第17問B 予備罪の教唆・幇助、間接幇助、共犯の錯誤
甲は、夫Xと2人で暮らしていたが、Xが不倫を繰り返すので、腹を立て親友の乙に相談したところ、Xを殺害するようそそのかされたため、殺害を決意した。乙は甲に毒物を渡してやろうと思い、丙に毒物の譲渡を依頼したところ、丙は、乙自身が殺人行為に使用するものと思い込んだまま乙に青酸カリを渡した。乙は甲にその青酸カリを渡し、それを受け取った甲は、ある日、Xが出張に出掛けている間に、Xが毎日好んで飲んでいる野菜ジュースに青酸カリを混入させて、冷蔵庫の中に置いた。ところが、甲は、夫の殺害という恐ろしい考えを抱いたことを後悔するようになり、Xが帰宅する前にジュースを処分した。
甲、乙および丙の罪責を論ぜよ。
論点 1実行の着手時期 2予備罪の教唆・幇助 3間接幇助 4幇助犯内の錯誤
(1)甲の罪責
1甲は、Xが毎日好んで飲んでいる野菜ジュースに青酸カリをXが出張している間に混ぜて、冷蔵庫に置いた。その後、Xが帰宅する前に処分した。この行為は殺人予備にあたるか、それとも殺人未遂にあたるか。
2殺人予備罪とは、自らが殺人を行う目的で準備行為を行うことであり、殺人未遂罪とは、人の生命を侵害し得る現実的に危険な行為を行い、それを遂げなかった行為をいう。
3甲は、Xを毒殺するために、Xが好んで毎日飲む野菜ジュースに青酸カリを混ぜて、冷蔵庫に置いた後、Xが帰宅する前にそれを処分した。この行為は殺人のための準備行為といえるので、甲にはまず殺人予備罪が成立する。では、さらに殺人未遂罪が成立するか。
4殺人未遂罪が成立するためには、殺人の実行の着手、つまり人の生命を侵害しうる現実的に危険な行為を開始したことを要する。甲は青酸カリをXの飲む野菜ジュースに混ぜ、その後、それを処分している。それはXが出張から帰宅する前のことであり、その野菜ジュースをXが飲める状況にはなかったので、Xの生命に現実的な危険性が及んでいたとはいえない。従って、甲は殺人罪の実行に着手したとはいえない。
5なお、甲の行為は殺人予備であり、殺人の実行の着手前の行為なので、殺人の実行の着手を自己の意思により中止したとはいえ、中止未遂(刑43但書)は適用されない。以上から、甲には殺人予備罪が成立する。
(2)乙の罪責
1乙は甲に対してXを殺害するよう唆し、それを決意させた。さらに乙は甲に青酸カリを渡した。ただし、甲は殺人予備罪を行うだけにとどまった。乙は殺人罪を教唆したつもりが、殺人予備罪を行わせるにとどまった。乙には殺人予備罪の教唆が成立するか。また、甲に青酸カリを渡した行為は、殺人予備罪の共同正犯にあたるか、それとも殺人予備罪の幇助にあたるか。
2主観的に殺人罪を教唆したつもりであったが、客観的には殺人予備罪の教唆にとどまった場合、どのように扱うべきか。殺人罪の構成要件と殺人予備罪の「構成要件」の重なる殺人予備罪の範囲で教唆の成立を認めることができるか。犯罪の構成要件とは法益侵害の類型、すなわち既遂類型であるので、既遂に至らない行為について構成要件を観念することはできない。ただし、例外的に未遂を処罰する規定が設けられている場合にはこの限りでない(既遂犯構成要件の修正形式としての未遂犯)。では、予備罪は、未遂罪として処罰される実行の着手以前の準備行為を処罰する規定であり、これについても未遂と同様に既遂犯の構成要件の修正形式として観念することができるか。犯罪の構成要件は法益侵害の類型であり、それは既遂類型であるので、教唆は既遂類型である「犯罪」をそそのかして実行させたときに処罰されるだけで、実行以前の可罰的な準備行為を行わせても、それは「犯罪の実行」の教唆にはあたらないと解されるように思われる。
3しかし、「犯罪の実行」を「刑罰が科される行為の実行」ととらえるならば、既遂類型だけでなく、予備行為類型を教唆して実行させた場合も教唆犯が成立する。このように考えると、予備罪もまた「犯罪の実行」を観念することができ、基本構成要件の修正形式と解することができる。そうすると、乙は甲に殺人罪を行うよう教唆し、殺人予備罪を行わせたので、構成要件の重なる殺人予備罪の教唆が成立するといえる。
4乙が甲に青酸カリを渡した行為は、殺人予備罪の共同正犯にあたるか。予備罪とは基本犯を行う目的を持った者が行った場合に成立するだけであり(自己予備)、目的のない者がそれに関与しても共同正犯にはならない。では、目的のない他人であっても、その幇助を行うことができるか。幇助とは、正犯を物理的または心理的に援助する行為であり、正犯には既遂類型の犯罪行為だけでなく、その修正形式である未遂や予備の類型も含まれると解されるので、殺人を実行しようとしている他人に青酸ソーダを与える行為は、殺人予備罪の幇助にあたるといえる。
5従って、乙には甲の殺人予備罪の教唆とその幇助が成立する。これらは、Aという同一の被害者に向けられた犯罪の予備罪に関する行為であるので、軽い殺人予備罪の幇助は重い殺人予備罪の教唆に吸収されて、殺人予備罪の教唆のみが成立する。
(3)丙の罪責
1丙は、乙が殺人行為に使用するものと思い、乙に青酸ソーダを与えた。ところが、乙はそれを甲に与えた。丙の側から見れば、乙の殺人予備を幇助したつもりであったが、乙を介して甲を幇助したことになる(間接幇助)。この錯誤は、丙の罪責にどのように影響するか。
2幇助とは、正犯を物理的・心理的に援助し、その犯行を促進する行為である。幇助犯の規定には、「幇助者に対する教唆」(刑62②)の処罰規定はあるが、「幇助者に対する幇助」の規定がないため、甲を幇助した乙に対する幇助、つまり乙を介して甲を幇助した場合、甲に対する幇助犯が成立するのかが問題になる。
3幇助は、正犯を援助し、それを容易にする行為である。結果的に正犯を幇助している以上、それが間接幇助であっても幇助にあたると解される。従って、丙が乙を介して甲の殺人予備を幇助した間接的な幇助の場合、幇助にあたる。幇助(刑法62条1項)には直接的な幇助だけでなく、間接的な幇助も含まれる。
4ただし、丙は乙の殺人予備を幇助したつもりが、甲の殺人予備を幇助していた。ここで錯誤が問題になる。丙が認識した「乙に対する殺人予備罪の幇助」と実際に行った「乙を介した甲に対する殺人予備罪の間接幇助」は、幇助の類型において符合しているので、乙を介した甲に対する殺人予備の幇助の故意を認めることができる。
5実際にも、正犯・甲は殺人予備罪を行っているので、丙には殺人予備罪の幇助が成立する。
(4)結論 甲には殺人予備罪(刑法201)が成立する。乙には甲に対する殺人予備罪の教唆犯(刑法61①、201)とその幇助犯(刑法62①、201)が成立する。幇助は教唆に吸収され殺人予備罪の教唆犯が成立する。そして、丙には殺人予備罪の幇助犯(刑法62①、201)が成立する。
甲は、夫Xと2人で暮らしていたが、Xが不倫を繰り返すので、腹を立て親友の乙に相談したところ、Xを殺害するようそそのかされたため、殺害を決意した。乙は甲に毒物を渡してやろうと思い、丙に毒物の譲渡を依頼したところ、丙は、乙自身が殺人行為に使用するものと思い込んだまま乙に青酸カリを渡した。乙は甲にその青酸カリを渡し、それを受け取った甲は、ある日、Xが出張に出掛けている間に、Xが毎日好んで飲んでいる野菜ジュースに青酸カリを混入させて、冷蔵庫の中に置いた。ところが、甲は、夫の殺害という恐ろしい考えを抱いたことを後悔するようになり、Xが帰宅する前にジュースを処分した。
甲、乙および丙の罪責を論ぜよ。
論点 1実行の着手時期 2予備罪の教唆・幇助 3間接幇助 4幇助犯内の錯誤
(1)甲の罪責
1甲は、Xが毎日好んで飲んでいる野菜ジュースに青酸カリをXが出張している間に混ぜて、冷蔵庫に置いた。その後、Xが帰宅する前に処分した。この行為は殺人予備にあたるか、それとも殺人未遂にあたるか。
2殺人予備罪とは、自らが殺人を行う目的で準備行為を行うことであり、殺人未遂罪とは、人の生命を侵害し得る現実的に危険な行為を行い、それを遂げなかった行為をいう。
3甲は、Xを毒殺するために、Xが好んで毎日飲む野菜ジュースに青酸カリを混ぜて、冷蔵庫に置いた後、Xが帰宅する前にそれを処分した。この行為は殺人のための準備行為といえるので、甲にはまず殺人予備罪が成立する。では、さらに殺人未遂罪が成立するか。
4殺人未遂罪が成立するためには、殺人の実行の着手、つまり人の生命を侵害しうる現実的に危険な行為を開始したことを要する。甲は青酸カリをXの飲む野菜ジュースに混ぜ、その後、それを処分している。それはXが出張から帰宅する前のことであり、その野菜ジュースをXが飲める状況にはなかったので、Xの生命に現実的な危険性が及んでいたとはいえない。従って、甲は殺人罪の実行に着手したとはいえない。
5なお、甲の行為は殺人予備であり、殺人の実行の着手前の行為なので、殺人の実行の着手を自己の意思により中止したとはいえ、中止未遂(刑43但書)は適用されない。以上から、甲には殺人予備罪が成立する。
(2)乙の罪責
1乙は甲に対してXを殺害するよう唆し、それを決意させた。さらに乙は甲に青酸カリを渡した。ただし、甲は殺人予備罪を行うだけにとどまった。乙は殺人罪を教唆したつもりが、殺人予備罪を行わせるにとどまった。乙には殺人予備罪の教唆が成立するか。また、甲に青酸カリを渡した行為は、殺人予備罪の共同正犯にあたるか、それとも殺人予備罪の幇助にあたるか。
2主観的に殺人罪を教唆したつもりであったが、客観的には殺人予備罪の教唆にとどまった場合、どのように扱うべきか。殺人罪の構成要件と殺人予備罪の「構成要件」の重なる殺人予備罪の範囲で教唆の成立を認めることができるか。犯罪の構成要件とは法益侵害の類型、すなわち既遂類型であるので、既遂に至らない行為について構成要件を観念することはできない。ただし、例外的に未遂を処罰する規定が設けられている場合にはこの限りでない(既遂犯構成要件の修正形式としての未遂犯)。では、予備罪は、未遂罪として処罰される実行の着手以前の準備行為を処罰する規定であり、これについても未遂と同様に既遂犯の構成要件の修正形式として観念することができるか。犯罪の構成要件は法益侵害の類型であり、それは既遂類型であるので、教唆は既遂類型である「犯罪」をそそのかして実行させたときに処罰されるだけで、実行以前の可罰的な準備行為を行わせても、それは「犯罪の実行」の教唆にはあたらないと解されるように思われる。
3しかし、「犯罪の実行」を「刑罰が科される行為の実行」ととらえるならば、既遂類型だけでなく、予備行為類型を教唆して実行させた場合も教唆犯が成立する。このように考えると、予備罪もまた「犯罪の実行」を観念することができ、基本構成要件の修正形式と解することができる。そうすると、乙は甲に殺人罪を行うよう教唆し、殺人予備罪を行わせたので、構成要件の重なる殺人予備罪の教唆が成立するといえる。
4乙が甲に青酸カリを渡した行為は、殺人予備罪の共同正犯にあたるか。予備罪とは基本犯を行う目的を持った者が行った場合に成立するだけであり(自己予備)、目的のない者がそれに関与しても共同正犯にはならない。では、目的のない他人であっても、その幇助を行うことができるか。幇助とは、正犯を物理的または心理的に援助する行為であり、正犯には既遂類型の犯罪行為だけでなく、その修正形式である未遂や予備の類型も含まれると解されるので、殺人を実行しようとしている他人に青酸ソーダを与える行為は、殺人予備罪の幇助にあたるといえる。
5従って、乙には甲の殺人予備罪の教唆とその幇助が成立する。これらは、Aという同一の被害者に向けられた犯罪の予備罪に関する行為であるので、軽い殺人予備罪の幇助は重い殺人予備罪の教唆に吸収されて、殺人予備罪の教唆のみが成立する。
(3)丙の罪責
1丙は、乙が殺人行為に使用するものと思い、乙に青酸ソーダを与えた。ところが、乙はそれを甲に与えた。丙の側から見れば、乙の殺人予備を幇助したつもりであったが、乙を介して甲を幇助したことになる(間接幇助)。この錯誤は、丙の罪責にどのように影響するか。
2幇助とは、正犯を物理的・心理的に援助し、その犯行を促進する行為である。幇助犯の規定には、「幇助者に対する教唆」(刑62②)の処罰規定はあるが、「幇助者に対する幇助」の規定がないため、甲を幇助した乙に対する幇助、つまり乙を介して甲を幇助した場合、甲に対する幇助犯が成立するのかが問題になる。
3幇助は、正犯を援助し、それを容易にする行為である。結果的に正犯を幇助している以上、それが間接幇助であっても幇助にあたると解される。従って、丙が乙を介して甲の殺人予備を幇助した間接的な幇助の場合、幇助にあたる。幇助(刑法62条1項)には直接的な幇助だけでなく、間接的な幇助も含まれる。
4ただし、丙は乙の殺人予備を幇助したつもりが、甲の殺人予備を幇助していた。ここで錯誤が問題になる。丙が認識した「乙に対する殺人予備罪の幇助」と実際に行った「乙を介した甲に対する殺人予備罪の間接幇助」は、幇助の類型において符合しているので、乙を介した甲に対する殺人予備の幇助の故意を認めることができる。
5実際にも、正犯・甲は殺人予備罪を行っているので、丙には殺人予備罪の幇助が成立する。
(4)結論 甲には殺人予備罪(刑法201)が成立する。乙には甲に対する殺人予備罪の教唆犯(刑法61①、201)とその幇助犯(刑法62①、201)が成立する。幇助は教唆に吸収され殺人予備罪の教唆犯が成立する。そして、丙には殺人予備罪の幇助犯(刑法62①、201)が成立する。