Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

強盗殺人事件(闇サイト事件)の余罪の取り扱い――**通信の質問に答える(2015.10.27-28.)

2015-10-30 | 旅行
 立命館大学 法学部
 本田稔 教授

 取材のお願いをした**通信**編集部の****と申します。突然の連絡に応じてくださり、ありがとうございます。
 お伺いしたい点は以下の通りです。

 29日から名古屋地裁で2人を殺した強盗殺人と、強盗殺人未遂の罪で起訴された堀慶末被告の裁判員裁判が始まります。この被告は2007年に、名古屋市で女性が拉致、殺害された「闇サイト殺人 事件」で無期懲役が確定しています。一事不再理、二重処罰の禁止の観点から、07年の事件とは独立して審理され ることになりますが、その点についてお聞かせください。

・「二重処罰の禁止」では、具体的に審理上で何を認めていないのでしょうか。たとえば、証拠としての取り扱うこと、連続的に殺人を犯したという関与の立 証などが認められないと思うのですが、そういった理解でよいでしょうか。今回の事件は07年の事件より前に犯した事件が審理されます。1998年と2006年に起こした事件です。事後に起こした事件にくらべ、事前に犯した犯罪は、より07年の事件とは関連させてはいけないことになるのでしょうか。

・裁判員への情状面への影響はどうでしょうか。法律の専門家ではない裁判員が審理に携わる際に、被告の情状面への影響はどのようなものがあると考えられるでしょうか。報道されている事件でもあり、裁判官らが「二重処罰の禁止」を伝えても、裁判員は自分が審理している被告が、過去にどういった事件を起こして判決を受けているか、分かると思います。そのことの裁判員への影響があるとお考えになりますか。そしてそれは被告の情状面にどういった影響を及ぼすと考えられるでしょうか。

・今回の事件では堀被告は夫婦2人を殺害し、1人を殺害しようとしました。どちらも金目当ての犯行です。「闇サイト事件」があっても、なくても厳しい判決が出る可能性がある事案でしょうか。

・仮に死刑判決が出た場合には、併合罪でより重い刑で処罰されるため、これまでの無期懲役は止められ、死刑判決が優先されるという理解で合ってますでしょうか。

・今回の事件は起訴が2012年9月でした。公判前手続きで約3年かかっていることになります。裁判までの長さについてはどうお考えになりますか。


 先生が書かれていた「併合罪の一部の罪の確定裁判後に審理された余罪の量刑判断方法について」という論文をインターネットで見つけ、主に二重処罰の観点からお話を伺いたいと思いました。

 私の携帯電話番号は以下の通りです。
 よろしくお願いいたします。


 **通信 ****様

 ご連絡ありがとうございます。
 非常に重苦しい問題ですが、ご参考までに、私の理解をお伝えします。

1.被告人は、1998年の2人に対する強盗殺人、2006年の1人に対する強盗殺人未遂、2007年に「闇サイト殺人」を行なっていますが、これらの3罪は併合罪(刑法45条後段)の関係にあります。98年と06年の罪は、07年の罪に対して「余罪」と言われ、07年の罪とは別に、さらに審理されます(刑法50条)。この3罪は、一つの裁判所で同時審判に付される可能性もあったと思いますが、証拠関係が不明確であったために、98年と06年の罪は起訴されず、07年の罪だけが起訴され、裁判が確定したのだと思います。

2.07年の罪はすでに確定しているので、再び裁判で審理することは、一時不再理の原則から許されません。もし、98年と06年の罪の重さを判断するときに、07年の罪を勘案すると、再び審理していることになり、二重に処罰することになります。それは、憲法39条に違反します。ただし、98年と06年の罪を情状や量刑を判断するにあたっては、07年の罪を資料として用いることはできます。それは、一事不再理の原則や二重処罰の禁止原則には反しないと解されています。とくに、98年と06年の量刑を判断するにあたって、07年の罪の刑の執行状況(服役の態度や反省の程度)を資料として用いることはできます。私が書いた論文の事案は、大阪の2件の強盗殺人罪の余罪に関するもので、そのうち1件について裁判で無期懲役が確定し、その後、もう1件の強盗殺人罪(余罪)が起訴されたという経過があります。最高裁は、2件の強盗殺人罪を同時審判していたならば死刑もありえたと一般的に述べたうえで、余罪の量刑について、確定事件の刑の執行状況を勘案し、無期懲役を言い渡しました。従って、98年と06年の罪の量刑を判断するにあたって、このように07年の罪の執行状況を資料として取り扱うことができます。それは、一事不再理の原則に反しません。

3.しかしながら、98年の罪と06年の罪は、それ自体として非常に重大なので、被告人が07年の罪について刑を受けて、罪を償っているという事実があったとても、裁判員の心証には影響しないのではないかと危惧されます。しかも、07年の罪を二重に処罰しないように、量刑判断の対象は、98年と06年の罪だけだに限定したとしても、裁判員は、07年の罪に連続的に続く罪を06年に犯していたんだなと受け止めるでしょう。そのような受け止めがなされれば、06年の罪の量刑を重くし、98年の罪と合わせて、全体として厳しい判断に行き着く可能性は否定できません。07年の罪の服役状況が資料として裁判に提出され、98年と06年の罪の量刑を判断するために情状として扱われても、厳しい判決が出る可能性があると思います。かりに死刑判決が出た場合、執行中の07年の罪の無期懲役は、執行が停止されることになります。そして、死刑が執行されることになります。

4.私が書いた論文は、このような場合の問題を考察したものです。今回の事案では、98年、06年、07年の罪が、かりに同時審判されていたならば、「死刑」という1個の刑が言い渡された可能性があると思います。その場合、被告人は拘置所に移されて、死刑の執行を待つことになります。そこでは、刑務作業に従事する必要はありません。しかし、07年の罪だけが審理され、その刑として無期懲役が確定し、7、8年の間執行されています。その上に、98年と06年の罪について死刑を執行すると、被告人は、「7、8年の懲役刑+死刑」が執行されることになります。同時審判したときよりも、重くなってしまいます。分離して審判したのは、警察の捜査の限界ゆえに、検察庁が起訴しなかったからです。それは被告人の責めに帰されることではありません。それにもかかわらず、このような量刑の結果を被告人に強いるのは問題だと思います。このように分離審判した以上、被告人に対しては不利益を及ぼさない措置を講じなければなりません。裁判所としては、98年と06年の罪について最大でも無期懲役しか言い渡せない、というのが私の考えです。

 立命館大学 本田稔


 **通信 ****様

 昨日の説明につき、補足します。

 今回の事件は、2012年9月に起訴され、公判開始まで3年ほど経過していますが、時間が長くかかっていることは否めません。とくに裁判員裁判の場合、裁判所としては、その時間的・精神的な拘束を少しでも軽減することに留意すべきであったと思います。

 留意するといっても、拙速な裁判になっては困るので、公判前整理手続(こうはんぜんせいりてつづき)に基づいて、起訴された事実関係のうち、裁判で審理する主要な争点を特定して、検察官・弁護人双方が証拠を出し合って、裁判を行なうのが最近の傾向です。ただし、今回の事件は98年と06年の2件であり、いずれも主要な争点になるので、整理するのは難しかったのかもしれません。検察官の側としては、すでに証拠を収集しているので、すぐにでも裁判に臨むことができるでしょうが、弁護人の側としては、17年も前の事件であるため、反証するための証拠などを集めるのに時間がかかります。また、被告人が刑務所にいるため、自由に接見・面会するのにも時間がかかり、弁護方針を立て、その準備をするのにも時間を要したのかもしれません。

 被告人は、公開の法廷において、迅速な裁判を受ける憲法上の権利がありますが、保障されるべき迅速性も、事案との相対的な関係において決まってくるといわざるをえません。万引きを数十件繰り返し行なった場合であれば、証拠関係が明確な事件だけを争点化して、あとは起訴内容から取り外すことをしても、量刑には大きな影響は出ないなら、争点を整理して、迅速な裁判を行なうことができます。今回の事件では、それは難しかったのではないでしょうか。

 立命館大学 本田稔


 立命館大学 本田教授

 取材に答えてくださり、大変ありがとうございました。細かくお答え頂き、理解が深まりました。現在のところ、二重処罰の禁止の原則がある一方で、裁判員に過去の事件がどう影響するかという記事を考えています。

 裁判官が二重処罰の禁止を説明したとしても、立命館大の本田稔教授(刑法)は「被告が関与したとされる犯罪が、時期的に近い場合は連続的に関わっていると受け止められ、裁判員が厳しい判断に行き着くかもしれない」としている。

 という形で使わせて頂きたく思っております。警察や検察官の捜査の限界で起訴できなかったことを被告の責めに帰すべきではないという部分は確かにその通りだと納得いたしました。

 **通信 ****