等放火罪が成立するが、そのためには「公共の危険の発生」が必要である。ただし、自己所有の非現住建造物であっても、火災保険などに入ってる場合には、他人所有の非現住建造物と見なされる(115条)。そうすると、公共の危険が発生しなくても、他人所有の非現住建造物等放火罪の成立が認められる。

 解答例 甲の行為は現住建造物等放火罪、それとも自己所有の非現住建造物等放火罪にあたるか。
(1)本件マンションは現住建造物か、それとも自己所有の非現住建造物か。
1本件のマンションは、住人が住んでおらず、競売にかけられそうになっていた。それを阻止するために、被告人が従業員に交代で宿泊させて、居住の実態があるかのように装った。このような場合、本件マンションは現住建造物にあたるか。
2現住建造物等放火罪が成立するためには、その客体が現住建造物でなければならない。現住建造物とは、現に人が住居として使用している建造物である。
3甲が火を放った建造物は、自己所有のマンションであり、そこには住人が住んでおらず、従業員に交代で寝泊りさせていただけで、しかも放火した時点では、従業員は旅行中であり、他の従業員も寝泊りしていなかった。従って、このマンションの現住性は否定され、自己所有の非現住建造物であると解される。
4しかし、一定のあいだ従業員に交代で宿泊させていたことから、その部屋には家具や生活道具などが配置され、日常生活を送る場として、その機能はあり、日常生活の場として使用される可能性は十分にあたっということができる。そうすると、旅行中に従業員が宿泊していなかったという事実があっても、本件マンションの現住性は認められると解するのが妥当である。
5従って、本件マンションは、現住建造物であるといえる。
(2)エレベーターは本件マンションの一部か、それとも別の物件か。
1甲が火を放ち、損傷したエレベーターは、マンションの一部か、それともそれとは別の物件か。
2現住建造物等放火罪が成立するためには、その客体が現住建造物でなければならない。
3本件マンションは現住建造物であるが、被告人が火を放ち損傷したのは、エレベータである。エレベーターは、マンション内部を移動するために、住居部分とは別の場所に設置されている。従って、現に住居として使用されている居住部分とは別の物件である。本件マンションは現住建造物であるが、そのエレベーターまでも現住建造物であるということはできないように思われる。
4しかし、エレベーターはマンションの建物に組み込まれ、それをマンションから分離することは容易ではない。従って、エレベーターはマンションと構造的に一体的に存在するので、両者を区別して取り扱うのは妥当ではない。しかも、エレベーターは、マンション内を移動するために設置され、それはマンションの住人の生活に欠かすことができない設備であり、マンションで快適な生活を送るうえで重要な機能を担っている。従って、エレベーターはマンションと機能的な一体性があるので、両者を区別するのは妥当ではない。
5被告人が火を放ったエレベーターはマンションの一部であり、現住建造物の一区画であるといえる。
(3)エレベータのコンクリート内壁などを損傷させた行為は焼損にあたるか。
1甲は現住建造物の一部であるエレベーターのコンクリート内壁のモルタルの天井に火を放って、損傷させたが、それは焼損にあたるか。
2現住建造物等放火罪が成立するためには、その客体を焼損していなければならない。
3本件では、マンションと構造的・機能的に一体であるエレベーターのコンクリート内壁のモルタルの天井に火を放って、石綿をはく離、脱落、損傷させるなどした。
4エレベーターのコンクリート内壁やモルタルの天井の石綿がはく離し、脱落、損傷したことにより、エレベーターは一時的であってもマンション内の移動手段として使用不可能ないし困難になり、設備としての機能が害された。確かに、そのエレベーターは耐火構造をなしており、その損傷はエレベーターの内部にとどまり、他へと拡大しなかったが、炎の拡散の可能性はなくても、内壁の損傷から煙、ガスなど有毒な物質が露出し、エレベーターのかご付近の階に漏れ出る危険性は否定できない。その意味において、コンクリート内壁やモルタルの天井の損傷は、現住建造物の焼損にあたると判断することができる。
5以上から、被告人は本件マンションと構造的・機能的に一体であるエレベーターを焼損したと認定できる。
(4)以上から、被告人の行為は現住建造物等放火罪(刑法108条)にあたる。
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