81殺人予備罪の共同正犯(最一決昭和37・11・8刑集16巻11号1522頁)
【事実の概要】 Xは、Yから不倫相手Zの夫Aを殺害する計画を聞き、それに応えてBから青酸ソーダを受け取り、Yに渡した。しかし、YとZは、その青酸ソーダを使用せずに、Aに睡眠薬を飲ませて、殺害した。YとZには、Aに対する殺人既遂罪の共同正犯が成立する。
第1審名古屋地裁の判断は、以下の通りである。
1.)殺人予備罪とは、基本犯である殺人罪を実現する目的に基づいた準備行為であり、しかも殺人目的は、その準備行為を行なう者が自らが有していることを要する(いわゆる自己予備)。他人の殺人目的を実現するために行なう準備行為(いわゆる他人予備)は、殺人予備罪にはあたらない。従って、Bから青酸ソーダを受け取り、それをYに渡したXの行為は、殺人予備罪にはあたらないと判断した。
2)殺人予備罪は、基本犯である殺人罪の構成要件の修正形式である。基本犯の構成要件を修正したものとしては、未遂犯や共犯(教唆・幇助)があるが、殺人予備罪も処罰される行為という意味では1個の「犯罪」である。予備罪も「犯罪」である以上、正犯(刑法62条1項)である。従って、予備罪(正犯)に対する幇助も有り得る。ゆえに、Yが夫Zを殺害するために青酸ソーダを調達する行為は殺人予備罪にあたり、それに協力したXの行為は「Yの殺人予備」への幇助にあたる。
これに対して、被告人が控訴した。控訴審・名古屋高裁の判断は、以下の通りである。
1)殺人予備罪は、殺人罪の修正構成要件であり、構成要件である以上、その構成要件的行為または実行行為を観念できるので、共同して殺人予備罪の構成要件該当行為を実行した場合、殺人予備罪の共同正犯が成立する。
2)かりに、構成要件的行為または実行行為は、殺人罪のような犯罪の基本犯ついて観念できるだけであり、構成要件の修正形式である殺人予備罪には観念できないならば、他人が行う殺人予備を共同して実行しても、殺人予備罪の共同正犯は成立しないことになる(各人に殺人予備罪の単独正犯が成立するだけ)。このような奇妙な結果は不可解であり、殺人予備罪には構成要件や実行行為はありえないとする立場は批判されるべきである。
3)ただし、殺人予備罪の構成要件は、基本犯である殺人罪のそれに比べて、定型性が緩やかであるため、その成立する範囲は広いという問題があり、殺人予備罪の幇助の成立範囲も広がるおそれがある。そういうこともあって、刑法は予備罪の幇助の成立する範囲を限定するために明示的な規定を設けている。例えば、内乱予備罪の幇助(刑79)がそれである。刑法が「殺人予備罪の幇助」について明示的な処罰規定を設けていないのは、処罰を控えるという意思の現れである。
4)従って、殺人予備罪の幇助を処罰する明示的な規定がないので、Xには「Yの殺人予備罪」への幇助は成立しない。しかし、Xの意思とその行為を併せて考慮すると、それが「殺人予備罪の共同正犯」にあたると認定し得る場合には、殺人予備罪の共同正犯として処罰することができる。
以上のように、控訴審は判断した。
これに対して弁護人は、共同正犯の規定である刑法60条の「犯罪の実行」とは、殺人罪のような基本犯の構成要件的行為を実行することを意味し、殺人予備罪の修正された構成要件的行為の実行は、それにあたらないので、殺人予備罪の共同実行に刑法60条を適用できないと主張した。また、共同正犯にあたるのか、それとも幇助にあたるのかを区別する基準として、最高裁は主観説を採用しているので、殺人予備罪とは自己目的の準備行為であるので、他者目的のために準備をしても、殺人予備罪の共同正犯にはならない。控訴審の判断はこの点について判例に反する、として上告した。
【裁判所の判断】 被告人Xの行為につき殺人予備罪の共同正犯として認定した原判決に誤りはない。
【解説】 予備罪の共同正犯が成立するためには、予備罪の共同実行もまた刑法60条の「共同した犯罪の実行」にあたると解釈することが前提である。しかし、刑法60条の「犯罪の実行」を、刑法43条の「犯罪の実行」と同じ意味であると解すると、それは構成要件該当行為の共同実行であり、法益侵害の結果発生の具体的な危険のある行為の共同実行であり、予備罪の行為は、そのような行為ではないので、予備罪の共同正犯は認められくなる。
それでは、予備罪の幇助であれば認められるか。幇助とは正犯を幇助することである。正犯とは犯罪の構成要件該当行為を行なった者のことである。正犯とは殺人罪のような基本犯の構成要件該当行為を行う者のことであり、予備罪は基本犯ではないので、正犯ではない。従って、それを幇助しても、正犯の幇助にはあたらない。このように刑法60条の「犯罪の実行」、「正犯」を厳格に解釈すると、予備罪の共同正犯も、予備罪への幇助も成立しえない。
しかし、それは妥当な結論とはいえない。名古屋地裁は、予備罪とは、自ら基本犯を行なう目的で、その準備をすることであって、他人が行なう犯罪を準備しても、予備罪にはあたらないという前提に立って、Xの予備罪の共同正犯の成立を否定し、その上で、予備罪は基本犯の構成要件の修正形式であり、その限りでは構成要件を観念しうるので、予備罪の実行者もまた「正犯」であり、それを幇助すれば、予備罪の幇助として処罰しうると判断し、Xに殺人予備罪の幇助を認めた。これに対して、名古屋高裁は、予備罪は基本犯の構成要件の修正形式であり、その限りでは構成要件を観念しうるので、予備罪の実行者もまた「正犯」であり、それを共同して実行すれば、予備罪の共同正犯になるので、Xに殺人予備罪の共同正犯の成立を認めた。地裁の判断に関しては、予備罪の幇助の成立は、内乱予備罪の幇助のような明文規定がある場合に限られ、殺人予備罪の幇助の個別的な規定がない以上、それを認めることはできないと論じ、共同正犯の一般規定(刑60)を適用した。
予備罪とは、指摘されているように、自らが基本犯を行なう目的で準備を行なうこと(自己予備)である。この目的を身分(構成的身分)と解して、目的のないXが、Yにその目的があることを知りながら、共同して予備を行なった場合、Xには殺予備罪の共同正犯が成立することになる(刑法65①の「共犯」は共同正犯も含む)。判例の傾向としては、目的のないXがYの目的を知っていたということは、自らもその目的を了解し、未必的にその目的のために準備したと認定できるので、殺人予備罪の共同正犯の成立を認めることもできる。名古屋高裁の判断を理論的に説明するならば、このようになる。これに対して、予備罪とは自己予備であり、目的のない他人には予備罪の共同正犯ではなく、予備罪の共犯しか成立しないと解するならば、殺人予備罪の共犯の成立を認めことができる(刑法65①の「共犯」には狭義の共犯しか含まれないと解する立場から主張可能)。
91共犯と身分(1)(最三判昭和42・3・7刑集21巻2号417頁)
【事案の概要】
XとYは、外国にいるZが営利目的で麻薬を輸入しようとしていることを知りながら、その依頼を受けて、麻薬を輸入した。
第1審神戸地裁によれば、Xは、Zとの関係や前歴から、Zが営利目的を持ちながら麻薬を輸入しようとしていることを知っていた。また、Yは、Xが麻薬輸入の意図(売却)を持っていることを了知しながら、Xに協力加担した。従って、XとYには、少なくとも(自分自身ではなく)第三者であるZに財産上の利益を得させることの目的(営利目的)があったとして、麻薬取締法64条2項の「営利目的麻薬輸入罪の共同正犯」が成立すると判断した。
Xのみ控訴したが、X、Y、Zは営利目的麻薬輸入罪の(共謀)共同正犯が成立するとして、控訴を棄却する判断が言い渡された。Xのみ上告した。
【裁判所の判断】
麻薬取締法12条1項の規定に違反して、麻薬輸入の行為を行なった場合、営利目的を持っている者には、同法64条2項の営利目的麻薬輸入罪が成立し、営利目的を持たない者には、同条1項の(単純)麻薬輸入罪が成立する。営利目的麻薬輸入罪における「営利目的」は、自己が財産上の利益を得たり、第三者に得させたりする目的であり、このような犯人の特殊事情がある場合には、営利目的麻薬輸入財が成立する。この目的の有無によって刑の軽重に差が生ずるので、その目的は刑法65条2項にいう「身分」であるといえる。
第1審判決は、Xが、Zに営利目的があったことを知っていただけで、自ら営利目的を持っていなかったが、それにもかかわらず営利目的を認めた。これは、刑法65条2項の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすものであり、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものと認められる。
Zには営利目的があり、XはZが営利目的を持っていることは知っていたが、自らは営利目的を持っていなかった。このようなXに対して営利目的麻薬輸入罪の共同正犯が成立するというのはで妥当ではない。営利目的のないXには、刑法65条2項を適用して、「通常の刑」が定められた単純麻薬輸入罪の共同正犯にとどまると解すべきである。
【解説】
第1審神戸地裁は、刑法65条の身分をどのように理解していたかというと、それは犯人の職業、社会的地位、性別、国籍などを指すだけで、営利目的麻薬輸入罪の営利目的はそれにあたらないと解していた。それは、いわゆる主観的違法要素であるだけである。つまり、故意と同じ様に扱われている。営利目的をこのように扱うことによって、刑法65条2項を適用せずに、X・Yに営利目的麻薬輸入罪の共同正犯が成立すると認めている。その論理は、次のようなものである。
例えば、XがAを殺害する意図でコーヒーに毒を入れた。YはXの意図を知っていた。YはAに恨みはないが、Xの依頼を受けて、そのコーヒーをAのテーブルまで運んだ。Aはそれを飲み、死亡した。この場合、XとYに殺人罪の共同正犯が成立する。この論理を本件に適用すると、Zは営利目的で麻薬を輸入する意図(営利目的麻薬輸入の故意)を持っていた。XとYは、Zの意図を知っていた。そして、Zの依頼を受けて、麻薬を輸入した。X、Y、Zには、営利目的麻薬輸入罪の共同正犯が成立する。神戸地裁とそれを維持した大阪高裁の判断はシンプルである。
しかし、最高裁の判断は、異なる。最高裁は、営利目的麻薬輸入罪における営利目的は、それがない単純麻薬輸入罪の刑を加重する要素、すなわち刑法65条2項の加重的身分と解している。このように理解すると、営利目的を持つ者と持たない者が共同して麻薬を輸入した場合、目的を持つ者には営利目的麻薬輸入罪が、持たない者には「通常の刑」が科される単純麻薬輸入罪が成立し、両者は共同正犯になる。
営利目的麻薬輸入罪における営利目的とは、自己または第三者に財産上の利益を得させる目的(超過的内心傾向)であり、麻薬輸入後にそのような利得行為を行なって、その結果を発生させる目的である。それは、麻薬輸入の行為の違法性と非難可能性を高め、その刑を加重する要素である。Zにはその目的があったが、XとYにはなかった。従って、X、Y、Zが、外形的に同じ外観の麻薬輸入行為を行なっても、その構成要件該当性も同じだということにはならない。営利目的の有無によって該当する構成要件が異なるので、営利目的のないXとYの行為が、営利目的麻薬輸入罪の構成要件に該当し、Zと共同正犯になると判断した神戸地裁は、この点についての解釈を誤ったといえる。
なお、営利目的があることによって刑が加重される犯罪類型は他にもある。営利目的略取・誘拐罪がそうである。
92共犯と身分(2)(最三判昭和32・11・19刑集11巻12号3073頁)
【事案の概要】
Zは、村への寄付金を受領・保管する業務にあたっていたが、被告人XとYは、Zと共謀して、Z補完の寄付金約23万円の中から、約8万円を飲食代金として支出した。
第1審水戸地裁十浦支部は、被告人X・Yに刑法253条の業務上横領罪の共同正犯の成立を認め、原審東京高裁もこれを認め、控訴を棄却した。弁護人が上告した。
なお、Zは分離審判され、業務上横領罪の共同正犯の成立が認められたものと推測される。
【裁判所の判断】
寄付金の受け取りと管理の業務に従事していたのはZであって、XとYにはその事実は認められない。従って、XとYは、刑法65条1項を適用して、Zと業務上横領罪の共同正犯を行なったと認定すべきである。そのうえで、刑法65条2項を適用して、通常の刑である刑法252条1項の単純横領罪の刑を適用すべきである。原判決を破棄し、XとYに業務上横領罪の共同正犯の成立を認め、科刑の点について、単純横領罪の法定刑で処断すべきである。
【解説】
犯罪のなかには、特定の職業や社会的地位、性別、国籍を持つ者が行なった場合にだけ、犯罪として処罰されるものや、それを理由に刑が加重または減軽されるものがある。このような職業や社会的地位のことを「身分」といい、その身分があることによって、はじめて犯罪を構成するものを「構成的身分犯」または「真正身分犯」といい、その身分を持つ者(身分者)が行なったことで刑が加重・減軽されるものを「加重的身分犯・減軽的身分犯」(両者を併せて加減的身分犯)または「不真正身分犯」という。
このような身分犯に身分を持たない者(非身分者)が関与した場合に、どのような犯罪が成立するか。刑法65条1項・2項はこのような場合についての規定である。ただし、その規定の理解の仕方と適用方法については、様々な理解がある。刑法65条1項はどのような事案に適用され、同2項はどのような事案に適用されるのか。そして、両規定は、どのような関係にあるのか。この問題について、本件の最高裁の判断が示されて以降、近年の通説・判例の理解が変化しているので、それを対比させながら理解する必要がある。
本判決は、刑法65条1項については、身分犯と共犯の問題(共同正犯・共犯が成立する罪名の問題)に一般的に適用される規定であり、同2項については、そのうちの非身分者に科される刑の問題(「通常の刑」を定めた罪の法定刑で処断する問題)に個別的に適用される規定であると解している。つまり、身分者と非身分者が共同して身分犯を実行した者には、身分者と非身分者の両方に刑法65条1項が適用されて、「身分犯の共同正犯」が成立し、非身分者について、身分の有無によって刑の軽重がある場合には、非身分者には刑法65条2項を適用して、「通常の刑」を定めた罪の法定刑で処断され、非身分者について、身分の有無によって刑の軽重がない場合には、身分者と同じ犯罪の共同正犯が成立するという理解である。これに対して、現在では、刑法65条1項は、構成的身分犯に関する共犯の問題、2項は、加減的身分犯に関する共犯の問題に適用されると解されている。従って、現在の通説・判例の解釈からこの事案を扱うなたば、本件の判例とは異なった結論が出される。
判例の理解に従って検討すると、本件で争点となったのは、村長Xと助役Yが寄付金の管理業務に従事していたか否かである。管理業務に従事していたのであれば、業務者・身分者であるので、業務上横領罪の行為主体(単純横領罪の刑を加重する的身分者)ということになる。従事していなかったのであれば、単純横領罪の行為主体にとどまる。村のための寄付金の受領と管理の業務に従事していたのはZであり、XとYは、その業務に従事していなかったのであるから、非業務者・非身分者には、刑法65条1項を適用してZと業務上横領罪の共同正犯の成立を認め、さらに同2項を適用して、単純横領罪の刑で処断することになる。これに対して、近年の理解に従って検討すると、X・Yには刑法62条2項を適用して、単純横領罪の共同正犯の成立を認めることになる。
なお、余談であるが、各論的論点の補足をしておく。本件の判例も、近年の通説も、それぞれの立場には、単純横領罪と業務上横領罪が、基本類型と身分による加重類型の関係にあるとの理解がある。つまり、業務者・身分者ではない者は、基本類型の単純横領罪の行為主体という理解がある。しかし、単純横領罪の規定によれば、その行為は「自己の占有する他人の物の横領」なので、単純横領罪の行為主体は、「他人の物を占有している者」でなければならない。しかも、物の所有者・占有者の委託を受けずに物を占有した場合の遺失物横領罪と区別するために、単純横領罪の行為主体は、物の所有者・占有者からの委託を受けて物を占有している者であると解されている(それゆえ単純横領罪は「委託物横領罪」と呼ばれることがある)。本件のXとYが業務上横領罪の行為主体ではないことは明らかであっても、単純横領罪の行為主体であると認識されたことの根拠は明らかではない。XとYは、業務外において、誰から委託を受けて、寄付金の保管をしたのかという点についての説明はない(おそらく、ZがX・Yのところに寄付金の一部を持って行って、共同保管し、その後、一緒になって飲食谷として支出して、横領したと認定されたのではないかと想像される)。かりに、Zとの共同保管の事実がなければ、その寄付金の一部は、XとYにとっては、委託を受けずに占有している物ということになる。そうすると、XとYは委託物横領罪ではなく、遺失物横領罪の共同正犯でしかない。ただし、このような法適用は、遺失物横領罪、単純横領罪、業務上横領罪の3罪について、遺失物横領罪(非委託物横領罪)が横領罪の基本類型であり、その加重類型が単純横領罪(委託関係を加重的身分とする委託物横領罪)、そのまた加重類型が業務上横領罪(業務者であることが加重的身分である業務上委託物横領罪)と理解しなければならない(各論で詳説する)。
93共犯と身分(3)(大阪高判昭和62・7・17判時1253号141頁)
【事実の概要】
被告人Xは店舗内で商品を窃取した後、警備員Aに呼び止められ、窃盗罪の現行犯として逮捕されそうになった。それを免れるために、Y・Zと意思を通じて、Aに暴行を加え、傷害を負わせた。X、Y、Zは、(事後)強盗罪致傷罪で起訴された。
原審神戸地裁は、Xによる単独の窃盗罪が既遂に達した後で、Y・Zと共謀して暴行を加えたと事実関係を認定したうえで、Y・Zは窃盗罪の共同正犯ではないから、事後強盗罪の行為主体にもなりえないとして、Xら3名について強盗致傷罪の共同正犯の成立を認めるのは妥当ではないとして、Xについて強盗致傷罪の成立を認め、Y・Zにはその致傷部分について共同正犯が成立するとして、傷害罪の共同正犯の成立を認めた。Xが量刑不当を理由に控訴した。Y・Zは控訴しなかった(傷害罪の共同正犯の成立が確定)。
【裁判所の判断】
Xの窃盗後、Y・Zがその事実を知った上で、Xと共謀して被害者に暴行を加えて傷害を負わせた場合、窃盗犯という身分を持たないY・Zについても、刑法65条1項を適用して、事後強盗致傷罪が成立すると解すべきである。この場合、非身分者には、刑法65条2項を適用して、傷害罪の共同正犯の成立を主張するものがあるが、事後強盗罪は、窃盗犯という身分者が暴行・脅迫を行なった場合に暴行・脅迫の刑を加重する加重的身分犯・不真正身分犯ではなく、窃盗犯という身分者が、刑法238条所定の目的に基づいて、暴行・脅迫を行なった場合に、その暴行・脅迫を「強盗罪」として処罰する構成的身分犯・真正身分犯であると解すべきである。従って、事後強盗罪の構成要件的行為である暴行・脅迫に非身分者が関与した場合、非身分者に対して、刑法65条1項を適用して、構成的身分犯の共同正犯の成立を認め、事後強盗罪の全体に刑法60条を適用し、共同正犯が成立すると解すべきである。原判決は、本件の行為のうち、傷害罪の範囲にしか刑法60条を適用しなかったが、それは刑法65条、60条の法令の解釈適用を誤ったものといわなければならない。
ただし、Y・Zは控訴していない。Y・Zには、傷害罪の共同正犯が成立し、それが確定している。控訴したのはXだけで、その罪責は(事後)強盗致傷罪の共同正犯であることに変わりはない。原判決の法令解釈適用の誤りは、Xに対するこの判決に影響を及ぼすようなものとはいえない。
かりに、検察官がY・Zに対する原審の判断に関して控訴していたならば、この二人には強盗致傷罪の共同正犯の成立が認められたと思われる。
【解説】
身分犯には、構成的身分犯と加減的身分犯の二種類があるが、この二つを区別する基準は何か。
構成的身分犯は、一定の身分を有する者が行なったときに、その行為が初めて犯罪として処罰されるというものである。例えば、収賄罪がその典型である。職務に関連して、他者から利益を受け取っても、それが国家法益に対して侵害性を帯び、収賄罪として処罰されるのは、その行為者が公務員である場合に限られる。公務員でない者が公務員による収賄罪に関与した場合、刑法65条1項を適用され、収賄罪の共同正犯・共犯が成立する。これに対して、加減的身分犯は、行為者に一定の身分が備わっていることによって、それがない場合に比べて、その違法性や有責性に軽重が生じ、その結果、科される刑に軽重が生ずるものをいう。例えば、保護責任者遺棄罪がその典型である。保護責任のない者が保護責任者による遺棄に関与した場合、刑法65条2項を適用され、単純遺棄罪の共同正犯・共犯が成立する。構成的身分犯・真正身分犯と加減的身分犯・不真正身分犯を区別する基準が明確であれば、刑法65条1項・2項の適用は問題にならないが、その基準が不明確であれば、65条1項を適用するのか、2項を適用するのか、いずれなのかを明らかではない。
事後強盗罪は、どのような性質の犯罪であるか。刑法238条の「窃盗が」という規定は、収賄罪の「公務員が」の規定と同様、身分犯であると解釈することができる。ただし、それが構成的身分なのか、加減的身分なのかは、明らかではない。事後強盗罪の構成要件的行為は、条文上、暴行・脅迫であり、それが238条所定の目的で行なわれたときに、事後強盗罪の構成要件に該当する(目的犯)。ただし、この暴行・脅迫は、それ自体として犯罪である。それを窃盗犯という身分を持つ者が行なった場合に、(事後)強盗罪の刑が科されるということは、事後強盗罪は暴行・脅迫を窃盗という身分によって加重した類型であると理解することができる。そうすると、事後強盗罪は、窃盗という身分による暴行・脅迫罪の加重類型であり、窃盗犯という身分は、暴行・脅迫の加重的身分である。このように理解するのが、事後強盗罪=加重的身分犯説・不真正身分犯説である。
これに対して、本件では事後強盗罪は構成的身分犯・真正身分犯であると解されている。事後強盗罪は、窃盗犯という身分者が暴行・脅迫を行なった場合に成立するが、それは窃盗犯という身分によって暴行・脅迫の刑が加重される加重的身分犯・不真正身分犯ではない。暴行・脅迫は一般に人身犯に分類されているが、窃盗犯という身分を持つ者が、刑法238条所定の目的に基づいて、この暴行・脅迫を行なった場合に、この暴行・脅迫が強盗罪の性質を持ち、財産犯として初めて処罰されるのである。従って、事後強盗罪は構成的身分犯・真正身分犯である。事後強盗罪は、基本的に財産犯であり、窃盗犯という身分は、人身犯としての暴行・脅迫の違法性や有責性を加重する身分ではなく、人身犯としての暴行・脅迫を財産犯として構成する身分である。
これに対して、事後強盗罪を身分犯ではなく、窃盗と暴行・脅迫の結合犯の一種と捉える学説もある。身分とは、行為者に備わっている自然的・社会的属性であり、窃盗犯であることは、身分ではないと理解しているからである。この立場からは、暴行に関与したY・Zについては、Xが単独で行なった窃盗を承継するか否かの「承継的共同正犯」の問題として扱われる。
97共犯と中止犯(最二判昭和24・12・17刑集3巻12号2028頁)
【事案の概要】
XとYは、共謀して強盗の実行に着手したが、Xは自らの意思でその継続を中止することにし、Yに対して、「帰ろう」と言って、立ち去るよう勧告して、1人で外に出た。Yはその勧告を受け入れ、いったんは手にした金銭を元の場所に戻したが、再びそれをポケットに入れ、Xが外に出た3分後に出て、2人で帰った。
原審は、X・Yに強盗既遂罪の共同正犯の成立を認め、Xに懲役3年の実刑判決を言い渡した。これに対して、弁護人は、Xには刑法43条但書の中止未遂の規定を適用すべきであると主張して、上告した。
【裁判所の判断】
Xは、Yの金銭強取を阻止せずに放任した以上、中止未遂の規定を適用することはできない。
【解説】
1共犯と中止の関係
共犯と中止犯の問題は、次のように考えなければならない。共犯からの離脱または共犯関係の解消が認められたうえで(離脱者は未遂罪の共同正犯)、離脱した者が自己の意思により犯罪を中止したと認定される場合に、その未遂罪の中止未遂の規定が適用される。
2共犯からの離脱または共犯関係の解消
共犯からの離脱は、犯罪の実行の着手の前後に分けて考えられる。
着手前の離脱
XとYが、強盗を共謀し、その準備をした後、その実行の着手前に、Xが離脱するためには、
XがYに離脱の意思を表示し、それがYによって了承された場合に、Xには離脱が認められ、それまでの行為(強盗予備罪の共同正犯)について責任を負うだけである。
着手後の離脱
強盗の実行の着手後の離脱の要件は、XがYに離脱の意思を表示し、それがYによって了承され、さらにXがYの犯行の継続を阻止すれば、Xには(Yにも)、強盗未遂の共同正犯が成立するだけである。一旦成立した強盗予備罪の共同正犯は、その後着手によって成立した強盗未遂罪の共同正犯に級数されて、強盗未遂罪の共同正犯が成立するだけである。
3実行の着手後の未遂に対する中止未遂の規定の適用の要件
犯罪の実行に着手した後、これを遂げなかった場合、未遂が成立するが、それが自己の意思に基づく犯罪の中止による場合、中止未遂として、その刑を減軽または免除される。
強盗の実行に着手した後、Xが自己の意思により犯罪の中止を決意し、それをYに表示し、Yがそれを了承し、さらにXがYの犯行の継続を阻止した場合、の強盗未遂に中止未遂の規定を適用することができる。Xの強盗未遂の刑は、必要的に減軽または免除される(Yの強盗未遂は強盗の「障碍未遂」なので、任意的に減軽されるだけである)。
4実行の着手前の予備に対する中止未遂の規定の準用の可能性
中止未遂は、実行に着手した後に適用される規定なので、実行の着手前に離脱したXに対して、中止未遂の規定を「適用」することはできない。Xには強盗予備罪が成立するだけであり、その刑は減軽・免除されない。
5着手後の強盗未遂に中止未遂の規定が適用され、刑が免除される可能性があるのに、着手前の強盗予備に中止未遂の規定が適用されないため、刑が減軽・免除されない。これをどう考えるべきか。
強盗の実行に着手した後の強盗未遂に中止未遂の規定が適用される場合、その刑は減免されるが、着手することを自己の意思で中止しても、強盗予備の刑は減軽・免除されない。それはアンバランスなのではないか。
実行の着手前の離脱は、着手後の離脱よりも、違法性が低く、また非難可能性も低い。着手後の未遂に中止未遂の規定が適用され、刑が免除されるにもかかわらず、着手前の予備の刑が減軽・免除されないのは、やはりアンバランスな感は否めない。このアンバランスを解消するためには、犯罪の予備後、自己の意思に基づいて、犯罪の実行に着手するのを中止した場合、予備罪に中止未遂の規定を「準用」することが考えられる。
この問題は、殺人予備罪、放火予備罪と強盗予備罪とを比べると明らかになる。殺人予備罪や放火予備罪は、条文に「情状」により、その刑を免除することができると規定されている。予備行為を行ったが、自己の意思により着手を中止したことが、この「情状」にあたると解されるならば、予備罪の刑を免除することができる。しかし、強盗予備罪には、この「情状」による刑の免除が条文上規定されていないため、強盗の予備を行った後、実行に着手することを自己の意思により中止しても、条文上、刑の免除は認められない。このアンバランスを解消するためには、強盗予備後、実行に着手することを自己の意思により中止した場合に、刑法43条但書を被告人に有利な方向で適用(=「準用)」することが必要である。
98必要的共犯(最三判昭和43・12・24刑集22巻13号1625頁)
【事案の概要】
被告人X・Yは、弁護士資格を持たないZに依頼して、法律事件の示談交渉をさせ、その報酬を支払った
第1審静岡地裁沼津支部は、X・Yに弁護士法違反の行為の教唆の成立を認めた。原審東京高裁も、この判断を是認した。
【裁判所の判断】
弁護士法72条は、弁護士の資格を持たない者が、報酬を得る目的で、一般の法律事務を取り扱うことを禁止し、それに違反する行為(非弁行為)を同77条で処罰する規定を設けている。ただし、弁護士資格を持たない者が、自分の法律事務を、自分で取り扱うことまで禁止してはいない。つまり、弁護士法が禁止している非弁行為とは、弁護士資格を持たない者が他人の法律事務を取り扱う行為であると解釈すべきである。従って、法律事務の解決を求めている者が存在し、その者が弁護士資格を持たない者に依頼して、問題を解決させ、それに対する対価として報酬を与える行為が、弁護士法が禁止する非弁行為の典型であると解される。
このような非弁行為は、論理的に考えて、1人で行うことはできない。法律事務の取扱を依頼する者の存在が必要である。この者の依頼がなければ、非弁行為は行われなかったので、非弁行為の前提には、法律事務を依頼する者と弁護士資格を持たない者の存在が必要である。この場合、依頼者は非弁行為の教唆ということができいる。ところが、弁護士法は、弁護士ではない者の行為を非弁行為として処罰する規定を設けているが、その依頼者を処罰する規定を設けていない。それはなぜか。非弁行為の依頼には、刑法61条が適用され、非弁行為の教唆が成立するので、個別の処罰規定を設ける必要はないと考えられているからなのか。それとも、非弁行為の教唆として処罰する必要がないので、あえて個別の処罰規定を設けなかったのか。弁護士法が非弁行為の依頼を処罰する規定を設けなかったのは、処罰を控えたことを意味する。そうである以上、弁護士法上(罰則を伴う特別刑法)、不処罰の行為に、刑法61条(一般刑法)を適用して、教唆として処罰するのは、弁護士法の意図するところと矛盾すると言わなければならない(また、特別法は一般法よりも優先して適用されるいう考え方からも、原々審と原審の判断には問題がある)。
【解説】
犯罪は、一般に一方が他方に対して一方的に行うことを想定して規定されている。それを複数人で行なう場合が共同正犯または共犯である。一人で行うか、複数人で行うかは、任意に決めることができる。したがって、これを「任意的共同正犯」または「任意的共犯」と呼ぶことができる。
これに対して、ある犯罪が成立するために、複数人の関与が必要不可欠な場合がある。これを必要的共同正犯または必要的共犯という。学説・判例では、一般に両者を総合して「必要的共犯」と呼んでいる。例えば、騒擾罪、多衆不解散罪、凶器準備集合罪などがその典型である(集団犯)。この罪は、すでに複数人による実行が法定されているので、複数の関与者について「凶器準備集合罪の共同正犯」というような表現をする必要はない。さらに、重婚罪、贈賄罪・収賄罪のように対向関係にある行為者によって行なわれる犯罪も同じである(対向犯)。これについては、同一の罰条が適用されるもの、個別の別条が設けられているものに分かれるが、対向関係にある両当事者とも処罰される。
しかし、対向関係にある行為者のすべてが処罰されるとは限らない。対抗関係にある一方の当事者は処罰されても、他方の当事者は処罰されない場合もある(対向犯における片面的対向犯)。例えば、わいせつ文書頒布罪がそうである。わいせつ文書を頒布した者は処罰されるが、それを受け取った者は処罰されない。頒布行為は、受取行為があって成立する行為であるが、刑法は頒布行為のみを処罰するだけで、受取行為を処罰しない。刑法は、わいせつ文書頒布罪に関して、頒布行為を処罰するが、その受取行為は処罰の理由にはできないと考えているようである。
ここで問題になるのは、受取行為を行った者を。頒布行為の教唆・幇助として処罰することができるかという点である。XがYに対してわいせつ文書を頒布するよう依頼し、Yがそれに応えて頒布した場合、受け取った者を依頼したことを理由に、Xを頒布罪の教唆として処罰することができるか。この種の問題は、例えば、XがYに自殺の方法を教えてくれと依頼し、YがそれXに教え、Xが自殺した場合、Yには自殺幇助罪が成立するが、Xに自殺幇助罪の教唆が成立するかという問題もある。同じように、嘱託殺人の被害者に嘱託殺人罪の教唆が成立するかという問題に広がっていく。そして、弁護士法違反の非弁行為を依頼した者に非弁行為の教唆が成立するのかという問題に行き着く。
結論的に言えば、片面的対向犯に関して、処罰規定が設けられていない者を、処罰される者に対する共犯として処罰するのは妥当ではない。というのは、対向犯のうち処罰されないのは、その者が被害者の側にいるため、違法性・有責性が認められないからである。例えば、わいせつ文書頒布罪の法益は、社会の健全な性的秩序であるが、その法益の担い手は、我々一人一人である。わいせつ文書が頒布されることによって、我々一人一人の法益が侵害されるのである。そのような文書を頒布することによって、それを受け取る社会の側が被害を受けるのである。従って、わいせつ文書が見たくて、その頒布を依頼しても、頒布罪の教唆にあたる違法性や有責性があるとはいえない。ただし、通常想定される頒布の依頼の程度を超えた依頼が行われた場合には、もはや依頼者は被害の側にいるとはいえないので、教唆の成立が認められる場合もある(小学校の児童に頒布するよう依頼したような場合)。
弁護士法違反の行為についても、有資格者による法律事務の適正な扱いのための法制度を侵害する者(非弁行為者)が存在するから、それに頼ろうとする者が出てくるのである(通常の弁護士報酬が払えないとか、依頼したことが弁護士に知られると不利益になるなどの理由がありうる)。ただし、Xが非弁行為者Yに依頼するというのではなく、ZがXを唆して、Yに依頼させるよう仕向けたような場合には、、通常想定される非弁行為の依頼の程度を超えているので、弁護士法違反の非弁行為の教唆が成立する。非弁行為の教唆は、このような場合にだけ成立すると解すべきである。
【事実の概要】 Xは、Yから不倫相手Zの夫Aを殺害する計画を聞き、それに応えてBから青酸ソーダを受け取り、Yに渡した。しかし、YとZは、その青酸ソーダを使用せずに、Aに睡眠薬を飲ませて、殺害した。YとZには、Aに対する殺人既遂罪の共同正犯が成立する。
第1審名古屋地裁の判断は、以下の通りである。
1.)殺人予備罪とは、基本犯である殺人罪を実現する目的に基づいた準備行為であり、しかも殺人目的は、その準備行為を行なう者が自らが有していることを要する(いわゆる自己予備)。他人の殺人目的を実現するために行なう準備行為(いわゆる他人予備)は、殺人予備罪にはあたらない。従って、Bから青酸ソーダを受け取り、それをYに渡したXの行為は、殺人予備罪にはあたらないと判断した。
2)殺人予備罪は、基本犯である殺人罪の構成要件の修正形式である。基本犯の構成要件を修正したものとしては、未遂犯や共犯(教唆・幇助)があるが、殺人予備罪も処罰される行為という意味では1個の「犯罪」である。予備罪も「犯罪」である以上、正犯(刑法62条1項)である。従って、予備罪(正犯)に対する幇助も有り得る。ゆえに、Yが夫Zを殺害するために青酸ソーダを調達する行為は殺人予備罪にあたり、それに協力したXの行為は「Yの殺人予備」への幇助にあたる。
これに対して、被告人が控訴した。控訴審・名古屋高裁の判断は、以下の通りである。
1)殺人予備罪は、殺人罪の修正構成要件であり、構成要件である以上、その構成要件的行為または実行行為を観念できるので、共同して殺人予備罪の構成要件該当行為を実行した場合、殺人予備罪の共同正犯が成立する。
2)かりに、構成要件的行為または実行行為は、殺人罪のような犯罪の基本犯ついて観念できるだけであり、構成要件の修正形式である殺人予備罪には観念できないならば、他人が行う殺人予備を共同して実行しても、殺人予備罪の共同正犯は成立しないことになる(各人に殺人予備罪の単独正犯が成立するだけ)。このような奇妙な結果は不可解であり、殺人予備罪には構成要件や実行行為はありえないとする立場は批判されるべきである。
3)ただし、殺人予備罪の構成要件は、基本犯である殺人罪のそれに比べて、定型性が緩やかであるため、その成立する範囲は広いという問題があり、殺人予備罪の幇助の成立範囲も広がるおそれがある。そういうこともあって、刑法は予備罪の幇助の成立する範囲を限定するために明示的な規定を設けている。例えば、内乱予備罪の幇助(刑79)がそれである。刑法が「殺人予備罪の幇助」について明示的な処罰規定を設けていないのは、処罰を控えるという意思の現れである。
4)従って、殺人予備罪の幇助を処罰する明示的な規定がないので、Xには「Yの殺人予備罪」への幇助は成立しない。しかし、Xの意思とその行為を併せて考慮すると、それが「殺人予備罪の共同正犯」にあたると認定し得る場合には、殺人予備罪の共同正犯として処罰することができる。
以上のように、控訴審は判断した。
これに対して弁護人は、共同正犯の規定である刑法60条の「犯罪の実行」とは、殺人罪のような基本犯の構成要件的行為を実行することを意味し、殺人予備罪の修正された構成要件的行為の実行は、それにあたらないので、殺人予備罪の共同実行に刑法60条を適用できないと主張した。また、共同正犯にあたるのか、それとも幇助にあたるのかを区別する基準として、最高裁は主観説を採用しているので、殺人予備罪とは自己目的の準備行為であるので、他者目的のために準備をしても、殺人予備罪の共同正犯にはならない。控訴審の判断はこの点について判例に反する、として上告した。
【裁判所の判断】 被告人Xの行為につき殺人予備罪の共同正犯として認定した原判決に誤りはない。
【解説】 予備罪の共同正犯が成立するためには、予備罪の共同実行もまた刑法60条の「共同した犯罪の実行」にあたると解釈することが前提である。しかし、刑法60条の「犯罪の実行」を、刑法43条の「犯罪の実行」と同じ意味であると解すると、それは構成要件該当行為の共同実行であり、法益侵害の結果発生の具体的な危険のある行為の共同実行であり、予備罪の行為は、そのような行為ではないので、予備罪の共同正犯は認められくなる。
それでは、予備罪の幇助であれば認められるか。幇助とは正犯を幇助することである。正犯とは犯罪の構成要件該当行為を行なった者のことである。正犯とは殺人罪のような基本犯の構成要件該当行為を行う者のことであり、予備罪は基本犯ではないので、正犯ではない。従って、それを幇助しても、正犯の幇助にはあたらない。このように刑法60条の「犯罪の実行」、「正犯」を厳格に解釈すると、予備罪の共同正犯も、予備罪への幇助も成立しえない。
しかし、それは妥当な結論とはいえない。名古屋地裁は、予備罪とは、自ら基本犯を行なう目的で、その準備をすることであって、他人が行なう犯罪を準備しても、予備罪にはあたらないという前提に立って、Xの予備罪の共同正犯の成立を否定し、その上で、予備罪は基本犯の構成要件の修正形式であり、その限りでは構成要件を観念しうるので、予備罪の実行者もまた「正犯」であり、それを幇助すれば、予備罪の幇助として処罰しうると判断し、Xに殺人予備罪の幇助を認めた。これに対して、名古屋高裁は、予備罪は基本犯の構成要件の修正形式であり、その限りでは構成要件を観念しうるので、予備罪の実行者もまた「正犯」であり、それを共同して実行すれば、予備罪の共同正犯になるので、Xに殺人予備罪の共同正犯の成立を認めた。地裁の判断に関しては、予備罪の幇助の成立は、内乱予備罪の幇助のような明文規定がある場合に限られ、殺人予備罪の幇助の個別的な規定がない以上、それを認めることはできないと論じ、共同正犯の一般規定(刑60)を適用した。
予備罪とは、指摘されているように、自らが基本犯を行なう目的で準備を行なうこと(自己予備)である。この目的を身分(構成的身分)と解して、目的のないXが、Yにその目的があることを知りながら、共同して予備を行なった場合、Xには殺予備罪の共同正犯が成立することになる(刑法65①の「共犯」は共同正犯も含む)。判例の傾向としては、目的のないXがYの目的を知っていたということは、自らもその目的を了解し、未必的にその目的のために準備したと認定できるので、殺人予備罪の共同正犯の成立を認めることもできる。名古屋高裁の判断を理論的に説明するならば、このようになる。これに対して、予備罪とは自己予備であり、目的のない他人には予備罪の共同正犯ではなく、予備罪の共犯しか成立しないと解するならば、殺人予備罪の共犯の成立を認めことができる(刑法65①の「共犯」には狭義の共犯しか含まれないと解する立場から主張可能)。
91共犯と身分(1)(最三判昭和42・3・7刑集21巻2号417頁)
【事案の概要】
XとYは、外国にいるZが営利目的で麻薬を輸入しようとしていることを知りながら、その依頼を受けて、麻薬を輸入した。
第1審神戸地裁によれば、Xは、Zとの関係や前歴から、Zが営利目的を持ちながら麻薬を輸入しようとしていることを知っていた。また、Yは、Xが麻薬輸入の意図(売却)を持っていることを了知しながら、Xに協力加担した。従って、XとYには、少なくとも(自分自身ではなく)第三者であるZに財産上の利益を得させることの目的(営利目的)があったとして、麻薬取締法64条2項の「営利目的麻薬輸入罪の共同正犯」が成立すると判断した。
Xのみ控訴したが、X、Y、Zは営利目的麻薬輸入罪の(共謀)共同正犯が成立するとして、控訴を棄却する判断が言い渡された。Xのみ上告した。
【裁判所の判断】
麻薬取締法12条1項の規定に違反して、麻薬輸入の行為を行なった場合、営利目的を持っている者には、同法64条2項の営利目的麻薬輸入罪が成立し、営利目的を持たない者には、同条1項の(単純)麻薬輸入罪が成立する。営利目的麻薬輸入罪における「営利目的」は、自己が財産上の利益を得たり、第三者に得させたりする目的であり、このような犯人の特殊事情がある場合には、営利目的麻薬輸入財が成立する。この目的の有無によって刑の軽重に差が生ずるので、その目的は刑法65条2項にいう「身分」であるといえる。
第1審判決は、Xが、Zに営利目的があったことを知っていただけで、自ら営利目的を持っていなかったが、それにもかかわらず営利目的を認めた。これは、刑法65条2項の解釈適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすものであり、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものと認められる。
Zには営利目的があり、XはZが営利目的を持っていることは知っていたが、自らは営利目的を持っていなかった。このようなXに対して営利目的麻薬輸入罪の共同正犯が成立するというのはで妥当ではない。営利目的のないXには、刑法65条2項を適用して、「通常の刑」が定められた単純麻薬輸入罪の共同正犯にとどまると解すべきである。
【解説】
第1審神戸地裁は、刑法65条の身分をどのように理解していたかというと、それは犯人の職業、社会的地位、性別、国籍などを指すだけで、営利目的麻薬輸入罪の営利目的はそれにあたらないと解していた。それは、いわゆる主観的違法要素であるだけである。つまり、故意と同じ様に扱われている。営利目的をこのように扱うことによって、刑法65条2項を適用せずに、X・Yに営利目的麻薬輸入罪の共同正犯が成立すると認めている。その論理は、次のようなものである。
例えば、XがAを殺害する意図でコーヒーに毒を入れた。YはXの意図を知っていた。YはAに恨みはないが、Xの依頼を受けて、そのコーヒーをAのテーブルまで運んだ。Aはそれを飲み、死亡した。この場合、XとYに殺人罪の共同正犯が成立する。この論理を本件に適用すると、Zは営利目的で麻薬を輸入する意図(営利目的麻薬輸入の故意)を持っていた。XとYは、Zの意図を知っていた。そして、Zの依頼を受けて、麻薬を輸入した。X、Y、Zには、営利目的麻薬輸入罪の共同正犯が成立する。神戸地裁とそれを維持した大阪高裁の判断はシンプルである。
しかし、最高裁の判断は、異なる。最高裁は、営利目的麻薬輸入罪における営利目的は、それがない単純麻薬輸入罪の刑を加重する要素、すなわち刑法65条2項の加重的身分と解している。このように理解すると、営利目的を持つ者と持たない者が共同して麻薬を輸入した場合、目的を持つ者には営利目的麻薬輸入罪が、持たない者には「通常の刑」が科される単純麻薬輸入罪が成立し、両者は共同正犯になる。
営利目的麻薬輸入罪における営利目的とは、自己または第三者に財産上の利益を得させる目的(超過的内心傾向)であり、麻薬輸入後にそのような利得行為を行なって、その結果を発生させる目的である。それは、麻薬輸入の行為の違法性と非難可能性を高め、その刑を加重する要素である。Zにはその目的があったが、XとYにはなかった。従って、X、Y、Zが、外形的に同じ外観の麻薬輸入行為を行なっても、その構成要件該当性も同じだということにはならない。営利目的の有無によって該当する構成要件が異なるので、営利目的のないXとYの行為が、営利目的麻薬輸入罪の構成要件に該当し、Zと共同正犯になると判断した神戸地裁は、この点についての解釈を誤ったといえる。
なお、営利目的があることによって刑が加重される犯罪類型は他にもある。営利目的略取・誘拐罪がそうである。
92共犯と身分(2)(最三判昭和32・11・19刑集11巻12号3073頁)
【事案の概要】
Zは、村への寄付金を受領・保管する業務にあたっていたが、被告人XとYは、Zと共謀して、Z補完の寄付金約23万円の中から、約8万円を飲食代金として支出した。
第1審水戸地裁十浦支部は、被告人X・Yに刑法253条の業務上横領罪の共同正犯の成立を認め、原審東京高裁もこれを認め、控訴を棄却した。弁護人が上告した。
なお、Zは分離審判され、業務上横領罪の共同正犯の成立が認められたものと推測される。
【裁判所の判断】
寄付金の受け取りと管理の業務に従事していたのはZであって、XとYにはその事実は認められない。従って、XとYは、刑法65条1項を適用して、Zと業務上横領罪の共同正犯を行なったと認定すべきである。そのうえで、刑法65条2項を適用して、通常の刑である刑法252条1項の単純横領罪の刑を適用すべきである。原判決を破棄し、XとYに業務上横領罪の共同正犯の成立を認め、科刑の点について、単純横領罪の法定刑で処断すべきである。
【解説】
犯罪のなかには、特定の職業や社会的地位、性別、国籍を持つ者が行なった場合にだけ、犯罪として処罰されるものや、それを理由に刑が加重または減軽されるものがある。このような職業や社会的地位のことを「身分」といい、その身分があることによって、はじめて犯罪を構成するものを「構成的身分犯」または「真正身分犯」といい、その身分を持つ者(身分者)が行なったことで刑が加重・減軽されるものを「加重的身分犯・減軽的身分犯」(両者を併せて加減的身分犯)または「不真正身分犯」という。
このような身分犯に身分を持たない者(非身分者)が関与した場合に、どのような犯罪が成立するか。刑法65条1項・2項はこのような場合についての規定である。ただし、その規定の理解の仕方と適用方法については、様々な理解がある。刑法65条1項はどのような事案に適用され、同2項はどのような事案に適用されるのか。そして、両規定は、どのような関係にあるのか。この問題について、本件の最高裁の判断が示されて以降、近年の通説・判例の理解が変化しているので、それを対比させながら理解する必要がある。
本判決は、刑法65条1項については、身分犯と共犯の問題(共同正犯・共犯が成立する罪名の問題)に一般的に適用される規定であり、同2項については、そのうちの非身分者に科される刑の問題(「通常の刑」を定めた罪の法定刑で処断する問題)に個別的に適用される規定であると解している。つまり、身分者と非身分者が共同して身分犯を実行した者には、身分者と非身分者の両方に刑法65条1項が適用されて、「身分犯の共同正犯」が成立し、非身分者について、身分の有無によって刑の軽重がある場合には、非身分者には刑法65条2項を適用して、「通常の刑」を定めた罪の法定刑で処断され、非身分者について、身分の有無によって刑の軽重がない場合には、身分者と同じ犯罪の共同正犯が成立するという理解である。これに対して、現在では、刑法65条1項は、構成的身分犯に関する共犯の問題、2項は、加減的身分犯に関する共犯の問題に適用されると解されている。従って、現在の通説・判例の解釈からこの事案を扱うなたば、本件の判例とは異なった結論が出される。
判例の理解に従って検討すると、本件で争点となったのは、村長Xと助役Yが寄付金の管理業務に従事していたか否かである。管理業務に従事していたのであれば、業務者・身分者であるので、業務上横領罪の行為主体(単純横領罪の刑を加重する的身分者)ということになる。従事していなかったのであれば、単純横領罪の行為主体にとどまる。村のための寄付金の受領と管理の業務に従事していたのはZであり、XとYは、その業務に従事していなかったのであるから、非業務者・非身分者には、刑法65条1項を適用してZと業務上横領罪の共同正犯の成立を認め、さらに同2項を適用して、単純横領罪の刑で処断することになる。これに対して、近年の理解に従って検討すると、X・Yには刑法62条2項を適用して、単純横領罪の共同正犯の成立を認めることになる。
なお、余談であるが、各論的論点の補足をしておく。本件の判例も、近年の通説も、それぞれの立場には、単純横領罪と業務上横領罪が、基本類型と身分による加重類型の関係にあるとの理解がある。つまり、業務者・身分者ではない者は、基本類型の単純横領罪の行為主体という理解がある。しかし、単純横領罪の規定によれば、その行為は「自己の占有する他人の物の横領」なので、単純横領罪の行為主体は、「他人の物を占有している者」でなければならない。しかも、物の所有者・占有者の委託を受けずに物を占有した場合の遺失物横領罪と区別するために、単純横領罪の行為主体は、物の所有者・占有者からの委託を受けて物を占有している者であると解されている(それゆえ単純横領罪は「委託物横領罪」と呼ばれることがある)。本件のXとYが業務上横領罪の行為主体ではないことは明らかであっても、単純横領罪の行為主体であると認識されたことの根拠は明らかではない。XとYは、業務外において、誰から委託を受けて、寄付金の保管をしたのかという点についての説明はない(おそらく、ZがX・Yのところに寄付金の一部を持って行って、共同保管し、その後、一緒になって飲食谷として支出して、横領したと認定されたのではないかと想像される)。かりに、Zとの共同保管の事実がなければ、その寄付金の一部は、XとYにとっては、委託を受けずに占有している物ということになる。そうすると、XとYは委託物横領罪ではなく、遺失物横領罪の共同正犯でしかない。ただし、このような法適用は、遺失物横領罪、単純横領罪、業務上横領罪の3罪について、遺失物横領罪(非委託物横領罪)が横領罪の基本類型であり、その加重類型が単純横領罪(委託関係を加重的身分とする委託物横領罪)、そのまた加重類型が業務上横領罪(業務者であることが加重的身分である業務上委託物横領罪)と理解しなければならない(各論で詳説する)。
93共犯と身分(3)(大阪高判昭和62・7・17判時1253号141頁)
【事実の概要】
被告人Xは店舗内で商品を窃取した後、警備員Aに呼び止められ、窃盗罪の現行犯として逮捕されそうになった。それを免れるために、Y・Zと意思を通じて、Aに暴行を加え、傷害を負わせた。X、Y、Zは、(事後)強盗罪致傷罪で起訴された。
原審神戸地裁は、Xによる単独の窃盗罪が既遂に達した後で、Y・Zと共謀して暴行を加えたと事実関係を認定したうえで、Y・Zは窃盗罪の共同正犯ではないから、事後強盗罪の行為主体にもなりえないとして、Xら3名について強盗致傷罪の共同正犯の成立を認めるのは妥当ではないとして、Xについて強盗致傷罪の成立を認め、Y・Zにはその致傷部分について共同正犯が成立するとして、傷害罪の共同正犯の成立を認めた。Xが量刑不当を理由に控訴した。Y・Zは控訴しなかった(傷害罪の共同正犯の成立が確定)。
【裁判所の判断】
Xの窃盗後、Y・Zがその事実を知った上で、Xと共謀して被害者に暴行を加えて傷害を負わせた場合、窃盗犯という身分を持たないY・Zについても、刑法65条1項を適用して、事後強盗致傷罪が成立すると解すべきである。この場合、非身分者には、刑法65条2項を適用して、傷害罪の共同正犯の成立を主張するものがあるが、事後強盗罪は、窃盗犯という身分者が暴行・脅迫を行なった場合に暴行・脅迫の刑を加重する加重的身分犯・不真正身分犯ではなく、窃盗犯という身分者が、刑法238条所定の目的に基づいて、暴行・脅迫を行なった場合に、その暴行・脅迫を「強盗罪」として処罰する構成的身分犯・真正身分犯であると解すべきである。従って、事後強盗罪の構成要件的行為である暴行・脅迫に非身分者が関与した場合、非身分者に対して、刑法65条1項を適用して、構成的身分犯の共同正犯の成立を認め、事後強盗罪の全体に刑法60条を適用し、共同正犯が成立すると解すべきである。原判決は、本件の行為のうち、傷害罪の範囲にしか刑法60条を適用しなかったが、それは刑法65条、60条の法令の解釈適用を誤ったものといわなければならない。
ただし、Y・Zは控訴していない。Y・Zには、傷害罪の共同正犯が成立し、それが確定している。控訴したのはXだけで、その罪責は(事後)強盗致傷罪の共同正犯であることに変わりはない。原判決の法令解釈適用の誤りは、Xに対するこの判決に影響を及ぼすようなものとはいえない。
かりに、検察官がY・Zに対する原審の判断に関して控訴していたならば、この二人には強盗致傷罪の共同正犯の成立が認められたと思われる。
【解説】
身分犯には、構成的身分犯と加減的身分犯の二種類があるが、この二つを区別する基準は何か。
構成的身分犯は、一定の身分を有する者が行なったときに、その行為が初めて犯罪として処罰されるというものである。例えば、収賄罪がその典型である。職務に関連して、他者から利益を受け取っても、それが国家法益に対して侵害性を帯び、収賄罪として処罰されるのは、その行為者が公務員である場合に限られる。公務員でない者が公務員による収賄罪に関与した場合、刑法65条1項を適用され、収賄罪の共同正犯・共犯が成立する。これに対して、加減的身分犯は、行為者に一定の身分が備わっていることによって、それがない場合に比べて、その違法性や有責性に軽重が生じ、その結果、科される刑に軽重が生ずるものをいう。例えば、保護責任者遺棄罪がその典型である。保護責任のない者が保護責任者による遺棄に関与した場合、刑法65条2項を適用され、単純遺棄罪の共同正犯・共犯が成立する。構成的身分犯・真正身分犯と加減的身分犯・不真正身分犯を区別する基準が明確であれば、刑法65条1項・2項の適用は問題にならないが、その基準が不明確であれば、65条1項を適用するのか、2項を適用するのか、いずれなのかを明らかではない。
事後強盗罪は、どのような性質の犯罪であるか。刑法238条の「窃盗が」という規定は、収賄罪の「公務員が」の規定と同様、身分犯であると解釈することができる。ただし、それが構成的身分なのか、加減的身分なのかは、明らかではない。事後強盗罪の構成要件的行為は、条文上、暴行・脅迫であり、それが238条所定の目的で行なわれたときに、事後強盗罪の構成要件に該当する(目的犯)。ただし、この暴行・脅迫は、それ自体として犯罪である。それを窃盗犯という身分を持つ者が行なった場合に、(事後)強盗罪の刑が科されるということは、事後強盗罪は暴行・脅迫を窃盗という身分によって加重した類型であると理解することができる。そうすると、事後強盗罪は、窃盗という身分による暴行・脅迫罪の加重類型であり、窃盗犯という身分は、暴行・脅迫の加重的身分である。このように理解するのが、事後強盗罪=加重的身分犯説・不真正身分犯説である。
これに対して、本件では事後強盗罪は構成的身分犯・真正身分犯であると解されている。事後強盗罪は、窃盗犯という身分者が暴行・脅迫を行なった場合に成立するが、それは窃盗犯という身分によって暴行・脅迫の刑が加重される加重的身分犯・不真正身分犯ではない。暴行・脅迫は一般に人身犯に分類されているが、窃盗犯という身分を持つ者が、刑法238条所定の目的に基づいて、この暴行・脅迫を行なった場合に、この暴行・脅迫が強盗罪の性質を持ち、財産犯として初めて処罰されるのである。従って、事後強盗罪は構成的身分犯・真正身分犯である。事後強盗罪は、基本的に財産犯であり、窃盗犯という身分は、人身犯としての暴行・脅迫の違法性や有責性を加重する身分ではなく、人身犯としての暴行・脅迫を財産犯として構成する身分である。
これに対して、事後強盗罪を身分犯ではなく、窃盗と暴行・脅迫の結合犯の一種と捉える学説もある。身分とは、行為者に備わっている自然的・社会的属性であり、窃盗犯であることは、身分ではないと理解しているからである。この立場からは、暴行に関与したY・Zについては、Xが単独で行なった窃盗を承継するか否かの「承継的共同正犯」の問題として扱われる。
97共犯と中止犯(最二判昭和24・12・17刑集3巻12号2028頁)
【事案の概要】
XとYは、共謀して強盗の実行に着手したが、Xは自らの意思でその継続を中止することにし、Yに対して、「帰ろう」と言って、立ち去るよう勧告して、1人で外に出た。Yはその勧告を受け入れ、いったんは手にした金銭を元の場所に戻したが、再びそれをポケットに入れ、Xが外に出た3分後に出て、2人で帰った。
原審は、X・Yに強盗既遂罪の共同正犯の成立を認め、Xに懲役3年の実刑判決を言い渡した。これに対して、弁護人は、Xには刑法43条但書の中止未遂の規定を適用すべきであると主張して、上告した。
【裁判所の判断】
Xは、Yの金銭強取を阻止せずに放任した以上、中止未遂の規定を適用することはできない。
【解説】
1共犯と中止の関係
共犯と中止犯の問題は、次のように考えなければならない。共犯からの離脱または共犯関係の解消が認められたうえで(離脱者は未遂罪の共同正犯)、離脱した者が自己の意思により犯罪を中止したと認定される場合に、その未遂罪の中止未遂の規定が適用される。
2共犯からの離脱または共犯関係の解消
共犯からの離脱は、犯罪の実行の着手の前後に分けて考えられる。
着手前の離脱
XとYが、強盗を共謀し、その準備をした後、その実行の着手前に、Xが離脱するためには、
XがYに離脱の意思を表示し、それがYによって了承された場合に、Xには離脱が認められ、それまでの行為(強盗予備罪の共同正犯)について責任を負うだけである。
着手後の離脱
強盗の実行の着手後の離脱の要件は、XがYに離脱の意思を表示し、それがYによって了承され、さらにXがYの犯行の継続を阻止すれば、Xには(Yにも)、強盗未遂の共同正犯が成立するだけである。一旦成立した強盗予備罪の共同正犯は、その後着手によって成立した強盗未遂罪の共同正犯に級数されて、強盗未遂罪の共同正犯が成立するだけである。
3実行の着手後の未遂に対する中止未遂の規定の適用の要件
犯罪の実行に着手した後、これを遂げなかった場合、未遂が成立するが、それが自己の意思に基づく犯罪の中止による場合、中止未遂として、その刑を減軽または免除される。
強盗の実行に着手した後、Xが自己の意思により犯罪の中止を決意し、それをYに表示し、Yがそれを了承し、さらにXがYの犯行の継続を阻止した場合、の強盗未遂に中止未遂の規定を適用することができる。Xの強盗未遂の刑は、必要的に減軽または免除される(Yの強盗未遂は強盗の「障碍未遂」なので、任意的に減軽されるだけである)。
4実行の着手前の予備に対する中止未遂の規定の準用の可能性
中止未遂は、実行に着手した後に適用される規定なので、実行の着手前に離脱したXに対して、中止未遂の規定を「適用」することはできない。Xには強盗予備罪が成立するだけであり、その刑は減軽・免除されない。
5着手後の強盗未遂に中止未遂の規定が適用され、刑が免除される可能性があるのに、着手前の強盗予備に中止未遂の規定が適用されないため、刑が減軽・免除されない。これをどう考えるべきか。
強盗の実行に着手した後の強盗未遂に中止未遂の規定が適用される場合、その刑は減免されるが、着手することを自己の意思で中止しても、強盗予備の刑は減軽・免除されない。それはアンバランスなのではないか。
実行の着手前の離脱は、着手後の離脱よりも、違法性が低く、また非難可能性も低い。着手後の未遂に中止未遂の規定が適用され、刑が免除されるにもかかわらず、着手前の予備の刑が減軽・免除されないのは、やはりアンバランスな感は否めない。このアンバランスを解消するためには、犯罪の予備後、自己の意思に基づいて、犯罪の実行に着手するのを中止した場合、予備罪に中止未遂の規定を「準用」することが考えられる。
この問題は、殺人予備罪、放火予備罪と強盗予備罪とを比べると明らかになる。殺人予備罪や放火予備罪は、条文に「情状」により、その刑を免除することができると規定されている。予備行為を行ったが、自己の意思により着手を中止したことが、この「情状」にあたると解されるならば、予備罪の刑を免除することができる。しかし、強盗予備罪には、この「情状」による刑の免除が条文上規定されていないため、強盗の予備を行った後、実行に着手することを自己の意思により中止しても、条文上、刑の免除は認められない。このアンバランスを解消するためには、強盗予備後、実行に着手することを自己の意思により中止した場合に、刑法43条但書を被告人に有利な方向で適用(=「準用)」することが必要である。
98必要的共犯(最三判昭和43・12・24刑集22巻13号1625頁)
【事案の概要】
被告人X・Yは、弁護士資格を持たないZに依頼して、法律事件の示談交渉をさせ、その報酬を支払った
第1審静岡地裁沼津支部は、X・Yに弁護士法違反の行為の教唆の成立を認めた。原審東京高裁も、この判断を是認した。
【裁判所の判断】
弁護士法72条は、弁護士の資格を持たない者が、報酬を得る目的で、一般の法律事務を取り扱うことを禁止し、それに違反する行為(非弁行為)を同77条で処罰する規定を設けている。ただし、弁護士資格を持たない者が、自分の法律事務を、自分で取り扱うことまで禁止してはいない。つまり、弁護士法が禁止している非弁行為とは、弁護士資格を持たない者が他人の法律事務を取り扱う行為であると解釈すべきである。従って、法律事務の解決を求めている者が存在し、その者が弁護士資格を持たない者に依頼して、問題を解決させ、それに対する対価として報酬を与える行為が、弁護士法が禁止する非弁行為の典型であると解される。
このような非弁行為は、論理的に考えて、1人で行うことはできない。法律事務の取扱を依頼する者の存在が必要である。この者の依頼がなければ、非弁行為は行われなかったので、非弁行為の前提には、法律事務を依頼する者と弁護士資格を持たない者の存在が必要である。この場合、依頼者は非弁行為の教唆ということができいる。ところが、弁護士法は、弁護士ではない者の行為を非弁行為として処罰する規定を設けているが、その依頼者を処罰する規定を設けていない。それはなぜか。非弁行為の依頼には、刑法61条が適用され、非弁行為の教唆が成立するので、個別の処罰規定を設ける必要はないと考えられているからなのか。それとも、非弁行為の教唆として処罰する必要がないので、あえて個別の処罰規定を設けなかったのか。弁護士法が非弁行為の依頼を処罰する規定を設けなかったのは、処罰を控えたことを意味する。そうである以上、弁護士法上(罰則を伴う特別刑法)、不処罰の行為に、刑法61条(一般刑法)を適用して、教唆として処罰するのは、弁護士法の意図するところと矛盾すると言わなければならない(また、特別法は一般法よりも優先して適用されるいう考え方からも、原々審と原審の判断には問題がある)。
【解説】
犯罪は、一般に一方が他方に対して一方的に行うことを想定して規定されている。それを複数人で行なう場合が共同正犯または共犯である。一人で行うか、複数人で行うかは、任意に決めることができる。したがって、これを「任意的共同正犯」または「任意的共犯」と呼ぶことができる。
これに対して、ある犯罪が成立するために、複数人の関与が必要不可欠な場合がある。これを必要的共同正犯または必要的共犯という。学説・判例では、一般に両者を総合して「必要的共犯」と呼んでいる。例えば、騒擾罪、多衆不解散罪、凶器準備集合罪などがその典型である(集団犯)。この罪は、すでに複数人による実行が法定されているので、複数の関与者について「凶器準備集合罪の共同正犯」というような表現をする必要はない。さらに、重婚罪、贈賄罪・収賄罪のように対向関係にある行為者によって行なわれる犯罪も同じである(対向犯)。これについては、同一の罰条が適用されるもの、個別の別条が設けられているものに分かれるが、対向関係にある両当事者とも処罰される。
しかし、対向関係にある行為者のすべてが処罰されるとは限らない。対抗関係にある一方の当事者は処罰されても、他方の当事者は処罰されない場合もある(対向犯における片面的対向犯)。例えば、わいせつ文書頒布罪がそうである。わいせつ文書を頒布した者は処罰されるが、それを受け取った者は処罰されない。頒布行為は、受取行為があって成立する行為であるが、刑法は頒布行為のみを処罰するだけで、受取行為を処罰しない。刑法は、わいせつ文書頒布罪に関して、頒布行為を処罰するが、その受取行為は処罰の理由にはできないと考えているようである。
ここで問題になるのは、受取行為を行った者を。頒布行為の教唆・幇助として処罰することができるかという点である。XがYに対してわいせつ文書を頒布するよう依頼し、Yがそれに応えて頒布した場合、受け取った者を依頼したことを理由に、Xを頒布罪の教唆として処罰することができるか。この種の問題は、例えば、XがYに自殺の方法を教えてくれと依頼し、YがそれXに教え、Xが自殺した場合、Yには自殺幇助罪が成立するが、Xに自殺幇助罪の教唆が成立するかという問題もある。同じように、嘱託殺人の被害者に嘱託殺人罪の教唆が成立するかという問題に広がっていく。そして、弁護士法違反の非弁行為を依頼した者に非弁行為の教唆が成立するのかという問題に行き着く。
結論的に言えば、片面的対向犯に関して、処罰規定が設けられていない者を、処罰される者に対する共犯として処罰するのは妥当ではない。というのは、対向犯のうち処罰されないのは、その者が被害者の側にいるため、違法性・有責性が認められないからである。例えば、わいせつ文書頒布罪の法益は、社会の健全な性的秩序であるが、その法益の担い手は、我々一人一人である。わいせつ文書が頒布されることによって、我々一人一人の法益が侵害されるのである。そのような文書を頒布することによって、それを受け取る社会の側が被害を受けるのである。従って、わいせつ文書が見たくて、その頒布を依頼しても、頒布罪の教唆にあたる違法性や有責性があるとはいえない。ただし、通常想定される頒布の依頼の程度を超えた依頼が行われた場合には、もはや依頼者は被害の側にいるとはいえないので、教唆の成立が認められる場合もある(小学校の児童に頒布するよう依頼したような場合)。
弁護士法違反の行為についても、有資格者による法律事務の適正な扱いのための法制度を侵害する者(非弁行為者)が存在するから、それに頼ろうとする者が出てくるのである(通常の弁護士報酬が払えないとか、依頼したことが弁護士に知られると不利益になるなどの理由がありうる)。ただし、Xが非弁行為者Yに依頼するというのではなく、ZがXを唆して、Yに依頼させるよう仕向けたような場合には、、通常想定される非弁行為の依頼の程度を超えているので、弁護士法違反の非弁行為の教唆が成立する。非弁行為の教唆は、このような場合にだけ成立すると解すべきである。