男は、あせりまくっていた。追い詰められていた。
女は、男との間の子を宿していた。不倫・不義の末の子。すべてを、大学にばらそうとしていた。
それ以前に、真っ先に、男の妻に「告白」する決意を固めていた。
女もまた、精神的にも、それ以上に、経済的にも追い詰められていた。
男の名前は、前園泰徳、42歳。職業は、大学のセンセ。福井県福井市文京3丁目にある文京キャンパスに建つ、国立大学のセンセ。
「福井大学教職大学院」の、「教育学研究科 教職開発専攻」の「特命准教授」だ。
一見すると、重々しい、権威ありそな肩書き。
おまけに、出身は、東京都立東葛飾高校という名門進学校から、東京大学大学院を、御卒業。
そ、エリート。一見はね!
でも、特命。コレ、なんの特別な命令もされ無い、実質「非常勤講師」と同じ。
この「特命」、ないし「特任」教授。とても、あやうい存在と、身分。
各国立や県立大学で、規定、規則が違う。この殺人事件の影響で、福井大学は答えてくれないが、給与条件は良くない。
ましてや、准教授。かつての、助教授だ。
良くて3年契約。大抵は、1年更新。実績が伴わなければ、クビ。
講義数、極めて少ない。
この前園センセ。福井大学に来る前は、千葉県にある私立の東邦大学(写真左下)の理学部の「非常勤講師」をしていた。
通常は、非常勤なるもの、月給、固定給は無い。講義数に応じて、時間給にも似た、おカネが払われる。一般のアルバイト、に近い。
しかし、この男に妻がおり、やがて男児と女児、2人の子供が産まれた。一見、しあわせ、4人家族。妻は、4歳年下の美樹。
喰っていくのは、苦労していた。実家は、とりたてて裕福ではない。
そこで、17歳年下の女と知り合った。
女の名前は、菅原みわ。25歳。先の、東邦大学理学部の大学院生だ。
殺されるまでの肩書きは、理学研科博士(前期)課程2年生。後期は、「体調不良」を理由に「休学届け」を提出。
でありながら、勝山市の本町1丁目にある、築50年はたつ、古い木造家屋の2階にある、アパートのような、間借りのような部屋を借りて、昨年から住み始めた。
仕事も、アルバイトもしていない。すでに25歳だが、親からの仕送りだけで生活していた。男も、女も、とんぼを手にして、いかにも嬉しそう。
だが、その生活ぶりは、極楽とんぼとは、ほど遠い。
さかのぼること数年前。大学3年生の7月。
夏期講習のようなカタチで、殺される、終焉の地となってしまった福井県勝山市に女は赴く。
すっかり、その地に多く群れる「とんぼ」と、手あかの付いていない自然に魅入られた。
それ以上に、ずっぽり魅入られたのが、先の男。
「素敵!」と、ツィッターに、打つほどだった。
「素敵」が、「愛」に変わり、足しげく通い、ココロは、遠距離恋愛へ。
「愛に恋」が、「逢いに来い」に。同じ市内に住み、そして男は通ってきた。
そんな中で、女は羽に印を付けたトンボを、標高1357メートルもの、報恩寺山の山頂で発見!
トンボが、低地から高地に移動飛行し、棲息していることを証明し、一躍、地元で広く知られる存在になった。
俗にいわれる、「赤トンボ」。
世界中で、50種類いる、と言われている。そのうち、日本には21種類が棲息しているといわれているが、彼女が真剣に取り組めば、研究者としてモノになった・・・・・かもしれない。
しかし、すでにニュースで多く報じられているように、助手、お手伝い、なんでも言う事を聞く女に成り下がってしまっていった。
主従関係。「魔王様」と、ツィッターでは、おどけてるが、ある種、ていの良い「奴隷」。
昨年9月の研究発表の席(写真左上)で、女が着ていたTシャツのデザインは、妻の美樹がしたもの。
そのTシャツは、手売りで会場で売られ、収益は、魔王様家族の生活費になった。
良いお嬢様ねえ・・・・・と、良く思われていた。また、そう、振る舞ってもいた。25歳にもなった、人生の分岐点とも言うべき時を迎えた女の知恵だった。
しかし、作った愛想と笑顔の裏に潜む、やりきれない哀しみは、どんどん積み重なっていった。
特に、妻子のしあわせそうな姿を見るにつけ・・・・・・・・。
魔王様の、2階建ての借家は、市内長山町2丁目に建つ。ここに、女は、よく出入りした。2人の子供とも良く遊び、なついていた。努力、していた。
市内にある「恐竜の森」でも、雪ダルマを作って遊んでいる。左は、妻の美樹が作ったもの。
妻は、うすうす気づいていたはず。夫と女の「肉体関係」を。
まさか、妊娠のことまでは、わからぬが・・・・・。
小学校や、色んな所へ、2人っきりで、連れだって出かけた。ちゃんと、オハナシを聞いていない児童には、怒り、魔王様そのものの、キレやすい性格をさらけ出している。
女に、おカネは出ない、もらえない。魔王様だって、生活は豊かでは無いことは、知ってはいるけれど・・・・・。
女自身の学業は、おっぽらかし。とんぼ以上に、男に走った。はまった、はめた。
フツーの師弟関係ではないことは、周囲の者は気づいていた。
そのときの「体調不良」
ある時、といっても今年に入ってからだが、女と親しい女性が、おなかに視線を落として、聞いた。
---あなた、ひょっとして?・・・・
その問いには、うつむいてた。
ハッキリとは、答えなかったと言う。月のモノが、遅れていたことは確かだった。
女の生活も、ギリギリのところに来ていた。すべて、持ち出し。
すでに、もう、25歳。まだ、すべて親がかり。
絵に描いたような、都合の良いオンナ。あるのは、愛。残るのは、わずかなカネと、魔王様の膣内への精液と、襲いかかる大きな、将来が見通せない不安。
かといって、博士課程を卒業したところで、ロクなところへ就職出来ないことは、先輩たちを見れば、分かっていた。
良くて、どこかの企業の研究所勤めか、食品会社への就職。
だから1日でも多く、学生で居たい為か、大学院に進む者が多い。
産学官とは、縁が無い。企業は、東邦大学理学部にカネ出さない、出しても損とばかりに、手のひら返す。
大学職員が、打ち明けてくれた。
官も、同様。研究費は、乏しい。とんぼでは、生活はとても出来ない。喰えない。
でも、でも、この男に、私なりに尽くしてきた。身も心も、ボロボロになってきた。お手伝い無い時は、ただ部屋で魔王様を待つ日々が、続く・・・・・。
愛欲の行為のあと、ソレを男に訴えた。妊娠のことも告げた。
魔王様は、冷たく言い放った!
早いうちに、おろせよ!堕胎しろよ!
この勝山じゃまずいからさ、君の顔、知られてるしさあ・・・・
千葉に帰って、おろしてくんない?
カネ、少しは出せるからさあ
第一、君が勝手にこっちに来たんじゃないの。困るんだよなあ、責任とか言われてもなあ・・・・・・
女・・・・・・・・
魔王様の身勝手と、自分のしてきたこの数年にもわたる愚かさを知る。
こののままじゃ、私、奥さんに言う。福井大学にも。すべて、ハッキリさせて!
魔王様に、決断を迫った。魔王、迷う。
3月11日の夜。
魔王様は、気が気では無かった。
いつ、女が来るか? あの娘は、本気だ。妻に言う気だ。
寒いのに、外に出て、見張った。
恐怖心を押さえて、ついに魔王様は、女の部屋へ車を走らせた。
女との、言い合い。性行為のクリ返しではなく、決断の出来ない繰り返し。
女の部屋には、男の歯ブラシや、スリッパまであった。
女は、逆上し、深夜にも関わらず、「奥さんのとこに行って全部話す!」と言って、部屋を飛び出した。
あわてた魔王様は、靴はく間もなく、スリッパを突っかけて、後を追い、助手席にすべり込んだ。
車は、走る。夜の道。
男は、本町の自分の家に行かせないように、なだめすかし、その場限りのウソを並べ、彼女の軽自動車を人里離れた村岡町へ走らせた。
田舎道。ましてや、深夜。車が行き交うことも無いことは、いくどもの走行体験で知っていた。
車を、「一本橋」のたもとから少し横に入った所に停めさせた。
また、蒸し返される話し。堂々巡りが、果てしなく続く。
もう、嫌! 私、死にたくなった!
そうは、言った。しかし、ソレは、自殺を意味するものではない。
分かった、妻や子供とは別れる。君の生活も考えて、おカネも、出すようにする。子供も、産んだらいい。
ホント!?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いつもの車中で、人の目に付かないように、やさしく抱き寄せて、唇を重ねた。そして、ゆっくりとシートを倒した。暗がりのなか、魔王様の目は、魔王そのものに変わっていた。
上から体を重ね、首に両手を素早く回し、ゆっくとチカラを込めて、絞めた、さらに一気に絞めた・・・・・・・
抵抗される間もない、殺人行為。
この時、殺意は、あった。
計画性は?・・・・・・・・
創り話では、無い。取材事実を積み重ねて、書いた。
この経緯は、福井地裁で開かれる、裁判員裁判の冒頭陳述で明らかにされる。
今までの裁判官だけの裁きでは、計画性の薄さと、被害者の人数が独りということ。その類型パターンで、死刑判決までには至らなかった。
だが、裁判員はどう見るであろうか。
魔王様と、その身にとって都合のいい女。
まるで、テレビドラマのようだが、真実とまでは言わずとも、事実だ。
極楽とんぼは、罰せられる・・・・・・