パリ-ルツェルンのお遊びウィークに中1日ロンドンへ戻った理由は、ティル・フェルナーのベートーベンソナタシリーズがあったから。今回は9番、10番、8番「悲愴」、11番、26番「告別」。
10番がとても良い出来。天使ティルが鍵盤の上で優しく美しい音楽を軽やかに奏でる。第2楽章の終わり方がとても印象的で、思わず会場から拍手が。いつもは「ええい、曲の途中で拍手するな!」と思うのだが、これは拍手が出てもやむをえないか、という感じ。
有名な8番、出だしのAndanteは非常にゆっくり。一方、Allegroになるところからは「速度違反」なくらい早くなった。ちょっと指が追いつかないか?と思わなくもなかったが、意図は読み取れる感じがした。10番がティルの中の天使の部分ならば、ここは彼の中に住まう悪魔が音符の間から見えてくるかのようであった。
8番の中でも特に有名な第2楽章。まるでビリー・ジョエルの「This night」を歌っているのではないか?と思うような唇の動き。この前半の10番と8番が素晴らしい出来だった。
ペダリングに特徴があるような気がした。刷り込まれているバックハウスとはかなり違う。ウィグモアホールにあるピアノのうち古いスタインウェイを使用したのは、響きすぎて音がぼけるウィグモアホールの欠点をカバーするためだったのか。どういう意図でこちらを使ったのだろう。次回の最後のソナタではどちらのピアノを使うのだろう。また、場所によって音符と音符の間に間を置くのも面白い。それで音楽が途切れることがないように感じるのは、その「間」が必然というように思えるからなのだろう。日本画の中の空白のように。
今回の天使と悪魔の同居を聴いて、益々彼にシューベルトの遺作ソナタを弾いて欲しくなった。ま、その前に6月のベートーベンの最後のソナタ3曲の演奏会があるので、まずはそれを心待ちにしよう。
会場からの暖かい拍手に応えて、ソナタ20番をアンコールに。ソナチネアルバムに載る易しい曲ではあるけれど、まさか繰り返しも含めて全曲弾くとは。彼の本領はこういう優しい曲に現れるような気がする。見た目もとても優しい感じだからそう思うのか?でも、なぜかショパンやシューマンとかいうのではない、3B系が合っていると思ってしまうのは不思議。