甲香は、ほら貝のやうなるが、小さくて、口のほどの細長にさし出でたる貝の蓋なり。
武蔵国金沢といふ浦にありしを、所の者は、「へなだりと申し侍る」とぞ言ひし。
<口語訳>
貝香(かいこう・お香の材料)は、ほら貝のようであるが、小さくて、口のあたりが細長くさし出た貝の蓋である。
武蔵の国、金沢といふ浦にいた時には、近所の者、「へなたりと申します」と言っていた。
<感想>
「煉り香(ねりこう)」という優雅な趣味がある。ようするにお香の薫りをブレンドして楽しむという趣味だ。貴族の趣味の一つでもあった。
煉り香.
「貝香(かいこう)」は、その練り香を楽しむときの材料の一種で、当時はナガニシと呼ばれる貝の蓋をすりつぶして材料としていたと考えられている。
ナガニシ.
この2点さえ判れば、<意訳>すら必要はない、特別に解読に難しい文章ではない。現代人の俺の目から見れば、34段はウゴルーのうんち博士のうんちくにすぎない。たんなるまめ知識だ。
しかし現実に、金沢の地で暮らした兼好にとり、「へなたり」は、色んな意味が詰まった懐かしい言葉であるのだろう。海岸の匂い、漁師の勇壮な様子、金沢の土地の言葉。兼好は金沢出身であるという研究もあるが、それにしては、兼好はあまりに都会人であるので、俺はやはり京都出身と考える。金沢文庫の書籍が目当てで関東に下ったと考えるのが妥当ではなかろうか。
しかし<意訳>がないのも、なんかさびしいので、今日は兼好法師に意訳してもらおう。
<兼好法師による意訳>
兼好まめ知識~! ナガニシという貝の蓋は、練り香の材料になるよ。ナガニシは、ほら貝に似てるけど、小さくて尖ってるんじゃ。尖りはささるとイタイよ。
関東じゃ、「ナガニシ」を「へなたり」って言ってるんじゃぞ。
豆に貝か。うぷぷっ。
原作 兼好法師
現代語訳 protozoa
参考図書
「徒然草」吉澤貞人 中道館
「絵本徒然草」橋本治 河出書房新書
「新訂 徒然草」西尾 実・安良岡康作校注 岩波文庫
「徒然草 全訳注」三木紀人 講談社学術文庫