ウイーンでも最高の地とされる19区。
その中でも、おそらく最高だろうと思える場所に移り住んだ直後、
珍しく出張も来客も無い日曜日があった。
新しい住居の近くに何があるのかと探訪の散歩に出かけました。
「あれっ?」 何か複数の楽器の音が、歩む道の下の方から風に
乗って聞こえてくる。
何だろうと訝りながら歩みを速めて行ったら、そこもベートーベン
に所縁のあるホイリゲの前の、広場とは言いにくい空き地に大勢の
地元民が集まっているのが見えた。
民族衣装で揃えた人々が、銘々得意とする楽器を携えて練習中。
ロープで仕切っただけの客席に椅子が並べられ、多くはその外で
演奏の始まるのを待っていた。
ボクは勧められて、ロープ内の椅子に座ったが、椅子席の料金は
チップ程度の僅かなものだった。
その場所は最初に住んだヌスドルフにも程近い見覚えがある所。
始まった民族衣装のオーケストラは、予想を超えて本格的なもの。
曲目は期待した通りの「田園」でした。
ボクのウイーン駐在の間は、92回もの東欧出張と来客接待に終始
して、ゆっくり森と音楽の都を楽しんだのは、自分が起こした会社が
軌道に乗ってからのこと。
だから駐在中は、大手企業の社長さんとか専務クラスの方がオペラ
をとお望みになる以外には、音楽を楽しむだけのゆとりも無かった。
あの晴れた日曜日に、思いがけなく出会った「田園」は、後に本格的
なホールで何度も聴いたものと比べても、それは素晴らしい交響曲
でした。
「田園」のすぐ傍で「田園」を聴くとは望外の喜びだった。
多忙なだけで、腹立たしい事も多かった、もし人生のやり直しがあった
としても、二度と行きたいとは思わない、東欧支配人の激務の中で、
あの一日は忘れられぬ一日でありました。
終わって中に入ったホイリゲで、まだワインには早すぎる時間帯だから
注文したコーヒーが、これまた期待した以上の上物の珈琲だった。
折からこの町ハイリゲンシュタットの教会の鐘が鳴り響いた。この鐘を
楽聖ベートーベンも聴いていたんだとの感慨がありました。
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