視線の先にはアルクェイドさんがいた。
しかし、ボクが知るアーパー吸血鬼な彼女ではなく、
真祖の姫にして真祖の最悪の処刑人であるアルクェイド・ブリュンスタッドであった。
表情こそ無表情であったが、
天上から照らす月の光で混じりけのない金髪が黄金色にぼんやりと輝く。
人の形をしていながらその造形が出来過ぎているせいで却って、この世ならざる者の空気を出している。
その彼女が粛々と歩き、長いドレスが風に揺られる姿にボクはその美しさに一瞬息が止まった。
「ああ、そうか」
ロアがポツリと呟く。
そして、驚いたことにあのロアの瞳に涙が溜まっていた。
「本当は根源探究のためではない、
私はこうしてただ姫を見ていていたかっただけなのだ。
にも関わらず――――私は何のために永遠を目指したかもを忘れてしまった」
今のロアは死徒27祖でも三咲町を騒がせた吸血鬼でもなく、
涙を零し、ただただ自らの過ちと後悔を嘆くミハイル・ロア・バルダムヨォンであった。
永遠の時を過ごし、目的と手段を見失った事に死んだ今ようやく知った哀れな男がそこにいた。
「………………」
そして、ボクはロアを笑うことも哀れむこともできなかった。
吸血鬼になった今、永遠の時を過ごした末の末路が目の前にいる以上他人事ではないからだ。
いつか、この世界の両親、志貴やシエル先輩の事を忘れてしまった時。
果たしてボクはどうなっているのだろうか、ボクの未来の可能性について考えさせる。
そう、いつかボクも皆との出会いを忘れ、
ただ殺戮を楽しむ吸血鬼に堕ちる日が来るのかもしれない。
そんな嫌な未来の可能性に逃避するため、何気なく天上を見上げボクは気づく。
「空が……っ!」
故障し砂嵐状態のテレビ画面のようにボロボロと空が欠けてゆく。
空だけではない、地面の花や草、見える全ての空間が消滅しつつあった。
「時間が来たようだ」
ロアに振り返れば体全体が半透明で向こうの風景が見えるほど、
存在がすっかり薄くなってしまい、とうとう別れの時間が来た事実を悟った。
「お別れだ、弓塚さつき。
私が言っても君は喜ばないだろうが、君と姫の人生に幸福あれ」
「ロア……!」
その時は何て言えばいいのか思いつかなかった。
ただロアの名を口にして手を伸ばしたがそこで意識が消え、
ボクは志貴やアルクェイドさん、シエル先輩が待っている現実世界へ帰還した。