Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(各論)(第12回④ 2015年12月17日)

2015-12-03 | 日記
 刑法Ⅱ(各論) 第12回 練習問題
(1)基本問題
1通貨偽造罪
・通貨偽造罪(148)は、通貨発行権を保障することにより、通貨に対する社会の信用を確保することにある。その通貨には、日本国内で流通している日本国の通貨だけでなく、外国の通貨(149)も含まれる。

・偽造とは、通常人が真正な通貨であると誤解するような様式・外観のものを新たに作り出すことであり、変造とは、既存の真正な通貨の様式・外観を変更して、普通人が真正な通貨であると誤解するようなものを作り出すことである。偽造・変造は「行使の目的」に基づいて行なわれる必要がある。
 行使とは、偽造・変造された通貨を真正なもののように装い、一般の経済的な流通過程に置くことである。偽造・変造された通貨を行使し、または行使の目的で他人に交付し、もしくは行使の目的で輸入する行為も処罰される(刑2・国外犯)。この交付の相手方、行使の目的で偽造・変造された通貨を収得した者も処罰される(159)。

・偽貨であることを知らずに収得し、後にそれを知って行使し、または行使の目的で他人に交付した場合も処罰される(152・非難可能性の減少)。窃盗犯が窃取した通貨が偽貨であることを後に知り、それを行使した等の場合であるが、窃取は「収得」に当たらないので、偽造通貨行使罪が成立する(148②)。

・通貨偽造・変造の用に供する目的で、器械または原材料を準備した場合、通貨偽造準備罪(153)が成立する。予備行為のうち器械・原材料の準備に限定されている。自分自身のみならず(自己予備)、他人が偽造・変造する目的を有している場合にも(他人予備)、その準備を行なえば成立する。

2文書偽造罪
 詔書偽造罪(154)、公文書偽造罪(155)、虚偽公文書作成罪(156)、公正証書原本不実記載罪(157)、虚偽公文書行使等罪(158)、私文書偽造罪(159)、虚偽診断書作成罪(160)、同行使罪(161)、電磁的記録不正作出および供用罪(161の2)

・公文書とは、公務所または公務員が、その名義をもって、その権限内で所定の形式に従って作成した文書である。公文書のコピーであっても、原本(オリジナル)と同様の内容保有し、証明文書として同様の社会的機能を有する場合は公文書として扱っている。

 文書の名義人とその作成者が人格・人物的に同一であるから、その文書はその人が作成したものとして社会的に信用できるのである。それに齟齬(そご・食い違い)があれば、その信用性は疑わしいものになる。従って、作成権限のない者が、作成権限者の名義で真正な文書のようなものを作成するのは、その名義人の文書の社会的信用性を失墜させる行為である(有形偽造)。例えば、内閣総大臣・安部晋三と同姓同名の人が、「内閣総理大臣・安部晋三」の名で公文書を作成した場合、名義人(首相の安部晋三さん)と作成者(首相でない安部晋三さん)のあいだに人格的な齟齬を生じさせているので、有形偽造にあたる。市長の代決者の課長の補助者として一定の手続の下で、印鑑証明書の作成権限のある公務員が、証明書交付申請書のないまま、証明書を作成した場合、証明書の正確性に問題がないが、作成権限がないので有形偽造にあたる可能性がある。判例は、印鑑証明書交付申請書がなくても、作成権限に基づく文書作成であったと認定した。

・虚偽公文書作成罪は、作成権限のある公務員による虚偽内容の文書作成である。たとえ、作成権限があっても、内容虚偽の文書を作成すれば、作成権限者の文書全般の信用は同様に失墜するからである(無形偽造)。
 公文書の交付申請者(非公務員)が、虚偽の申立てを行ない、公務員に虚偽内容の文書を作成させた場合、その公務員には故意はないので無罪である。この場合、非公務員のところで、公務員を道具として利用した虚偽公文書作成罪の「間接正犯」が成立するか。そのような行為は一般には処罰されず、公正証書などの重要文書に不実の記載をさせた場合にだけ処罰される(157)。では、公文書の作成権限のある上司を補佐して、文書の起案を担当する部下(公務員)が、虚偽内容の公文書を起案し、真正な内容の起案であると上司に誤信させて署名させた場合はどうか。部下は公務員であるが、作成権限がないという意味では「非公務員」と同じであるが、虚偽公文書作成罪の「間接正犯」が成立すると判断されている。虚偽の公文書を行使すれば、虚偽公文書行使罪が成立する(158)。

・私文書偽とは、権利・義務の存否・有無、また社会生活に交渉(関わり合い)を持つ事項を証明する文書であり、その偽造とは、名義人の代理・代表でない者がその名義を冒用して私文書を作成する「有形偽造」です。たとえ名義人代理権・代表権を持つ者であっても、その範囲を超え、それを濫用して文書を作成すれば偽造にあたります。範囲を超えて文書を作成することが承諾されていれば偽造にはあたりません。ただし、私文書のなかには、名義人の承諾があっても、偽造が成立するものがあります。交通事故原票、私立大学の入学試験答案は、名義人本人が作成すべきであって、その承諾があっても、他人が作成すると偽造にあたる。作成権限者がその名義で虚偽の私文書を作成しても(無形偽造)処罰されない(ただし詐欺の詐罔手段)。虚偽診断書作成罪は、医師が公務所に提出すべき診断書などに虚偽の記載をする行為である(医師による無形偽造)。偽造私文書と虚偽診断書を行使すれば、虚偽私文書行使罪にあたる。 

・電磁的記録不正作出罪・同供用罪とは、事務処理の用に供される権利・義務または事実証明に関する電磁的記録を不正作出し(有形偽造・無形偽造)、それを供用(行使)する行為である(1987年制定)。キャッシュカード大のプラスティックのカードにビデオテープを張り付け、その磁気テープに銀行番号などの印字をする行為が本罪にあたると判断した事案がありますが、2001年から支払用カードの電磁的記録に関する罪が新設されたので、キャッシュカードやクレジットカードに関しては、これによって対応される。

3有価証券偽造罪・支払用電磁的記録に関する罪
 有価証券偽造罪(163)、支払用カード電磁的記録不正作出罪(163の2)、不正電磁的記録カード所持罪(163の3)、支払用カード電磁的記録不正作出準備罪(163の4)、163条の2、3、4①の未遂罪(163の5)。

・有価証券とは、財産上の権利が証券に表示され、その表示された権利の行使にあたり、証券の占有が必要なものをいう。通貨のように、取引において流通性を有することを要しない。当選宝くじは、転売が禁止されているので流通性はないが、一定の金額の交付を受ける権利が表示されているので、有価証券にあたる。

 偽造とは、有価証券の作成権限を持たない者が、他人の名義を冒用して、真正な有価証券と同じものを作成することである。変造とは、有価証券の作成権限を持たない者が、他人名義の真正な有価証券に不正な変更を加えることである。虚偽記入とは、作成権限のある者がその名義の有価証券に虚偽の記入をすることである。判例は、権限のない者による他人の名義を冒用して虚偽の記入をした場合も虚偽記入とするが、「偽造」にあたると判断する学説もある。偽造された有価証券を行使、交付、輸入した場合も処罰される。

・支払用カード電磁的記録に関する罪とは、支払用カード(クレジットカードなど代金・料金の支払用カード)を不正に作成、それを事務処理の用に供し、その用に供する目的で譲り渡し、貸し渡し、輸入する行為である。供用目的による所持は処罰される。また、予備も処罰される。

4印章偽造罪
 御璽偽造および不正使用罪(164)、公印偽造および不正使用罪(165)、公記録偽造および不正使用罪(166)、私印偽造および不正使用罪(176)、164②、165②、166②、167②の未遂罪(168)。

5不正指令電磁的記録に関する罪
 不正司令電磁的記録作成罪(168の2)、不正司令電磁的記録収得罪(168の3)。

6わいせつ罪
 公然わいせつ罪は、公然とわいせつな行為を行なうことである。わいせつ物陳列罪は、わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体などを公然と陳列し、頒布する行為である。有償頒布の目的でわいせつな文書などを所持し、電磁的記録を保管した者も処罰される。
 わいせつとは、いたずらに性欲を興奮または刺戟させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう。

7淫行勧誘罪
 営利の目的で、淫行の常習にない女子を勧誘して(相手方の男性と)姦淫させる行為である(182)。

8重婚罪
 配偶者のある者が重ねて婚姻する行為である(184)。姦通罪(183)は戦後の改正で廃止された。

9賭博および富くじに関する罪
 単純賭博罪(185)とは、偶然の事情により勝敗が決まる勝負に金銭などを賭ける行為である。常習的に行なうと常習賭博罪が成立する(186)。賭博場を開帳し、または博徒を結合して利益を図る行為も処罰される。

10礼拝所および墳墓に関する罪
 礼拝所不敬および説教等妨害罪(188)、墳墓発掘罪(189)、死体損壊等罪(190)、墳墓発掘死体等損壊罪(191)、変死者密葬罪(192)。

(2)判例問題
87フォト・コピーの文書性(最判昭和51・4・30刑集30巻3号453頁)
☞行政書士の被告人は、行使の目的をもって、法務局供託官A作成の供託金受領書の供託官の記名印と公印押捺部分を切り取り、虚偽の供託事実を記載した供託書用紙に接合して、コピーをとり、あたかも性ン性な供託金受領書のような外観を呈するフォト・コピーを作成し、行使した。

 公文書偽造罪は、公文書に対する公共的信用を保護法益とし、公文書が証明手段としてもつ社会的機能を保護し、社会生活の安定を図ろうとするものであるから、公文書偽造罪の客体となる文書は、これを原本たる公文書そのものに限る根拠はなく、たとえ原本の写であっても、原本と同一の意識内容を保有し、証明手段としてこれと同様の社会的機能と信用性を有すると認められるかぎり、これに含まれると解するのが相当である。

88事実証明に関する文書の意義(最決平成6・11・29刑集48巻7号453頁)
☞被告人は、被告人A・Bらを、某大学の入学試験において、志願者に替って受験させ、Aらは志願者作成名義の入学試験答案を作成し、これを試験監督者に提出して、行使させた。

 大学入試選抜試験の答案は、試験問題に対し、志願者が正解と判断した内容を所定の用紙の解答蘭に記載する文書であり、それ自体で志願者の学力が明らかになるものではないが、それが採点されて、その結果が志願者の学力を示す資料となり、これを基に合否の判定が行われ、合格の判定を受けた志願者が入学を許可されるのであるから、志願者の学力の証明に関するものであって、「社会生活に交渉を有する事項」を証明する文書である。したがって、本件答案が刑法159条1項にいう事実証明に関する文書にあたるとした原判断は、正当である。

89偽造の意義(大阪地判平成8・7・8判タ960号293頁)
☞被告人は、金融機関の無人店舗から融資金出用カードをだまし取るために、Aの運転免許証のコピーから氏名、生年月日、運転免許証番号蘭の一部を切り取り、それを被告人の運転免許証のうえに置いて、メンディングテープで固定し、運転免許証の様式の書面を作成し、無人店舗内において借入申込用紙・契約用紙の氏名欄にAの氏名を書き、自動契約受付機のスキャナーで作成した書面を読みとらせ、スキャナーと回線で接続された金融機関の係員に対して、これを提示した。

 文書偽造罪における「偽造」といえるためには、当該文書が一般人をして真正に作成された文書であると誤解させるに足りる程度の形式・外観を備えていることが必要である。…ここで、当該文書の形式・外観が、一般人をして真正に作成された文書であると誤認させるに足りる程度であるか否かを判断するにあたっては、当該文書の客観的形状のみならず、当該文書の種類・性質や社会における機能、そこから想定される文書の行使の形態等をも併せて考慮しなければならない。

90補助公務員の作成権限(最判昭和51・5・6刑集30巻4号591頁)
☞市役所市民課調査係長の被告人は、自己および保証人の印鑑証明書を作成して行使するために、申請書を提出して手数料を支払うという正規の手続を経ずに、被告人あてに市長作成名義の印鑑証明書を作成した。同市役所では、印鑑証明書の作成発行は、市の事務決済規程によれば、市民課長の専決事項であり、作成発行は市民課市民係が分掌していたが、実際には市民課長が一日分の申請書を一括して決済し、慣行上も被告人を含む市民課員全員がその事務を採る権限を有していた。また、作成された印鑑証明書は、正規の申請があった場合には、当然に交付されるはずのものであった。

 公文書偽造罪における偽造とは、公文書の作成名義人以外の者が、権限なしに、その名義を用いて公文書を作成することを意味する。そして、右の作成権限は、作成名義人の決済を待たずに自らの判断で公文書を作成することが一般的に許されていない代決者ばかりでなく、一定の手続を経由するなどの特定の条件のもとにおいて公文書を作成することが許されている補助者も、その内容の正確性を確保することなど、その者への授権を基礎づける一定の基本的な条件に従う限度において、これを有しているものということができる。

91虚偽公文書作成罪の間接正犯(最判昭和32・10・4刑集11巻10号2464頁)
☞被告人は、事務所長Aのもとにおいて、住宅金融公庫からの融資により建築される住宅の審査などに関する文書の起案等の職務を担当していたところ、行使の目的をもって、まだ建築工事に着工していないBの住宅の現場審査申請書に建築完了の旨の虚偽の記載をして、申請書を起案して、これをAに提出した。情を知らないAをして、記載の通り建築が完了したものと誤信させ、記名、捺印させて、虚偽内容の現場審査合格書を作成させた。

 刑法156条の虚偽公文書作成罪は、公文書の作成権限者たる公務員を主体とする身分犯であるが、作成権限者たる公務員の職務を補佐して公文書の起案を担当する職員が、その地位を利用し行使の目的をもってその職務上起案を担当する文書につき内容虚偽のものを起案し、これを情を知らない右上司に提出上司をして右起案文書の内容を真実なものと誤信して署名若しくは記名、捺印せしめ、もって内容虚偽の公文書を作らせた場合の如きも、なお、虚偽公文書作成罪の間接正犯の成立あるものと解すべきである。

92代表名義の冒用と私文書偽造罪(最決昭和45・9・4刑集24巻10号1319頁)
☞被告人Xは、学校法人の理事会において理事長に選任されず、また当日の理事会記録を作成する権限が付与されなかったにもかかわず、行使の目的をもって、理事会がXを理事長に選任したとする理事会議事録を作成し、理事会議事録署名人Xと記し、Xの印を押した。

 他人の代表者または代理人として文書を作成する権限のない者が、他人を代表しもしくは代理すべき資格、または、普通人をして他人を代表もしくは代理するものと誤信させるに足りるような資格を表示して作成した文書は、その文書によって表示された意識内容にもとづく効果が、代表もしくは代理された本人に帰属する形式のものであるから、その名義人は、代表もしくは代理された本人であると解するのが相当である。

93通称の使用と人格の同一性(最判昭和59・2・17刑集38巻3号336頁)
☞被告人は、日本統治下の済州島で生まれ、昭和24年10月ころに日本に密入国し、本名Aによる外国人登録をしないまま居住していたが、昭和25年ころ実兄によりB名義で被告人の写真が添付された外国人登録証明書を受け取った。……昭和53年3月、再入国許可を取得して北朝鮮に出国しようとして、Bと署名した再入国許可申請書を作成し、大阪入国管理事務所に提出した。この行為について、有印私文書偽造、同行使罪にあたるとして起訴された。

 以上の事実関係を背景に、被告人は、原認定のとおり、再入国の許可を取得しようとして、本件再入国許可申請書をB名義で作成、行使したというのであえるが、前述した再入国許可申請書の性質にも照らすと、本件文書に表示されたBの氏名から認識される人格は適用に本邦に在留することを許されているBであって、密入国し、なんらの在留資格をも有しない被告人とは別の人格であることが明らかであるから、そこに本件作成の名義人と作成者との人格の同一性に齟齬を生じているというべきである。したがって、被告人は、本邦再入国許可申請書の作成名義を偽り、他人の名義でこれを作成、行使したものであり、その所為は私文書偽造、同行使罪にあたると解するのが相当である。

94同姓同名の使用と人格の同一性(最決平成5・10・5刑集47巻8号7頁)
☞被告人X2は、第2東京弁護士会所属のX1が自己と同姓同名であることから、X2を弁護士であると信じた不動産会社のAから報酬を得ようとして、「弁護士X1」と記載された文書を作成した。文書の名義人はX(X1)であり、それを作成したのはX(X2)であり、名義人と作成者との間の人格の同一性に齟齬(くいちがい)が生じたといえるかか否かが争われた。

 私文書偽造罪の本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあると階さっるところ……、被告人は、自己の氏名が第2東京弁護士会所属の弁護士Xと同姓同名であることを利用して、同弁護士になりすまし、「弁護人X」の名義で本件各文書を作成したものであって、たとえ名義人として表示された者の氏明が被告人の氏名と同一であったとしても、本件各文書が弁護士としての業務に関連して弁護士資格を有する者が作成した形式、内容のものである以上、本件各文書に表示された名義人は、第2東京弁護士会に所属する弁護士Xであることが明らかであるから、本件各文書の名義人と作成者との人格的同一性にそごを生じさせたものというべきである。

95顔写真の使用と人格の同一性(最決平成11・12・20刑集53巻9号1495頁)
☞指名手配を受けて逃走中の被告人は、Aの偽名を用いて就職しようと考え、雇用契約書に、Aという虚偽の氏名、生年月日、住所、経歴等を記載し、自己の顔写真を貼って、A名義の契約書を作成し、提出した。

 私文書偽造罪の本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあると解されるところ……これらの文書の性質、機能等に照らすと、たとえ被告人の顔写真がはり付けられ、あるいは被告人が右各文書から生ずる責任を免れようとする意思を有していなかったとしても、これらの文書に表示された名義人は、被告人とは別人格の者であることが明らかであるから、名義人と作成者との人格の同一性にそごを生じさせたものというべきである。したがって、被告人の各行為について有印私文書偽造、同行使罪が成立するとした原判断は、正当である。

96資格の冒用(最決平成15・10・6刑集57巻9号987頁)
☞被告人は、実弟らと共謀の上、顧客に交付する目的で、国際運転免許証に酷似した文書を作成した。

 私文書偽造の本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあると解される。本件についてこれをみると、……本件文書の記載内容、性質などに照らすと、ジュネーブ条約に基づく国際運転免許証の発給権限を有する団体により作成されているということが、正に本件文書の社会的信用性を基礎づけるものといえるから、本件文書の名義人は、「ジュネーブ条約に基づく国際運転免許証の発給権限を有する団体である国際旅行連盟」であると解すべきである。そうすると、億歳旅行連盟が同条約に基づきその締約国等から国際運転免許証の発給権限を与えられた事実はないのであるから、所論のように、国際旅行連盟が実在の団体であり、被告人に本件文書の作成を委託していたとの前提に立ったとしても、被告人が国際旅行連盟の名称を用いて本件文書を作成する行為は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽るものといわなければならない。

97名義人の承諾と私文書偽造罪の成否(最決昭和56・4・8刑集35巻3号57頁)
☞運転免許停止処分を受けていた被告人甲は、道交法違反の際に、乙から氏名、本籍などを記載することの承諾をあらかじめ受けていた。甲は、無免許運転の際に、警察官から免許証の提示を求められたが、運転免許証は家に忘れてきたと述べて、交通事件原票の供述蘭に乙の名前を記載して、警察官に提出した。

 交通事件原票中の供述書は、その文書の性質上、作成名義人以外の者がこれを作成することは法令情許されないものであって、右供述書を他人の名義で作成した場合は、あらかじめその他人の承諾を得ていたとしても、私文書偽造罪が成立すると解すべきであるから、これを同趣旨の原審の判断は相当である。

98権限の内部的制限と有価証券偽造罪(最決昭和43・6・25刑集22巻6号490頁)
☞被告人甲は、K県鰹かつお鮪まぐろ漁業組合の惨事として、約束手形発行の事務を担当していたが、組合長A振出名義の約束手形を発行するに当たっては、少なくとも組合専務理事Bの決済が必要とされていたにもかかわらず、組合書記乙らと共謀の上、AまたはBの決済、承諾を受けずに、組合長A名義の約束手形を作成し、交付した。

 被告人はK県鰹鮪漁業組合の惨事であったが、当時同組合内部の定めとしては、同組合員または准組合員のために融通手形として振り出す組合長振出名義の約束手形の作成権限はすべて専務理事Bに属するものとされ、被告人は単なる起案者、補佐役として右手形作成に関与していたにすぎないものであることが、明らかである。もっとも、同人は、水産業協同組合法46条3項により準用されている章法38条1項の支配人としての地位にあった者であるけれども、偽のような本件の事実関係のもとにおいては、単に同人の手形作成権限の行使方法について内部的制約があったというにとどまるものではなく、実質的には同人に右手形の作成権限そのものがなかったとみるべきであるから、同人が組合長または専務理事の決済・承諾を受けることなく准組合員のため融通手形として組合長振出名義の約束手形を作成した本件行為が有価証券偽造罪にあたるとした原審の判断は、その結論において相当である。

99行使の意義(最判昭和44・6・18刑集23巻7号950頁)
☞被告人は、第1種原動機付自転車の運転免許の交付を受けたものであるが、これを他の運転免許証に作り変えようと思い、行使の目的をもって、第1種免許の蘭に「大型自動車運転免許」などと記載した。被告人は、その後、この偽造免許証を携帯して、営業用普通自動車(タクシー)を運転した。

 偽造公文書行使罪は公文書の真正に対する公共の信用が具体的に侵害されることを防止しようとするものであるから、同罪にいう行使にあたるといえるためには、文書を真正に成立したものとして他人に交付、提示等して、その閲覧に供し、その内容を認識させまたはこれを認識しうる状態におくことを要するのである。したがって、たとえ自動車を運転する際に運転免許証を携帯し、一定の場合にこれを提示すべき義うが法令上定められているとしても、自動車を運転する際に偽造にかかる運転免許証を携帯しているにとどまる場合には、未だこれを他人の閲覧に供しその内容を認識しうる状態においたものというには足りず、偽造公文書行使罪にあたらないと解すべきである。

100わいせつの意義(最判昭和55・11・28刑集34巻6号433頁)
☞被告人らは、その全体の約3分の2が男女の性交場面の描写で占められている『四畳半襖の下張』を販売(有償頒布)した。

 文書のわいせつ性の判断にあたっては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写記述の程度とその手法、右病者叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右病者との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の公職的趣味にうったえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の健全な社会通念に照らして、それそれが「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」……といえるか否かを決すべきである。本件についてこれをみると、本件『四畳半襖の下張』は、男女の性的交渉の情景を扇情的な筆致で露骨、詳細かつ具体的に描写した部分が量的質的に文書の中枢を占めており、その構成や展開、さらには文芸的、思想的価値などを考慮に容れても、主として読者の好色にうったえるものと認められるから、以上の諸点を総合検討したうえ、本件文書が刑法175条にいう「わいせつ文書」にあたると認めた原判断は、正当である。

101わいせつ物の「公然陳列」の意義(最決平成13・7・16刑集55巻5号317頁)
☞被告人は、自ら開設・運営していたパソコンのホストコンピュータのハードディスクに、わいせつな画像データを記憶・蔵置させ、それにより、不特定多数の会員が、自己のコンピュータを操作して、電話回線を通じて、ホストコンピュータのハードディスクにアクセスして、そのわいせつな画像データをダウンロードし、画像表示ソフトを使用して、パソコン画面にわいせつな画像として顕現させ、これを閲覧することができる状態を設定した。

 わいせつ物を「公然と陳列した」とは、その物のわいせつな内容を不特定又は多数の者が認識できる状態に置くことをいい、その物のわいせつな内容を特段の行為を要することなく直ちに認識できる状態にするまでのことは必ずしも要しないものと解される。被告人が開設し、運営していたパソコンネットにおいて、そのホストコンピュータのハードディスクに記憶、蔵置させたわいせつな画像データを再生して現実に閲覧するためには、会員が、自己のパソコン使用して、ホストコンピュータのハードディスクから画像をダウンロードした上、画像表示ソフトを使用して、画像を再生閲覧する操作が必要であるが、そのような操作は、ホストコンピュータのハードディスクに記憶、蔵置された画像データを再生閲覧するために通常必要とされる簡単な操作にすぎず、会員は、比較的容易にわいせつな画像を再生閲覧することが可能であった。そうすると、被告人の行為は、ホストコンピュータのハードディスクに記憶、蔵置された画像データを不特定多数の者が認識できる状態に置いたものというべきであり、わいせつ物を「公然と陳列した」ことに当たると解されるから、これと同旨の原判決の判断は是認することができる。

102販売の目的の意義(最決平成18・5・16刑集60巻5号413頁)
☞被告人Xは、自らデジタルカメラで撮影した児童の姿態に係る画像データをパソコン上のハードディスクに記憶、蔵置させた。そして、そこに保存された画像データを光磁気ディスクに記憶、蔵置させ、これを所持していた。Xは、ハードディスクの画像の児童の目の部分にぼかしを入れ、そのデータをハードディスクに規則、蔵置させ、そのデータをコンパクトディスクに記憶させて、それを販売する目的があった。光磁気ディスクは、ハードディスクのデータが何らかの事情で破壊され、コンパクトディスクに記憶させることができなくなる事態に備えて、ぼかしを入れる前のデータを保存しておくバックアップのためのものであった。

 このように、Xは、本件光磁気ディスク自体を販売する目的はなかったけれども、これをハードディスクの代替物として製造し、所持していたものであり、必要が生じた場合には、本件光磁気ディスクに保存された画像データを使用し、これをコンパクトディスクに記憶させて販売用のコンパクトディスクを作成し、これを販売する意思であったものである。その際、画像上の児童の目の部分にぼかしを入れ、ファイルのサイズを縮小する加工を施すものの、その余はそのまま販売用のコンパクトディスクに記憶させる意思であった。そうすると、本件光磁気ディスクの製造、所持は、法7条2項にいう「前項に掲げる行為の目的」のうちの児童ポルノを販売する目的で行なわれたものであり、その所持は、刑法175条後段にいう「販売の目的」で行なわれたものということができる。上記各目的を是認した原判断は正当である。