或人の云はく、年五十になるまで上手に至らざらん芸をば捨つべきなり。励み習ふべき行末もなし。老人の事をば、人もえ笑はず。衆に交りたるも、あいなく、見ぐるし。大方、万のしわざは止めて、暇あるこそ、めやすく、あらまほしけれ。世俗の事に携はりて生涯を暮すは、下愚の人なり。ゆかしく覚えん事は、学び訊くとも、その趣を知りなば、おぼつかなからずして止むべし。もとより、望むことなくして止まんは、第一の事なり。
＜口語訳＞
或人の言うには、年五十になるまで上手に至らない芸など捨てるべきだ。はげみ習うべき行末もない。老人の事など、人も笑え得ない。衆に交わるのも、相なく、見ぐるしい。大方、万の仕業は止めて、暇あるのこそ、目に優しく、あぁ望みだよ。世俗の事にかかわって生涯を暮らすのは、下愚の人だ。知りたいと思う事は、学びきいても、その概要を知れば、おぼつかないことないしたら止めるべき。もとより、望むことなくして止めるは、第一の事だ。
＜意訳＞
ある人の言うには、５０才になるまでに上手にならない芸など捨てるべきなんだそうである。
たしかに一生懸命に習っても、老人にゃそれを発表できる行く末もないしな。年よりのやる事だし誰も笑えない、とめられないよ。でも、老人が若い連中にまじって練習している姿は可愛そうで、見苦しい。
だいたい老人は、全ての仕事をやめてゆとりある生活をしているのこそ、目に優しいし望みなんだよ。死ぬまで世俗の事にかかわって暮すのは、馬鹿らしい。
覚えたいと望んだ事を学んだとしても、その概要を知り、おぼつかない程度で止めておいてほしい。
老人は望みなどなくして老人らしくしていてくれるのが、一番大事なんじゃないの。
原作 兼行法師
