大橋巨泉、82歳。
やはり、あの世へ逝ってしまったのか・・・・・・・。
本日も、再放送された「徹子の部屋」での、この容貌を見れば、存命はさほどこの先、長くはないな・・・・・と、想像させた。
今月に入ってからは、さらに往年の面影も消え失せるほど、顔だけでなく、体全体がやせ細っていった。
それにしても、よく訃報で、「後を追うように」という表現が、まるで常套句のように使われるが。この2人の場合ほど、それが当てはまるケースも、また無い。
永六輔が7月7日。その死を公表したのが、4日後の11日。そして、大橋巨泉が亡くなったのが、翌日の12日。
すべてを滞りなく済ませたのち、公表は本日、7月20日ではあったが・・・・・・。
著名人の他界の公表は、今後もこのようにすべてが終わってひと段落過ぎてからというのが、今後は通例、常識化しそうだ。
この8日過ぎてからというのは、所属事務所の担当者によれば、「喪主である、妻の寿々子さん(写真上)を始め、家族の意向でもあり、なによりご本人がそれを生前望まれていたようにうかがっています」とのこと。
芸能界に、良くも悪くも大きな足跡をキッチリ残した人物だけに、このままひっそり、誰知ることも無く・・・・は許容されるわけもなく、「お別れの会」は、現時点では、8月末から9月頃を予定しているとのこと。
ちなみに、この妻は、結婚する前は、多くのファンがいた人気アイドルであったことを知るひとは、少ないであろう。
近年、その大橋巨泉の、真っ向勝負の、正論とも言うべき発言が気になり、爆笑問題の太田”思い上がり”光との激論などを記事化。多くの検索を戴いた。再録致しましたので、お読み戴ければ幸いです。
ただの1度だが、見かけた際の言動、傲慢不遜さは、太田の記事で書いた通り。
が、嫌われようが、まったく意に介さず。最期の最後まで、我が道を突っ走って消え去った。
にしても、インターネット情報の、デタラメさ。
所属事務所が、間違って記載されたまま。しょせん、そんなものとは想うが、それをオーケーオーケーと、確認もせず、書くやつが今後出てくるはずだ。
他界した際、入院していた病院名は、所属事務所の担当者によれば「公表は、しません。公表すれば、今後、迷惑が掛かる可能性も考えられるので」とのこと。
「千葉県ガンセンター」か、「井上病院」ではないか?と思われるが、確認はあえてしていない。
妻の寿々子が、書面でしたためていたように、夫に、「永六輔さんの訃報は、ショックの大きさを考えて、伝えませんでした」とのこと。
実際、担当者も、「本人はすでに寝たきり状態ではありましたが、耳ははっきり聞こえていました。ですが、その死をお知らせした後のショックや、そのことによる病状の悪化を万一考えますと、お伝えすることは控えました」と言う。
老齢であったとはいえ、もし元気であったならば、自らも国会議員であった体験も踏まえ、今回の参院選挙、続く、今たけなわのお祭り騒ぎにも似た、バカバカしくも中身の無い都知事選挙戦について、どう感じているか、その舌鋒を一度聴いてみたかった。
巨泉ならぬ、虚勢も時に張った巨星墜つ!
そんな気がしてならない。