働き始めて3,4年が経つ彼女ら
これまでも彼女らの泣き言を
私も愚痴を言いながら働いてきた。
各々それなりに苦労していることは柿間見えてて
ふと、今、私はそんな社会からはみ出て歩いている
そういうことを感じた。
でもそれは決して自分自身への卑下でもないし
私の居る世界は隔たれた感じがしてて
現実なんだけれど
もしかするとそうじゃないのかもしれない。
忙しい時の方が時間の使い方がうまくて
今は働いていた頃よりも時間はあるのに
何だかちっとも効率的じゃないって実感してる。
だめだめ。
それでも
人にかける時間は決して少なくしないようにしている。
想いを一筆一筆、一針一針込めるように
手紙でも作品でも
「一手間かける」ことに対して怠けてはいけないって思ってる。
特別に絵が上手ということでも
刺繍が最高!ということでもない私
人との差別化や
私がその人・ものにとって出来ることは
自分の時間を使って工夫することぐらいだと思う。
それもどこまで伝わっているのか分からないから
自己満足の一種になっていることもある。
でも何かが相手に伝わることを願ってる。
そういうところは決して諦めちゃいけないと思う。
これまでも彼女らの泣き言を
私も愚痴を言いながら働いてきた。
各々それなりに苦労していることは柿間見えてて
ふと、今、私はそんな社会からはみ出て歩いている
そういうことを感じた。
でもそれは決して自分自身への卑下でもないし
私の居る世界は隔たれた感じがしてて
現実なんだけれど
もしかするとそうじゃないのかもしれない。
忙しい時の方が時間の使い方がうまくて
今は働いていた頃よりも時間はあるのに
何だかちっとも効率的じゃないって実感してる。
だめだめ。
それでも
人にかける時間は決して少なくしないようにしている。
想いを一筆一筆、一針一針込めるように
手紙でも作品でも
「一手間かける」ことに対して怠けてはいけないって思ってる。
特別に絵が上手ということでも
刺繍が最高!ということでもない私
人との差別化や
私がその人・ものにとって出来ることは
自分の時間を使って工夫することぐらいだと思う。
それもどこまで伝わっているのか分からないから
自己満足の一種になっていることもある。
でも何かが相手に伝わることを願ってる。
そういうところは決して諦めちゃいけないと思う。