科刑上一罪の処断刑としての「その最も重い刑」(刑法54条1項)の意義について
一 序論――問題の所在
二 一般的判断方法としての重点的対照主義
三 重点的対照主義の補正的運用
四 結論――残された課題
一 はじめに――問題の所在
刑法54条1項は、観念的競合および牽連犯の処断方法について、「その最も重い刑により処断する」と定めている。これら科刑上一罪と呼ばれる犯罪群は、法的評価としては、数個の罪が成立していると認められるが、自然的・社会的事実としては、1回の意思決定に基づく1個の行為によって構成され、または数個の行為からなる一体的な行為によって成り立っているため、1回の処罰で処理される。数個の罪に定められた個々の刑は必ずしも同一ではなく、刑種と刑量に差があるため、いずれが「その最も重い刑」であるのかが問題となるが、その意義は必ずしも明らかではない1)。
「その最も重い刑」は、一般的には、各罪の罰条に定められている法定刑を比較して、刑法10条に定められた刑の軽重の基準に基づいて判定される。例えば、死体の所在する人家に火を放って、死体とともに建造物を焼損した死体損壊罪と現住建造物等放火罪の観念的競合の場合、死体損壊罪の法定刑は3年以下の懲役であり、放火罪のそれは死刑または無期もしくは5年以上の懲役であり、これらの罪の刑を比較すると、現住建造物等放火罪の法定刑の方が重いので、それが処断刑となる。また、姦淫目的で被害者を欺いて自動車に乗せた後、強いて姦淫を行なったわいせつ目的略取罪と強姦罪の牽連犯の場合も、わいせつ目的略取罪の法定刑は1年以上10年以下の懲役であり、強姦罪のそれは3年以上の有期懲役であり、強姦罪の法定刑の方が重いので、強姦罪の法定刑によって処断されることになる。
このように科刑上一罪を構成する罪の刑が、懲役刑のような単独の刑種によって定められている場合、いずれが「その最も重い刑」であるのかは、それを比較することによって判定することができるので、処断刑の確定にあたって、特段の問題は生じない。しかも、法定刑の長期が長い現住建造物等放火罪と強姦罪は、死体損壊罪とわいせつ目的略取罪に比べてその短期も長いので、懲役刑の長期と短期を単純比較するだけで、どの罪の法定刑が「その最も重い刑」にあたるのかを容易に判定することができる。
では、次の場合はどうであろうか。例えば、運転免許証を偽造し、それを身分証として提示して金銭を借り入れた偽造公文書行使罪と詐欺罪の牽連犯の場合、偽造公文書作成罪の刑は1年以上10年以下の懲役であり、詐欺罪のそれは1月以上10年以下の懲役であり、2つの罪の刑を刑法10条2項に従って比較すると、各々の罪の法定刑の長期が同じであるので、その短期を比較し、その長いものが重い刑となるので、偽造公文書行使罪の法定刑が処断刑となる。これに対して、外国語の技能証明書を偽造し、それを行使して、通訳の依頼者から謝礼として金銭の支払いを受けた偽造私文書行使罪と詐欺罪の牽連犯の場合、私文書偽造罪の刑は3月以上5年以下の懲役であり、詐欺罪のそれは10年以下の懲役であり、これらの罪の刑の長期を比較すると、詐欺罪が方が長いので、その下限を比較するまでもなく、詐欺罪の法定刑が「その最も重い刑」となる。しかし、そのように解すると、偽造私文書行使罪の刑の短期よりも短い懲役1月ないし2月の量刑判断も理論的には可能になる。このような判断であっても、「その最も重い刑」を定めた詐欺罪の罰条に基づいて刑が宣告されているので、刑法54条1項の趣旨に反しているとは言えない。また、人が看守する墓地に不法に侵入し、墓を発掘した建造物侵入罪と墳墓発掘罪の牽連犯の場合、建造物侵入罪の刑は3年以下の懲役または10万円以下の罰金であり、墳墓発掘罪のそれは2年以下の懲役であり、これらの罪の刑の長期を比較すると、建造物侵入罪の刑の方が長いので、それが処断刑になる。その上で罰金刑が選択された場合、人の看守していない墓地の墳墓を発掘しただけの場合よりも軽く処罰することになるが、この場合も「その最も重い刑」である建造物侵入罪の刑を適用して刑が宣告されているので、刑法54条1項の趣旨に反していると言うことはできない。
小論は、以上のような問題意識に基づいて、科刑上一罪の処断刑に関する判例の動向を検討すること通じて、刑法54条1項の「その最も重い刑」の意義を明らかにすることを目的としている。
二 一般的判断方法としての重点的対照主義
科刑上一罪を構成する複数の罪の刑の軽重関係は、どのようにして判断されるのか。刑法は、それについてどのように定めているのか。刑法10条は、刑(主刑)の軽重関係について、一般的な判断基準を設けている。それによれば、刑の軽重は、刑法9条に定められた刑の順、すなわち死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留、科料の順に従って判定される。これらのうち、身体的自由の拘束を伴う懲役および禁錮と拘留ではその期間が異なり、また財産剥奪と伴う罰金と科料とではその額が異なるので、その軽重は明確に区別することができる。また、懲役と禁錮は、身体拘束の期間が同じであっても、刑務作業の有無の点で異なるので、一般的には懲役の方が重いとされている。ただし、無期禁錮と有期懲役とでは禁錮の方が重く、また有期禁錮の長期が有期懲役の懲役の2倍を超えるときも、禁錮の方が重い(1項)。従って、比較される複数の罪の刑が同種である場合には、その期間や金額を比較するのが一般的な判断方法である。すなわち、比較対照される刑が、懲役や罰金などの同種の刑で定められている場合、その長期が長いもの、または多額が多いものが重い刑となり、長期または多額が同じであるときは、短期の長いもの、また寡額が多いものが重い刑となる(2項)。さらに、比較対照される刑の長期・短期または多額・寡額が同じである場合、当該行為の犯情を比較して、その重い方の罪の刑が重い刑となる(3項)。
このように科刑上一罪を構成する複数の罪の刑の軽重関係は、一般的には、刑法10条の刑の軽重基準に従って判断される。ただし比較される刑の刑種が、懲役刑や罰金刑など単独で定められている場合、その長期・多額を比較し、またその短期・寡額を比較して、その軽重を判定することができるが、懲役刑と罰金刑の選択刑または併科刑として定められている場合、どのように比較するかについては、刑法10条は必ずしも明確に規定していない。そのような場合でも、刑法10条の軽重関係を基本にしながら、まずは選択刑または併科刑のうちの重い方の刑種である懲役刑の長期を比較し、それが同一の場合には短期を比較することことになるが、懲役刑の短期が同じである場合、軽い方の刑種の罰金刑の多寡を比較するのか、それとも当該行為の犯情を比較するのかは必ずしも明らかではない。
この問題をめぐっては、学説では重点的対照主義と全体的対照主義が対立している。重点的対照主義は、各罪の刑のうち、重い方の刑種の懲役刑を比較対照し、その長期と短期を比較して処断刑を判定し、軽い方の刑種の罰金刑は比較対照から除外する。これに対して、全体的対照主義は、重い方の刑種の懲役刑の長短だけでなく、軽い方の刑種の罰金刑の多寡をも含めて比較対照して処断刑を判定する。刑法10条は、その手順について明確に定めていないが、最高裁昭和23年4月8日第1小法廷判決2)は、その解釈としては全体的対照主義によると解するのが常識的・合理的であるが、刑法施行法(1908年)3条3項が重点的対照主義を採用していると解することができるため、現行刑法の運用としては、重点的対照主義によるべきであると判断している。
判例がそのように判断したのは、次のような食糧管理法違反と物価統制令違反の観念的競合の事案であった。被告人は、昭和22年5月に4回にわたって、昭和21年度生産の管理米の証印のない粳玄米と粳精米を物価庁長官の定めた統制額を超過した金額で生産者から買い受け、それを買受資格のない者に対して統制額を超過した金額で売り渡したとして起訴された。原審広島高等裁判所は、生産者から統制価格を超過して米穀を買い受け、それを統制価格を超過して売り渡した被告人の行為が食糧管理法9条および31条(10年以下の懲役または5万円以下の罰金)と物価統制令3条、4条および33条(10年以下の懲役または10万円以下の罰金)に違反し、これらは1個の行為で2個の罪名に触れる観念的競合であり、また連続犯であるから、刑法54条1項、55条(連続犯)および10条を適用して、犯情の重い食糧管理法9条および31条に従い、さらに同34条(任意的併科)を適用して、情状により懲役刑および罰金刑を併科することを相当と認め、懲役6月および罰金1500円に処した。
原審の判断に対して、被告人と弁護人は、食糧管理法違反の罪と物価統制令違反の罪とが観念的競合の関係にある本件の事案について、刑法10条2項に基づいて、その重い方の刑種の懲役刑が10年と同じなので、軽い方の刑種の罰金刑の多額を比較対照して、罰金10万円以下と定めている重い方の物価統制令違反の罪の刑に従って処断すべきであるが、それにもかかわらず軽い罰金刑を定めている食糧管理法違反の罪の刑に従って処断したのは不当であり、さらに食糧管理法違反の罪は、原審が認定したように犯情が重いものと認められるが、物価統制令違反の罪は、取引の数量および利得の額がいずれも少なく、戦争により負傷し扶助を必要とする被告人が偶発的に犯した罪であるので、その犯情は重いとは認められないので、物価統制令3条、4条および33条を適用するとしても、同36条(任意的併科)をも適用して、懲役刑と罰金刑を併科するのは不相当であると主張して、罰金刑のみをもって処断するのが相当であるとして上告した。
弁護人の上告に対して、最高裁は、刑法10条が重点的対照主義に基づいて適用されるべきであるとして上告を棄却したが、その理由は次の通りであった。刑法10条が単独刑として定められた懲役刑や罰金刑の軽重関係について、その長期・短期および多額・寡額を全体として比較対照する主義に立っているところから推し量って考えるならば、併科刑または選択刑の場合についても、まずはそのうちの重い刑種の懲役刑について対照し、その長期・短期が同じであるならば、次いで軽い刑種の罰金刑について対照するという全体的対照主義が刑法10条の解釈としては常識的であり、合理的であるが、刑法施行法3条の存在に注目すると、そのような立場に基づくべきではない。刑法施行法3条3項は、「1罪ニ付、2個以上ノ主刑ヲ併科ス可キトキ、又ハ2個以上ノ主刑中其1個ヲ科ス可キトキハ、其中ニテ重キ刑ノミニ付キ対照ヲ為ス可シ」と規定しれいるが、それは「併科刑、又は選択刑の場合に、刑の軽重を定むるための対照手続を規定したものであり、その表現は広く一般的であって特に新旧刑法の刑の対照のみに限定したものではな」く、「一般的に併科刑又は選択刑の場合に、刑の軽重を定める重点的対照主義を規定したもの」と解釈できるので、刑法10条の適用にあたっては、重点的対照主義に従うべきであると判断した。つまり、科刑上一罪を構成する複数の罪の刑の軽重関係の判断方法に関して、刑法10条は一方で全体的対照主義の立場を採用すると定め、他方で刑法施行法3条3項は、それとは異なる重点的対照主義を採用し、両規定は一致しないため、刑法の解釈・適用にあたっては施行規則である刑法施行法に従い、併科刑(2個以上ノ主刑ヲ併科ス可キトキ)や選択刑(2個以上ノ主刑中其1個ヲ科ス可キトキ)の場合の刑の軽重の判断にあたっては、軽い刑を除外して、「其中ニテ重キ刑ノミ」、つまり重い刑の長期と短期のみを比較対照して処断刑を判定すべきであると解した。そして、そのような理解に基づいて、本件の食糧管理法違反の罪と物価統制令違反の罪に規定された重い刑種の懲役刑の長期と短期のみを比較し、それが同じであったので、軽い刑種の罰金刑の多額を比較することなく、犯情の重い食糧管理法違反の罪の刑で処断した原審の判断を維持したのである。
三 重点的対照主義の補正的運用
昭和23年判例は、本来的には全体的対照主義を定めている刑法10条を、刑法施行法3条3項に基づいて、重点的対照主義にしたがって解釈・適用した。その判断方法は、科刑上一罪を構成する複数の罪の刑が、懲役刑と罰金刑の併科刑または選択刑として定められている場合、いずれが重い刑であるかを判断するにあたって、まず重い刑種の懲役刑の長期を比較し、それが同じ場合にはその短期を比較し、それが同じである場合には、軽い刑種の罰金刑の多寡を比較することなく、犯情の重い方の罪の刑を「その最も重い刑」とするというものであった。この判断方法は、その後、最高裁昭和28年4月1日第3小法廷判決3)および最高裁昭和32年2月14日第1小法廷判決4)によって継承されたが、若干の補正を施された。
昭和28年判例は、傷害罪および公務執行妨害罪の観念的競合と外国人登録令違反の罪の併合罪の事案に関するものであった。第1審東京地方裁判所は、傷害罪(10年以下の懲役または10万円以下の罰金)と公務執行妨害罪(3年以下の懲役または禁錮)は刑法54条1項の観念的競合の関係にあり、刑法10条を適用して、重い刑を定めた傷害罪の罰条に基づいて、被告人を罰金2万円に処した。これに対して検察官は、刑法54条1項に基づいて「其最モ重キ刑」である傷害罪の刑で処断したにもかかわらず、公務執行妨害罪の刑よりも軽い罰金刑を選択したことは違法であると主張して、控訴した。東京高等裁判所は、法定刑のなかに選択刑がある場合には、刑法10条、刑法施行法3条3項に従って、その重いもの比較対照して、刑の軽重を判定すべきであるから、第一審が公務執行妨害罪と傷害罪の法定刑の軽重を比較し、傷害罪の刑が最も重い刑であると判定し、その上でその規定にある罰金刑を選択して処断したことは何ら法令の適用を誤ったものではないと述べて、控訴を棄却した。
これに対して検察官が上告し、最高裁は原判決を破棄し、傷害罪と公務執行妨害罪の観念的競合については懲役刑を、外国人登録令違反については罰金刑を選択し、刑法48条1項本文に従って懲役3月と罰金8千円を併科した。刑法54条1項前段の観念的競合の場合において、「其最モ重キ刑ヲ以テ処断ス」と定めているのは、その数個の罪のうち重い刑を定めている法条によって処断するという趣旨であると同時に、それより軽い刑を定めている他の法条の最下限の刑よりも軽く処断できないという趣旨を含むと解するのが相当であるので、「本件において、第一審判決が公務執行妨害の罪と傷害の罪とを刑法54条1項前段の一所為数法の関係において処断するにあたり、もっとも重い刑を定めた傷害の罪の法条によって処断したのは正当であるが、公務執行妨害の罪の刑が3年以下の懲役又は禁錮と定められ、罰金の定めがないにもかかわらず、傷害の罪にその定めがあるのに従って、被告人を罰金2万円に処したのは、刑法54条1項の解釈を誤ったものであり違法たるを免れない」。最高裁は、このように述べて、原判決を破棄自判した。
この判断は、同じ傷害罪と公務執行妨害罪の観念的競合の事案の処断刑を判断した昭和32年判例にも引き継がれた。第1審東京地方裁判所は、被告人A、BおよびCの行為は1個の行為で傷害罪(10年以下の懲役または10万円以下の罰金)と公務執行妨害罪(3年以下の懲役または禁錮)の2つの罪名に触れる場合であるから、刑法54条1項、10条により重い傷害罪の刑に従って処断すべきであるとして、各被告人の行為の軽重を勘案して、Aを懲役8月に処し、その刑の執行を2年間猶予し、被告人BおよびCを罰金2万円に処した。これに検察官が控訴し、原審東京高等裁判所は、刑法54条1項の「其最モ重キ刑ヲ以テ処断ス」と定めているのは、その数個の罪のうち最も重い刑を定めている法条によって処断するという趣旨であるとともに、他の法条の最下限の刑よりも軽く処断することはできず、各法条の法定刑の最上限も最下限もともに重い刑の範囲内において処断すべきものとする趣旨であるので、第1審判決が傷害罪の罰条によって処断したのは正当であるが、公務執行妨害罪に罰金刑がないにもかかわらず、B・Cに傷害罪に定められた罰金刑を科したのは、刑法54条1項の解釈を誤った違法があるとして、B・Cを懲役8月に処し、その執行を2年間猶予した。これにB・Cおよび弁護人が上告したが、最高裁は昭和28年判例を踏まえて、上告を棄却し、原審の判断を維持したのである。
昭和28年判例および昭和32年判例は、傷害罪と公務執行妨害罪の観念的競合の処断刑に関するものであり、重い刑種の懲役刑の長期を比較した場合、傷害罪の方が長いことは明らかであったので、傷害罪の刑に従って処断したことは、判例が採用している重点的対照主義だけでなく、全体的対照主義からも問題のない事案であった。ただし、いずれの事案においても傷害罪の刑によって処断して罰金刑を科したことは、懲役刑しか科されない公務執行妨害罪だけを行なった場合と比べて軽く処罰することになり、不均衡であるため、重い傷害罪の刑から、軽い公務執行妨害罪にはない罰金刑を除外して処断刑の範囲を限定した。これは、重点的対象主義の補正的運用であるということができる。
このような重点的対照主義の補正的運用は、その後においてさらに展開を見せた。その例として、最高裁平成19年12月3日第1小法廷決定5)と名古屋高裁金沢支部平成26年3月18日判決6)を挙げることができる。
平成19年判例の事案は、次のようなものであった。被告人は、その運営するインターネットのアダルトサイトにアクセスしてきた被害者らに対して、利用料金が発生したなどと偽って、被告人の管理する預金口座に現金を振り込ませ、その際、第三者名義の口座を振込先の口座として使用したが、それが詐欺罪(10年以下の懲役)と組織犯罪処罰法上の犯罪収益等隠匿罪(5年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金またはその併科)の観念的競合にあたるとして起訴されたが、最高裁は、「数罪が科刑上一罪の関係にある場合において、その最も重い罪の刑は懲役刑のみであるが、その他の罪に罰金刑の任意的併科の定めがあるときは、刑法54条1項の規定の趣旨等にかんがみ、最も重い罪の懲役刑にその他の罪の罰金刑を併科することができると解するのが相当であ」ると述べて、重い詐欺罪の刑に軽い犯罪収益等隠匿罪の罰金刑を併科したものを処断刑とした。
刑の軽重の基本的な関係は、刑法10条に定められているように、懲役刑の長短や罰金刑の多寡の比較によって判断されるが、科刑上一罪を構成する複数の罪のなかに、懲役刑が単独で定められた罪と懲役刑および罰金刑が選択刑または任意的併科刑として定められた罪がある場合の刑の軽重関係の判断方法について判断した例は、これまでなかった。刑法施行法3条3項が定めている重点的対照主義に基づいて判断するならば、刑が単独刑であれ、選択刑や併科刑であれ、そのうちの重い刑種である懲役刑のみを取り出して比較し、それが長い罪の刑が処断刑になるが、本件の事案では、詐欺罪と犯罪収益等隠匿罪の刑を比較するにあたって、まずは重い刑種の懲役刑を比較して詐欺罪の刑を処断刑として選定したうえで、それにはない罰金刑が犯罪収益等隠匿罪に選択刑または併科刑として定められているので、それを重い刑種の懲役刑に併科できるというのが「刑法54条1項の趣旨」であると判断された。これによって、「10年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金またはその併科」という科刑上一罪を構成する罪のいずれにもない刑が処断刑として形成されることになった。
このような重点的対照主義の補正的運用は、名古屋高裁金沢支部の事案にも見られた。それは、住居侵入罪(3年以下の懲役または10万円以下の罰金)と暴行罪(2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料)の牽連犯の事案であった。原審富山地方裁判所は、刑法54条1項と10条を適用して、この2つの罪を1罪として最も重い刑を定めた住居侵入罪の刑で処断することとし、その上で罰金刑を選択した場合、その多額は住居侵入罪の10万円であると解するのが相当であると判断した。これに対して、検察官が、手段・目的関係にある住居侵入罪と暴行罪の処断刑は、1罪として重い住居侵入罪の刑によって処断されるが、そのうちの罰金刑の多額については暴行罪のそれによるべきであるとして、原審の判決に法令適用の誤りがあると主張して控訴した。
名古屋高裁金沢支部は、検察官の控訴を受けて、次のように原判決を破棄・自判した。まず、「数罪が科刑上一罪の関係にある場合、刑法54条1項は、『その最も重い刑により処断する』している。そして、最も重い刑を定めるに当たっては、数罪の法定刑を対照してその刑の軽重を定めることになるが、選択刑が定められている数罪の比較対照方法については、各罪の重い刑種のみを取り出して比較対照し、処断刑を決定することになる(重点的対照主義。最一判昭和23・4・8刑集2巻4号307頁参照)」と述べて、科刑上一罪を構成する複数の罪の刑の軽重関係を判断する方法として、昭和23年判例が採用した重点的対照主義に基づくことを明らかにした。そして、住居侵入罪と暴行罪の牽連犯のような「その重い罪及び軽い罪のいずれにも選択刑として罰金刑の定めがあり、軽い罪の罰金刑の多額の方が重い罪の罰金刑の多額よりも多いときは、罰金刑の多額は軽い罪のそれによるべきであると解するのが相当である」と判断し、懲役刑の長期が長い暴行罪の刑を処断刑としたうえで、その選択刑である罰金刑の多額を住居侵入罪のそれにまで引き上げた。その理由は、「このように解することが、数個成立する罪について社会的事実としての一体性があることから、数個の行為を包括的に『その最も重い刑』により処断することとした刑法54条1項の文言や趣旨に合致するといえるし、また、このように解することによって、重い罪及び軽い罪を併せて犯した場合の方が、軽い罪のみを犯した場合よりも、選びうる罰金刑の多額が低くなってしまうという不都合な事態を回避することができるからである」。
ただし、このような理解は、昭和23年判例が採用した重点的対照主義とは異なる。昭和23年判例は、観念的競合の関係にある2つの罪の重い刑種の懲役の長期・短期はいずれもが同一であり、選択刑である罰金刑の多額に格差があったにもかかわらず、それを比較対照せずに、犯情の評価を優先させて、罰金刑の多額の少ない食糧管理法違反の罪の法定刑を処断刑とした。このような重点的対照主義が本件にも適用されたならば、重い刑種の懲役刑の長期が長い詐欺罪の法定刑を処断刑とするだけでよく、その選択刑の罰金刑の上限を住居侵入罪のそれにまで引き上げるような補正は必要なかったはずである。この点について、判決は、「原判決が確定した判例・実務とする重点的対照主義は、刑の軽重を定めるについて、刑法10条、刑法施行法3条3項を適用しなければならないとするものであるが、軽い罪との関係において、選択刑である罰金刑の上限の扱いまで直接指示しているとはいえず、上記のような修正ないし補充を排除しているとまではいえない」と述べて、重い刑種の懲役刑の長期だけでなく、その選択刑である罰金刑の多額をも比較して処断刑を形成するという立場を示した。これによって、「其中ニテ重キ刑ノミ」を比較して処断刑を判定する刑法施行報3条3項の適用は斥けられた。
四 結論――残された課題
科刑上一罪を構成する複数の罪の刑の軽重関係について、判例および裁判例がどのような判断方法を採用しているかについて検討した。その動向として、次のように整理することができる。
1.昭和23年判例――観念的競合の関係にある2つの罪の刑がいずれも懲役刑と罰金刑の選択刑を定めており、懲役刑の長期・短期は同一で、罰金刑の多額に多寡がある場合、刑法施行法3条3項の重点的対照主義を適用して、重い刑種の懲役刑のみを比較して、それが同一である場合、罰金刑の多額を比較することなく、当該行為の犯情を比較して、処断刑を判定した。その結果、罰金刑の多額が少ない罪の法定刑が処断刑とされた。
刑法施行法3条3項が定めた重点的対照主義は、昭和23年判例の事案に適用されたが、その後は補正的に運用されているといえる。刑法施行法3条3項は、昭和23年判例では、新旧刑法の刑の対照のみに限定したものではなく、一般的に併科刑又は選択刑の場合に、刑の軽重を判断する方法を定めたものであると理解されていたが、その後は実際には柔軟に運用され、刑法施行法3条3項の「其中ニテ重キ刑ノミ」を比較するという方法は基本的に否定された。ただし、刑法施行法3条3項の規定に関して、それが旧刑法時代に行われた行為に関して新旧刑法の刑を比較することを趣旨としたものであると理解されているか否かは明らかではない7)。
2.昭和28年判例および昭和32年判例――観念的競合の関係にある2つの罪が、懲役刑および罰金刑の選択が定められた罪と懲役刑のみが定められた罪であり、重い刑種の懲役刑を比較すると、前者の懲役刑の長期が長いので、前者の刑が処断刑となるが、刑の量刑判断にあたっては、後者の罪に定められていない罰金刑を科すことはできない。その結果、処断刑として選定された法定刑が補正され、軽い罪にはない罰金刑がそれから除外されることとなった。
重点的対照主義を補正的に運用することによって、昭和28年判例および昭和32年判例では、懲役刑と罰金刑の選択が定められた重い罪と懲役刑のみが定められた軽い罪について、罰金刑の有無の比較が行なわれることによって、重い刑が定められた罪の法定刑が補正され、そこから選択刑としての罰金刑が除外されている。これは、2つの罪の法定刑を重ね合わせて、その最大公約数を取り出す方法によって、重い方の罪の法定刑の下限を引き上げるものである。
3.平成19年判例――観念的競合の関係にある2つの罪が懲役刑を定めた罪と懲役刑と罰金刑の選択刑もしくは任意的併科刑を定めた罪であり、重い刑種の懲役刑を比較すると、前者の罪の長期が長いので、前者の罪の刑が処断刑となるが、その刑に後者の罪に定められている罰金刑を任意的に併科することができる。その結果、観念的競合の関係にある2つの罪の法定刑にない刑が処断刑として新たに形成されることとなった。
重い刑種である懲役刑について比較した結果、重い刑を定めた罪には罰金刑はなく、それが軽いと判定された罪に任意的に併科されている場合、重い懲役刑にその罰金刑を併科することができる。つまり、単独刑として懲役刑が定められた罪の刑と懲役刑および罰金刑が選択的または任意的に併科されると定められた罪の刑を比較する場合、刑の軽重関係を判断するためには、個々の刑の長短や多寡を比較するだけでなく、単独刑、選択刑、併科刑という規定の形式をも比較しなければならない。
4.平成26年事例――観念的競合の関係にある2つの罪の刑がいずれも懲役刑と罰金刑の選択刑を定めており、重い刑種の懲役刑を比較すると、前者の罪の長期が長いので、前者の罪の刑が処断刑となるが、軽い刑種の罰金刑を比較すると、後者の罪の多額が多い場合には、罰金刑の多額は後者の罪のそれによるべきである。その結果、観念的競合の関係にある2つの罪の法定刑にない刑が処断刑として新たに形成されることとなった。
重い刑種である懲役刑について比較した結果、重い懲役刑を定めた罪の罰金刑が軽い懲役刑を定めた罪の罰金刑よりも軽い場合、重い懲役刑を定めた罪の罰金刑は軽い罪の罰金刑によることになる。これもまた、2つの罪の法定刑を重ね合わせて、その最大公約数を取り出す方法によって、重い方の罪の罰金刑の下限を引き上げるものである。
刑法54条1項が定める科刑上一罪の処断刑としての「その最も重い刑」をめぐる問題は、さらに刑法118条(ガス漏出等致死傷罪)、216条(不同意堕胎致死傷罪)、219条(単純・保護責任者遺棄致死傷罪)などの各則の規定と関連づけて整合的に理解しなければならないが、それらの問題は今後の課題としたい。
1)科刑上一罪の処断刑に関する全体的な解説については、団藤重光編『注釈刑法(2)―Ⅱ総則(3)』(有斐閣、1969年)611頁以下、大塚仁・河上和雄・佐藤文哉・古田佑紀編『大コンメンタール刑法第4巻(第2版)』(青林書院、2001年)284頁以下等、中野次雄「併合罪」瀧川幸辰編『刑事法講座第7巻・補巻』(1953年)1371頁以下、鈴木茂嗣「罪数論」中山研一・西原春夫・藤木英雄・宮澤浩一編『現代刑法講座第3巻』(1982年283頁以下参照。
2)最一判昭和23・4・8刑集2巻4号307頁。本判決の評釈として、団藤重光「観念的競合の処断刑(選択刑のあるばあい)」刑事判例評釈集第8巻(1950年)180頁以下。
3)最三判昭和28・4・14刑集7巻4号850頁。
4)最一判昭和32・2・14刑集11巻2号715頁。
5)最一決平成19・12・3刑集61巻9号821頁。本決定の評釈として、大久保隆志「科刑上一罪の最も重い罪が懲役刑のみでその他の罪に罰金刑の任意的併科がある場合における罰金刑併科の可否」刑事法ジャーナル第12号(2008年)89頁以下、拙稿「刑法54条1項における『その最も重い刑により処断する』の意義」法学セミナー第652号(2009年)133頁。
6)名古屋高金沢支部判平成26・3・18高刑速報平成26年140頁。本判決の評釈として、拙稿「科刑上一罪の処断刑としての『その最も重い刑』(刑法54条1項)の意義」法学セミナー736号(2016年)123頁。
7)刑法施行法2条は、刑法施行前に旧刑法の罪または他の法律の罪を犯した者については、以下の例に従って、刑法の主刑と旧刑法の主刑とを対照し、刑法10条の規定により、その軽重を判定すると定めている。
新刑法の刑 死刑 無期懲役 無期禁錮 有期懲役 有期禁錮 罰金 拘留 科料
旧刑法の刑 死刑 無期徒刑 無期流刑 有期徒刑 有期流刑 罰金 拘留 科料
重懲役 重禁獄
軽懲役 軽禁獄
重禁錮 軽禁錮
これらのうち、旧刑法の無期流刑は現行刑法の無期禁錮に、刑法の有期徒刑、重懲役、軽懲役、軽禁錮は現行刑法の有期懲役に、旧刑法の有期流刑、重禁獄、軽禁獄、軽禁錮は現行刑法の有期禁錮に対応する。このような複雑な対応関係の上に、選択刑や併科刑が比較される場合、さらに複雑になるため、刑法施行法3条3項は、その複雑さを解消するため、重い刑種を比較するだけにしたのではないかと思われる。
一 序論――問題の所在
二 一般的判断方法としての重点的対照主義
三 重点的対照主義の補正的運用
四 結論――残された課題
一 はじめに――問題の所在
刑法54条1項は、観念的競合および牽連犯の処断方法について、「その最も重い刑により処断する」と定めている。これら科刑上一罪と呼ばれる犯罪群は、法的評価としては、数個の罪が成立していると認められるが、自然的・社会的事実としては、1回の意思決定に基づく1個の行為によって構成され、または数個の行為からなる一体的な行為によって成り立っているため、1回の処罰で処理される。数個の罪に定められた個々の刑は必ずしも同一ではなく、刑種と刑量に差があるため、いずれが「その最も重い刑」であるのかが問題となるが、その意義は必ずしも明らかではない1)。
「その最も重い刑」は、一般的には、各罪の罰条に定められている法定刑を比較して、刑法10条に定められた刑の軽重の基準に基づいて判定される。例えば、死体の所在する人家に火を放って、死体とともに建造物を焼損した死体損壊罪と現住建造物等放火罪の観念的競合の場合、死体損壊罪の法定刑は3年以下の懲役であり、放火罪のそれは死刑または無期もしくは5年以上の懲役であり、これらの罪の刑を比較すると、現住建造物等放火罪の法定刑の方が重いので、それが処断刑となる。また、姦淫目的で被害者を欺いて自動車に乗せた後、強いて姦淫を行なったわいせつ目的略取罪と強姦罪の牽連犯の場合も、わいせつ目的略取罪の法定刑は1年以上10年以下の懲役であり、強姦罪のそれは3年以上の有期懲役であり、強姦罪の法定刑の方が重いので、強姦罪の法定刑によって処断されることになる。
このように科刑上一罪を構成する罪の刑が、懲役刑のような単独の刑種によって定められている場合、いずれが「その最も重い刑」であるのかは、それを比較することによって判定することができるので、処断刑の確定にあたって、特段の問題は生じない。しかも、法定刑の長期が長い現住建造物等放火罪と強姦罪は、死体損壊罪とわいせつ目的略取罪に比べてその短期も長いので、懲役刑の長期と短期を単純比較するだけで、どの罪の法定刑が「その最も重い刑」にあたるのかを容易に判定することができる。
では、次の場合はどうであろうか。例えば、運転免許証を偽造し、それを身分証として提示して金銭を借り入れた偽造公文書行使罪と詐欺罪の牽連犯の場合、偽造公文書作成罪の刑は1年以上10年以下の懲役であり、詐欺罪のそれは1月以上10年以下の懲役であり、2つの罪の刑を刑法10条2項に従って比較すると、各々の罪の法定刑の長期が同じであるので、その短期を比較し、その長いものが重い刑となるので、偽造公文書行使罪の法定刑が処断刑となる。これに対して、外国語の技能証明書を偽造し、それを行使して、通訳の依頼者から謝礼として金銭の支払いを受けた偽造私文書行使罪と詐欺罪の牽連犯の場合、私文書偽造罪の刑は3月以上5年以下の懲役であり、詐欺罪のそれは10年以下の懲役であり、これらの罪の刑の長期を比較すると、詐欺罪が方が長いので、その下限を比較するまでもなく、詐欺罪の法定刑が「その最も重い刑」となる。しかし、そのように解すると、偽造私文書行使罪の刑の短期よりも短い懲役1月ないし2月の量刑判断も理論的には可能になる。このような判断であっても、「その最も重い刑」を定めた詐欺罪の罰条に基づいて刑が宣告されているので、刑法54条1項の趣旨に反しているとは言えない。また、人が看守する墓地に不法に侵入し、墓を発掘した建造物侵入罪と墳墓発掘罪の牽連犯の場合、建造物侵入罪の刑は3年以下の懲役または10万円以下の罰金であり、墳墓発掘罪のそれは2年以下の懲役であり、これらの罪の刑の長期を比較すると、建造物侵入罪の刑の方が長いので、それが処断刑になる。その上で罰金刑が選択された場合、人の看守していない墓地の墳墓を発掘しただけの場合よりも軽く処罰することになるが、この場合も「その最も重い刑」である建造物侵入罪の刑を適用して刑が宣告されているので、刑法54条1項の趣旨に反していると言うことはできない。
小論は、以上のような問題意識に基づいて、科刑上一罪の処断刑に関する判例の動向を検討すること通じて、刑法54条1項の「その最も重い刑」の意義を明らかにすることを目的としている。
二 一般的判断方法としての重点的対照主義
科刑上一罪を構成する複数の罪の刑の軽重関係は、どのようにして判断されるのか。刑法は、それについてどのように定めているのか。刑法10条は、刑(主刑)の軽重関係について、一般的な判断基準を設けている。それによれば、刑の軽重は、刑法9条に定められた刑の順、すなわち死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留、科料の順に従って判定される。これらのうち、身体的自由の拘束を伴う懲役および禁錮と拘留ではその期間が異なり、また財産剥奪と伴う罰金と科料とではその額が異なるので、その軽重は明確に区別することができる。また、懲役と禁錮は、身体拘束の期間が同じであっても、刑務作業の有無の点で異なるので、一般的には懲役の方が重いとされている。ただし、無期禁錮と有期懲役とでは禁錮の方が重く、また有期禁錮の長期が有期懲役の懲役の2倍を超えるときも、禁錮の方が重い(1項)。従って、比較される複数の罪の刑が同種である場合には、その期間や金額を比較するのが一般的な判断方法である。すなわち、比較対照される刑が、懲役や罰金などの同種の刑で定められている場合、その長期が長いもの、または多額が多いものが重い刑となり、長期または多額が同じであるときは、短期の長いもの、また寡額が多いものが重い刑となる(2項)。さらに、比較対照される刑の長期・短期または多額・寡額が同じである場合、当該行為の犯情を比較して、その重い方の罪の刑が重い刑となる(3項)。
このように科刑上一罪を構成する複数の罪の刑の軽重関係は、一般的には、刑法10条の刑の軽重基準に従って判断される。ただし比較される刑の刑種が、懲役刑や罰金刑など単独で定められている場合、その長期・多額を比較し、またその短期・寡額を比較して、その軽重を判定することができるが、懲役刑と罰金刑の選択刑または併科刑として定められている場合、どのように比較するかについては、刑法10条は必ずしも明確に規定していない。そのような場合でも、刑法10条の軽重関係を基本にしながら、まずは選択刑または併科刑のうちの重い方の刑種である懲役刑の長期を比較し、それが同一の場合には短期を比較することことになるが、懲役刑の短期が同じである場合、軽い方の刑種の罰金刑の多寡を比較するのか、それとも当該行為の犯情を比較するのかは必ずしも明らかではない。
この問題をめぐっては、学説では重点的対照主義と全体的対照主義が対立している。重点的対照主義は、各罪の刑のうち、重い方の刑種の懲役刑を比較対照し、その長期と短期を比較して処断刑を判定し、軽い方の刑種の罰金刑は比較対照から除外する。これに対して、全体的対照主義は、重い方の刑種の懲役刑の長短だけでなく、軽い方の刑種の罰金刑の多寡をも含めて比較対照して処断刑を判定する。刑法10条は、その手順について明確に定めていないが、最高裁昭和23年4月8日第1小法廷判決2)は、その解釈としては全体的対照主義によると解するのが常識的・合理的であるが、刑法施行法(1908年)3条3項が重点的対照主義を採用していると解することができるため、現行刑法の運用としては、重点的対照主義によるべきであると判断している。
判例がそのように判断したのは、次のような食糧管理法違反と物価統制令違反の観念的競合の事案であった。被告人は、昭和22年5月に4回にわたって、昭和21年度生産の管理米の証印のない粳玄米と粳精米を物価庁長官の定めた統制額を超過した金額で生産者から買い受け、それを買受資格のない者に対して統制額を超過した金額で売り渡したとして起訴された。原審広島高等裁判所は、生産者から統制価格を超過して米穀を買い受け、それを統制価格を超過して売り渡した被告人の行為が食糧管理法9条および31条(10年以下の懲役または5万円以下の罰金)と物価統制令3条、4条および33条(10年以下の懲役または10万円以下の罰金)に違反し、これらは1個の行為で2個の罪名に触れる観念的競合であり、また連続犯であるから、刑法54条1項、55条(連続犯)および10条を適用して、犯情の重い食糧管理法9条および31条に従い、さらに同34条(任意的併科)を適用して、情状により懲役刑および罰金刑を併科することを相当と認め、懲役6月および罰金1500円に処した。
原審の判断に対して、被告人と弁護人は、食糧管理法違反の罪と物価統制令違反の罪とが観念的競合の関係にある本件の事案について、刑法10条2項に基づいて、その重い方の刑種の懲役刑が10年と同じなので、軽い方の刑種の罰金刑の多額を比較対照して、罰金10万円以下と定めている重い方の物価統制令違反の罪の刑に従って処断すべきであるが、それにもかかわらず軽い罰金刑を定めている食糧管理法違反の罪の刑に従って処断したのは不当であり、さらに食糧管理法違反の罪は、原審が認定したように犯情が重いものと認められるが、物価統制令違反の罪は、取引の数量および利得の額がいずれも少なく、戦争により負傷し扶助を必要とする被告人が偶発的に犯した罪であるので、その犯情は重いとは認められないので、物価統制令3条、4条および33条を適用するとしても、同36条(任意的併科)をも適用して、懲役刑と罰金刑を併科するのは不相当であると主張して、罰金刑のみをもって処断するのが相当であるとして上告した。
弁護人の上告に対して、最高裁は、刑法10条が重点的対照主義に基づいて適用されるべきであるとして上告を棄却したが、その理由は次の通りであった。刑法10条が単独刑として定められた懲役刑や罰金刑の軽重関係について、その長期・短期および多額・寡額を全体として比較対照する主義に立っているところから推し量って考えるならば、併科刑または選択刑の場合についても、まずはそのうちの重い刑種の懲役刑について対照し、その長期・短期が同じであるならば、次いで軽い刑種の罰金刑について対照するという全体的対照主義が刑法10条の解釈としては常識的であり、合理的であるが、刑法施行法3条の存在に注目すると、そのような立場に基づくべきではない。刑法施行法3条3項は、「1罪ニ付、2個以上ノ主刑ヲ併科ス可キトキ、又ハ2個以上ノ主刑中其1個ヲ科ス可キトキハ、其中ニテ重キ刑ノミニ付キ対照ヲ為ス可シ」と規定しれいるが、それは「併科刑、又は選択刑の場合に、刑の軽重を定むるための対照手続を規定したものであり、その表現は広く一般的であって特に新旧刑法の刑の対照のみに限定したものではな」く、「一般的に併科刑又は選択刑の場合に、刑の軽重を定める重点的対照主義を規定したもの」と解釈できるので、刑法10条の適用にあたっては、重点的対照主義に従うべきであると判断した。つまり、科刑上一罪を構成する複数の罪の刑の軽重関係の判断方法に関して、刑法10条は一方で全体的対照主義の立場を採用すると定め、他方で刑法施行法3条3項は、それとは異なる重点的対照主義を採用し、両規定は一致しないため、刑法の解釈・適用にあたっては施行規則である刑法施行法に従い、併科刑(2個以上ノ主刑ヲ併科ス可キトキ)や選択刑(2個以上ノ主刑中其1個ヲ科ス可キトキ)の場合の刑の軽重の判断にあたっては、軽い刑を除外して、「其中ニテ重キ刑ノミ」、つまり重い刑の長期と短期のみを比較対照して処断刑を判定すべきであると解した。そして、そのような理解に基づいて、本件の食糧管理法違反の罪と物価統制令違反の罪に規定された重い刑種の懲役刑の長期と短期のみを比較し、それが同じであったので、軽い刑種の罰金刑の多額を比較することなく、犯情の重い食糧管理法違反の罪の刑で処断した原審の判断を維持したのである。
三 重点的対照主義の補正的運用
昭和23年判例は、本来的には全体的対照主義を定めている刑法10条を、刑法施行法3条3項に基づいて、重点的対照主義にしたがって解釈・適用した。その判断方法は、科刑上一罪を構成する複数の罪の刑が、懲役刑と罰金刑の併科刑または選択刑として定められている場合、いずれが重い刑であるかを判断するにあたって、まず重い刑種の懲役刑の長期を比較し、それが同じ場合にはその短期を比較し、それが同じである場合には、軽い刑種の罰金刑の多寡を比較することなく、犯情の重い方の罪の刑を「その最も重い刑」とするというものであった。この判断方法は、その後、最高裁昭和28年4月1日第3小法廷判決3)および最高裁昭和32年2月14日第1小法廷判決4)によって継承されたが、若干の補正を施された。
昭和28年判例は、傷害罪および公務執行妨害罪の観念的競合と外国人登録令違反の罪の併合罪の事案に関するものであった。第1審東京地方裁判所は、傷害罪(10年以下の懲役または10万円以下の罰金)と公務執行妨害罪(3年以下の懲役または禁錮)は刑法54条1項の観念的競合の関係にあり、刑法10条を適用して、重い刑を定めた傷害罪の罰条に基づいて、被告人を罰金2万円に処した。これに対して検察官は、刑法54条1項に基づいて「其最モ重キ刑」である傷害罪の刑で処断したにもかかわらず、公務執行妨害罪の刑よりも軽い罰金刑を選択したことは違法であると主張して、控訴した。東京高等裁判所は、法定刑のなかに選択刑がある場合には、刑法10条、刑法施行法3条3項に従って、その重いもの比較対照して、刑の軽重を判定すべきであるから、第一審が公務執行妨害罪と傷害罪の法定刑の軽重を比較し、傷害罪の刑が最も重い刑であると判定し、その上でその規定にある罰金刑を選択して処断したことは何ら法令の適用を誤ったものではないと述べて、控訴を棄却した。
これに対して検察官が上告し、最高裁は原判決を破棄し、傷害罪と公務執行妨害罪の観念的競合については懲役刑を、外国人登録令違反については罰金刑を選択し、刑法48条1項本文に従って懲役3月と罰金8千円を併科した。刑法54条1項前段の観念的競合の場合において、「其最モ重キ刑ヲ以テ処断ス」と定めているのは、その数個の罪のうち重い刑を定めている法条によって処断するという趣旨であると同時に、それより軽い刑を定めている他の法条の最下限の刑よりも軽く処断できないという趣旨を含むと解するのが相当であるので、「本件において、第一審判決が公務執行妨害の罪と傷害の罪とを刑法54条1項前段の一所為数法の関係において処断するにあたり、もっとも重い刑を定めた傷害の罪の法条によって処断したのは正当であるが、公務執行妨害の罪の刑が3年以下の懲役又は禁錮と定められ、罰金の定めがないにもかかわらず、傷害の罪にその定めがあるのに従って、被告人を罰金2万円に処したのは、刑法54条1項の解釈を誤ったものであり違法たるを免れない」。最高裁は、このように述べて、原判決を破棄自判した。
この判断は、同じ傷害罪と公務執行妨害罪の観念的競合の事案の処断刑を判断した昭和32年判例にも引き継がれた。第1審東京地方裁判所は、被告人A、BおよびCの行為は1個の行為で傷害罪(10年以下の懲役または10万円以下の罰金)と公務執行妨害罪(3年以下の懲役または禁錮)の2つの罪名に触れる場合であるから、刑法54条1項、10条により重い傷害罪の刑に従って処断すべきであるとして、各被告人の行為の軽重を勘案して、Aを懲役8月に処し、その刑の執行を2年間猶予し、被告人BおよびCを罰金2万円に処した。これに検察官が控訴し、原審東京高等裁判所は、刑法54条1項の「其最モ重キ刑ヲ以テ処断ス」と定めているのは、その数個の罪のうち最も重い刑を定めている法条によって処断するという趣旨であるとともに、他の法条の最下限の刑よりも軽く処断することはできず、各法条の法定刑の最上限も最下限もともに重い刑の範囲内において処断すべきものとする趣旨であるので、第1審判決が傷害罪の罰条によって処断したのは正当であるが、公務執行妨害罪に罰金刑がないにもかかわらず、B・Cに傷害罪に定められた罰金刑を科したのは、刑法54条1項の解釈を誤った違法があるとして、B・Cを懲役8月に処し、その執行を2年間猶予した。これにB・Cおよび弁護人が上告したが、最高裁は昭和28年判例を踏まえて、上告を棄却し、原審の判断を維持したのである。
昭和28年判例および昭和32年判例は、傷害罪と公務執行妨害罪の観念的競合の処断刑に関するものであり、重い刑種の懲役刑の長期を比較した場合、傷害罪の方が長いことは明らかであったので、傷害罪の刑に従って処断したことは、判例が採用している重点的対照主義だけでなく、全体的対照主義からも問題のない事案であった。ただし、いずれの事案においても傷害罪の刑によって処断して罰金刑を科したことは、懲役刑しか科されない公務執行妨害罪だけを行なった場合と比べて軽く処罰することになり、不均衡であるため、重い傷害罪の刑から、軽い公務執行妨害罪にはない罰金刑を除外して処断刑の範囲を限定した。これは、重点的対象主義の補正的運用であるということができる。
このような重点的対照主義の補正的運用は、その後においてさらに展開を見せた。その例として、最高裁平成19年12月3日第1小法廷決定5)と名古屋高裁金沢支部平成26年3月18日判決6)を挙げることができる。
平成19年判例の事案は、次のようなものであった。被告人は、その運営するインターネットのアダルトサイトにアクセスしてきた被害者らに対して、利用料金が発生したなどと偽って、被告人の管理する預金口座に現金を振り込ませ、その際、第三者名義の口座を振込先の口座として使用したが、それが詐欺罪(10年以下の懲役)と組織犯罪処罰法上の犯罪収益等隠匿罪(5年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金またはその併科)の観念的競合にあたるとして起訴されたが、最高裁は、「数罪が科刑上一罪の関係にある場合において、その最も重い罪の刑は懲役刑のみであるが、その他の罪に罰金刑の任意的併科の定めがあるときは、刑法54条1項の規定の趣旨等にかんがみ、最も重い罪の懲役刑にその他の罪の罰金刑を併科することができると解するのが相当であ」ると述べて、重い詐欺罪の刑に軽い犯罪収益等隠匿罪の罰金刑を併科したものを処断刑とした。
刑の軽重の基本的な関係は、刑法10条に定められているように、懲役刑の長短や罰金刑の多寡の比較によって判断されるが、科刑上一罪を構成する複数の罪のなかに、懲役刑が単独で定められた罪と懲役刑および罰金刑が選択刑または任意的併科刑として定められた罪がある場合の刑の軽重関係の判断方法について判断した例は、これまでなかった。刑法施行法3条3項が定めている重点的対照主義に基づいて判断するならば、刑が単独刑であれ、選択刑や併科刑であれ、そのうちの重い刑種である懲役刑のみを取り出して比較し、それが長い罪の刑が処断刑になるが、本件の事案では、詐欺罪と犯罪収益等隠匿罪の刑を比較するにあたって、まずは重い刑種の懲役刑を比較して詐欺罪の刑を処断刑として選定したうえで、それにはない罰金刑が犯罪収益等隠匿罪に選択刑または併科刑として定められているので、それを重い刑種の懲役刑に併科できるというのが「刑法54条1項の趣旨」であると判断された。これによって、「10年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金またはその併科」という科刑上一罪を構成する罪のいずれにもない刑が処断刑として形成されることになった。
このような重点的対照主義の補正的運用は、名古屋高裁金沢支部の事案にも見られた。それは、住居侵入罪(3年以下の懲役または10万円以下の罰金)と暴行罪(2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料)の牽連犯の事案であった。原審富山地方裁判所は、刑法54条1項と10条を適用して、この2つの罪を1罪として最も重い刑を定めた住居侵入罪の刑で処断することとし、その上で罰金刑を選択した場合、その多額は住居侵入罪の10万円であると解するのが相当であると判断した。これに対して、検察官が、手段・目的関係にある住居侵入罪と暴行罪の処断刑は、1罪として重い住居侵入罪の刑によって処断されるが、そのうちの罰金刑の多額については暴行罪のそれによるべきであるとして、原審の判決に法令適用の誤りがあると主張して控訴した。
名古屋高裁金沢支部は、検察官の控訴を受けて、次のように原判決を破棄・自判した。まず、「数罪が科刑上一罪の関係にある場合、刑法54条1項は、『その最も重い刑により処断する』している。そして、最も重い刑を定めるに当たっては、数罪の法定刑を対照してその刑の軽重を定めることになるが、選択刑が定められている数罪の比較対照方法については、各罪の重い刑種のみを取り出して比較対照し、処断刑を決定することになる(重点的対照主義。最一判昭和23・4・8刑集2巻4号307頁参照)」と述べて、科刑上一罪を構成する複数の罪の刑の軽重関係を判断する方法として、昭和23年判例が採用した重点的対照主義に基づくことを明らかにした。そして、住居侵入罪と暴行罪の牽連犯のような「その重い罪及び軽い罪のいずれにも選択刑として罰金刑の定めがあり、軽い罪の罰金刑の多額の方が重い罪の罰金刑の多額よりも多いときは、罰金刑の多額は軽い罪のそれによるべきであると解するのが相当である」と判断し、懲役刑の長期が長い暴行罪の刑を処断刑としたうえで、その選択刑である罰金刑の多額を住居侵入罪のそれにまで引き上げた。その理由は、「このように解することが、数個成立する罪について社会的事実としての一体性があることから、数個の行為を包括的に『その最も重い刑』により処断することとした刑法54条1項の文言や趣旨に合致するといえるし、また、このように解することによって、重い罪及び軽い罪を併せて犯した場合の方が、軽い罪のみを犯した場合よりも、選びうる罰金刑の多額が低くなってしまうという不都合な事態を回避することができるからである」。
ただし、このような理解は、昭和23年判例が採用した重点的対照主義とは異なる。昭和23年判例は、観念的競合の関係にある2つの罪の重い刑種の懲役の長期・短期はいずれもが同一であり、選択刑である罰金刑の多額に格差があったにもかかわらず、それを比較対照せずに、犯情の評価を優先させて、罰金刑の多額の少ない食糧管理法違反の罪の法定刑を処断刑とした。このような重点的対照主義が本件にも適用されたならば、重い刑種の懲役刑の長期が長い詐欺罪の法定刑を処断刑とするだけでよく、その選択刑の罰金刑の上限を住居侵入罪のそれにまで引き上げるような補正は必要なかったはずである。この点について、判決は、「原判決が確定した判例・実務とする重点的対照主義は、刑の軽重を定めるについて、刑法10条、刑法施行法3条3項を適用しなければならないとするものであるが、軽い罪との関係において、選択刑である罰金刑の上限の扱いまで直接指示しているとはいえず、上記のような修正ないし補充を排除しているとまではいえない」と述べて、重い刑種の懲役刑の長期だけでなく、その選択刑である罰金刑の多額をも比較して処断刑を形成するという立場を示した。これによって、「其中ニテ重キ刑ノミ」を比較して処断刑を判定する刑法施行報3条3項の適用は斥けられた。
四 結論――残された課題
科刑上一罪を構成する複数の罪の刑の軽重関係について、判例および裁判例がどのような判断方法を採用しているかについて検討した。その動向として、次のように整理することができる。
1.昭和23年判例――観念的競合の関係にある2つの罪の刑がいずれも懲役刑と罰金刑の選択刑を定めており、懲役刑の長期・短期は同一で、罰金刑の多額に多寡がある場合、刑法施行法3条3項の重点的対照主義を適用して、重い刑種の懲役刑のみを比較して、それが同一である場合、罰金刑の多額を比較することなく、当該行為の犯情を比較して、処断刑を判定した。その結果、罰金刑の多額が少ない罪の法定刑が処断刑とされた。
刑法施行法3条3項が定めた重点的対照主義は、昭和23年判例の事案に適用されたが、その後は補正的に運用されているといえる。刑法施行法3条3項は、昭和23年判例では、新旧刑法の刑の対照のみに限定したものではなく、一般的に併科刑又は選択刑の場合に、刑の軽重を判断する方法を定めたものであると理解されていたが、その後は実際には柔軟に運用され、刑法施行法3条3項の「其中ニテ重キ刑ノミ」を比較するという方法は基本的に否定された。ただし、刑法施行法3条3項の規定に関して、それが旧刑法時代に行われた行為に関して新旧刑法の刑を比較することを趣旨としたものであると理解されているか否かは明らかではない7)。
2.昭和28年判例および昭和32年判例――観念的競合の関係にある2つの罪が、懲役刑および罰金刑の選択が定められた罪と懲役刑のみが定められた罪であり、重い刑種の懲役刑を比較すると、前者の懲役刑の長期が長いので、前者の刑が処断刑となるが、刑の量刑判断にあたっては、後者の罪に定められていない罰金刑を科すことはできない。その結果、処断刑として選定された法定刑が補正され、軽い罪にはない罰金刑がそれから除外されることとなった。
重点的対照主義を補正的に運用することによって、昭和28年判例および昭和32年判例では、懲役刑と罰金刑の選択が定められた重い罪と懲役刑のみが定められた軽い罪について、罰金刑の有無の比較が行なわれることによって、重い刑が定められた罪の法定刑が補正され、そこから選択刑としての罰金刑が除外されている。これは、2つの罪の法定刑を重ね合わせて、その最大公約数を取り出す方法によって、重い方の罪の法定刑の下限を引き上げるものである。
3.平成19年判例――観念的競合の関係にある2つの罪が懲役刑を定めた罪と懲役刑と罰金刑の選択刑もしくは任意的併科刑を定めた罪であり、重い刑種の懲役刑を比較すると、前者の罪の長期が長いので、前者の罪の刑が処断刑となるが、その刑に後者の罪に定められている罰金刑を任意的に併科することができる。その結果、観念的競合の関係にある2つの罪の法定刑にない刑が処断刑として新たに形成されることとなった。
重い刑種である懲役刑について比較した結果、重い刑を定めた罪には罰金刑はなく、それが軽いと判定された罪に任意的に併科されている場合、重い懲役刑にその罰金刑を併科することができる。つまり、単独刑として懲役刑が定められた罪の刑と懲役刑および罰金刑が選択的または任意的に併科されると定められた罪の刑を比較する場合、刑の軽重関係を判断するためには、個々の刑の長短や多寡を比較するだけでなく、単独刑、選択刑、併科刑という規定の形式をも比較しなければならない。
4.平成26年事例――観念的競合の関係にある2つの罪の刑がいずれも懲役刑と罰金刑の選択刑を定めており、重い刑種の懲役刑を比較すると、前者の罪の長期が長いので、前者の罪の刑が処断刑となるが、軽い刑種の罰金刑を比較すると、後者の罪の多額が多い場合には、罰金刑の多額は後者の罪のそれによるべきである。その結果、観念的競合の関係にある2つの罪の法定刑にない刑が処断刑として新たに形成されることとなった。
重い刑種である懲役刑について比較した結果、重い懲役刑を定めた罪の罰金刑が軽い懲役刑を定めた罪の罰金刑よりも軽い場合、重い懲役刑を定めた罪の罰金刑は軽い罪の罰金刑によることになる。これもまた、2つの罪の法定刑を重ね合わせて、その最大公約数を取り出す方法によって、重い方の罪の罰金刑の下限を引き上げるものである。
刑法54条1項が定める科刑上一罪の処断刑としての「その最も重い刑」をめぐる問題は、さらに刑法118条(ガス漏出等致死傷罪)、216条(不同意堕胎致死傷罪)、219条(単純・保護責任者遺棄致死傷罪)などの各則の規定と関連づけて整合的に理解しなければならないが、それらの問題は今後の課題としたい。
1)科刑上一罪の処断刑に関する全体的な解説については、団藤重光編『注釈刑法(2)―Ⅱ総則(3)』(有斐閣、1969年)611頁以下、大塚仁・河上和雄・佐藤文哉・古田佑紀編『大コンメンタール刑法第4巻(第2版)』(青林書院、2001年)284頁以下等、中野次雄「併合罪」瀧川幸辰編『刑事法講座第7巻・補巻』(1953年)1371頁以下、鈴木茂嗣「罪数論」中山研一・西原春夫・藤木英雄・宮澤浩一編『現代刑法講座第3巻』(1982年283頁以下参照。
2)最一判昭和23・4・8刑集2巻4号307頁。本判決の評釈として、団藤重光「観念的競合の処断刑(選択刑のあるばあい)」刑事判例評釈集第8巻(1950年)180頁以下。
3)最三判昭和28・4・14刑集7巻4号850頁。
4)最一判昭和32・2・14刑集11巻2号715頁。
5)最一決平成19・12・3刑集61巻9号821頁。本決定の評釈として、大久保隆志「科刑上一罪の最も重い罪が懲役刑のみでその他の罪に罰金刑の任意的併科がある場合における罰金刑併科の可否」刑事法ジャーナル第12号(2008年)89頁以下、拙稿「刑法54条1項における『その最も重い刑により処断する』の意義」法学セミナー第652号(2009年)133頁。
6)名古屋高金沢支部判平成26・3・18高刑速報平成26年140頁。本判決の評釈として、拙稿「科刑上一罪の処断刑としての『その最も重い刑』(刑法54条1項)の意義」法学セミナー736号(2016年)123頁。
7)刑法施行法2条は、刑法施行前に旧刑法の罪または他の法律の罪を犯した者については、以下の例に従って、刑法の主刑と旧刑法の主刑とを対照し、刑法10条の規定により、その軽重を判定すると定めている。
新刑法の刑 死刑 無期懲役 無期禁錮 有期懲役 有期禁錮 罰金 拘留 科料
旧刑法の刑 死刑 無期徒刑 無期流刑 有期徒刑 有期流刑 罰金 拘留 科料
重懲役 重禁獄
軽懲役 軽禁獄
重禁錮 軽禁錮
これらのうち、旧刑法の無期流刑は現行刑法の無期禁錮に、刑法の有期徒刑、重懲役、軽懲役、軽禁錮は現行刑法の有期懲役に、旧刑法の有期流刑、重禁獄、軽禁獄、軽禁錮は現行刑法の有期禁錮に対応する。このような複雑な対応関係の上に、選択刑や併科刑が比較される場合、さらに複雑になるため、刑法施行法3条3項は、その複雑さを解消するため、重い刑種を比較するだけにしたのではないかと思われる。