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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(10)講義資料

2020-12-08 | 日記
 刑法Ⅱ(各論) 社会的法益に対する罪――公共危険犯
 第10週 放火罪

 前回までは、個人的法益に対する罪について検討してきました。
 今回からは、社会的法益に対する罪について検討します。
 社会的法益に対する罪には、いくつかの分類があります。
 第1は、公共の安全に対する罪です。例えば、騒乱罪、放火罪などです。
 第2は、公共の信用に対する罪です。例えば、通貨偽造罪、文書偽造罪などです。
 第3は、風俗に対する罪です。例えば、公然わいせつ罪などです。


(1)放火および失火の罪
 放火の罪および失火の罪について検討します。
1 放火罪の類型
 放火罪の規定について、重要なものとして次の3種類があります。
 108条は、現住建造物等放火罪です。
 109条1項は、他人所有の非現住建造物等放火罪です。
 109条2項は、自己所有の非現住建造物等放火罪です。
 110条  建造物等以外の物の放火罪です。

2 保護法益
 放火罪によって保護される法益について考えてみましょう。
 放火罪は、建造物などに火を放って、それを焼損する行為です。

 建造物へ火を放って、建造物を焼損することによって、
 どのような法益が侵害されるのでしょうか。
 建造物の焼損それ自体は、建造物の所有権の侵害にあたりますが、
 その多くは、個人の財産、個人的法益に対する侵害にとどまります。
 放火罪が、社会的法益に対する罪であるならば、
 そのような個人的法益を超える法益、
 社会的法益に対する侵害が問題になります。
 では、それは何でしょうか。
 現住建造物などに火を放って、それを焼損するならば、
 そこで生活している人、その中にいる人、その周辺にいる人
 つまり不特定または多数の人々の
 生命、身体、財産の安全を危険にさらすことになります。
 放火罪は、建造物の焼損によって、
 不特定または多数の人々の生命、身体、財産に対して危険を発生させることで
 成立し、人を実際に死傷させることは要件ではありません。
 そのため、放火罪は危険犯と捉えることができます。
 また、建造物の中にいる人を死亡させた場合には、
 故意の場合は殺人罪が、過失の場合は過失致死罪が
 放火罪とは別に成立します。
 
 放火罪が公共危険犯と呼ばれるのは、
 不特定または多数の人々の生命などの権利を危険にさらしているからですが、
 この「不特定または多数の人の生命などの権利」に
 個人的権利を超える「公共性」が認められているからです。

 ただし、放火して建造物を損壊することそれ自体は、
 個人的法益に対する罪として建造物損壊罪にあたります。
 この建造物損壊は、放火罪の手段として行われているので、
 放火罪として処罰され、独立した犯罪として成立しません。
 建造物損壊罪と建造物放火罪は、法条競合の関係にあり、
 後者が成立する場合、前者は成立しない二者択一の関係にあります。

3 実行行為
 放火罪の実行行為は、火を放って、建造物などを焼損する行為です。
 火を放つ行為と建造物を焼損する結果から成ります。

4放火と焼損の概念
 放火罪は、建造物などに火を放って、それを焼損する行為です。
 火を放つ行為によって、放火罪の実行の着手が認められ、
 建造物などを焼損することによって、既遂に達します。

 では、放火罪の成立過程を次のように区分しながら考えてみましょう。
 第1段階 ライターの火を点け、その火で紙くずを燃え上がらせた。
 第2段階 紙くずの火を建造物に近づけ、その一部に燃え移らせた。
 この段階において、放火罪の実行の着手が肯定されます。、
 第3段階 紙くずの火が消えても、建造物の一部が独立して燃焼し始めた。
 この段階において、建造物の焼損が認められ、放火罪の既遂が肯定されます。
 このような既遂の認定基準を独立燃焼説といいます。

 ただし、現在の建造物には不燃性・難燃性の建材が使用されているものがあり、
 不燃性の建材が独立して燃焼したと見えても、
 ほどなくして火は消えるので、他の建材には燃え移りません。
 独立燃焼説の基準を機械的に適用すると、
 建造物放火罪の既遂時期を早めてしまうおそれがあります。
 したがって、建造物の一部が独立燃焼し始めたただけでは、
 まだ焼損には達していない、
 少なくとも建造物が燃焼し続け、
 その重要な部分を焼損した(建造物の効用を毀損した)ことが必要でしょう。

(2)現住建造物等放火罪
 刑法108条は、現住建造物等放火罪の規定です。
 放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる
 建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、
 死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

1 客体
 本罪の行為客体は、建造物です。
 建造物について
 土地に定着し、柱、壁、屋根によって作られたものであり、
 人の起居・出入りに適した構造を有する建物です。
 人が出入りする建物であっても、起居することが想定されていない建物、
 たとえば豚小屋や堆肥小屋は、建造物ではありません。

 まずは、建造物の畳について
 建造物は、柱、壁、屋根以外にも建具、畳、窓などによって作られています。
 では、畳を焼損すれば、建造物放火罪にあたるのでしょうか。
 畳を焼損した場合に、建造物放火罪が成立するためには、
 畳が建造物の一部を構成し、建造物を毀損しなければ、
 それを取り外せない状態にあることが必要です。
 畳は、建造物を毀損しなくても、自由に取り外せるので、
 畳を焼損しただけでは、建造物放火罪は成立しません。

 マンション内に設置されたエレベータに放火した場合、
 エレベータはマンションの一部でしょうか。
 建造物の畳について検討しましたが、
 畳が建造物の一部であるためには、
 畳を取り外すためには、建造物を毀損しなければならない場合、
 畳は建造物の一部にあたりますが、
 畳は、建造物を毀損しなくても、自由に取り外せるので、
 畳は建造物の一部ではありませんでした。
 このような論理に基づいて考えるならば、
 エレベータは、マンションを毀損しなければ取り外せません。
 その意味ではエレベータはマンションとの物理的な一体性があります。
 さらに、エレベータはマンション内を移動し、日常生活を送る上で
 重要な機能を担っています。
 その意味ではエレベータはマンションとの機能的な一体性があります。
 マンション内のエレベータには、
 このような物理的一体性と機能的一体性があることを理由に
 マンションの一部であること、つまり現住建造物の一部であることを
 認めることができます。

 つぎに、人の現住性・現在性について
 現に人が住居に使用している建造物、現に人がいる建造物について、
 人の現住性・現在性が問題になります。
 まず、明らかなのは、この「人」とは、行為客体の建造物の要件なので、
 放火行為を行う人以外の「人」を指します。

 また、住居として利用できる建造物であっても、
 シーズンオフの別荘などは、現住性・現在性は認められず、
 非現住建造物・非現在建造物にあたります。
 現住性・現在性は、
 現に住居として利用されていることによって認定されています。
 ただし、その建造物が主として住居として使用する目的で作られていることを
 要しません。一般には住居として使用しないものであっても、
 実際に住居として使用されていれば、それもまた住居であると認定されます。
こと用に作られている

 耐火構造のマンションの空き部屋を放火した場合、
 その部屋は、現に住居として使用している建造物ではありませんが、
 他の部屋に住人がいる場合には、
 マンションは全体として1個の現住建造物であり、
 たとえ住居として使用されていない空き部屋を放火した場合でも、
 現住建造物としてのマンションを放火したことになります。

 競売手続を妨害する目的で、会社の従業員を交替で寝泊まりさせた家屋について、
 それを放火して、火災保険金をだまし取るために、従業員を旅行に行かせ、
 その間に放火した事案では、
 従業員が旅行から帰った後に再び家屋に交替で寝泊まりすると認識していたので、
 当該家屋が現住建造物にあたると判断されています。

 現住建造物と非現住建造物によって成り立っている複合的構造物の場合、
 例えば平安神宮などのような建造物の場合、
 社務所や宿直室などは、現に人がいる現在現像物ですが、
 社殿などは、そのように使われていない非現在建造物です。
 この社殿などに放火した場合、非現在建造物放火罪にあたるのでしょうか。
 現住建造物の部分と非現住建造物の部分が
 渡り廊下や回廊などで物理的につながっており、
 また、社殿などで行事を行うために、社務所や宿直室などが設けられているので、
 このように物理的にも機能的にも複合的建造物は、その全体が現在建造物にあたります。
 そうすると、社殿などの非現在建造物に放れた火は、
 社務所や食直室などの現在建造物に延焼する可能性があるので、
 非現在建造物に放火した場合でも、
 現在建造物放火罪にあたります。

2 行為
 放火罪の行為は、建造物に火を放って、それを焼損することです。
 建造物に火を放つことで実行の着手が認められ、
 建造物を焼損することで既遂に達します。

 他人所有の現住建造物を焼損する目的で、それに火を放ち、燃え上がらせた場合、
 108条の現住建造物等放火罪が成立します。

 他人所有の現住建造物を焼損する目的で、
 近接する物置(他人所有の非現住建造物)に火を放ち、
 現住建造物に燃え広がらせた
 他人所有の非現住建造物等放火罪(109条①の放火罪)
 他人所有の現住建造物等放火罪(108条の放火罪)
 この2個の放火罪が成立し、
 それらは観念的競合の関係に立ち、
 108条の他人所有の現住建造物等放火罪で処断されます。

 他人所有の現住建造物を焼損する目的で、
 近接する物置(他人所有の非現住建造物)に火を放ちましたが、
 他人所有の現住建造物には燃え移らなかった場合、
 他人所有の非現住建造物放火罪は既遂ですが、
 他人所有の現住建造物放火罪は未遂でしょうか?
 行為者は、火を放っていますが、
 その客体は、他人所有の非現住建造物であって、
 他人所有の現住建造物ではありません。
 現住建造物等放火罪の実行の着手は、
 現住建造物等に火を放っていなければ、認められないというならば、
 現住建造物等放火罪の未遂は成立しません。
 ただし、108条の条文は、
 火を放って、現住建造物等を焼損した者は、と規定し、
 火を放つ客体について明示していません。
 この条文を、
 現住建造物に火を放って、それを焼損した者は、と解釈できますが、
 放火の対象は、現住建造物等以外に物であってもかまわないと
 解釈することもできそうです。
 もしも、火を放つ対象が現住建造物でなくてもよいなら、
 他人所有の現住建造物を焼損する目的で、
 近接する物置(他人所有の非現住建造物)に火を放ち、
 他人所有の現住建造物には燃え移らなかった場合、
 他人所有の現住建造物放火罪の未遂が成立することになります。

 マンションの居室を焼損するために、
 室内にガソリンをまいただけで、
 火を放たなかった。
 そして、その後、この世で最後のタバコを吸うために、
 タバコに火を点けた。
 すると、その火花が気化したガソリンに引火し、
 マンションの居室とマンション全体が焼損しました。
 このような場合、どのような犯罪が成立するのでしょうか。

 マンションの自室は、放火行為者から見て、非現住建造物ですが、
 マンションは他の部屋を含めて全体としてが現住建造物です。
 しかし、マンションの自室内にガソリンをまいただけ、
 まだ火を放っていません。
 この場合、現住建造物等放火罪の実行の着手は認められるでしょうか。
 放火罪の実行の着手として「火を放つ行為」を基準に形式的に判断すると、
 火を放つ行為は行われていないので、
 放火罪の未遂は成立しません(放火予備にとどまります)。
 そして、放火罪の実行の着手とは別の行為として、
 タバコに火を点ける行為を行い、
 それによってマンションの居室を焼損したので、
 それは過失による現住建造物の放火、つまり失火罪にあたるだけです。
 これに対して
 ガソリンを室内にまく行為は「火を放つ行為」に近接した危険な行為であり、
 ガソリンをまく行為と火を放つ行為は、
 同じ場所で行われ、また時間的にもほぼ同じであり、
 ガソリンをまく行為の後、火を放つ行為を行うのに大きな障害はないので、
 実質的に見て、放火罪の実行の着手を認めることもできそうです。
 そうすると、放火罪の未遂が成立します。
 そして、現住建造物等放火罪の実行に着手した後、
 火を点けて、居室を焼損しているので、
 それがタバコへの点火の目的から行われたとしても、
 建造物放火罪の既遂の成立を認めることができます。
 *この問題は、故意犯の実行に着手し(故意の第1行為)、
  その後、過失による行為を行い(過失の第2行為)、
  結果が生じた場合、その結果と因果関係があるのは、
  故意の第1行為か、それとも過失の第2行為かという
  因果関係の問題として考えるべき問題です。
  裁判例では、故意の第1行為との因果関係が肯定されています。

3公共の危険
 放火罪は、
 不特定または多数の人の生命、身体、財産を危険にさらす
 公共危険犯です。

 この公共の危険の要件は、
 刑法108条の現住建造物等放火罪、
 109条1項の他人所有の非現住建造物等放火罪の規定には、
 明文では定められいません。
 この2つの放火罪は、行為客体である建造物等の焼損を要件として規定しています。
 では、建造物の焼損と公共の危険は、どのような関係にあるのでしょうか。
 それは、現住建造物等を焼損することによって、
 公共の危険が発生するので、建造物等の焼損とは別に
 あらためて公共の危険の発生を要件として定める必要はないということです。
 つまり、現住建造物の焼損のなかに、公共の危険の発生が含まれているのです。
 危険犯であるにもかかわらず、法文が危険の発生を要件として定めていない犯罪を
 抽象的危険犯といいます。
 刑法217条の単純遺棄罪、218条の保護責任者遺棄罪がその例です。


(3)非現住建造物等放火罪
 刑法109条1項は、他人所有の非現住建造物等放火罪の規定です。
 放火して、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない
 建造物、艦船又は鉱坑を焼損した者は、2年以上の有期懲役に処する。

 2項は、自己所有の非現住建造物等放火罪の規定です。
 前項の物が自己の所有に係るときは、6月以上七年以下の懲役に処する。
 ただし、公共の危険を生じなかったときは、罰しない。

 これらの放火罪もまた公共危険犯ですが、
 1項の他人所有の非現住建造物等放火罪は、
 その条文に公共の危険が要件として規定されていないので、
 抽象的危険犯です。
 これに対して、2項の自己所有の非現住建造物等放火罪は、
 その条文に公共の危険が要件として規定されているます。
 これを具体的危険犯といいます。

1 客体
 1項は、他人所有の非現住建造物です。
 2項は、自己所有の非現住建造物です。

 非現住性・非現在性とは、
 人が住居として使用していない、または人が存在しないことです。

 最初から人が起居すること予定されていない建物、
 たとえば豚小屋、堆肥小屋はなどは、
 現住性・現在性が認められないだけでなく、
 建造物ではありません。

 独居者が他人から借りた住居に1人で住み、それを放火した場合、
 その建造物は、他人所有の非現住建造物にあたります。

 行為者が所有する住居で父母と3人で住んでいたところ、
 父母を殺害した後、その住居を放火した場合、
 他に居住者や現在者がいない限り、
 その住居は自己所有の非現住建造物にあたります。

 1階に非現住建造物の病院があり、
 2階以上に現住建造物の住居がある集合住宅の場合で、
 各階に優れた防火設備と構造を備え、
 ある階で火災が発生しても、他の階へ延焼しにくくなっている場合、
 1階部分の非現住建造物の病院は、
 2階以上の現住家造物の住居から独立していると認定できるので、
 1階の病院を放火する行為を行っても、
 それは非現住建造物等放火にあたるだけです。
 このように1つの集合住宅のなかに、
 非現住建造物と現住建造物がある場合、
 それが1個の現住建造物であるのか、
 それとも別個の住宅であるのかは、
 各階間の延焼の可能性や蓋然性の有無が基準になります。
 延焼の可能性が否定できない、また延焼の蓋然性が認められるならば、
 それらは1個の現住建造物であると言わなければなりません。
 これに対して、宿直室のある建物と研修室のある建物の2つの建物があり、
 2つの建物が渡り廊下でつながっていても、
 研修室のある建物の火が宿直室のある建物に延焼する蓋然性が認められれば、
 研修室のある建物は、独立した非現住・非現在建造物と認定されます。

 非現住建造物が他人所有の場合と、自己所有の場合とで、
 法定刑に差があります。
 さらに、非現住建造物が自己所有の場合、
 それに火を放ち、焼損しただけでは、
 自己所有の非現住建造物等放火罪は既遂にはなりません。
 公共の危険の発生が必要です。

2公共の危険
 108条の現住建造物等を放火・焼損して発生する公共の危険も、
 109条1項の他人所有の非現住建造物等を放火・焼損して発生する公共の危険も、
 不特定または多数の人の生命、身体、財産に対する危険です。
 法定刑に差があるので、その公共の危険にも程度の差があると解されますが、
 これらの公共の危険は、
 それぞれの建造物の放火・焼損によって、その発生が擬制されます。
 ただし、109条2項の自己所有の非現住建造物等放火罪の場、
 その建造物を放火・焼損しただけでは、公共の危険は発生しません。
 109条2項は、自己所有の非現住建造物等放火罪の成立のために、
 当該建造物の放火・焼損とは別に「公共の危険」の発生を要件として定めています。
 したがって、109条2項の罪が成立するためには、
 自己所有の非現住建造物の焼損とは別に、
 公共の危険が発生していなければなりません。
 その危険の発生が生じなかったとき、または
 それが証明できなかったときは、
 自己所有の非現住建造物等放火罪は「未遂」です。
 そして、本罪の未遂を処罰する規定はないので、
 無罪になります。
 たとえば、畑の中にある自己所有の農機具倉庫を放火・焼損したとします。
 その行為それ自体は、個人の財産を処分する行為であり、違法ではありません。
 ただし、その行為を公共の危険の発生させる故意で行い、
 公共の危険が発生した場合には、109条②の罪が成立します。

 人家から300メートル以上放れた山復にある炭焼小屋があり、
 その周辺の雑木はすべて切り払われ、
 引火延焼の可能性のある物が存在せず、
 前日の夜から小雨が降る状況のもとで、
 付近に延焼しないよう監視しながら、
 その小屋を焼損した場合には、
 公共の危険は生じていないと判断されています。

 この結論は理解できると思いますが、
 公共の危険が生じていないという結論が妥当であるためには、
 公共の危険とは何なのか、
 その発生の有無の判断基準は何かが明らかでなければなりません。
 この問題は、刑法110条の建造物等以外の放火罪に関して判例があります。


(4)建造物等以外放火罪
 建造物等以外放火罪という犯罪名は、あまりなじみが無いかもしれません。
 それは、刑法110条に次のように規定されています。
 1項は、他人所有の建造物等以外の物の放火であり、
 放火して、前2条に規定する物以外の物を焼損し、
 よって公共の危険を生じさせた者は、
 1年以上10年以下の懲役に処する。

 2項は、自己所有の建造物等以外の物の放火です。
 前項の物が自己の所有に係るときは、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

1客体
 1項の罪の客体は、現住建造物(108)、非現住建造物(109)以外の物です。
 例えば、建造物に含まれない塀・門などであり、自動車・オートバイなどです。
 2項の罪の客体は、1項の客体のうち自己所有の物です。
 2項の罪の場合、刑が減軽されます。

2公共の危険
 公共の危険という要件は、
 109条2項の自己所有の非現住建造物等放火罪、
 110条の建造物等以外の放火罪の
 2つの犯罪の条文において定められています。
 同じ放火罪でも、
 108条の現住建造物等放火罪硬、
 109条1項の他人所有の非現住建造物等放火罪には、
 公共の危険という要件は、文言としては定められていませんが、
 現住建造物や他人所有の非現住建造物の放火・焼損によって
 発生することが擬制されています。
 それぞれの公共の危険の度合いと程度は異なりますが、
 内容的には基本的に同じであると思われます。
 では、公共の危険とは、どのような意味でしょうか。

 判例では、建造物等以外の放火罪の事案に関して
 公共の危険とは、
 一般不特定の多数人をして、108条、109条の物件に
 延焼する結果を発生するおそれありと思わせるのに相当な状態をいうと、
 判断したものがありました。
 つまり、110条の公共の危険とは、建造物以外の物に放火して、
 その火が現住建造物・(他人所有の)非現住建造物へと
 延焼するおそれがあると思わせるのに相当な状態ということです。
 なお、その火が自己所有の非現住建造物に延焼するおそれがあるだけでは、
 まだ公共の危険は発生しないと思われます。
 このように解するならば、建造物等以外の放火罪の公共の危険とは、
 現住建造物や他人所有の非現住建造物への延焼の危険であると理解できます。

 ただし、最近の判例では、110条の公共の危険の意味について、
 現住建造物や他人所有の非現住建造物への延焼の危険だけでなく、
 不特定または多数人の生命・身体または建造物以外の財産への延焼の危険
 と解するものがあります。
 110条の公共の危険の発生の有無について、建造物等以外を放火し、
 現住建造物や他人所有の非現住建造物という対象への延焼の危険性を基準に
 形式的に認定するのではなく、例えば、通行人、建造物以外の物、
 自動車、ゴミ箱などの対象への延焼の危険性を基準に
 実質的に認定しています。
 この公共の危険の意義は、
 109条2項の自己所有の非現住建造物等放火罪の場合にもあてはまります。

 この公共の危険は、
 109条2項の自己所有の非現住建造物等放火罪が成立するための
 客観的な要件(構成要件的結果)であり、
 その犯罪は故意犯であるので、
 故意の成立には、
 自己所有の非現住建造物等に放火して焼損する認識だけでなく、
 そこから公共の危険が発生することの認識が必要です。

 では、110条の建造物等以外の放火罪が成立するためには、
 建造物等以外の物に放火して焼損する認識だけでなく、
 そこから公共の危険が発生することの認識が必要でしょうか。
 110条の建造物等以外の放火罪の条文は、
 建造物以外の物を故意に放火・焼損し、
 よって公共の危険を発生させたと規定されています。)
 この「よって」という文言に見られるように、
 建造物等以外の放火罪は、結果的加重犯です。
 したがって、公共の危険の発生の認識は必要ではないと解されています。


(5)延焼罪
 刑法111条は、延焼罪の規定です。
 1項は、
 第109条第2項又は前条第2項の罪を犯し、
 よって第108条又は第109条第1項に規定する物に延焼させたときは、
 3月以上十年以下の懲役に処する。

 2項は、
 前条第2項の罪を犯し、
 よって同条第1項に規定する物に延焼させたときは、
 3年以下の懲役に処する。

1延焼罪の類型
 1項の延焼罪は、
 109条2項の自己所有の非現住建造物等放火罪、
 110条2項の自己所有の建造物等以外の放火罪を行い、
 よって、その火を
 108条の現住建造物等、
 109条1項の他人所有の非現住建造物等に
 延焼させる行為です。

 2項の延焼罪は、
 110条2項の自己所有の建造物等以外の放火罪を行い、
 よって、その火を
 110条1項の他人所有の建造物等以外の物に
 延焼させる行為です。

 1項も2項も、
 結果的加重犯の形式で定められています。

2結果的加重犯の規定形式(よって……させたときは)
 故意に基本犯を行い、そこから加重結果が発生した場合に成立します。

 結果的加重犯について、
 判例は、
 一般的に加重結果について
 基本犯と加重結果の間に因果関係があれば、
 加重結果について予見可能性(過失)を要しないとしています。
 学説は、
 責任主義を徹底する立場から、
 加重結果について、予見可能であった結果に限定します。


(6)放火罪の未遂罪と予備罪
 112条は、放火未遂の処罰規定です。

 第108条及び第109条第1項の罪の未遂は、罰する。

 これは、現住建造物等放火罪と他人所有の非現住建造物等放火罪の
 未遂の処罰規定です。

 113条は、放火罪の予備行為を処罰する規定です。
 第108条又は第109条第1項の罪を犯す目的で、その予備をした者は、
 2年以下の懲役に処する。
 ただし、情状により、その刑を免除することができる。

 これは、現住建造物等放火罪・他人所有の非現住建造物等放火罪の
 予備の処罰規定です。
 情状により、その刑が免除されることがあります。
 予備罪について、情状により刑が任意的に免除されるのは、これ以外にも、
 殺人罪の予備罪、身の代金目的略取・誘拐罪の予備罪があります。
 刑の任意的免除の規定を持たないものとしては、強盗罪の予備罪があります。


(7)消火妨害罪
 114条は、消火妨害罪の規定です。
 火災の際に、消火用の物を隠匿し、若しくは損壊し、
 又はその他の方法により、消火を妨害した者は、
 1年以上10年以下の懲役に処する。

1行為
 消火用の物を隠匿、もしくは損壊し、
 またはその他の方法により消火を妨害する行為が処罰されます。
 消火器や消火栓を隠したり、損壊する行為、
 消防車の進入を妨げる行為などです。

2行為状況
 これらの行為が消火妨害罪にあたるためには、
 火災が発生しているという行為状況が必要です。
 これは、消火妨害の行為が本罪の構成要件に該当する前提です。
 この行為状況がなければ、
 消火妨害罪は成立しません。
 消火器や消火栓を破壊する行為は、器物損壊罪などに該当するだけです。

3結果
 本罪の行為は、
 消火用の物の隠匿、もしくは損壊であり、
 またはその他の方法により消火を妨害する行為です。

 消火用の物の隠匿・損壊の行為によって、
 消火活動の妨害が擬制されています。
 それ以外の行為による場合は、
 消火活動の妨害という事態の結果の発生が必要です。

 これらの行為は、あくまでも消火を妨げる行為であり、
 実際に消火活動が停滞するなどの実害の発生は不要です。

 不作為によっても、消火の妨害という事態は発生するでしょうか。
 たとえば、
 消防士が民間人に消火活動の協力を要請したが、
 その人はそれに応じなかった。
 そのため、消火活動を迅速に進めることができなかった。
 このような不作為は、消火妨害罪として処罰されません。
 犯罪は一般に作為犯の形式で定められていますので、
 不作為が犯罪として処罰されるためには、
 不作為を処罰する特別の規定(真正不作為犯)が必要です。
 かりに、不作為にも作為犯の規定を適用できるとしても(不真正不作為犯)、
 不作為者に消火活動を行うべき作為義務(保障者的義務)がなければなりません。


(8)差押え等に係る自己の物に関する特例
 刑法115条には、自己の非現住建造物などに関する特例の規定があります。
 第109条第1項及び第110第1項に規定する物が自己の所有に係るものであっても、
 差押えを受け、物権を負担し、賃貸し、又は保険に付したものである場合において、
 これを焼損したときは、他人の物を焼損した者の例による。

 自己所有の非現住建造物、自己所有の建造物以外の物を放火した場合、
 109条2項、110条2項の罪が成立します。
 しかし、その対象が差押えを受けていたり、火災保険などに入っている場合には、
 他人所有の非現住建造物や他人所有の建造物以外の物として扱われます。
 自己所有の非現住建造物を放火した場合、公共の危険の発生が必要ですが(具体的危険犯)、
 その建造物に保険をかけている場合には、他人所有とみなされるので、
 公共の危険の発生は不要となります(抽象的危険犯)。


(9)失火罪・業務上失火罪
 116条は、過失による放火罪の規定です。
 1項は、過失による現住建造物や他人所有の非現住建造物の放火です。
 失火により、第108条に規定する物
 又は他人の所有に係る第109条に規定する物を焼損した者は、
 50万円以下の罰金に処する。

 2項は、過失による自己所有の非現住建造物や建造物等以外の物の放火です。
 失火により、第109条に規定する物であって自己の所有に係るもの
 又は第110条に規定する物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた者も、
 前項と同様とする。

 117条の2は、
 116条の行為を業務者が行った場合の規定です。
 第116条又は前条第1項の行為が業務上必要な注意を怠ったことによるとき、
 又は重大な過失によるときは、
 3年以下の禁錮又は150万円以下の罰金に処する。

1客体
 1項の行為客体は、
 108条の現住建造物
 109条1項に規定する他人所有の非現住建造物です。

 2項の行為客体は
 109条2項に規定する自己所有の非現住建造物
 110条に規定する建造物以外の物です。

2行為
 本罪の行為は、失火です。
 過失により火を放ち、客体を焼損する行為です。

3業務上失火
 業務とは、
 社会生活上の地位に基づいて、継続・反復する行為で、
 火器などを取り扱う行為をいいます。


(10)激発物破裂罪
 117条は、激発物破裂罪の規定です。
 1項は、
 火薬、ボイラーその他の激発すべき物を破裂させて、
 第108条に規定する物
 又は他人の所有に係る第109条に規定する物を
 損壊した者は、放火の例による。
 第109条に規定する物であって自己の所有に係るもの
 又は第110条に規定する物を損壊し、
 よって公共の危険を生じさせた者も、同様とする。
 2項は、
 前項の行為が過失によるときは、失火の例による。

(11)ガス漏出等及び同致死傷罪
 1項は、
 118条は、ガス漏出罪および同致死傷罪です。
 ガス、電気又は蒸気を漏出させ、流出させ、又は遮断し、
 よって人の生命、身体又は財産に危険を生じさせた者は、
 3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

 2項は、
 ガス、電気又は蒸気を漏出させ、流出させ、又は遮断し、
 よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
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