墨汁日記

墨汁Aイッテキ!公式ブログ

小便

2005-08-30 20:15:26 | 駄目
 小便をしたら大便のニオイがする。どっか俺の体内は腐りはじめているらしい。
 それはそれでいい。ただ、ここまできても、どうにもあきらめきれないでいる自分が怖い。


親父に見せる

2005-08-30 20:07:07 | 日常
 うちに帰って、親父に、俺が朝ひろった一銭硬貨を見せた。

「道でひろったんだけど、これって本物かな? いやですか?」

「あおせう(あぁそうらしい)」

 うちの親父は昭和七年生まれ。四・五年前に頭の血管がプッツンいったんで、聞く能力はともかく、話す能力はもう駄目だ。ただ、親父が一銭硬貨を本物と言うなら本物なのだろう。親父はそう言い終わった後に、その一銭をかたわらに置いたので、俺は親父にその一線硬貨をやることにした。 


徒然草 第三十五段

2005-08-30 19:19:53 | 徒然草
 手のわろき人の、はばからず、文書き散らすは、よし。見ぐるしとて、人に書かするは、うるさし。

<口語訳>
手のわるい人(字をうまく書けない手のこと。字の下手な人という意味)が、はばからず、文(手紙)を書き散らすのは、よし。見苦しいからと、人に書かせるのは、うるさし(【ウルはウラ〈心〉の転。サシは狭しの意で心持ちが狭く閉鎖的になる意が原義か。】岩波古語辞典より。この時代には、うるさしは聴覚的にうるさいという意味ではなく、気分的にうるさいという意味で使っていた。聴覚的にうるさい時は“やかまし”と言っていたのだ。“ウザイ”が現代語では、この時代のうるさしの意味にやや近いだろうか?)。

<感想>
 兼好は、本人が生きた時代には「徒然草」の作者としてよりは、詩人として有名であった。「徒然草」は江戸時代になり、印刷技術や書籍の流通が発展してから、多くの人に読まれるようになった。兼好が生きていた時代には、兼好は「ただの変な詩人」であったのだ。しかし「徒然草」が人々に読まれるようになると、兼好は「すごく変な人」の評価を得るようになる。
 詩人としての兼好は、また、「能書の遁世者」として「太平記」に名を残している。「能書」とはラブレターの代筆の事である。人に頼まれて、ちょくちょく恋文の代筆などしていたのだろうか? ただ、代筆の結果はあまりかんばしくなかったようだ。
 だから、この段は、ラブレターの代筆をしていた兼好の、恋文書き方教室と理解すれば良いと思う。
 そこまで、判ったので、今夜も<意訳>は兼好法師にお願いしよう。いでませ兼好!

<意訳>
 兼好法師の恋文書き方教室~!!
 字が下手だろうが、かまわず愛の言葉を、あらぬかぎりに書き散らせ。これが良し!
 字が下手でみっともないからと他人に書かせるのは、激ウザッ!
















原作 兼好法師

現代語訳 protozoa

参考図書
「徒然草」吉澤貞人  中道館
「絵本徒然草」橋本治  河出書房新書
「新訂 徒然草」西尾 実・安良岡康作校注 岩波文庫
「徒然草 全訳注」三木紀人 講談社学術文庫


一銭

2005-08-30 06:11:28 | 携帯から
本物か、偽物か知らんが、一銭硬貨をひろった。電車が来るまで、まだ少し時間があるので駅前の植え込みに腰掛けてタバコを吸っていたら、植え込みの中に鈍く光る物を見つけた。ラッキー十円玉だと思い、拾いあげて土をはらってみたら一銭硬貨だった。見た目や大きさは十円玉に似ているが、確かに一銭と刻印されている。何故こんなものが植え込みに落ちているんだ。

今朝は晴れ。だいぶ涼しくなってきた。