フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE

フランス的なものから呼び覚まされることを観察するブログ

J'OBSERVE DONC JE SUIS

研究生活のことを話す PARLER DE MON EXPERIENCE DE RECHERCHE

2007-05-18 23:54:36 | 科学、宗教+

私の関係している大学で大学院の学生に向け、研究をどのようにやってきたのかというお話をするようにとの依頼があり、研究の成果だけではなく、その背後で何を考えていたのか、研究者としての歩みの中でそれぞれの時期や出来事がどのような意味を持つと捉えているのかなど、普通のセミナーでは聴けないようなことについて率直に語ることにした。これからの人に参考になることもあるだろうと願ってのことである。

このお話を受けて自らを振り返ってみると、よくもこれだけ長い間この道に携わってきたことにまず驚く。自分の中では数年前までは今にしか生きていなかったので、現在と将来しか見ていなかった。振り返ることがなかったのである。そして落ち着いてその長さを見直してみると、そこから生まれたものとの対比で異常に増強されて見え、愕然とする。また、もしあの時に何も見つかっていなければ、ここまで来ることができなかったな、という出来事もある。余り深く考えずに、がむしゃらにやってきたことの方が多いようだ。なぜここにいるのかが不思議にさえ思える、危うい歩みである。

先日、Ernst Mayr が生物学を Functional biology (生物現象がどのようにして起こるのかを解析するもので、科学者は "How?" という問題提起をする) と Evolutionary biology (生物現象がどうしてそうなるのか、その意味を問う "Why?" という疑問に答えようとする) に分けていることに触れたが、私は確実に前者の研究者であったと言える。これまでの歩みを話しながら、これからは "Why?" という問に答えようとする精神の状態を保ちたいという思いが再び湧いていた。

1時間半ほどの会が終わり、声をかけていただいた先生の部屋で15人ほどの学生さんとざっくばらんに話をする。研究を実際に動かす原動力は、やはり若い力でなければ駄目だろう。われわれができることは、これまでの経験を語ったり、「意味」 を探る思索を続け、その成果を世に問うような、若い世代、外の人々との接触の中にあるのではないか、という想いも過ぎった。このようなことは、若い人や外の人にはできないことだから。

久しぶりに時を忘れて話をした。気がついたら10時を回っていた。あっという間の4時間であった。

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